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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
シンシア
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3年後

 リタがソニアの元に来てから、月日つきひが流れた。

 リタはソニアの養女として、ソニアの小さな美容室を手伝うようになり、今ではちょっとした仕事を任されるまでになっていた。


「これじゃ今日はお客さん来ないわね」

 窓の外をチラリとみたソニアは少し困った表情を浮かべた。朝はみぞれ交じりの雨だったが、今はすっかり雪に変わっていた。


「ねぇ、リタ。ちょっと練習台になってもらえる?」

 ソニアは仕事熱心で新しい髪型の研究を欠かさない。今日のように暇な日は、よくリタで新しい髪型を試していた。

 

 リタはスタイリングチェアに腰かけた。ソニアが、腰まであるリタの豊かなダークブラウンの髪を慣れた手つきでブラッシングしていく。ソニアのブラッシングは心地よく、リタはうっとりと目をつぶった。


「あなたがうちへ来た日もこんな天気だったわね。真っ白な顔して道端みちばたでうずくまってて……。一時はどうなることかと思ったけど、元気になってくれてホントに良かったわ」

 ソニアは手を動かしながら、感慨深げに言った。

「あの時、お母さんが助けてくれなかったら、私、きっと……。ありがとね、お母さん」

 リタは目を開けると、なるべく頭を動かさなように目礼した。

「ううん。お礼を言いたいのはあたしの方よ。あたしは独りぼっちだったから、あなたみたいな可愛い娘ができて、ほんとに幸せなの。ありがとね、リタ」

「お母さん……」

 ソニアは自家製のポマードを櫛につけると、リタの髪をまとめ、結い上げていく。ポマードに練り込まれたローズ・ゼラニウムの香りが、髪をとかす度に漂う。


「そのうち、良い嫁ぎ先を見つけてきてあげるからね」

 ソニアの言葉にリタは思わず振り向いた。

「大丈夫よ。嫁入り道具をあつらえるくらいの蓄えはあるから」

 ソニアはリタの髪が崩れないように押さえながら、ニッコリと微笑むと、リタに前を向くように指示した。

「お母さん、ありがと。でも私、お嫁に行く気はないの」

 リタは前を向いてそう言った。

「リタ、悲しいこと言わないで。そんなこと言ってると、あたしみたいに行き遅れて、独りぼっちになっちゃうわ」

 ソニアは再び手を動かしはじめる。

「いいの。私、それでいいの……」

「リタ、あなたはまだ若いわ。だからやり直すことができるのよ。何があったのかは知らないけど、そんな昔のことなんか忘れて、やり直していいのよ」

 リタは少しうつむいたまま、しばらく動かなかった。ソニアは高く結い上がったリタの髪を整えていく。


「忘れられないの。忘れることができたら、どんなにいいか……」

 リタは絞り出すように言った。

「リタ……」

 ソニアは手を止め、リタの顔を覗きこんだ。

「お母さん、私ね……」

 リタはぽつりぽつりと語り出した。

 

*****


「そう、そんなことが……。辛かったわね」

 リタの話を聞き終わったソニアは瞳を潤ませた。

「ごめんね。無神経なこといって……」

「ううん。お母さんの気持ちは嬉しいのよ」

 リタは涙のにじませながらも、ニッコリと微笑んだ。

「リタ……」

 ソニアはリタの前にまわると、その手をとった。

「いいわ。ずっとここにいなさい。大丈夫よ。あなたは器用だから、すぐに一人前になれるわ。贅沢しなければ食べてはいかれるから」

 ソニアは少し屈んでリタと目を合わせて、そう言った。

「お母さん、ありがと」

 リタはニッコリ微笑んだ。


*****


 雪は昼になっても止まず、それどころか降りがひどくなっていた。


 ソニアは出かける準備をしていた。

 今日は日頃からお世話になっているハイパール商会の邸宅に伺う日だった。

 ハイパール商会の先代のお内儀は、ソニアがまだ駆け出しのころから贔屓にし、ソニアが店を出す際にも色々と援助をしてくれた大切なお客様だった。この程度の雪ぐらいでお休みするわけにはいかない。

 

「お母さん。今日はもうお客さんも来ないだろうし、私も一緒に行くわ」

「ううん。大丈夫よ」

 リタの提案にソニアは首を横に降った。

「でも……」

「大丈夫よ。あたし、こう見えて山奥の出身なの。うちの村に比べたら、これくらの雪、赤ちゃんみたいなもんだわ」

 ソニアは心配そうな顔をしているリタに、ニッコリと微笑みかけた。


 ソニアは雪道も大丈夫なように、完全武装をすると、髪結い道具を持ち、玄関へと向かった。


「お母さん」

 スノーブーツを履いているソニアにリタが声をかけた。

「はい」

 リタは可愛らしい福寿草の刺繍の入った小さな巾着袋を差し出した。中にはカイロが入っている。

 ソニアは嬉しそうに受け取った。

「ありがとね。あなたのカイロ、すごく長持ちするから重宝してるのよ。まるで魔法でもかかってるみたい」

 ソニアの言葉にリタはクスリと笑った。


「よしっ。行ってくるね」

 ソニアは気合いを入れると、雪の街へと出て行った。

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