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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
シンシア
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行き倒れ

 朝から降り始めた雪は降り続き、夕方にはあたり一面真っ白な雪景色となっていた。

 仕事を終えたソニアは家路へといそいでいた。


 前方にうずくまっている人がいる。

 ソニアは慌てて駆け寄った。

「大丈夫?  」

 声をかけると、その人物は顔を上げた。髪がとても短かったので、男の子かと思ったが、よく見ると20歳くらいの若い娘だった。娘の顔は真っ白で、目はうつろだ。

 いろいろと話しかけてみたが、反応は鈍く、要領を得ない。

 ソニアは仕方なく、その娘を自宅へと連れ帰った。


*****


「目が覚めたのね。良かった」

 ソニアは虚ろな目で辺りを見回す娘に声をかけた。

 

 あれから数日がたっていた。

 娘は肺炎を起こていて、ずっと意識が戻らず、ソニアは付きっきりで看病をしていたのだ。


「安心してね。ここはあたしのうちだから」

 ソニアは娘の身体を起こしてやると、

「喉が渇いたでしょ? 水分取らないとね」

 と、マグカップを持たせた。

  娘は俯いたまま動かない。

「ほら、飲まなきゃダメよ」

 ソニアは娘の手からマグカップをとると、娘の口にあてた。娘は拒否するように顔を背け、ソニアを手で振り払った。

 

ガタン


 マグカップが水をまき散らしながら床に転がった。

 

「あらま……」

  ソニアはマグカップを拾いあげると、屈んで床にこぼれた水を拭き始めた。


「ごめんなさい」

 蚊の鳴くような小さな声がした。

 ソニアは顔を上げると、娘が申し訳なさそうに深紫の瞳を揺らしていた。


「大丈夫よ。割れてないし」

 ソニアは立ち上がると、娘の方を向いてベッドに腰かけた。

「ちょっと強引だったわね。びっくりさせちゃってごめんなさいね」

 ソニアは娘を安心させるように優しく微笑みかけた。

 

「あなた、道端で倒れてたのよ。ずっと意識が戻らなくてね。先生は今夜が峠だっておっしゃるし、心配で心配で……。目を覚ましてくれてホッとしたわ」

「助けてくださってありがとうございます。でも私……」

 娘は声を震わせながら俯いた。

 ソニアは娘の様子を探るように見つめた。


「あなた、何か事情でもあるの?」

 なんとなくいわくありげに感じたソニアは、そう尋ねた。娘は黙って下を向いたままだった。


「そう。言いたくないのなら、それでもいいわ。でも、『死んでしまいたかった』は無しよ」

 ソニアの言葉に娘はハッとしたように顔を上げた。

「図星ね」

 娘は視線を逸らした。


「『死んでしまいたかった』なんてね、あなたはそれでいいかもしれないけれど、看病したあたしの身にもなってよ。あたしの立つ瀬がないじゃない。死ぬのは勝手だけど、あたしの目の前ではダメよ。どうしても死にたいのなら、ここを出て行けるようになってから。ここを出て、あたしの目の届かないところでね」

 ソニアは娘のを覗きこむと、

「ね?」

 と、念をおした。

 娘は下を向いたまま黙ってコクリと頷いた。


「あなた、名前は?」

 娘は黙って俯いたままだった。

 ソニアは大きなため息をついた。

「名無しの権兵衛さんじゃ、不便じゃない……」

 ソニアは困ったように言ったが、娘は押し黙ったままだった。

「しょうがないわね。そうねぇ、とりあえず……『リタ』でいいかしら。これからあなたのこと『リタ』って呼ぶわよ。いい?」

  娘は小さな声で「はい」と承諾した。

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