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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
シンシア
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(過去話)楓の木の下で 中編

 シンシアがザルリィディア本家に奉公に上がってから5年ほどの歳月が流れていた。

 ザルリィディア本家での生活にすっかり慣れたシンシアは、侍女としてだけではなく、魔術師としての腕も上げていた。

 レイラはシンシアをいたく気に入った様子で、シンシアをいつもそばにはべらせるようになっていた。

 

 ある日、レイラはシンシアにティーセットを3客用意するよう命じた。

 シンシアはすぐさま準備をし、先日レイラに贈られてきた茶葉を淹れた。

 レイラはテーブルに着き、機嫌良く紅茶を飲みながら焼き菓子をつまんでいる。

 シンシアはいつでも新しい紅茶が淹れられるよう待機していた。

 

 しばらくすると、レクラスが足早にやって来た。

 レイラは座ったまま、レクラスの方に顔を向けると、

「おお、レクラス。待ちかねたぞ」

 と、ニッコリ笑った。

「姉上、ご用件とは?」

 レクラスは淡々とした表情で静かに尋ねた。

「めずらしい茶葉を入手したのでのぅ」

 レイラは目を細めて鷹揚に言うと、レクラスに座るよう目で促した。

「左様でございましたか」

 レクラスは軽く目礼をし、着席する。

 シンシアはすぐにレクラスの紅茶の準備をはじめた。

 

「シンシア、そちも座れ」

 一通り準備を終えたシンシアに向かってレイラが命じた。

「え?」

 驚いたシンシアだったが、レイラの目力めぢからに逆らえず、大人しく着席した。

 

「レクラス。そちゃ、結界術が得意であったのぅ」

 レイラは紅茶を一口飲むとそう言った。

「得意というほどではありませんが……、まぁ、姉上よりは多少……」

 レクラスは静かに言うと、ティーカップを手にとった。

「ふん。生意気な口をききおってからに……」

 レイラは心持ち薄い目をして口元を歪めた。

「はい?」

 レクラスは紅茶を飲みながらわざとらしく小首をかしげる。

「妾はあのようなちまちました作業を好まぬだけじゃ」

 レイラはレクラスをジッと見据えながらそううそぶく。

「そういうことにしておきましょう」

 レクラスは視線をレイラから逸らし、呟くように言った。

「ん?」

 レイラの眉がピクリと動く。

「いえ」

 レクラスは素知らぬ表情で軽く首を横に振った。

 

「まあよい。そこでじゃ、レクラス。そなた、シンシアに結界術の指導をせよ」

 思いもかけない言葉に、シンシアは顔を上げ、レイラの顔を見る。

「はいはい、承知いたしました」

 レクラスは「やれやれ」と言う様子で承諾する。

 

 レイラは、レクラスが成人し、当主として独り立ちした頃から、レクラスを呼びつけては、ふっと思いついたような頼み事をするようになっていた。 

 レイラはレクラスがどんなに忙しかろうがお構いなしに呼びつけ、命令する。レクラスはよっぽどの事でない限りレイラの要求を拒むことはなかった。

 今回もいつもの恒例行事にすぎない。

 が、シンシアは慌てた。まさか自分が関わってくるとは毛筋ほども思ってなかったのだ。

 

「大姫さま、レクラス様はお忙し……」

「シンシア、レクラスの指導では不服か?」

 シンシアの言葉を遮るようにレイラは小首をかしげ、シンシアの顔を覗き込む。

「いえ、決してそのような訳では……」

 シンシアは首をブンブンと横に振った。

「シンシア、お気になさらずに」

 レクラスはシンシアを制するかのように、軽く手を挙げた。

「ですが……」

 シンシアはレクラスの方を向き、口を開きかける。

「私の勉強にもなりますから」

 レクラスはシンシアにニッコリと微笑みかけた。

「その通りじゃ。レクラス、よう心得ておるな。誉めてつかわす」

 レイラが満足そうな笑みを浮かべた。

「ありがとう存じます」

 レクラスは言葉こそ丁寧だったが、「しょうがないなぁ」という様子でレイラに少しおざなりに礼を述べると、シンシアの方を向いて、

「シンシア、よろしくお願いしますね」

 と、ニッコリと優しい笑みを浮かべた。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 シンシアは深々と頭を下げるしかなかった。

 

******

******

 

 シンシアとレクラスは修練場にいた。

 

「姉上にはどこまで教わりましたか?」

 シンシアはレクラスに問われ、レイラに教わったところまでをやってみせた。

 

「そこまでですか?」

 シンシアが神妙な面持ちで「はい」とこたえると、レクラスは口元に手をやり「クスッ」と笑った。

「?」

 シンシアは首をかしげた。

「そこからは姉上が一番苦手とするところなのです」

「そうなんですか?」

「ええ。よく癇癪かんしゃくを起こされて……」

 レクラスは何かを思い出したかのように視線を横に逸らしクスクスと笑ったが、ハッとしたように笑いを止め、

「あ、このことはどうかご内密に」

 と、口元に人差し指を当てながら言った。

 シンシアはキョトンとしながら「はい」と頷いた。

「姉上は、貴女に変な癖をつけたくなかったのでしょうね」

 レクラスはニッコリ微笑む。シンシアはレイラの顔を思い出し、はにかむように微笑んだ。


*****

 

「では、今日はここまでにいたしましょう」

 レクラスは区切りのいい所まで教えるとそう言った。

 レクラスの指導は丁寧かつ的確でとても分かりやすく、お蔭でシンシアは少し理解に苦しんでいたところも、まるで絡んだ紐がするすると解けるように理解できた。

 

「レクラス様、お忙しいな……」

「シンシア」

 レクラスは言葉を遮るようにシンシアの名前を呼んだ。シンシアは「はい」と顔を上げた。

 

「以前にも申し上げましたが、そのことを気にする必要は全くありません」

 レクラスはニッコリと笑い、続けた。

「この時間は私にとっても非常に有意義な時間なのです。他人ひとに教えるには、その術をしっかりマスターしていなければなりません。そして指導することにより、術への理解がさらに深まる。これは私の修行でもあるのですよ」

「レクラス様……」

「私は日々、つとめに追われています。故に他人ひとに指導をする時間をとることが難しい。姉上はそれをご承知で、貴女の指導を私に依頼したのです。姉上の仰せとなれば、周囲の者たちも従わざるをえない。姉上を怒らせたらどうなるか、みなよく心得ています」

 確かにレイラを怒らせたら大変なことになる。シンシアもそれは分かっていた。

 しかし、シンシアはそのことよりも、レイラがシンシアだけでなく、レクラスのことも考慮し、さらにレクラスがその意図をすぐに理解して、シンシアの指導を承諾したと知り、感動していた。

 

「得心しましたか?」

 レクラスはシンシアの顔を覗き込むように微笑んだ。

「はい」

 シンシアは深く頷く。

「では、シンシア。3日後のこの時間にお会いいたしましょう」

「はい。ありがとうございました」

 ニッコリと笑うレクラスに、シンシアは深々と頭を下げた。

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