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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
シンシア
42/64

真相

八方手を尽くして捜したが、シンシアの消息はようとして知れない。

 

 レイラはため息をついた。


 あのシンシアが何も言わず、なんの痕跡も残さず姿を消すとは考えられなかった。

 シンシアは相手の立場をおもんばかれる細やかな気づかいのできる娘だ。そのシンシアが、こんなにも周りを心配させ騒がせるようなことをするとは、どうしても考えられなかった。

 

 レイラはシンシアが可愛くて仕方がない。

 最初は、母・ラセリアの命で、レクラスの花嫁候補の1人として、侍女に召し上げたにすぎなかったが、その気立ての良さに、レイラはすっかり気に入ってしまった。

 シンシアは侍女としてだけではなく、弟子としても申し分ない娘だった。

 シンシアの魔力の質は他の者たちと少し違っていた。シンシアが魔術を行使すると、なんともいえない清々しさがあるのだ。

 もし、レクラスの嫁にならなかったとしても、レイラはシンシアをザルリディア本家の娘として、それなりの家に嫁がせるつもりでいた。

 それくらいのレイラはシンシアに入れ込んでいたのだ。


 シンシアの身に、一体何が起こったのだろうか。

 今、シンシアはどこで何をしているのだろうか。

 シンシアは無事なのだろうか。

 もしや、もうこの世には……。

 

 考えれば考えるほど、想像が悪い方向へと向かっていく。

 レイラは気分を変えようと自室をでた。


******

 

 レイラがエントランスにつくと、大叔母のイザベラがメイドとなにやらもめている様子だった。


 イザベラは貴族出身の初級魔術師。

 根は悪い人物ではなかったが、世話好きなところがあり、いつも見当違いなお節介をしてくる。

 ついこの間までは、さかんにレイラに見合い話を持ってきては、レイラを辟易へきえきさせていた。

 出来ることならあまり関わりたくはないが、大叔母だけに、無下むげするわけにもいかなかった。


「大叔母上、いかがなされたのじゃ」

 仕方なく、レイラは声をかけた。

「レクラス様にお会わせしたい方がおりますの」

 イザベラはレイラの姿をみつけ、嬉しそうにニッコリと笑った。

 

「レクラスはちと取り込んでおりますゆえ、後にしてはいただけませぬか?」

 言葉遣いこそ丁寧だったが、レイラはこおりつくような冷たい声で言った。

 だが、他の者ならばすごすごと退散してしまうようなレイラの言外の態度にも、イザベラは全く怯む様子はない。

 

「そう言って、いつも逃げておしまいになって。今日こそはそうは参りませんのよ。お連れしちゃいましたもの」

「誰を?」

 レイラは軽く首を傾げた。

「ライック伯令嬢のアナスタシア様ですわ。可愛らしい方でしょう? レクラス様にふさわしいとお思いになりませんこと?」

 よく見ると、イザベラのすぐ後ろに、若い娘が立っていた。娘はレイラに向かって優雅にお辞儀をした。

 レイラは仕方なく娘に向かって軽く会釈をすると、イザベラに向きなおった。

 

「大叔母上。お気持ちは大変有り難いのですが、レクラスにはシンシアがおりますゆえ」

「あの下女なら下がらせましたわ」

 レイラは眉をピクリとさせた。

「下がらせた? 誰の権限で?」

「もちろん、大叔母であるあたくしの権限においてですわ。あんなどこの馬の骨ともわからない娘、レクラス様にはふさわしくありませんもの」

 イザベラはまるで勝ち誇ったかのように、そう言い放った。

 

「誰か、このバカ女どもをつまみだせ!!」

 レイラの声がエントランスにひびく。

「バカ女ですって。聞き捨てなりませんわ!」

 イザベラも声を荒げた。

「無能者の方が良かったかえ?」

 レイラは冷笑を浮かべる。

「まぁなんておっしゃり方。レイラ様、いくらなんでも大叔母に向かって、そのような口のきき方は……」

 イザベラは負けじと身を乗りだして抗議する。

「無能者を無能者と言ってなにが悪い。初級魔術師殿、その着飾った無能者を連れて、さっさと下がりゃ」

 レイラは手をシッシッと動かす。

「なんと無礼な!!」

 イザベラは顔を真っ赤にして非難する。

「こちらにいらっしゃるアナスタシア様は王家ともゆかりの深い……」

「黙らっしゃい!!」

 レイラの怒声に辺りが揺れた。

 

「心得違いもはなはだしい。そのほう、我がザルリディア家にして何年になるのじゃ?」

 レイラの剣幕にイザベラは口をポカンと開け、動けないようだった。

 

「我々山のたみは、海の民と同格。我がザルリディア家は、言わば王家の客分じゃ。我が部族においては、身分も容姿も全く意味を持たぬ。魔力が全てじゃ。魔術の才のない者は、我が一族の者にあらず。そちのような万年初魔まんねんしょまなど、下女にも劣るわ」

「なんですって」

 イザベラは気を取り直したらしく、抗議の声をあげた。

 

「ことにそのご令嬢とやらからは、魔力の欠片かけらも感じぬ。そのような無能者を、我がザルリディア本家の嫁になどとは、片腹痛いわ」

 レイラは口元を侮蔑に歪め、プイッとそっぽを向く。

 イザベラはわなわなと震えながら口を開きかけた。

 

「姉上」

 エントランスに静かなレクラスの声が響いた。

 レイラが振り向くと、家宰を従えたレスラスがこちらへやって来るところだった。

「おお、ご当主。良いところへおじゃった。そなたの花嫁御はなよめごを追い出したのは、このバカ女じゃ」

 レイラはレクラスの方に振り向き、顎でしゃくるようにしてイザベラをさし示した。

 

「すべてうけたまわりました」

 レクラスは肯きながらレイラに目礼をすると、イザベラに向きなおった。

「大叔母上、追って沙汰をいたしますゆえ、今日はこのままお引き取り下さい」

 レクラスは落ち着き払った声でそう言うと、イザベラに向かって会釈をする。さすがのイザベラも、レクラスの有無を言わさぬ雰囲気に気圧けおされたようで、無言でわなわなと震えているだけだった。

 レクラスはそんなイザベラを一瞥すると、レイラに向きなおった。

「姉上、お話が」

「あい分かった」

 レクラスはレイラとともにエントランスを後にした。


***

 

「姉上。しばしの間、当主を代わっては頂けませぬか?」

 執務室に入るや否や、レクラスはそう言った。

 レイラは目を細めた。

「やっと本腰を入れる気になったか」

「はい。大叔母上の話が本当まことであるならば、シンシアは本気で身を隠しているはずです」

 レクラスは普段と変わらない様子でそう言ったが、その翠色の瞳の奥は揺れていた。

 レイラは視線を落とすと、

「そうじゃな。あのが全力で身を隠したら、妾でも見つけ出せる自信はない」

 そう呟き、再び顔を上げた。

 

「よかろう。そなたが無事、シンシアを連れ戻すまで、妾が族長を務めようぞ」

 レイラはレクラスの瞳をジッと見据えて言った。

「ありがとう存じます」

 レクラスは落ち着き払った表情を変えなかったが、瞳をパッと輝かせ、レイラに向かって深々と頭を下げた。

 

「レクラス。必ずやシンシアをともなって参れ。ひとりでの帰還は許さぬ。シンシアは我々一族にとっても大切なむすめなのじゃ」

「姉上。どんなことをしてでも、シンシアを見つけ出してみせます。くれぐれもよろしくお願いいたします」

「うむ。吉報を心待ちにしておるぞえ」

 レクラスはレイラに宝玉を渡し、再度深々と頭を下げると、サッと向きをかえ、足早に退出していった。


「シンシア。どうか無事でいてたも……」

 レイラはレクラスの後ろ姿を見送りながら、祈るように呟いた。

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