エントランス
ラセリアの屋敷のエントランスでは、ヴィオラとメイドの攻防戦が続いていた。
ラセリアは不在だとメイドに言われたヴィオラは、なんとなく納得がいかなかった。
いろいろとカマをかけてみたところ、メイドはポロリと、ラセリアが在宅だと洩らしたのだ。
その言葉尻を捕えて、ヴィオラは食い下がったが、メイドはなかなか手強かった。
ついにヴィオラは「ラセリアの忘れ物を届けに来た」と大ウソをついた。
「ですから、わたくしがお預かりして、必ず、ご当主様にお渡しいたします」
「大切なモノだから私が直接渡さないとなの」
「それなら、後日あらためてにしていただけませんか?」
ヴィオラは食い下がったが、メイドも必死に抵抗する。
「今すぐ渡さないとダメなのよ」
「そうおっしゃられても、ご当主様は今日はお帰りになりませんので」
「さっきいるって言ったじゃない」
「あれは……。とにかく、ご当主様は、今日はどうしても手が離せないんです!!」
メイドは顔を真っ赤にして言い切った。
「なら、待たせてもらうわ」
ヴィオラはそう言うと、エントランスに設置された椅子に腰を下ろした。
「いつお手すきになるかわかりません。明日になるかもしれませんし……」
「いいわ。いつまでも待つわよ」
オロオロするメイドをチラリとみると、ヴィオラは腕を組みでーんと尊大な態度で言った。
メイドはしばらくは困ったように、ヴィオラにあれこれ話しかけていたが、そのうちに慌てた様子で奥へ行ってしまった。
エントランスにはヴィオラだけになった。
ヴィオラは首をかしげた。
何度かこの屋敷に来たことがあったが、こんなに人気のないことは、いまだかつてなかった。
なにか不穏な空気が流れてるような、そんな不気味な感じがした。
「あれ? あなた、こんなところで何をしてるの?」
声をかけられて、振り向くと、黒髪の中年女性――イルトリーリが立っていた。
「あなた……。ああ、そうっか、確かユーリア様のとこの……」
「ヴィオラです」
「あ、そうそう、ヴィオラちゃん。すっかり大人になっちゃってねぇ」
イルトリーリはヴィオラを目を細めながら眺めるとニッコリ笑った。
「もしかして、ラセリア様に会いにきた?」
「はい」
ヴィオラは大きく頷いた。
ラセリアの親類であるイルトリーリなら、ラセリアに会わせてくれるかもしれないと期待に胸を膨らませる。
「あー、それはちょっと、無理かもしれないなぁ」
「え?」
「うーん。軽い内輪もめのような……」
イルトリーリは眉間にしわをよせ、言葉を濁す。
「やっぱり」
予想が当たったと感じたヴィオラは、沈んだ声で呟いた。
「え?」
「昨日のラセリア、なんか変だったので……」
「あー、それでわざわざ来てくれたの?」
ヴィオラは少し暗い顔で頷いた。
「うーん。そうねぇ。直で話ができないかもだけど、いい?」
イルトリーリは首をかしげながら尋ねる。
「はい。顔を見れれば、それでいいんです」
ヴィオラは目を輝かせて言った。
「イルトリーリ姉さん。それはちょっとまずいんじゃないっすか?」
後ろから声がして、振り向くと若い男性――ギンビスが立っていた。
「はぁ?」
イルトリーリは眉根を寄せて、あからさまに邪険な声を出す。
ギンビスとイルトリーリは従姉弟同志という、近しい間柄だ。
「ヴィオラさんは一族じゃないっす」
「一族じゃなくても、ヴィオラちゃんは、あんたより、よっぽど近いでしょ、血が」
指摘を受けたイルトリーリは、不快そうに薄い横目でギンビスを睨んだ。
「あ、いやー、なんっつうか、他家の人はまずいっしょ」
軽く怯えたギンビスは、へなへな笑いを浮かべる。
「別にいいじゃない」
「でも、やばいっすよ、なんか」
一、二歩後退しながらも、ギンビスは頑張った。
「ちっさ」
顔をゆがめたイルトリーリは吐き捨てるように言った。
「え?」
ギンビスはきょとんとして聞き返す。
「あんた、そんな小さいことばっか言ってるから、いつまでも師範になれないんだよ」
小馬鹿にして言い放つイルトリーリにギンビスは苦笑いを浮かべた。
「イルちゃんは相変らず手厳しいよなぁ。そこまで言わなくても……」
「ったく、ルーベンといい、あんたといい、うちの一族にゃ、まともなのがいやしねー」
イルトリーリは舌打ちをすると、ドスの利いた声をだす。
「俺はルーベン様と違って、一途です」
ギンビスはシャキンと姿勢をただし、胸を張って訂正した。
「誰も相手してくれないだけでしょが」
「ううう。姉さん、誰か紹介して」
イルトリーリはすがり付くよな勢いのギンビスを軽く黙殺し、ヴィオラの方を向いた。
「ちょっとびっくりしちゃうかもしれないけど、ついておいで」
そう言うと、ヴィオラを先導し、屋敷の奥へと案内した。