番外編 レイラの復讐
雨風はいっこうにおさまる気配はなく、それどころか一刻一刻と激しさを増していた。
レスラスは、確認できた要救助者が全て救助されたという報告を受け、一族の者たちに撤収の指示を出した。
「ご当主。大姫様のお姿が見えません」
「姉上が?」
つい先ほどまでは姉のレイラは近くにいたはずだ。
レクラスは辺りを見回した。
確かに、近くにレイラの姿も魔力の気配もない。
「姉上は私が探します。速やかに撤収するように」
レクラスは意識を集中させた。
雨風に遮られてはいるが、微かにレイラの魔力を感じる。
レクラスはレイラの魔力の方向へと向かった。
前方に見える川は濁流となって轟音を響かせている。
レクラスの目に、濁流にのみこまれそうな人影が見えた。
助けなければ。
レスラスは素早く術を練った。
ふと、視線を動かすと川の上に青白い瞬きが見えた。
その瞬間、レクラスの心臓が跳ね上がった。
レクラスの脳裏に幼い頃にみた光景が蘇る。
あの日も激しい雨が降っていた。
ドーンという大きな雷鳴。
そして、青白い稲光の中に見えた顔。
あの青白い瞬きは姉のレイラに違いなかった。
すぐにここから逃げろ。
レクラスの本能が叫ぶ。
しかし、レクラスは逃げ出すわけにはいかなかった。
当主としての責務をはたさなければならない。
レクラスは恐怖を振り払うように頭を振ると、飛翔術を行使し、川の中へと向かった。
滝のような雨と激しい風に邪魔をされ、なかなか近づくとができない。
見えていた人影がふっと消えた。
間に合わない。
レクラスは慌てたが、絶妙なタイミングで魔力が降り注ぎ、次の瞬間、人影が浮かび上がった。
ホッとしたレクラスだったが、心臓が凍りつくような衝撃に襲われた。
ふっと魔力が消え、人影は再び濁流の中に落ちていったのだ。
空に浮かんでいた青白い瞬きがゆっくりと降りてくる。
その瞬きは、先ほどから濁流に見え隠れしている人影の近くまで降りてくると、その場にとどまった。
溺れる人影を助ける素振りは微塵もなく、一定の距離をおいて、ふわふわと浮いている。
レクラスは恐る恐る近づく。
溺れているのは若い男性。
そして、姉のレイラが、その男性の頭上に浮いている。
レイラは必死にもがいている男を、静かに見つめているだけだった。
男の姿が濁流にのみこまれた。
レイラが手を動かすと、先ほど沈んだ男が水面に浮き上がった。
男を浮き上がらせたレイラの魔力が途切れる。
男は再び水中に落ちていく。
レクラスが男に近づくまで、それは何度も何度も繰り返えされた。
レクラスは男のすぐ近くに到達すると、レイラは無言で高度を上げた。
レクラスはレイラの様子に気を配りながら、慎重に男を水の中から引き上げる。
レイラからの邪魔は入らなかった。
が、頭上から強い視線をひしひしと感じていた。
「大丈夫ですか? 」
男はぐったりとしていたが、声をかけると微かに反応した。
レクラスはなんとか男を川岸へと運んだ。
その間中ずっと、頭上から冷たい視線を感じていた。
「ゲホッゲホッ」
男は大量の水を吐き出した。
レクラスは男の背中をさすってやりながら、恐怖に震える心を叱責し、頭上を見る。
青白い瞬きが見えた。
それはどんどん高度を増すと、そのまま見えなくなった。
「大丈夫ですか? 」
レクラスは警戒を解き、男に呼びかける。
男は応えるように顔を上げた。
レクラスはその顔に見覚えがあった。
「ドミンゴ殿? 」
男は頷いた。
レクラスはドミンゴと直接関わったことはなかったが、彼が姉・レイラと同門だったため、顔を知っていたのだ。
ドミンゴが再び苦しそうに咳き込む。
レクラスは介抱してやりながら、なぜレイラがあのような暴挙に出たのかが気になっていた。
「姉上と何か……」
ドミンゴはレクラスから顔を逸らすように下を向いた。
肩を上下にし、浅い呼吸を繰り返している。
よく見ると、微かに手が震えている。
レイラとドミンゴの間に何かあったに違いない。
レクラスはそう確信したが、ドミンゴにそれ以上追求することはしなかった。
なぜかこれ以上触れてはならない気がした。
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屋敷に戻ったレクラスを、姉のレイラは何事もなかったかのように、いつも通りの様子で出迎えた。
「姉上」
レクラスは意を決して声をかけてみる。
が、微笑みながら顔を上げたレイラの瞳の奥に言い知れぬ恐怖を感じ、「今日はお疲れさまでした」と労いの言葉で誤魔化すしかできなかった。
「ご当主もご苦労であったのぅ」
レイラは艶然とした笑みを浮かべ、目礼をすると、屋敷の奥へと消えていった。
その後、しばらく経ってから、ドミンゴが魔術師を廃業したという噂がレクラスの耳に届いた。




