番外編 出会い
幼い子供たちが笑い声をたてながら、霧にかすむ湖の中へと消えていった。
レイラはこの湖を『夢幻の湖』と呼んでいる。
人々の記憶や夢がうまれ、そしてたどり着く場所。
とくに、この辺りーー『まどろみの岸辺』には人々の楽しい思い出が行き交う。
レイラは大きな木の根元にゆったりと寄りかかり、現れは消えて行く幻像を眺めていた。
レイラは視線を動かした。
在らざる気配に身を起こす。
レイラの目はひとりの少年がこちらへ向かってやってくる姿を捕らえた。
少年は辺りをうかがうようにキョロキョロと見回しながら、こちらへとやってくる。
不安そうに首をを動かすたびに、青みを帯びた黒髪がサラサラと薄い珊瑚色の頬にかかる。
その美しく可憐な姿はこの世のものではないと思わなくはなかったが、気配は紛れもなく生きた人間のものだった。
「そこな子供」
少年はレイラを警戒するように、目を見開いた。
澄んだ灰色の瞳が揺れている。
「ここは生身の人間が来る場所ではない。早々に立ち去れ」
静かに言うレイラを、少年はまばたきもせずに真っ直ぐに見つめくる。
レイラも負けじと少年の瞳を見返した。
「そちは人間ではないのか?」
怪訝な顔で首を傾げる少年に、レイラは口元を緩めた。
ずい分と聡明で勘の良い子供だ。
本人は自覚していないだろうが、かなり質の良い魔力を持っている。
おそらくは、その魔力ゆえに、ここに迷い込んでしまったのだろう。
「妾は人間じゃ」
レイラの言葉に少年の表情が緩んだ。
「だが、妾は常人とは違う。妾は『霧の魔女レイラ』。普通の人間とは異なる技を持つ。この地は普通の人間には危険な場所じゃ。そちのような子供など、あっという間に夢幻へ取り込まれてしまう。命が惜しくば、今すぐ戻りゃ」
レイラは現世への方向を指さした。
少年はレイラの指につられるようにその方向を見たが、すぐに視線を戻した。
「レイラ。そなたにまた会うことは出来ようか?」
真っ直ぐにレイラの瞳を見つめながら問うてくる。
その真剣なまなざしに、レイラは一瞬だけ躊躇した。
「さぁ、それはわからぬ。会うこともあるかもしれぬし、もう二度と会うことはないかもしれぬ」
どのように答えたら少年が満足するのか、レイラにはわかっていた。
長年生きてきたレイラにとって、何の根拠もなく「会える」と言い切り、少年を納得させることは容易い。
しかし、ここは云わば神域。
この湖のどこかに、いにしえの夜の女神が眠っているのだ。
残念ながら、レイラはまだ夜の女神の眠る場所にたどり着くことができないでいる。
だが、この無限に広がる湖のどこかに女神が眠っているのは確実だ。
夜の女神の神域ともいえるこの場所で、嘘をつく訳にはいかない。
女神の気を損ねてしまえば、レイラは二度とこの場所に来ることすら叶わなくなるだろう。
レイラは長い年月のかけて、やっとこの場所にたどり着くことができた。
夜の女神にたどり着くことこそ、レイラの追い求め続けてきた夢なのだ。
「そなたに再び会うにはどうすればよいか?」
「全ては夜の女神の御心しだい」
少年は視線を落とし、何かを考えているようだった。
レイラは辺りの様子に気を配りながら、じっと少年を見つめる。
しばらくすると、少年は顔を上げた。
「ならば、余はそなたを必ずや見つけだそうぞ」
真っ直ぐにレイラの瞳を見つめながら、不敵な表情を浮かべた。
その子供らしからぬ表情に、レイラは目を細める。
少年はにっこりと笑うと、くるりと向きを変え、元来た方へと駆けて行った。
レイラはしばらくその後ろ姿を見送っていた。




