接点
レイラは滝壺に降りたった。
女神の神気はほとんど感じられず、懐かしい現世の空気に包まれてるという実感があった。
ふっと一息つき、向きを変えて滝を見上げる。
滝上――先ほどまでいた場所は、霧に霞んでまったく見えない。
ここは、どの地方のどの辺りなのだろうか。
そんなことを思いながら、周囲をゆっくりと見回した。
と、大きな岩のあたりに、何かが動くのが見えた。
目を凝らして、もう一度みてみる。
それは人影のようにも見えた。
レイラは気を引き締めて、ゆっくりとそちらへ歩き出した。
誰かがうずくまっている。
その横顔をみたレイラは息をのんだ。
「ヴィ、 ヴィルフリート様? 」
レイラは驚きの声をあげながら駆け寄った。
ヴィルフリートは返事をするかのように、静かに目を開けた。
「レイラ姫」
弱々しい声で言うと、苦しそうに顔を歪めた。
レイラは迷わずヴィルフリートの上半身を抱え上げると、何かを言おうとしているその口元に耳を寄せた。
「最後に愛しい貴女にお会いすることができた……」
ヴィルフリートは途切れ途切れにつぶやきながら手を動かし、レイラの頬に触れた。
「これは夢なのでしょうか。それとも、夜の女神が最後の望みを叶えてくださったのでしょうか」
レイラは目を見開いたまま動くことができなかった。
なぜヴィルフリートがここにいるのか。
どうして、このようなことになっているのか。
いろいろな疑問が浮かんだ。
しかし、今はそんな悠長なことを言っている場合ではなかった。
こうしている間にも、生暖かい血がレイラを濡らし、ヴィルフリートの顔はみるみる白くなっていくのだ。
「姫。女神は見つかりましたか?」
レイラは答えず、浅い呼吸をしながらもしゃべり続けるヴィルフリートを軽く制したが、ヴィルフリートはお構いなしに続けた。
「致命傷です。貴女ならお分かりのはずだ」
ヴィルフリートは瞳を曇らせた。
レイラは激しく首を横に振った。
分かりたくはなかった。
ヴィルフリートの命がもうすぐ消えてしまうなど、認めたくはなかった。
もう二度と会うことはないと思っていた。
ヴィルフリートは自分のことなど忘れて、どこかで幸せに暮らしているはずだったのだ。
それがこんな形で再会するだなんて。
なすすべもなく、弱っていくヴィルフリートを見ているしかできないなどと、絶対に認めたくなかった。
「姫、どうか教えて下さい。女神は……」
ヴィルフリートは懇願しながら、レイラの手を、瀕死の人間とは思えないくらい強い力で握る。
「私の最後の願いです」
レイラはハッとすると、大粒の涙をこぼした。
「未だ……。ですが、糸口は見つかりました」
ヴィルフリートは目を見開き、身を乗り出すようにしてレイラの顔を見つめた。
「近い将来、女神の元にたどり着ける。わたくしはそう確信いたしました」
「おお」
「ヴィルフリート様。全てはあなた様のお蔭でございます」
レイラはヴィルフリートの瞳を見つめ、しっかりと頷いた。
偽りではなかった。
現実と夢幻の湖が繋がったのだ。
今のレイラには、夢幻の湖の隅々まで見渡せる確信があった。
「あぁ、レイラ姫。貴女はやはり素晴らしい女性です」
ヴィルフリートはにっこりと微笑んだ。
「レイラ姫……」
レイラは虚空を掴もうとするヴィルフリートの手をとらえると、ぎゅっと握りしめた。
「ヴィルフリート様。わたくしはここにおります」
「ぁぁ、もう、貴女のお顔が見えません。貴女のたおやかな澄んだ瞳が……」
ヴィルフリートがレイラの手を弱々しく握りかえす。
「レイラ姫。もし、生まれ変わりというものがあるのならば、来世で私は必ずや魔術師として生れてきます。そして……」
ヴィルフリートは深く大きな息をついた。
「貴女のお傍に……。レイラ……」
最後の言葉は声にならなかった。
ヴィルフリートはゆっくりと目を閉じた。
ずっしりとした重みがレイラの身体にかかる。
「ヴィルフリート様。目を開けてくださいまし。ヴィルフリート様」
レイラは大きな声で何度も呼びかけた。
しかし、ヴィルフリートの目は二度と開くことはなかった




