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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
レイラ
36/64

接点

レイラは滝壺に降りたった。

女神の神気はほとんど感じられず、懐かしい現世の空気に包まれてるという実感があった。


ふっと一息つき、向きを変えて滝を見上げる。

滝上――先ほどまでいた場所は、霧に霞んでまったく見えない。


ここは、どの地方のどの辺りなのだろうか。

そんなことを思いながら、周囲をゆっくりと見回した。


と、大きな岩のあたりに、何かが動くのが見えた。

目を凝らして、もう一度みてみる。

それは人影のようにも見えた。


レイラは気を引き締めて、ゆっくりとそちらへ歩き出した。


誰かがうずくまっている。

その横顔をみたレイラは息をのんだ。


「ヴィ、 ヴィルフリート様? 」

 レイラは驚きの声をあげながら駆け寄った。

ヴィルフリートは返事をするかのように、静かに目を開けた。


「レイラ姫」

 弱々しい声で言うと、苦しそうに顔を歪めた。

レイラは迷わずヴィルフリートの上半身を抱え上げると、何かを言おうとしているその口元に耳を寄せた。


「最後に愛しい貴女にお会いすることができた……」

 ヴィルフリートは途切れ途切れにつぶやきながら手を動かし、レイラの頬に触れた。

「これは夢なのでしょうか。それとも、夜の女神が最後の望みを叶えてくださったのでしょうか」

レイラは目を見開いたまま動くことができなかった。


 なぜヴィルフリートがここにいるのか。

どうして、このようなことになっているのか。

いろいろな疑問が浮かんだ。

しかし、今はそんな悠長なことを言っている場合ではなかった。

こうしている間にも、生暖かい血がレイラを濡らし、ヴィルフリートの顔はみるみる白くなっていくのだ。


「姫。女神は見つかりましたか?」

 レイラは答えず、浅い呼吸をしながらもしゃべり続けるヴィルフリートを軽く制したが、ヴィルフリートはお構いなしに続けた。


「致命傷です。貴女ならお分かりのはずだ」

 ヴィルフリートは瞳を曇らせた。

レイラは激しく首を横に振った。


 分かりたくはなかった。

ヴィルフリートの命がもうすぐ消えてしまうなど、認めたくはなかった。

もう二度と会うことはないと思っていた。

ヴィルフリートは自分のことなど忘れて、どこかで幸せに暮らしているはずだったのだ。

それがこんな形で再会するだなんて。

なすすべもなく、弱っていくヴィルフリートを見ているしかできないなどと、絶対に認めたくなかった。


「姫、どうか教えて下さい。女神は……」

 ヴィルフリートは懇願しながら、レイラの手を、瀕死の人間とは思えないくらい強い力で握る。


「私の最後の願いです」

 レイラはハッとすると、大粒の涙をこぼした。


「未だ……。ですが、糸口は見つかりました」

 ヴィルフリートは目を見開き、身を乗り出すようにしてレイラの顔を見つめた。


「近い将来、女神の元にたどり着ける。わたくしはそう確信いたしました」

「おお」

「ヴィルフリート様。全てはあなた様のお蔭でございます」

 レイラはヴィルフリートの瞳を見つめ、しっかりと頷いた。


 偽りではなかった。

現実と夢幻の湖が繋がったのだ。

今のレイラには、夢幻の湖の隅々まで見渡せる確信があった。


「あぁ、レイラ姫。貴女はやはり素晴らしい女性です」

 ヴィルフリートはにっこりと微笑んだ。


「レイラ姫……」

 レイラは虚空を掴もうとするヴィルフリートの手をとらえると、ぎゅっと握りしめた。


「ヴィルフリート様。わたくしはここにおります」

「ぁぁ、もう、貴女のお顔が見えません。貴女のたおやかな澄んだ瞳が……」

 ヴィルフリートがレイラの手を弱々しく握りかえす。


「レイラ姫。もし、生まれ変わりというものがあるのならば、来世で私は必ずや魔術師として生れてきます。そして……」

 ヴィルフリートは深く大きな息をついた。


「貴女のお傍に……。レイラ……」

 最後の言葉は声にならなかった。

ヴィルフリートはゆっくりと目を閉じた。

ずっしりとした重みがレイラの身体にかかる。


「ヴィルフリート様。目を開けてくださいまし。ヴィルフリート様」

 レイラは大きな声で何度も呼びかけた。

しかし、ヴィルフリートの目は二度と開くことはなかった

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