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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
レイラ
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希望

「レイラ。何かあったのですか?」

 マティアスの言葉に、レイラはピクリと反応したが、すぐに素知らぬ顔で読書を継続する。

どうやら本人は動揺を隠したつもりになっているらしい。

レイラのその分かりやすい反応に、マティアスは微かに口元に笑みを浮かべた。


「レイラ」

 マティアスは声をかけてみたが、レイラはまるで何も聞こえていないかのようにページをめくる。

読んでいるにしては不自然なすぎるテンポだ。

そのいかにも「私は読書に没頭中です」ポーズに、マティアスは笑いをこらえながら続けた。


「レイラ。あなたは昔からそうやって抱え込んでしまう癖がありますね」

 レイラの手が止まる。

 マティアスは隣に腰かけ、レイラの顔を覗き込んだ。


「私は心配なのですよ。近頃のあなたは、めっきり笑わなくなってしまった」

 レイラはピタリと動きを止めたまま、身じろぎもしないでおし黙っている。


「レイラ。何をそんなに思いつめているのですか?」 

 マティアスは優しく穏やかな声でそういうと、静かに、レイラが口を開くのを待った。


「お父さま」

 レイラは顔をあげたが、マティアスの視線に気がつくと、再びうつむて、落ち着かなげに本のページをペラペラさせだした。

 マティアスはレイラの次の台詞を辛抱強く待った。


 レイラは顔をあげると、悲しそうに瞳を潤ませながら、マティアスをじっと見つめた。

「なぜ、わたくしは母上様のように美しゅう生まれなかったのでございましょうか」

 予想外の発言に、マティアスは「うっ」っと詰まる。


 レイラの容姿は美しくない。

醜いとまではいかないが、人並みに劣る。

動かしようのない事実だった。

そしてそれは、マティアスの遺伝子のなせる業だ。

 マティアスの器量はよくない。

ギョロギョロとした目、上向きぎみの鼻、薄くのっぺりとした唇、その上、髪の毛のコシはなく細くて薄い。

子供の頃のあだ名は「豚蛙」。

 レイラはマティアスほど不細工ではなかったが、その少し上向きぎみな鼻などは、明らかにマティアスのそれだった。

 

 マティアスも自分の容姿について悩んでいた時期があった。

笑ってはいたが、「豚蛙」と呼ばれるたびに、心の奥に何かがチクリと刺さった。

 少々太めだったので、必死で減量をしたりもした。

しかし、どんなに頑張っても、顔の造作だけは、どうにもならなかった。

 

 努力ではどうにもならない。

レイラはそのことはよく分かっているはずだ。

努力でどうにかなることなら、勝気なレイラなら、一生懸命努力して、きっと克服するに違いない。

そういう粘り強さをもった娘なのだ。

どうにもならない事だからこそ、レイラは思い悩んでいたに違いない。


「すみません。私のせいです。あなたは私に似てしまった」

 沈んだ声で目を伏せたマティアスをみて、レイラはハッとしたように目を見開いた。


「ごめんなさい……」

 消え入りそうな声で謝るレイラに、マティアスは笑いかけた。


「気にすることはないですよ、レイラ。この年になりますと、そんなことはどうでも良くなります」

「お父さま……」

「でも、若いあなたにとっては深刻な問題なのでしょうね。男の私ですら悩んだ時期がありましたから」

 マティアスの話に、レイラは顔を上げた。


「お父さまも悩んでいらっしゃっしゃったのですか?」

 レイラはまっすぐにマティアスを見つめながら、そう尋ねた。


「若い頃は、私も自分の容姿にコンプレックスを抱いていましたよ。少しでもマシに見せようと、流行の格好をしてみたりもしました。しかし、どのような格好をしても、いいえ、変に流行の格好などをした方がより一層自分の醜さが際立つ。残念ながら、こればっかりはどうにもならない……」

 マティアスの脳裏に昔の苦い経験が蘇ってくる。

 容姿の醜さをからかわれても、ニコニコと笑って誤魔化していた日々。

マティアスが大人しいことをいいことに、彼らの言動はエスカレートしていった。

 とっくの昔に忘れたと思っていたが、いまでもあの時のいやな気持ちは、どうやら、まだ心の奥に残っているようだ。


「私は逃れるように魔術に没頭しました。魔術に容姿は関係ない。魔術の世界なら何にも囚われない。私は自由でした。私は次々に技を習得していきました。そのうちに、誰も私の容姿について馬鹿にする発言をしなくなりました。でもその頃には、もうどうでもよくなっていた。私にとっては容姿など何の意味ももたない。私は術の開発と応用の魅力に取り憑かれていたのです」

「お父さまが羨ましい。きっとわたくしには、どうでもいいと思える日なんかこない……」

 レイラは声を震わせ、下を向いた。

 勝気なレイラらしくもない、その様子にマティアスの心は痛んだ。


 いつものレイラなら、もっと前向きな発言をするはずだ。

ところが、今のレイラは卑屈になっていて、前を見ようともしない。

うら若き乙女のレイラにとって、自分の容姿が不細工だということは、それだけ耐え難いことなのだ。

 何とかしてやりたかった。

少々甘やかしすぎだという気はしないでもない。

しかし、マティアスは、どうにかして少しでもレイラの心を浮かび上がらせてやりたかった。


「レイラ。まだ実用化には程遠いのですが、今、私の考えている理論が合っているのなら、もしかしたら魔術で見た目を変えることができるかもしれません」

「本当ですか!!」

 途端に目を輝かせて、レイラはマティアスの顔を食いつくように、じっと見つめた。

マティアスはたじろいだ。


「あ、いや。まだ完成していませんよ? まだ、ほんの芽が見えたような状態なのです。術が完成するのには、まだまだ長くかかります。完成する前に、私の寿命の方が尽きてしまうかもしれない」

 慌てて訂正する。


「完成していなくてもかまいません。お父さま、是非その術をお教え下さいまし」

 レイラは両手を拝むように組んで、瞳をキラキラさせてマティアスを見る。

 マティアスは身体を引き気味にして聞いていたが、少しの間の後、「フウッ」と息を吐き肩の力を抜いた。


「今のあなたには無理です」

「え?」

レイラはきょとんと首をかしげた。


「中級魔術師でしかないあなたの手に負えるような代物ではありません。そうですねぇ。師範……、最低でも師範魔術師程度の技能がなければ、理論すら理解することができませんねぇ」

 マティアスはアゴに手をやりながら、不敵な笑みを浮かべる。


「師範になったら教えてくださいますか?」

 レイラは真直ぐにマティアスを見つめる。


「あなたの技能が見合うならば」

 マティアスはわざとそっけない表情でチラリとレイラを見た。


「本当に、教えてくださいますね」

 レイラは組んだ手に力を籠めて、すがり付くように念を押す。


「約束いたしましょう」

 マティアスは頷きながらそう言うと、レイラの目をじっとみて微笑みかける。


「良かった」

 レイラはキラキラと瞳を輝かせながら、満面の笑みを浮かべた。

そして、ペコリと礼をすると、軽い足取りで図書室から出て行った。


 マティアスはレイラの後ろ姿を、微笑みながら見送ると向きを変え、図書室の奥へと向かった。

目的の書籍を見つけ、手をかけようとし、その手を止めた。

ゆっくりと振り返り、図書室の出入り口の方向に目をやる。


「もしかしたら、あの子が完成させてくれるかもしれない」

 マティアスは独り言をつぶやき、「フッ」っと笑って、再び目的の書籍に目をもどした。


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