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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
レイラ
19/63

ショック

 レイラは周囲に誰もいないのを確認すると、池の水際にしゃがみこんだ。

服の中から袱紗を出し、口元に微笑を浮かべながら、開く。

なかには、可愛らしい小さな小花をあしらったかんざしが包まれていた。

 レイラははにかみながら、かんざしをそっと髪に挿し、池を覗き込む。


「レイラ様。どちらにおられます?」

 侍女の声に、レイラはハッとして、慌ててかんざしを隠すようにしまう。

「なに用じゃ」

 レイラはすくっと立ち上がると、何事もなかったかのように悠然と振り向いた。


*****



「挿してくれたんだね」

 声に振り向くと、ドミンゴが立っていた。

ドミンゴはレイラより、1、2歳ほど年上で、そのスラリとした長身と甘いマスクは、少女たちのあこがれの的でもあった。


「似合ってるよ。とてもかわいい」

 優しい微笑を浮かべるドミンゴに、レイラは目元を朱く染め、恥ずかしそうにうつむいた。


「いつもの所で待ってるよ」

 ドミンゴはレイラの耳元に甘い声でささやく。

レイラははにかみながら頷くと、チラリとドミンゴを見上げた。

ドミンゴはとろけるような優しい瞳でレイラに笑いかけると、向きを変え、訓練場の方へと歩きだした。

レイラはそんなドミンゴの後ろ姿を、見えなくなってもずっと見つめていた。


*****



 まだ、かなり時間があった。

いつもより頑張って、課題を早く終わらせたレイラは、待ちきれなくて、そわそわしながら、辺りを見回した。

 視界の端に、スラリとした長身が見えた。


 あれはドミンゴに違いない。


 レイラはパッと輝くように微笑みながら、ドミンゴの消えた方へと向かった。


 ドミンゴの姿を確認したレイラは、駆けよろうとして足を止めた。

 他に人が居たからだ。


 レイラはドミンゴに「しばらくの間は付き合っていることを秘密にしておこう」と言われていた。

その提案にはレイラも賛成だった。

 皆に知られるのはちょっぴり恥ずかしかったし、お互いにまだ修行中の身だ。

それに、レイラはザルリディア家の長女だ。

レイラは、ザルリディア家の娘というのが、どのような立場で、どのように振る舞わなければならないかを、幼い頃より叩き込まれて育った。

 今は二人の関係は秘密にしておいた方が、要らぬ波風がたたずにすむということは、レイラも理解していた。


 レイラがさしたる用事もないのに、他の者たちと一緒にいるドミンゴのそばに行くことは憚られた。

かといって、その場を離れることも忍びない。

結局レイラは物陰に隠れて、こっそりとドミンゴの姿を見つめていた。



「今回も僕の勝ちだな」

 ドミンゴは勝ち誇ったように言った。

「まだだろ。誘い出せたらっていう条件だったぜ?」

「ハハハ。それももうすぐだよ。あの豚は僕に夢中さ。呼び出せばすぐに飛んでくるよ」

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

「ドミンゴ。確かにお前の言う通りだよな。姫君はいっつもお前をみてる」

 ドミンゴは楽しそうにクスクス笑いながら聞いている。


「しかし、ドミンゴ。お前すごいよな。あの高慢ちきな姫君を陥落させやがった」

「フハハ。ああいうお堅い女のが、案外攻略しやすいんだ。ちょっと優しい言葉をかけてやれば、あっという間に落ちる。簡単さ」

 ドミンゴは自慢げに豪語した。


「さすがは名うてのプレイボーイだ。俺には真似できないなぁ。あのブスの顔を間近でみるなんて、ゾッとする」

「そりゃぁ僕だって、できれば御免こうむりたい。君たちとの賭けがあればこそだよ? 彼女のあの鼻の穴はすごいよ。息をする度に大きく膨らんで、笑いをこらえるのに一苦労さ。『ザルリディアの豚姫』とはよく言ったもんだ」

 ドミンゴは「プププ」と笑った。


「それにしてもドミンゴ。お前大丈夫なのか? あの豚は執念深そうだぞ」

「ハハハ。心配はいらないよ。あの豚はプライドが異様に高いから、誰にもしゃべることはないよ。しゃべったとしても、何の証拠もない」

 余裕の表情で事も無げに言う。


「かんざし渡してなかったか?」

「ああ。あれは道端で拾ったもんだよ。あんな安物を恋人に贈るとか、普通、有り得ないだろ」

「たしかに、今どき、子供でも挿さないよな、あんなちゃちいのは」

 一斉に噴きだし、大笑いする。



レイラは耐え切れずに、そっとその場を離れ、逃げるように駆けだした。

人気のないところにたどり着くと、膝を抱えるようにしてしゃがみこんだ。


 悔しかった。

悲しかった。

恥ずかしい。

今すぐ死んでしまいたい。

消えてしまいたい。


 しばらく震えていたレイラだったが、ハッとして立ち上がった。


 こんな所にいつまでもいるわけにはいかない。

レイラの姿が見えなくなれば、皆が心配して捜しはじめる。

こんな所にいるところを見つかったら、何があったのか詮索されるに違いない。


歯を食いしばり、右手の拳を震えるくらい握りしめる。


 知られたくない。

絶対に知られるわけにはいかない。

レイラのプライドが決して許さない。

ザルリディア家の娘が、他家の男にバカされるなど、あってはならないのだ。


 レイラは大きく息を吸うと、歩き出した。

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