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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
ラセリア
17/63

番外編 ラセリアの過去

 それは偶然だった。


 その日、ラセリアはイルトリーリを従えて、王家の離宮を訪問した。

 王家の幼い姫君が、ラセリアに会いたがったのだ。

いつもならば、そのようなくだらない用件は即座に断わるラセリアだったが、姫君の年齢を耳にした途端、戸惑いをあらわにした。

姫君は、前年亡くなった、ラセリアの息子・ルーフィスと同じ年だったからだ。


 ラセリアは、ルーフィスを亡くしても、何事もなかったように、気丈に振る舞っていた。

涙を見せたのは、たった一度だけ。

外出中に息を引き取ったルーフィスの遺体と対面した時だけだった。

 幼いころからずっとそばで見守ってきたイルトリーリには、そのことが気がかりだった。

気丈に振る舞えば振る舞うほど、ラセリアの心が悲痛な叫びをあげているように思えてならなかった。

姫君に会えば、ルーフィスを思い出してしまい、よけいに辛くなるかもしれない。

それでも、もしかしたら・・・・・・。

イルトリーリは可能性にかけてみた。

祈るような思いで、イルトリーリはラセリアに姫君との対面を勧めた。


 姫君は愛らしかった。

ラセリアの姿をみたとたん、大喜びでラセリアに飛びついた。

目を丸くしたラセリアだったが、すぐにニッコリと優しく微笑むと、姫君をギュッと抱きしめた。

ちょっぴりお転婆で、天真爛漫な姫君はラセリアの心を掴んだようだった。

 楽しそうに姫君と戯れるラセリアを見て、イルトリーリはホッと息をついた。

その日は、幸せな一日になるはずだった。


 姫君との対面を終えたラセリアとイルトリーリは、外を少し散歩することにした。

離宮から少し行ったところに、市がたっていた。

市の活気のある賑やかで明るい雰囲気にラセリアはさらに気をよくしたようだった。

ニコニコと興味深そうに、露店を覗いては、店員との軽い掛け合いを楽しんでいた。


 ラセリアの足が不意に止まった。

不思議に思ったイルトリーリは、横からラセリアの顔を覗き込んだ。

ラセリアの視線の先に目をやったイルトリーリは息をのんだ。

 よく見知った人物がいた。

スラリとした長身に、少し長めの柔らかい栗毛。

ラセリアの夫・ルーベンだ。

ルーベンはこちらに全く気がついていないようだった。

栗毛の男の子の手をひき、傍らにいる幼子を抱えたブロンドの女性と、なにやら親しげに話をしている。

その姿はどこから見ても、子供を連れた若い夫婦だった。


 イルトリーリは真っ青になってラセリアの顔を見た。

ラセリアは口元に艶やかな笑みを浮かべると、ゆっくりと方向転換し、歩き出した。

イルトリーリは慌てて後を追った。


「随分と甘く見られたものよ……」

 角を曲がったところで、ラセリアはポツリとつぶやいた。

イルトリーリは何も言うことが出来なかった。

 みたところ男の子は、六,七歳。

ルーベンの子供だとしたら、ラセリアと結婚当初かその前からということになる。

 にわかに信じがたかった。

ルーベンは、当時、付き合っている女性がいながら、ラセリアと結婚したのだ。

ラセリアの花婿候補はたくさんいたはずなのに。


「よりにもよって、魔女とはな」

 ラセリアはそういうと、「フフフフ」と嗤いだした。


「ご当主様……」

「良い。捨ておけ」

 ラセリアは再び歩き出した。

イルトリーリは、しばらくその場に立ち尽くしていた。



******



 ダルベルトはラセリアを先導し、魔術師協会本部の長い廊下を歩いていた。

右前方に見える部屋のドアが、少し開いていた。

 その微妙な開き具合に違和感をおぼえた。

 部屋のドアというものは、通常はぴっちり閉まっているか、全開しているかのどちらかだ。

夏の暑い日などに、風通しのため等で半開きにすることもあるが、今は暑い季節ではない。

寒い季節だ。

それに風通しのためにしては、開き具合が細すぎる。

慌てた人間が、きっちり締めるのを怠ったようなくらいの開き具合だ。

 几帳面なダルベルトは、そういうだらしない状態を見過ごすことができない性分だった。

ラセリアの前にもかかわらず、立ち止まってドアを閉めようとした。

中から聞こえてきた、聞き覚えのある声に、ダルベルトの動きが止まった。


「そんなこと言って、俺を困らせるなよ」

 ダルベルトは反射的にドアの隙間から室内を覗いた。

部屋の中に、少し長めの栗毛の男性と、ブロンドの小柄な女性の後姿が見えた。


「だってぇ。いつも私ばっかり……」

 女性は鼻にかかった甘えた声をだし、男性にしなだれかかった。


 ダルベルトはすぐ後ろに気配を感じ、息をのんで振り返った。

目を細めたラセリアの顔がすぐ近くにあった。

慌ててドアを閉めようとしたダルベルトの腕を、ラセリアのヒンヤリと冷たい手が掴んで止めた。

ラセリアの気配が静かに薄れていく。

ダルベルトは凍りついたように動けなくなった。


「もう少し我慢してくれ。な? そのうちにいいことがあるから」

「いいことってぇ?」

 男性は女性を抱き寄せると、耳元に口をあてた。


「ザルリディア当主にしてやるから」

 ヒソヒソ声で男性がささやいた。


 ダルベルトは息が止まりそうになった。

ラセリアの手が、ダルベルトからスーッと離れた。

息を殺して振り向いたダルベルトの目に、足音を立てずに静かに歩いてゆくラセリアの後ろ姿が映った。

 

 それから一カ月ほどたったある日、ラセリアはダルベルトに、ルーベンを連れてくるよう命じた。

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