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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
ラセリア
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マティアスの過去

 レグラは流れゆく水を眺めていた。

親友のダリウスは水の魔術の使い手だった。

ダリウスの操る水はまるで意志を持った生き物のようだった。

そんな優秀な魔術師でも、流行病には勝てなかった。

ダリウスの住む街を流行病が襲い、人口は一気に半減した。

ダリウスの両親も妻も、そしてダリウス自身も病に倒れた。

苦しそうに息をしながら、ダリウスは「マティアスを頼む」と、何度も何度もレグラに頼み、まもなく息を引き取った。

レグラはマティアスを手元に引き取った。


 マティアスはダリウスに似て、いやそれ以上に才能があった。

めきめきと頭角を現し、15才となり中級魔術師を取得した時点で、その実力は師範魔術師といってもいい程に成長していた。


 当時、ザルリディア当主の総領娘の花婿候補に、マティアスの名が挙がっていた。

総領娘はマティアスより三つほど年上だ。

年齢的には釣り合いがとれていなくもなかった。

しかし、レグラの師であるエルトファナが猛反対し、マティアスは花婿候補から除外された。


「レグラ。恨まないどくれな。今の王家の状況が、あたしには、なんだかおっかなくってしょうがないんだよ」

 エルトファナはそう言ってレグラに謝った。

 確かに、王家は乱れていた。

ちょうど、正妃が廃されたばかりだった。

廃された理由も、国王を呪ったという、どう考えてもおかしい理由だ。

国王は一人の美女に夢中だという噂がまことしやかに流れていた。

廃された正妃の産んだ王太子が廃されるのも、時間の問題かもしれない。

国内には、漠然と何か大きな異変が起きるのではないかという、不穏な空気が流れていた。

 もし王家の中で大きな争いが起きた場合、ザルリディア家は、確実に巻き込まれる。

年若いマティアスを、みすみす渦中に放り込みたくない。

エルトファナはそう判断したに違いなかった。


 エルトファナの不安は的中した。

国王が崩御し、すぐに寵姫の息子が即位したが、あちこちで反旗ののろしがあがったのだ。

あっという間に内乱状態に陥った。



「師匠」

 マティアスの声が背後から聞こた。

レグラはゆっくりと振り向く。


「マティアス。私は間もなく(いくさ)に行かなければならなくなるだろう。命を落とす可能性も高い」

マティアスは驚きを隠さずにポカンとしてレグラを見つめる。


「お前は優秀だ。お前の魔力は本家の方々に匹敵する。この内乱が続けば、近い将来、若いお前にも出陣の要請がかかってしまう。この(いくさ)は非常にくだらない戦だ。命をかけるような価値は全くない。そんな戦にお前をかりだし、命を落とさせては、私はダリウスに顔向けできない」

 レグラはマティアスの揺れる瞳を静かな眼差しで見つめた。


 マティアスは親友・ダリウスの忘れ形見。

自分の子ならいざ知らず、親友からの大切な預かりものを、こんなことで死なせてしまうわけにはいかなかった。


「魔力を隠しなさい。いいか、お前が優秀であることを忘れさせるのだ。他人に(あざけ)られることをおそれるな。むしろ、馬鹿にされたら喜びなさい。立派なことを言ったとしても、死んでしまえばそれまでだ。最終的には生き残った者が勝者なのだ」

 マティアスは承服しかねるとでも言いたげに視線を落とした。

 それは当然だった。

レグラだって、こんなことは言いたくない。

マティアスは幼い頃から、その容姿をからかわれてきた。

そのコンプレックスを反動にして魔術に打ち込んできたことも、レグラは知っている。

コンプレックスを完全に克服するためにも、マティアスにはその実力に見合った華々しい活躍をさせてやりたい。

 しかし、現状はそれを許さない。

マティアスを無駄死にさせるわけにはいかないのだ。


「若いお前には納得しかねるかもしれない。しかし、この内乱が終わったとき、私が今言ったことの意味を、お前は目の当たりにするだろう。私の弟子でいたいのならば、私の言ったことを必ず守るのだ。この内乱が終結するまで、決して他人にお前の実力を気取られてはならない。隠せ。いいな」

 強い口調でいうレグラに、マティアスは「はい」とかすれる声で返事をし、うつむいた。

レグラは微笑むと、マティアスの頭をぐちゃぐちゃと力強く撫でた。


 数週間後、レグラは出陣し、二度と戻ることはなかった。

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