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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
ラセリア
11/63

会議後の執務室

 ダルベルトは浮かない顔で、執務室に入った。


「決まったのか。して、犠牲者はどの御仁じゃ?」

 書状に目を通していたラセリアが顔を上げる。

その華のように美しい顔をみたダルベルトは、いたたまれなくなって、思わず目を背けた。


「犠牲者などとは……」

「隠さずとも良いわな。前夫殿を半殺しにした妾じゃぞえ? 恐ろしゅうて誰も名乗りをあげなかったであろう?」

 ラセリアはまるで他人事のように言った。


「いいえ。けっして左様なことは……」

 図星をさされ、ダルベルトは口ごもった。


「ダルベルト、妾が気が短いということは存じておろう?」

 ラセリアが片眉をあげた。

その澄んだ瞳が妖しく光る。


「マティアス様です」

 ダルベルトは慌てて、あの男の名を告げた。


「ん? マティアス?」

 ラセリアは不思議そうに眉根を寄せる。

どうやら、ラセリアにとっても、マティアスの存在は極薄らしかった。


「レグラ様のところの……」

 ラセリアは視線を斜め上にして、考えていたようだったが、すぐに思い出したらしく、ダルベルトに視線を戻した。


「ああ、あの影の薄い変わり者か。可哀想にのぉ。押し付けられてしまったのか……」

「いえ。自ら名乗りをあげられました」

「条件はなんじゃ?」

「え?」

 ラセリアの突然の問いにダルベルトは間抜けな声を出した。


「宮廷魔術師の座でも欲したか?」

「いえ。ご当主様が、宮廷とも、協会とも距離を置くおつもりであることは、十分に理解しておられます。一族のことにも口を出すおつもりはないとのこと」

「ほう。それは重畳。マティアスとやらは、頭の悪い男ではなさそうじゃのぅ」

 ラセリアは興味深げに目を細めた。


「して、条件は?」

「ご自身の研究が続けられるならばと」

「それだけか」

「後は……。そういえば、三食昼寝付きかどうか確認してらいしゃいましたが……」

 ダルベルトはマティアスの自信なさげな曖昧な笑顔を思い出してしまい、ラセリアの目前にいるにも関わらず、身体の力が抜けていくような気がして、こっそり足を踏ん張った。

 

「三食昼寝付きとな。ホホホホ」

 ラセリアはとても楽しそうにコロコロと鈴の転がるような笑い声をたてた。


「ほんに変わった男じゃのぅ。よかろう。好きなだけ研究させてやるが良い」

「ご当主様。本当におよろしいのでございますか?」

 納得出来ないダルベルトは、思わずラセリアに確認する。


「ん? 研究費くらいで傾く我が家ではなかろうて」

「いえ。その……」

 ダルベルトは口ごもる。


「どうした、ダルベルト。今日はいやにモゴモゴしておるな。入れ歯の調子でも悪いのか?」

 ラセリアは皮肉たっぷりに言った。


「心外な。わたくしは入れ歯などではございません」

 ダルベルトは反射的に反論する。


「では、差し歯がとれたか?」

 ラセリアは真剣な声を出したが、目はダルベルトをからかうように笑っている。


「ご当主様……。マティアス様のあのご器量。本当におよろしいのでございますか?」

 ダルベルトは意を決して尋ねた。


「フハハハ。ダルベルト、その方、妾に仕えて何年になる? 容姿など、そのような些細なことにこだわる妾ではないわ。我が一族で、魔力さえあれば誰でも構わぬ。それにのぅ、妾は殿方になど何も期待してはおらぬゆえ」

 ラセリアの瞳の奥が切なげに揺れた。


「ラセリア様……」

「祝言は最低限で良い。二度目などとは外聞が悪くてかなわぬ。新郎殿にもそう伝えてくりゃれ」

 ラセリアは話は終わったとでも言うように、視線を書状に戻した。


「かしこまりました」

 ダルベルトは一礼をすると、執務室を後にした。


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