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ある一族の物語  作者: 岸野果絵
ラセリア
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違和感

 ヴィオラはのんびりとコーヒーを味わっていた。

目の前の揚げ饅頭をてにとり、「はむっ」とかむと、口の中に、ほどよい甘さと香ばしさが広がった。

 きのう、再従妹からお土産としていただいた揚げ饅頭。

再従妹のラセリアから、コーヒーによく合うと教えてもらい、それを実行したのだ。


 やはり、ラセリアの言うことに間違いはなかった。

コーヒーの苦味と揚げ饅頭の甘味は、口のなかで絶妙に混ざり合い、ほわ~んと癒やされる気がする。


 ヴィオラはしまりのない惚けた顔で、絶妙コラボを堪能しながら、ラセリアの美しい顔を思い出していた。

三つほど年下のラセリアは、ヴィオラの知ってる中でも、とびっきり綺麗な顔立ちをしている。

子供のころから、とても綺麗な子だと思っていたが、近ごろなどはため息が出てしまうくらい美しい。

見ているだけで吸い込まれそうになる。

 ヴィオラはラセリアに会う度に、その姿に見惚れて、女神さまのようなラセリアと間近で親しくおしゃべりできる幸福をかみしめている。


 ラセリアは、魔術師の名門・ザルリディア家の当主だ。

魔力の欠片もない一般人のヴィオラにとっては雲の上の上のような人で、本来なら、そばに寄ることすらできない。

しかし、ラセリアとヴィオラは曾祖父は違うが、曾祖母を同じとするハトコなのだ。

 ヴィオラの母の話によると、曾祖母はヴィオラの曾祖父と死別した後に、ラセリアの曾祖父の元に嫁入りした。

そして再婚後、曾祖母はラセリアの祖母を産んだそうだ。

 ヴィオラの曾祖父は魔術師ではなく、その娘のヴィオラの祖母は魔術師にならずに、一般の男性と結婚した。

その娘の母も魔術師にならずに、一般人の父と結婚し、ヴィオラが生まれた。

だから、ヴィオラにはそっちの才能はほとんどない。


 ヴィオラが、自分に魔術師の血が流れているのを知ったのは、祖母の葬儀の時だ。

その時に、はじめてラセリアと対面した。

 こんなに綺麗な子が世の中に存在するのかと驚き、葬儀の間、ラセリアが気になって気になってしょうがなかった。

あまりに見惚れてしまい、階段に気がつかず、足を踏み外してしまった。

気がついたときには、すでに遅く、ヴィオラは「ひょへぇ」という間抜けな声をあげながら、空中にダイブしていた。

視界の端に、母の驚きと怒りと諦めの混じったなんとも言えない顔が映った。


 後で絶対怒られる。

いや、その前に、この高さから落ちればただでは済まない。

しかも、大勢の人の見ている前での転落だ。

怖いし恥ずかしいし、きっとものすごく痛い。

三重苦だった。

 ゆっくりと地面が近づいてくる。

 死ぬ……。

ヴィオラは諦めて目をつぶった。


突然、ふわっと重力を感じなくなった。

ヴィオラの身体は宙に浮き、ゆっくりと緩やかに階下に降りた。

目を丸くして、不思議な力を感じた方向を見ると、ニッコリと微笑むラセリアの姿があった。

ヴィオラには、その深い緑色の瞳が、怪しく光っているように見えた。


 ラセリアは魔術を使い、ヴィオラを助けてくれたのだった。

しかし、その時のヴィオラには何が起こっているのか、全く分からなかった。

後で母に聞かされて、ヴィオラは慌ててラセリアにお礼を言いにいったのだ。

 なぜかラセリアはヴィオラを気に入ってくれて、ヴィオラもラセリアが大好きで、それからずっと二人は細々と交流をするようになった。


 ラセリアにとって、魔術師の世界と無縁のヴィオラは、珍しくもあり、また気安い存在であるようだった。

ヴィオラと二人きりの時のラセリアは、ザルリディア一族の若き女当主ではなく、普通のどこにでもいるひとりの女の子になる。

それは、ラセリアとヴィオラが大人になった今でも変わらない。

 いつもはツンとおすまししているラセリアが、ヴィオラに対しては「お姉ちゃま」と無邪気な笑顔で甘えてくるのは、ヴィオラにとってはちょっぴり自慢の種だ。


 普段は手紙で交流しているのだが、一年に一度か二度、ラセリアは一人で王都の郊外に住むヴィオラの家にやってくる。

ヴィオラの家でおしゃべりする事もあったし、昨日のように、少し遠出をすることもあった。


 昨日は、ヴィオラの知人から小さな馬車を借りて、花見に出かけたのだ。

 川沿いに植えられた桜はまさに見頃で、菜の花もかわいらしい黄色い花を咲かせていた。

二人はそこでお弁当やお菓子を頬張りながら、他愛もないおしゃべりをたくさんした。


 ラセリアは聞き上手だった。

楽しそうにニコニコしながら、絶妙なタイミングで相槌をうってくれる。

ラセリアに促されて、ヴィオラは自分の身の回りでおきた出来事――ほとんどがヴィオラの失敗談だが――をしゃべりまくり、気がつくと、いつもヴィオラの独演会になっているのだった。



 そこまで思い出して、ヴィオラはハッと動きを止めた。

昨日のラセリアは、いつになく饒舌だったのだ。

いつもはヴィオラの独演会なのに、昨日は違った。

なぜか、子供の頃のことや、飼っていたペットのことや、そんな話ばかりしていた。

 その時は、やっとラセリアも子供を失った悲しみから脱したんだと思っていた。

でも、なんか違う。

ラセリアは無理に明るく振る舞っていたのではないか。

 思い起こせば、最近の話題は何一つなかった。

 ラセリアはあまり自分のことを話さない。

話さないけれど、ここまで何も話さないというのは、少しおかしな気がした。

たまたまかもしれない。

いや、やっぱり、おかしい。


 ヴィオラはコーヒーを一気に飲み干すと立ち上がった。

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