陰陽師だけど妖に憑かれて困ってる
「俺、陰陽師だよな」
「ああそうさ。確かに陰陽師だぜ?お前はよ」
「そうだ。俺は陰陽師だよな」
「そうねェ。アタシとしちゃァ、あと数年が食べ頃なんだけどねェ、アンタは」
「……ほんとに、陰陽師、だよな」
「そうだよ。陰陽師だよ。それより僕暇なんだあ、遊ばない?」
「……。……本当に、陰陽師、…だよな」
「そうでしょう。まあ、私達がいる時点で少々異端かもしれませんけどね」
成晴は数秒の沈黙の後、叫ぼうと一度唇を動かしかけ、しかし諦めたかのようにそこから大きなため息を吐いた。
鬼頭成晴。16歳。男。かの有名な大陰陽師の一族のようにはいかないが、いつから始まった家柄かはわからないがひっそりと現代にまで血の続く陰陽師一家の青年だ。まあ始祖は生粋の陰陽師ではなかったのだがそれはまた別の話だ。
はてさて。成晴はなにやら諦めの悟りを開いたかのように石階段に座り込んでいる。ここは高台にある神社に続く石階段の一番高い場所である。あと一歩で神社であろうに、成晴はそこに腰を下ろして再びため息を吐くだけ。
「自信なくすっての、これじゃあ」
「あらァ、なんで?」
そんな成晴の耳には先程の声の一つが届く。楽しそうな声音がまたいっそう成晴の顔を疲れさせた。
「なんでもなにも、お前らが憑いてるからだろうが」
幾分かの苛立ちを声に乗せて成晴はぐいと顔を上げて空を仰いだ。見えるのは、真っ青な空……だけのはずがなく。
「普通陰陽師に妖が4体も憑くかよ!?」
そこに見えたのは、背景に晴れた空を背負った異形のモノの姿4つ。一つはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、一つは楽しそうに舌舐めずりをし、一つは遊んでと不満気であり、一つは何を考えているやらわからぬ瞳で。この4つが頭上から成晴を覗き込むようにしていたのだ。思わず成晴は両腕を突き上げてそれらを振り払うようにぶんぶんと振った。が意味もなく、彼らはあっさりとそれを避けてまた元通りだ。
「おいおい、なんだ成晴。癇癪でも起こしたってか?」
「うるさいシロ」
シューシューと空気が抜けるように笑うシロ、と呼ばれたそれは細長いしかし太い体をくねらせながらニヤリと意地の悪い笑みを重ねた。その姿は幾百年も生きながらえた白蛇であり胴の太さは電柱のそれよりある。それもかなり太めの、だ。
「仕方ないさァ、シロ。成晴はアタシらが憑いてるのが嫌なんだからねェ」
「ああ、ああ。そうだったな。ま、俺は離れる気ねぇし、諦めろ」
「アタシもよ」
「だよなあ、コガネ」
そう言ってシロと笑うのは、コガネの名の通りに金色に輝く毛並みを持つ、狐。笑う度に覗く舌がやけに赤い。
「ちょっと待って、アカもずっと成晴といるからね!だからほら、遊ぼ?」
蛇と狐。それに続くように名乗りを挙げたのはなんとも遊びたがりな赤茶の犬だ。人懐っこそうな様子は、やはり犬だからだろうが、大きさは大型犬よりデカイ。もはやライオン…もしくは小型の熊並みだ。名は蛇と狐と同じく見たまま通りである。しかし忘れてはならない。蛇、狐、犬。まだあと一体いることを。
「で。お前はどうなんだよクロ」
「私も最期までお憑きしたいですね。勿論」
シロにクロと呼ばれ、穏やかで丁寧な物言いで返したのは、他の三体より幾分か小さな成りの猫。名の通り、黒い猫だ。他三体より小さいと言えど、普通の猫よりは大きいが。クロは他三体と違い、成晴に生前可愛がってもらっていた所謂化け猫だ。ただの化け猫ならよかったが、クロの場合力が強すぎる。それこそ他3体に並ぶ力だ。死んでも尚、成晴の傍にいたかったらしい。だからと言って憑くこともなかっただろうに。しかし生前可愛がっていた愛猫であるので成晴はどうも強く言えない。
「はあ……」
そんな大妖4体のやりとりも成晴の耳はスルーした。疲れたように溜め息を吐くだけで、あとはどこか遠くをぼんやりと見ている。成晴に憑いている妖にとって、主がそんな様子であるのは気にかかる。憑いているといっても悪い意味ではない。妖は成晴を少なくとも好いているから憑いているのだ。だが成晴がそんな様子になっている理由が理由だけに、シロ達は互いに目を見合わせてオロオロしだした。離れろと言われても、妖はそのつもりかまないほどに成晴を気に入っているからだ。そのうちシロがわざとらしくゴホンと咳をしてから、代表して口を開いた。
「あー。こんな高位の四体も使役してるって考えりゃいいじゃねえか。ほら、あれだ、式ってな」
「命令きかない式なんてあるかよ。大体使役してないし、勝手に憑いてきたんだろうが」
慰めたつもりがカウンターとして返ってきた。シロは「うっ、」と唸って口を閉ざした。
「ならさァ、成晴。やっぱりアタシらを正式に式に、」
「駄目だ」
コガネがそう口にするもばっさりと切り捨てられる。他3体も二の舞にならないようどうなだめたらよいかわからずに、再び沈黙が舞い降りた。成晴はそんな4体の様子を見て思う。勝手に憑いた彼らの存在を余している自分に対し、彼らは正式に手順を踏まえ式契約をしてもいいと思っている。だがそれは違う。式契約は所謂人間側の妖側への一方的な鎖だ。互いに合意と言えど一方的な鎖などで彼らを縛りたくない。成晴とて彼らの好意は感じている。 それなのにこんな特に取り柄もない自分にどうして彼らが憑いているんだか未だにわからない。 最初は陰陽師である自分への嫌がらせかと思っていたが憑かれているうちにほだされたのかそうではないのだと思い始めている。むしろそれが自身にとって嫌であると思うことがなくなってきた。それが自分でも不思議だ。好意を寄せてくれている彼らだからこそ、式契約はしたくないのだ。
「式契約なんてしたら、お前らが大変なんだからな。ったく、……お前ら妖の中でも変わりもんだって言われないのかよ」
そう言っている時点で自身の中で彼らの存在は少なからず大きくなっていることに成晴は気づいていない。ガシガシと頭をかきみだす成晴の言葉に頭上の4体は嬉しそうに顔を見合わせた。
成晴と彼らの憑き合いはこれからも長くなりそうである。