第6話 方針変更
用意された車で市ヶ谷にある防衛省の建物に向かった森村であったが、車から降りた瞬間にある人物から声をかけられてしまう。
「森村、お前は昔から変わってるところがあったが今回の件は少々やばいことになってるぞ」
横須賀にいるはずの護衛艦隊司令がわざわざ出迎えるという前代未聞の行為であったが、幹部学校時代の同期の顔を見た森村は笑みを見せつつ口を開く。
「やっぱり先方はカンカンだったんだな」
「ふざけるな!! 大体お前はいつもいつも余計なトラブルを持ち込みおってからに......」
「鳴瀬よ、俺のおかげで出世コースに乗れたから良いじゃ無いか?」
「元々俺は海将になんてなりたくなかったぞ!!」
「お前ほどトップに向いている男はいないと思うけどな」
この二人、かつては同期の桜として幹部学校時代を共に過ごし、良き友人として支え合った過去があり、成績優秀者であった森村が最後の試験を白紙で出してしまったが故に鳴瀬が繰り上げで恩賜の帯刀組とあだ名される中において、首席になった経緯がある。
この一件は鳴瀬の本意ではなかったが、幹部として巣立った後も出世コースのレールに乗る中で森村が影ながら支えてくれたという負い目があり、護衛艦隊司令官となった現在では森村がしでかした行為に対して渋々ながらも上司として火消しに走り回る関係となっている。
「それよりも一体何があったんだ? 父島じゃあドラゴンが出たって騒ぎになっているみたいだが」
「そこまで情報を掴んでいたか。 報道管制もしっかり機能してないな」
「やっぱり事実だったか」
「ああ、まあ続きは中で話そうか」
鳴瀬は森村を地下にある会議室へと案内する。 室内には既に統合幕僚長や海上幕僚長、自衛艦隊司令官が集まっており、3人は森村の姿を見た途端に怪訝な表情をする。
「おやおや、海将がお揃いで......」
森村の惚けた言葉に対し、陸海空自衛隊を纏める統合幕僚長の吉田が口を開く。
「言葉が通じるようになったのをなぜ連絡してこなかった?」
彼の手元の資料には漂流者であるエルフの女性を救助したものの、言葉が通じないことから意思疎通が困難であることが書かれており、彼女達の詳しい経歴などは記載されていない。
「レジーナ王女が目覚めたのは昨夜の深夜でしてね、今朝早く電報を発信したつもりでしたが行き違いがあったみたいですね」
「外務省のお偉方はかなりのお怒りだよ。 まあ連中も強引にこちらの主権を奪った手前文句を言う筋合いは無いがな」
森村の悪びれない言葉に海上幕僚長である塚原が口を開く。 彼は森村の幹部学校時代の訓練幕僚を経験したこともあって森村の性格をよく知っており、彼に怒りを抱く吉田と違って冷静さを見せている。
「君の言いたいことは分かっている、要はどういった事態が進行しているか知りたいのだろう?」
「そんなとこですね」
塚原は森村の返事を聞いた後、手元のパソコンを操作して部屋のスクリーンにある映像を映し出す。
「これが今この国に起きている現状だ」
「これは......」
さすがの森村も目の前に映し出された映像を見て言葉を失ってしまう。
スクリーンには某艦の飛行甲板で横たわるドラゴンの姿があり、首筋に見える複数の傷口から血を流していた。
「昨日の朝、父島の警察官の元に住民から鶏小屋を荒らしている生き物がいると通報があって駆けつけたところ、鶏を食べているこのドラゴンの姿が目撃されたんだよ。 警察官と一般人の持っていた銃による発砲を受けて負傷して逃げていたところを力尽きたのか訓練中であった「うらが」の飛行甲板に不時着してしまったんだよ」
「「うらが」は今どこに?」
「ドラゴンを乗せたまま晴海に向かっているよ。 到着次第、しかるべき研究機関に移動させるつもりだ」
「やれやれ、まるで映画のような話ですね」
自分達以外に異世界と繋がりを持ってしまった人間がいたことに森村は呆れてしまうも、守の通訳によってフィリアから聞いたある証言を思いだしてしまう。
「彼女達はこちらの世界に来る前に霧に包まれたと証言してましたよ」
「何、それは本当か?」
森村の言葉に自衛艦隊司令である荻野が口を挟んでしまう。
「はい、乗っていた船が沈没した後しばらく夜空の星座を頼りに何日も彷徨っていたらしいですが、霧を抜けた後で星空を眺めていると星座が変わっていたと証言しています」
「では彼女達を包んだ霧を抜けたことによってドラゴンが父島にやってきたのかもしれんな」
「海幕長、父島の部隊に連絡して付近の海域を調査してもらおうか」
「そうですな、このまま放置すればまたぞろドラゴンが現れて父島の住民が襲われかねませんし」
「霧が抜けた次の日に本艦が発見しましたからその付近の海域を調べれば何か分かるでしょう」
本来は森村に対するの責任追及の場であったにもかかわらず、統合幕僚長達はあれよこれよと対応策を協議し始める。 陸で起きたことならいざ知らず、海上で起こった超常現象なら警察の出る幕では無く、炎を吐き出す凶暴なドラゴンが相手なら海上保安庁の巡視船では力不足である。
ある意味海上自衛隊を有する防衛省を頼らざる現状になりつつあることに気づき、3人は張り切ってしまったのである。
「お前、わざと電報を打たなかっただろ?」
「何のことかな?」
「惚けやがって」
会議を終え、喫煙所で呑気にタバコを吸っている森村の姿を見て鳴瀬は呆れつつも自身のタバコに火をつける。
「ふう、これでお前さんは関係者の仲間入りだな」
「既に巻き込まれているがな」
「統幕長達はともかくお偉いさん達は彼女を国賓として迎えるつもりのようだ」
「不法入国者扱いからあっさり手のひらを返したな」
「お前さんの言葉だけじゃ無く大学の教授達から猛抗議があったそうだ。 「貴重な遺伝子サンプル」だってな」
「実験動物扱いか......」
その言葉に機嫌を悪くしたのか森村は短くなったタバコを灰皿にグシャグシャと押しつける。
「考えて見ろ、今まで神話の中でしか知られていなかったドラゴンにエルフだ。 学者魂がくすぐられてしょうがなかったんだろうよ」
「だからこそ仲良くして血を下さいってか? 相変わらずこの国はどうかしてるよ」
「お前が言える口か?」
「少なくとも俺は彼女達を元の世界に帰したいと考えているぞ」
「だからこそ外務省への引き渡しを拒否したのか」
「ああ、警務隊を伴わずに奴らが来ることには納得できんしな」
「独身のくせに親父くさいことを言いやがって」
「可哀想だからだ」
森村はそう言い残すと鳴瀬をその場に残して喫煙所から出ようとする。 しかし、鳴瀬はそんな森村の背後から思い出したかのようにあることを伝え始める。
「言い忘れた、お前の艦に新しい副長が来ることになるぞ」
「こんな時期にか?」
「前の副長が急性胃腸炎で倒れて二ヶ月も経ってるんだ。 原隊復帰不能となればすぐに補充の人間が必要になるだろうが」
「どんな奴だ?」
「あとで電報を送るから目を通しておけ」
市ヶ谷で一通りの報告と情報収集を終えた森村は鳴瀬にあとを託し、「ゆきかぜ」に戻ることにする。
昼食を終え、「ゆきかぜ」にいる多くの乗員達が思い思いの休憩時間を過ごす中、艦橋上部では守とレジーナが二人っきりで東京湾を眺めている姿があった。
「こんな大きな船があることにも驚いたけど、あなたの国の街並みも素晴らしいわね」
「君の国にはこんな大きな船や建物はなかったの?」
「大きくてもせいぜいあそこにある建物までよ」
レジーナの指さす先にはコスプレイヤーの聖地ともされるピラミッドのような形をした晴海客船ターミナルの姿があり、彼女が言うには自身が住んでいた王宮とよく似ているとのことだ。
「あそこに建設中の建物は何?」
「オリンピックの選手村の建物だよ」
「オリンピック?」
「4年に一度、世界各国の代表者が集まって競い合うスポーツの祭典だよ」
守の言葉を受け、レジーナは彼の方に振り返って口を開く。
「私の国は人間と長い期間、戦争を繰り返していた。 私達は何度も講和を訴えてきたんだけど彼らは自分達と外見の違う私達を神が誤って生み出してしまった異物だと言ってきたの」
「ひどい.......」
「父は国王でありながらも総司令官として5年もの間、帝国軍と戦いながらも講和の道を模索していた。 しかし、去年の海戦でほとんどの軍船を失った責任をとって自害してしまったの」
「辛かったんだね......」
「いえ、私達の世界では国王の自決は高貴なものとされているわ。 事実、父の死によって帝国側は寛大な要求を持って和平を提案してくれたの」
「その内容ってまさか......」
「父の娘である私を皇帝の側室として差し出すことよ。 私は和平の象徴として彼の元へ向かっていたんだけど途中で船員達の裏切りに気づいて脱出したのよ」
悲しい表情を見せるレジーナの肩に守はそっと手を置く。
知り合って間もない二人で会ったが、レジーナは既に守に対し心を開き始めており、守もまた彼女に恋心を抱いている。
そんな二人の背後ではこれからの動向を見守る三人の男女の姿があった。
「そこだ、押し倒せ!」
「何なんですかこの人?」
「何を言ってるかは知らんが、あの男が姫様の夫になるのは認められん!!」
「おい、良いとこなんだから邪魔すんなよ」
「離せ、何を言ってるんだ!?」
二人に見つからないように広澤とフィリア、ジルの3人は初めのうちこそ静かに見守っていたのだが、二人の距離が縮まるにつれてフィリアが苛立って間に割り込もうとするのを広澤は必死で止めている。
「若い男女の恋愛に口を出しちゃダメだって」
「平民風情が姫様と結ばれてはいかん」
「二人はお似合いだって」
またもや言葉が通じ合わないはずなのに二人の会話は妙に噛み合っている。
傍らにいるジルは気づいてなかったのだが、この二人もある意味お似合いのコンビかもしれない。
「守、船が近づいてくるみたいだけど」
「え? あ、ほんとだ、あれは確か「うらが」だね」
「この船より大きいわね」
二人の視線の先には「ゆきかぜ」の後ろの岸壁に近づく掃海母艦である「うらが」の姿があり、艦尾の飛行甲板にはブルーシートに覆われた何かが積んであった。
「「うらが」がここに来るなんて珍しいな」
守がそう呟いた瞬間、目の前に見慣れた光が集まると同時に雪風が姿を現す。
「ヤッホー、元気してた?」
「お前、見ないと思ってたらどこに行ってたんだ?」
実習員サロンで昼食を取った後で姿を消していた雪風が現れたことに、守はどこに行ってたのか問いかけるも彼女は無視して「うらが」に向かって手招きをする。
その瞬間、彼女の隣に光が集まると同時に彼女と同じ背丈と服装でありながら短いショートヘアーの髪型をしている少女の姿が現れる。
「彼女は浦賀、あの艦の艦魂よ」
「よろしくおねがいします」
海上自衛官らしい見事な敬礼を送る浦賀の姿を見て守は思わず敬礼をして応える。
子供っぽい雪風と違い、母なる精神を持つと言われている掃海母艦であるためか浦賀の態度は大人びており、身長に不釣り合いな大きな胸の割には切れ長の目を持つ顔つきで貫禄を漂わせている。
「雪風姉様から一通りの事情をお聞きしました。 実は本艦も異世界からのお客様を運んでいる最中です」
「お客様?」
「昨日の午後、掃海訓練中に突然艦尾から近づいてきまして妹である豊後と違って私には武装が無いため、迎撃が出来ずに飛行甲板に不時着されてしまったのです」
「不時着?」
「乗員の話だとドラゴンだそうです」
「何ですって!?」
浦賀の言葉にレジーナは思わず声を上げてしまう。
「生きてるの!?」
驚きを隠せなかったのかレジーナは浦賀の肩を掴み、彼女の体を揺らしながら更なる情報を要求し始める。
突然の行為に驚いた守と雪風は彼女を押さえようとするが、浦賀は表情を変えずに口を開く。
「怪我をしていたみたいで不時着後程なくして死にました」
「そう、良かった......」
「何か知ってるみたいだね」
守の言葉に対し、レジーナは浦賀の肩を掴みながら口を開く。
「帝国軍の竜騎士隊のものかもしれないの」
「竜騎士隊?」
「ドラゴンを戦力として使役している部隊のことよ。 去年の海戦では大型の軍船から飛び立って連合王国軍を壊滅させた一因となっているわ」
「そんなやばい連中なのか?」
「恐らく行方不明になった私の捜索に向かっていた部隊がいたみたいね」
レジーナの説明によると魔法の力を駆使して飛行することが出来るドラゴンは航続距離が短いことから近年までは海戦の主力になり得なかったのだが、帝国の産業革命の影響を受けた改革で大型軍船の建造が可能となり、空母機動部隊のような運用をすることにより海戦に投入されて満足な航空戦力を持たない連合王国軍を苦しめるようになったという。
「ドラゴンがいたということは近くに帝国の軍船がいる可能性があるわ」
「残念ながらレーダーで確認できたのはその一頭のみです。 雪風姉様の証言と合わせると恐らく仲間とはぐれてしまったのでしょう」
「父島のことを含めて政府はその情報を先に知ってたってことか」
「そういうこと、これはややこしいことになるかもね」
市ヶ谷に行った森村と同じく、浦賀からもたらされた情報により守達は小笠原沖で異常な事態が生起していることに気づいてしまう。
その一方で、父島から本土へと帰還予定であった一機の飛行艇がある海域を目指して離陸することになる。