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第3話 海軍長官

久しぶりに投稿します。

連載当初の予想に反し、オリンピックの年を迎えてしまいました(汗)


「姫様、よくぞご無事で」

「ヴェルテス、まさか貴方が出迎えに来るとは」

「海軍長官として姫様のご無事を直接確認したく参りました」


 貴賓室に現れたヴェルテス元帥はそう言いながら、クレリアの前で片膝を着いてしゃがみ胸に手を当てて忠誠を見せる。

 彼は帝国海軍において生存する唯一の元帥でありかつ、海軍大臣でありながら海軍の最高司令官である海軍長官を兼務する海軍最大の実力者である。その成果としては連合王国との戦争において旧来の魔法に依存していた旧首脳陣の考えを一掃し、科学技術により進化した大砲を並べた戦列艦構想を立ち上げたことにある。20年前、相次ぐ連合王国に対する敗北と内戦により帝国の国力が低下したことにより、現皇帝は魔法に頼りきる戦術を駆使していた海軍司令部を一新。年功序列から新たに司令官となったヴェルテスは限られた予算を有効に活用するため、軍需工場における製造ラインの見直しと統一規格化を推し進め大艦隊の整備に尽力した。

 その後、これまで人より優れた魔力によって優位に立っていた連合王国海軍に対し、圧倒的な火力の応酬によって勝利を重ね遂には壊滅に追いやって終戦に導いたことにより今や国民からも英雄として尊敬されている。

 ただ、彼の問題点としては、連合王国の本土上陸作戦を最後まで主張する程の生粋のタカ派であった点にある。和平を模索していたクレリアにとって彼の存在は頭痛の種でもあった。

 現に、一部の貴族が親の敵討ちのために傭兵であるギルドの艦隊を雇い、一方的に竹島を攻撃させた裏には彼が深くかかわっていたのが明白であった。

 しかし、その当事者であるマシューやガガリの証言だけでヴェルテスの責任を追求する訳にはいかなかった。それだけ、彼の影響力は強く、クレリアだけで太刀打ちできない相手である。


「継戦派の貴方には面白くなくて?私が和平使節団を連れてきたのは?」

「そのようなことはございません。このヴェルテス、皇帝陛下に誓って姫様のご安全を願っております」

(老人め、白々しい)

(小娘め、余計なことをしてくれる)


 軍備を下げ、内需への投資に重点を置き文官の支持の厚いクレリアと、新兵器開発を通じて軍の権威を維持したいヴェルテスは兼ねてから折り合いが悪く皇帝の前でなければ、お互い顔を会わせたくない間柄であった。

 政敵ともいえる彼が真っ先に乗り込んできたことにクレリアは苛立ちを感じていた。


「海軍長官としての忠誠、しかと受け止めましょう」

「姫様、つきましては我が海軍の軍艦に移乗されませんか?ここより安全かと」

「残念ながら、快適な船旅でしたわ。特にここのお料理は素晴らしく是非とも宮廷にお呼びしたいと考えておりましたの」

「姫様、陛下も心配しておいでです」

「あら?陛下は私の好きにして良いと聞きましたわ。寧ろ、ここでいきなり移乗すれば日本側に不信がられますし」

(でしゃばりおって!!)

(うるさい、早く出ていけ!!)


 水と油の関係の二人にそれ以上の会話は発展せず、ヴェルテスは簡単な挨拶を済ませてその場を立ち去る。


「姫様、良いのですか?」

「あの老害に指図を受けるつもりはないわ」


 レベッカの問いかけに対し、クレリアは眉間にしわをよせつつ差し出されたコーヒーを口にする。


「戦争で物事が何でも解決すると考えるのは愚か者のすることよ。もし、連合王国で本土決戦となれば日本の存在がなくとも帝国は経済的に破綻するわ」


 長引く戦争とそれに伴う増税によって帝国内では不満が燻り、大艦隊構想を実現したとはいえ、国庫はひもじく債務を重ねている有り様であった。


「これ以上戦いが長引けば生活の苦しさから内乱が起きるわ」

「姫様は確か、卒業論文が「戦後の経済指数」ですよね?」

「そうよ、私の計算によると戦争があと5年長引けば債務超過により帝国の支払い能力は無くなり、兵士の給料の支払いどころかその年の国債が紙くずになるわ。更には連合王国本土決戦まで加われば徴兵により若年労働者の不足から、鉱山や農村の働き手を失ったことによる石炭や食料品の高騰と都市部における投資の停滞、遂には官民問わず給与の未払いにより庶民の暮らしは一気に悪化し、不満が爆発すればその火は私達に向けられるわ」


 クレリアはそう答えながら再びコーヒーを啜る。


「海軍長官はなぜ気付かないのですか?」

「見せたけど一蹴されたわ。「弾道統計学の方が遥かに正確です」と言ってね」

「なんて失礼な」

「仕方がないわよ、私にはまだ実績もないし」


 クレリアの論文は文官達には広く受け入れられ、支持を集めてはいたが軍縮を明記したが故に軍とは対立する有り様であり、彼女は軍縮の対象外とした近衛以外の軍人達とは距離を置かれていた。


「海軍長官は魔力が少なかったがゆえに、若いときは無能扱いされて後方補給部なんていう役職に回されたみたい。だけどその悔しさをバネに科学技術の向上に没頭し、今の大艦隊構想を実現させたみたいだけど、それを実現する過程で軍需産業との繋がりを深めてしまって今や奴の周りや親族まで甘い汁を吸って生きている有り様よ。奴にとって戦争が終わって軍縮となれば一番困る立場だし。日本が介入した時点でこの戦争での和平は帝国にとって賠償金や領土を得ることもできない見込みだし」

「え!?では私達はなんのために戦ったのですか?」

「戦争に勝っても繁栄するとは限らないわ」


 レベッカにとって長年にわたり多くの犠牲もあった連合王国との戦争の結末が、戦争前と変わらぬ情勢に戻ることに憤りを隠せなくなる。


「私の兄は昨年の海戦で亡くなりました」

「私も兄の一人を同じ海戦で失ったわ」

「実家では国の勝利に貢献した兄のことを武人として勇敢に戦い散った英霊として讃えておりましたが、その結果がこれでは...」

「今は雌伏の時よ。日本からどんどん技術を吸収して、いつか貴方や私の子孫が盛り返せば良いのよ」


 この戦争で身内や友人を失った者は数多くいるものの、復讐は結果として憎しみをいつまでも残すだけであった。ましてや、軍事力で百年以上もの格差のある国と戦うなど無謀である。

 それ故に帝国有数の優れた頭脳を持つクレリアのビジョンにはハッキリと帝国が進むべき未来が描かれていた。しかし、帝国国内には彼女の思考を理解できるものは少なく、敵対派閥を切り崩し味方を増やしていくことが大きな課題である。

 幾多の問題を頭に浮かべつつ、クレリアはコーヒーの味わいを噛み締めつつ口を開く。


「コーヒーは苦いけれどクセになるわ」


 竹島での一件後、クレリア達はレジーナと同じ国賓として丁重にもてなされ、出発まで東京に滞在していた。その際に宿泊先の高級ホテルで出されたコーヒーをクレリアは気に入ってしまい、今やレベッカに豆を挽かせて毎日飲むようになっていた。


「姫様、あまり飲み過ぎると夜寝れなくなります」

「大丈夫よ、この船は宮廷にいるときよりもよく眠れるわ。あの安眠グッズ、是非とも持ち帰りたいわ」


 宮廷では日夜政権運営に追われ、時には暗殺も心配しなければならない生活をしていたクレリアにとって、「はくおう」での生活は快適そのもので満足していた。

 特に船酔いを気遣って用意された数々のアメニティグッズには皇帝一族でさえ得ることの無い癒しがあった。


「安眠グッズだけでなく、船も欲しいわね。聞くところによるともっと大きくて甲板上で水浴びや演奏会のできる船もあるようだし」

「確かに、私も乗ってみたいです」

「お召し艦として日本に1隻譲ってもらえるよう交渉しようかしら。宮廷の機能も移管すれば色々と役に立ちそうだし」

「良いですね、私としてはエスプレッソマシンというのも欲しいです」

「良いわね、優雅な船内で貴方が色々なコーヒーを入れてくれるなんて最高じゃない!!」


 先程の会話と一変し、二人は豪華客船を持つ夢を語り合う。

 このまま居座るのも悪くないとも感じていたクレリアであったが、テーブルの上に置かれたアゲリアクリスタルが突然光るとともに、文字が浮かび上がる。


「すぐに帰るようにと」

「......やっぱりダメみたいね」


 父親である皇帝からの直々の命令を受け、クレリアは渋々ながらも近衛兵を呼び出し船を準備させることにした。


(あの小娘、まさか日本の使節団を連れてくるとは...)


 クレリアとの謁見を終えたヴェルテスは海軍の代表として「ゆきかぜ」へと向かうべく、タラップを降りて連絡船に乗り込む。


(実際に見てみるものだ、先程の船もまさかあれだけの設備を整えているのにも驚いた。科学技術が進歩した先にはこれほど巨大な鋼鉄船を建造できるとはのう)


 事前にトラロック艦隊の生き残りから報告を受けていたとはいえ、いざ目にしてみれば日本と帝国の技術格差は明らかであり、継戦派であったヴェルテスも流石に考えを改める必要があることを実感する。


(ここはやはり、日本と連合王国の結び付きを断ち、帝国と国交を結ぶことを優先すべきだがあの小娘が間に入るのが気に食わん)


 和平の先にクレリアが目指すのは軍縮である。とはいえ、海軍内には未だに日本への報復を叫ぶ者が多い手前、彼らを説得するのは流石のヴェルテスでさえ難しく、これまで民族浄化を目的に強烈に支援してきた教会すらも敵にまわす恐れもあった。


「長官、やはり皇女様は和平を強行なさるのでしょうか?」

「だろうな、日本と正面から戦ったところで勝ち目は無い。だが、異民族どもとの戦いをこのまま終わらせるのは問題だ」

「先人の尊き犠牲を無にするのは我慢なりません」


 側近はそう答えながら身を震わせる。


(こやつの父も指揮官として昨年の戦いで亡くなっておったな) 


「そなたの気持ちはよく分かる。しかし、今は海軍軍人としての誇りを忘れるな」

「は!!し、失礼しました」


 ヴェルテスに諭され、側近は我にかえる。有能だが時に感情的になる彼をヴェルテスは若い頃の自分と重ねつつ、多少の失言にも目を瞑ってきた。

 偉くなっていくにつれ、誰もがヴェルテスを称えイエスマンばかり集まるなか、この青年だけは時に意見を言い自分の考えを見せてくるため、側に置くようになった経緯があった。


「本当によろしいので?」 

「ああ、この目で見てやらんとな」

「危険です、もし人質となってしまえば」

「ならばお主も着いてくるが良い、行きたいと顔に出ておるぞ」

「え、そ、それは...」

「ははは、側にいて2年もすれば、顔を見るだけで分かるわ」


 ヴェルテスは今では息子同然の想いも感じる青年の肩を叩いて笑みを見せる。


「わしもまだまだ冒険をしたい身だ。見よ、海軍軍人として異なる世界から来た海軍を初めて出迎える栄誉に立ち会えるのだからな」

「はい!!お供させていただきます」


 海軍の代表として次に「ゆきかぜ」を表敬したヴェルテスであったが、出迎えに現れた佐藤を目にした瞬間、驚きを隠せなくなる。


「貴殿のような若く美しき女性がこのような立派な艦隊を率いておられるのには驚いた」

「お褒めいただきありがとうございます。ですが私は長官が思うほど若くはありませんよ」

「何を言いますか?淑女に歳は関係ありませんぞ」


 ヴェルテスはそう言いながら帽子を胸に当てて頭を下げる。

 陸軍では一部において貴族の娘を士官として採用していたが、海軍は艦船勤務を前提とするため風紀の問題から女性士官がいないのが帝国の現状であり、佐藤のような存在が信じられないようであった。


「長官にそう言っていただけるとは嬉しい限りです」

「ふむ、貴殿は社交界でも華となれる淑女に見えますぞ」


 ヴェルテスにとって皇族の地位を利用して、横柄な態度を向ける小娘とは違い、自身の地位に奢らず礼式をもって迎えてきた凛々しき軍人の姿には共感を覚えるだけでなく、女性であれどワルキューレの如く凛とした佐藤の姿に好意を感じていた。

 公室に案内され、席に着いてからもヴェルテスは佐藤との会話を自然に楽しむようになる。


「陸軍と違い、わが海軍は風紀の面から女性に門戸を開いておりませんが、貴殿を見るとそれも時代遅れだと感じますな」

「我が国でも未だに女性が指揮官になることに抵抗感のある者もおりますが、長官は理解ある方で心強いです」

「淑女が軍服に身を包んだ姿は凛々しく身が引き締まるものですなあ」


 地球においても女性の海軍軍人の登場は一部を除き大戦以降から登場した。陸軍と違い海軍は常に閉鎖的な勤務環境にあるためか、異なる人種や女性の門戸開放が難しい組織であることは世界共通であった。海上自衛隊においても、女性艦長や司令が登場したのはここ10年の話である。


「実は陸軍と同様に海軍もまた女性に門戸を広げたいと考えておりましてな」

「それは素晴らしいことだと思います。女性でも優れた指揮官や政治家はおりますから」

「うむ、現に我が帝国陸軍にいる女性士官の活躍は素晴らしいと報告を受けておる。男児に負けぬその気概は兵の士気向上に繋がりましからな」


 すっかり佐藤のことを気に入ったヴェルテスはその後、予定を変更してまで「ゆきかぜ」に滞在し艦内の見学から会食まで参加することにした。


「貴殿はどういった経緯で軍に入られましたかな?」

「私は音大出身で本当は音楽隊の指揮者に憧れておりました」 

「ほう!音楽を嗜んでおりましたか」

「ですが、私が入れる枠も無く、仕方なく耳の良さを生かして水中の音を拾う水雷(ソーナー)の世界に足を踏み入れました」

「ふむ、水中の音を拾うとは...して、どのような音が聞こえますかな?」

「時おり、クジラの鳴き声が聞こえますよ。とても独創的で」

「なんと!!それは素晴らしいですな、是非とも聞いてみたい。あ、いや、わしも実は音楽が好きで若い頃は軍務の合間によく劇場に足を運びましてな」

「良いお趣味をお持ちで」

「ははは、軍の家系で無ければ音楽家になっていたかもしれませんな」


 会食の席での話は徐々に軍事ではなく、お互いの趣味である音楽に会話が弾む。


「音楽は良い、特に劇場で観客との一体感がまた素晴らしい。貴殿はオペラはお好きですかな?」

「はい、若い頃は時間を見つけてはよく本場のオペラを聞きに行きました」

「おお、なら是非とも帝国のオペラもいかがですかな?帝国の劇場にはわしの専用席を設けておりますので招待しますぞ」

「機会があれば是非。宜しければ私どもの世界の音楽をおき気になりますか?」

「おお!!それはありがたい」


 ヴェルテスに親しみを覚えた佐藤は士官室係に自身の部屋からCDコンポを持ってこさせ、自ら選曲したCDを入れて曲を流す。


「ほう、このようなテンポの曲は初めてだ」

「私どもの世界で最も有名な音楽家であるモーツァルトの交響曲第41番です」

「うんうん、世界は違えど音楽の好みはよく似ておる」


 ヴェルテスは目を閉じてその曲を静かに耳にする。


「なかなか良い曲だ、是非とも楽譜が欲しいのう」

「宜しければ再生できる機械とともに差し上げますよ」

「おお、良いのか!?」

「はい、両国の友好の架け橋となれば幸いです。楽譜もついております。ただ、この世界と共通性があれば良いですが」

「貴殿はなんと素晴らしい軍人だ。今度は友として我が屋敷に招待しよう」

「光栄です!!」


 ユーモアも見せるヴェルテスは喜びのあまり佐藤の両手を強く握りしめ感謝を口にする。佐藤もまた、紳士な振る舞いを見せるヴェルテスに好感を抱き始めていた。

 クレリアとの謁見後とは一変しヴェルテスは終始、佐藤との交流をニコニコとした笑みで楽しみ、帰る際には副官に送られたCDコンポを決して粗末にしないよう厳命し、彼女との別れを惜しみつつ日が落ちる前に帰途につくことになる。

大航海時代の大砲は鋳造レベルの違いで、大砲と砲弾の誤差が大きいためサイズの合う砲と砲弾にアルファベット等で番号を打ち、間違えないようにしていたそうです。しかし、フランスにおいて鋳造された砲身をドリルで削り精度を統一するグリボーヴァルシステムが確立されたことにより、アメリカ独立戦争やナポレオン戦争で砲火力が一気に向上し、歴史を動かす原動力となりました。その後、兵器の規格統一はアメリカにて完成され、二度の大戦の勝利に貢献することになります。

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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お待ちしてました。前回から世の中いろいろ有りすぎましたね・・・現実の方がフィクションしてる。いま21世紀だよね? とりあえず音楽など文化方面からバンバンと交流したい。こうした繋がりから外…
[一言] 更新お疲れ様です。 また会えて嬉しいです!! 戦争継続による国力の疲弊を憂う皇女と、今までの犠牲と損害を思えば突き進むしかない軍首脳とのギャップが(><) 内心とは裏腹に言葉での見えない戦…
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