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第2話 帝国本土へ

 竹島奪還から1か月後、日本政府が慌ただしく7か国会談に向けて動き始めてる頃、異世界の海において艦尾に自衛艦旗をはためかせた艦隊の姿があった。


「見張り陸岸視認!!」


 艦隊の先頭を進む「ゆきかぜ」の見張り員が目的地の陸岸が見えたことを伝える。


「いよいよ帝国本土ね」


 第8護衛隊司令でかつ、今回の派遣艦隊の指揮を任命された佐藤千里1佐が襟を正し、自身の首にかけていた双眼鏡で海面を探る。うっすらと見える陸岸、提供された海図が正しければそこが湾を構成する陸先の一端であると考えられる。

 しばらく海面を注視すると、湾の奥から高いマストに帆をなびかせた軍艦の姿が見えてくる。


「多数の船舶を視認、帝国艦隊と思われます」

「1、2、3......5隻ね、まだ増えそうな気がするわ」

「司令、いかがなされますか?」

「このまま進みましょう。見た感じ、あちらもことを構える気はないようだし。念のため「はたかぜ」と「しまかぜ」には側面をカバーさせるように。あと、戦闘部署は継続せよ」


 佐藤は森村にそう指示をし、椅子に背を預けて動向に注視する。姿を現した帝国の艦隊は一纏まりになり、こちらの左舷側を通過するように進んでいた。


「風の力だけで見事な動きね」

「はい、地球でも過去に行ってたとはいえ、大型船が帆走のみで船団を形成している姿を実際に目にするとは」

「なんにしても、連合王国が海戦で敗れた理由もわかるわ。彼らは我々の世界におけるネルソン艦隊に近いのかも」

「船団から旗流信号、えと、この信号は『入港を歓迎する』です!!」

「なら良かった、挨拶させてもらいましょう」


 佐藤はそう言いながら、艦橋の左にある自身の席から立ち上がり、そのまま左の見張りウイングへと移動して通りすぎようとする帝国艦隊を見据える。


「指揮官は女か!?」

 

 帝国側の船長の口から、派遣艦隊の指揮官である佐藤が女性であることに驚きの言葉が出る。

 「ゆきかぜ」の方からも行き違い際に帝国の船からは望遠鏡で佐藤をまじまじと眺める指揮官以下、幕僚らしき者達が見え口々に何かを話している姿が見えていた。


『サント・ウルチモ帝国艦隊司令に敬礼する、左、気をつけ!!』


 「ゆきかぜ」からけたたましく鳴り響くラッパの音。

 それに合わせて帝国艦隊指揮官に対し、佐藤は姿勢を正して制帽のひさしに指を沿わせて海上自衛隊式の敬礼をする。突然の礼式に、帝国側も望遠鏡を落としつつ慌てて胸に拳を当てて帝国式敬礼を返す。


「世界が違えど、海軍は礼式をわきまえているものね」


 返礼する帝国艦隊を眺めつつ、佐藤は礼式を終えた後、再度帝国艦隊を観察する。型式としては19世紀末期まで存在したとされている戦列艦に似ており、甲板上には多数の大砲が並べられ一部には装甲も施されていることが分かるが、船員はすべて男性であった。


「帝国でも10年ほど前から女性軍人はいると聞いたけど、海軍にはまだ開放してないようね」

「はい、やはり船の上では風紀の問題から受け入れてないと聞いております」

「まあ、我が国でも珍しいけれど」


 礼式を済ませた佐藤はそう言いながら端末に写し出されたレーダー画面に注視する。艦隊は「ゆきかぜ」を先頭に2隻の特設輸送船を守る形で「はたかぜ」と「しまかぜ」が左右を固める楔形に成形して航行しており、先ほど通りすぎた帝国艦隊は直ぐに舵を切って艦隊から離れ始めていた。

 帝国艦隊の動きを確認しつつ、敵意が無いことを確信した佐藤は艦隊に戦闘部署の復旧を指示する。


「さて、予定通り湾内に入るけど陸岸には要塞砲が配備されてるわね」

「錨地についてはこのあたりを指定されてますが、いかがなされますか?」


 海図台には事前の航空偵察で得た上空写真と帝国から提供された海図が並べられている。帝国の海図を信じるなら水深を考慮すると指定されたポイント以外に手頃な錨地は無いようにも見える。森村が指差す予定錨地を前に佐藤は腕を組んで考える。


「この3キロ圏内にある島、無人だと聞いてるけど、恐らく大砲を用意してる可能性があるわ。甲板上の大砲はアームストロング砲に似ているとすれば、距離的にもこちらを狙えるから厄介ね」

「はい、見張りは発見してませんが、巧妙に隠しているかもしれません」

「薩英戦争のユーライアラス号みたく奇襲されるかもしれないわね」


 佐藤は事前のブリーフィングで話題に上った英国艦の名前を呟く。

 ユーライアラス号とは、幕末の鹿児島湾で薩摩藩と英国艦隊の間で生起した薩英戦争に参加した英国の戦艦である。当時、圧倒的な近代火力を有し世界最強の海軍力を誇る英国が生麦村事件において薩摩藩の大名行列を妨害して斬られた英国人への賠償金を請求するため、交渉に応じない薩摩藩に対し艦隊を鹿児島湾に入れて直接武力で脅すことにした。

 鹿児島に向かう前に江戸では英国の要求を受け入れ、あっさりと幕府が賠償を認めたため、彼らは簡単に決着がつくと思いきや、横柄な態度と藩主を差し出せという通訳の誤訳(正しくは事件の現場責任者を差し出せで、翻訳を担当した福沢諭吉が間違えたとも言われている)によって薩摩藩の逆鱗に触れて逆襲され、周到に島の中に隠されていた砲台からの攻撃により、旗艦であったユーライアラス号の艦橋に砲弾が命中、艦長及び副長以下多数の士官達が死亡し、司令官を含むその他首脳陣も負傷する被害を被った。その後は天候不良も重なり、更なる犠牲を恐れた英国艦隊がほうほうの体で撤退することになる。引き分けに近い戦いであったものの薩摩藩の闘志に欧米各国は驚き、弱腰の幕府を嘲笑っていた時から一変し、日本人侮り難しと評価するようになった。なお、薩摩藩も砲台が壊滅し、市街地にも被害を受けていたが、なおも上陸戦や小舟で乗り込む計画を持っているほど戦意は高く撤退しなければ更なる犠牲が出ることは間違いなかったといえる。

 因みに、誤訳をした先の福沢諭吉には通訳として落ち度があったわけでなく、当時は数少ない通訳として外交奉行で事件処理のため、数少ない蘭英辞書(和英辞書なんて無い)片手に多くの翻訳作業に終われ、激務で見直す余裕もなく意図した間違い(当時の辞書は間違いが多く、この中で二カ国語を駆使して翻訳できる彼が凄い)ではない。なお、後年この経験を経て福沢諭吉は海外文献導入のための英語の日本語訳文にも貢献することになる。


「帝国軍は薩摩藩士ほどの戦意があるかはさておき、こちらは使節団を護衛する任務を優先するなら、この島の側には「しまかぜ」を投錨させましょう」

「了解しました」


 佐藤にとっての救いは、使節団の護衛に海上自衛隊最大の砲火力を持つ「はたかぜ」型を連れてきたことであった。「ゆきかぜ」と違い、前後に5インチ速射砲のある2隻には砲の死角が少なく、威力も高いため「ゆきかぜ」の実績から対地攻撃力の高さも期待できる。

 

「これが少し前なら砲艦外交と批判されたでしょうな」

「まだ両国は交戦関係にあるわ。政府は公言してないけど、国民を拐って領土侵略してきた今になっても未だに帝国よりも私達の方に批判を向ける連中もいるから厄介ね」


 宣戦布告の定義、実は国際法においてもその実態はかなり曖昧であり未だに定まってはいない。

 真珠湾攻撃においても軍令部のエリート達の間では宣戦布告無しに攻撃しても問題なしという考えがあったくらいだ。唯一その場で反対して騙し討ちを米国世論に訴えさせないようにと、山本五十六大将が強く叫び宣戦布告後に行うことが決定された経緯があった。しかし、現実は歴史のとおり宣戦布告は遅れ、被害を詳細に国民に伝え「リメンバーパールハーバー」を叫ぶ米国の報道を前にして山本五十六大将は「なんてことだ!!」と呟いたという。真珠湾の戦果を前に狂喜する軍令部とは裏腹に、航空主兵を掲げ、現実主義者である山本五十六大将だけが果てしない消耗戦の幕開けに恐怖した。彼の認識の正しさはその後の歴史が証明していたが、結果として出だしを挫いた状態から一人の天才だけでは大国に勝つことはできなかったといえる。


「真珠湾の二の舞にはさせないわ」


 佐藤は帝国との海戦の一因となった森村を睨み付け釘を指す。彼女としては彼と「ゆきかぜ」を連れていきたくは無かったが、帝国皇女であるクレリアからの強い要請から政治的判断で編成に組み込むことになった経緯がある。


「帝国は神を討った貴方のことを高く評価してるみたいね」

「流れのなかで偶然起きただけです」

「そう、まあ拉致被害者救出の功績ある貴方を更迭する訳にもいかないけど、私がいる前では勝手な行動はさせないわ」


 佐藤は他の乗員には聞こえぬ小声で森村にそう注告する。

 この言葉の背景には、佐藤が上層部から直々に森村の暴走を監視するよう厳命されている背景があった。因みに、防大出身の森村と違い、佐藤は一般大学から任官したため以前からの面識は無く、彼に情を挟む余地も無いと見られている。


「「なっちゃんWORLD」にいる岡田議員には本艦が予定通り入港することを伝えて。「はくおう」は本艦のあとに続くように」


 佐藤は新たな編成について指示を出し、今後の構想を練り始める。

 因みに、前述の2隻は平時は民間船として、有事には防衛省が使用する国策会社『マリン・トランス・ポート』が所有する特設輸送船である。

 海上自衛隊には大型輸送艦の「おおすみ」型を有してはいたが、たった3隻しかいない現状において有事における輸送力不足が大きな問題があった。

 2011年に生起した東日本大震災においては内2隻が定期修理中、唯一稼働していた「おおすみ」が海外派遣という有り様であり、有事における輸送力確保が大きな教訓となった。故に先の2隻の輸送船の存在は自衛隊の作戦運用において計り知れない影響があった。

 戦前においても海上自衛隊以上の規模を持つ日本海軍ですら、艦長が戦艦と空母2隻の指揮官を兼務したり、定数を満たせず乗員を2隻の艦艇に兼務させるほどの人員不足で、陸軍が独自に秋津丸という空母に似た輸送船を運用していたことを考えると、輸送力の問題は古今東西における大きな課題であった。(それ故に大日本帝国は有事における徴用輸送船の船員確保のために商船学校において予備士官教育等も行っていた)

 話を戻すと有事に備えて用意された特設輸送船は既に災害派遣や訓練における部隊の人員輸送で大きな実績があり、2隻とも戦車までも運べる輸送力と輸送船としては高速の30ノット近い速力が出せるだけでなく、「はくおう」に至っては「おおすみ」の2倍近い車輌運搬能力を有しつつ500人近くの人員輸送が可能であった。(なお、民間のフェリー航路にいた頃はそのオーバースペックな能力による燃費の悪さと排ガス規定の問題を抱えていたらしい。まさに組織が変われば評価の変わる好例であろう)

 今回については、日本と連合王国側の使節団が「なっちゃんWORLD」に、クレリアや竹島から撤収した帝国近衛騎士団が「はくおう」に乗り込んでいる。

 これは、もし交渉が破断した際には「はくおう」より小さいものの、喫水が浅くウォータージェット推進を有し、30ノット以上の快速を発揮する「なっちゃんWORLD」の方が脱出に適していると判断されたためであった。

 なお、王族が利用することもあり、「なっちゃんWORLD」には乗員も巻き込んでの大改装が行われ、職人により内装はかなり贅沢な仕上がりにされたものの、区画分けの影響で空間が限られてしまい両国の護衛は普段は車輌区画に設置したプレハブ小屋に押し込まれている有り様であった。

 なお、乗員については幹部の他には予備自衛官であった船員を召集する形で運用している。当初、この2隻は防衛省が船員を含めて有事のための運用で20年契約で借り上げることで契約したが、某国の弾道ミサイル事案の折に国土を守るために尖閣諸島方面に迎撃部隊を配備する必要から運航を打診したところ、会社は同意したものの船員組合が災害派遣や訓練以外は戦争協力をしないと反対したため、使えなくなる事態が生起した。やむ無く定期船で部隊を派遣する羽目になったが、以前は認めていたのに組合の考えが変わったので今回は駄目では話にならないため、現在は国策会社を通じ予備自衛官で運用する方針とした経緯がある。


「交代で総員礼装に着替えさせて。帝国との初会談で舐められぬよう気を引き締めて甲板作業に当たるように」


 こちらが王女であるクレリアを引き連れているとはいえ、日本と帝国はまだ交戦国(未だに定義は曖昧だが)であり油断は禁物であった。特に人工衛星や空母が無い以上、航空戦力については数少ない飛行艇とヘリしかない現状ではかなりの危険が伴う。


「錨入れ!!」


 「ゆきかぜ」が初めて異世界に踏み入れた頃と違い、衣替えにより甲板上では黒い制服に身を包んだ乗員達が入港作業に取りかかる。帝国も海軍を整備しているとはいえ、艦隊が入港するには岸壁の水深は浅いため、艦隊は湾内において「ゆきかぜ」を筆頭に次々と錨を投入していく。

 遠目に見える帝国の港には異世界から来た護衛艦を一目見ようと多くの大衆の姿もあったが、帝国軍の兵士によって厳重に制され、漁師の小舟ですら周囲にいる海軍の警戒船に追い払われていた。


「厳重な警戒ね」

「今の我々はさしづめ幕末に現れた黒船艦隊ですからな」

「どちらにしろ、歓迎はされていないわね」


 佐藤がそう答えながら付近を注視すると複数の警戒船の姿が目に入る。


「司令、船が「はくおう」に近付いて来ます」

「ふむ、恐らく連絡のあった出迎えのようね」


 「はくおう」に乗艦しているクレリアを迎えるためか、先程礼式を交えた軍艦からポンポンと煙を上げながら近づく小舟。船首付近にはきらびやかな軍装をした軍人達の姿もあった。


「あの出で立ちからみて、乗り込もうとしている御仁はかなりの身分のようね」


 数多くの勲章を胸に下げ、白く横に延びた立派な髭を持つ老人。皇族であるクレリアと接見するだけあって相応の身分を有していることが伺える。「はくおう」の車両タラップに接舷し、ゆっくりと乗り込んでいく彼の姿を前にして、佐藤はこれからの展開に身を引き締めて見据えていた。


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