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プロローグ ガリバーの遺産

 さざ波の音が響く夜明け前の薄暗い海岸線。人々はまだ寝静まり、人影のないこの場所において旅立ちを準備する一組の男女がいた。


「よし、荷物は積み終わった。あとは...」


 男はここに来た時に使った小さなボートにありったけの水と食料を積み込み、応急的に付けた帆の張り具合を確認する。


「これでよし。エーディ、準備できたよ」


 男は浜辺に座るエーディロットに声をかけて手招きをするも、彼女は立ち上がるとともに口を開く。


「ガリバー、私やっぱり行けない」

「待ってくれ、約束したじゃないか!!」

「家族を置いていけないの」


 ガリバーが駆け寄って両肩を掴むも彼女は目に涙を浮かべて身を震わせる。


「貴方を牢から逃がしただけでなく、私まで逃げたら父は王の資格を失ってしまうわ」

「だけど君と僕が幸せになるにはこれしか...」

「貴方には元の世界の家族がいるでしょう。私だって家族を永遠に失いたくない」

「...」


 ガリバーがこの地に流れ着いた際に初めて出会った二人。この地での生活を通じ、種族や世界を越えて愛し合うようになったが、ガリバーがエーディロットの属するフウイヌム族にとって野蛮で忌避すべきヤフーと同じ人間であったのが問題であった。王女でもあるエーディロットの必死の説得も虚しく、ヤフーを毛嫌いする長老会によりガリバーはヤフーを収容する檻に入れられ、エーディロットは自室に謹慎されてしまった。

 それから幾日か経ち、エーディロットは愛するガリバーを救うため夜中になってから見張りの隙をつき、彼のいる牢に忍び込んで鍵を開け、ここまで連れてきた経緯があった。

 しかし、共に脱出することを望まれ、彼女もまたガリバーと一緒に旅立ちたいという想いは強かったものの、王族の一人娘である彼女がその責務を放棄すれば長老会による怒りを買い、残された家族が路頭に迷うことになるのも事実であった。


「ごめんなさい」

「そうか。すまない、君ばかりに辛い想いをさせて」

「あーガーリバー...」

「え?」


 悲しみに暮れる二人を前に、一人の少年が間に割って入る。


「あ、すまない、ヨシアも寂しいよな」

「ヨシア?」

「ガーリバー」


 牢から出した際に、何故かガリバーを慕って付いてきたヤフーの少年。他のヤフーとは違い、ガリバーの足元に抱きつき愛嬌を向けるその姿にエーディロットは驚きを口にする。


「ヤフーが言葉を話して愛を見せるなんて!?」

「ははは、こいつ息子になんとなく似ててな、話し相手にもなってくれる良い奴さ」

「ああー、ガリバー、貴方はヤフーに愛を教えることができるなんて奇跡よ!!」

「...エーディ、この子を頼む、君たちにとってヤフーは忌むべき存在だろうけど、こうして向き合えば愛を知ることもできるんだ。ヨシア、悪いけどここでお別れだよ」

「うー...」


 ヨシアはガリバーの気持ちを理解したのか、名残惜しげに涙を浮かべる。それを見たエーディロットは意を決して自身が身に付けていた首飾りを外してガリバーに渡す。


「ガリバー、これを持っていって。きっと元の世界に帰れる手助けになるわ」

「良いのか?」

「私よりも貴方が必要だと思う。お互いの世界のためにも」

「ありがとう、エーディ。つまらない物だけど、これを受け取ってくれ」


 ガリバーはお返しに普段から身に付けていた金の十字架をエーディロットの首にかける。


「信仰を捨てたが、僕の心はいつも君達フウイヌムとともにある。僕のことを忘れず伝えてくれ」

「ええ、気をつけてね」

「ああ」


 最後に二人は別れを惜しむがごとくお互いの唇を重ね合わせる。


「愛してる、無事に帰ってね」

「ああ、いつかまた来るよ、駄目でもきっと子孫が訪ねてくるさ」

「うー...」


 二人に見送られながら、ガリバーはボートを押して海に浮かべてから乗り込む。引き波に釣られてボートはゆっくりと海岸線から離れていき、程なくして彼は風を見越して帆を一気に広げる。


「エーディ!!ありがとう!!」

「さようなら!!ガリバー!!」

「あーうーガーリバー!!」


 ガリバーは遠ざかっていく二人に向かって手を振り別れを叫ぶ。その目には大粒の涙を浮かべていた。

 三人がいつまでも手を振り合う中、夜明けを告げる朝日の光が海面を照らしていく。光のカーテンがボートを包んだ瞬間、ガリバーの首にかけられた首飾りが突然青い光を放つ。


「え!?な、なんだ!?」

「ガリバー!?」

「うーあー!?」


 三人が異変に気付いた瞬間、ボートは青白い光に包まれ稲妻のような衝撃とともにその姿を海面から消し去ってしまった。

 あとに残るのはガリバーの痕跡が一切消えた静かな海であった。


「ガーリバー、ガーリバー」


 ヨシアは何が起きたのか分からず、海に石を投げて狼狽える中、エーディロットは一人、身を震わせてしゃがみこむ。


「うー?」


 一言も発しないその姿を目にしたヨシアが心配そうに近付いていくと、エーディロットは涙を流しながら口を開く。


「ヨシア、ガリバーは無事に別の世界に行ったわ」

「あー?」

「私も信じてなかったけど、あれには大きな力が秘められていたらしいの。だけど、誰も使いこなせなかった...なのに...」


 目の前で起きた奇跡。異世界に自由に行き来できる事実を前にしてエーディロットは驚き以上に、ガリバーがそれに巻き込まれてしまったことによる罪悪感に支配されていた。


「ガーリバー、カエッター、ツライー」

「そうね、辛いよね」

「ヨシアガマンスルー、マタアエルヒマデー」

「...ヨシア、ありがとう。そうね、きっとまた会えるよね」


 ヨシアに勇気付けられたエーディロットは気を持ち直し、ゆっくりと立ち上がりヨシアの手を握る。

 親子のように並んで海を眺めつつ、彼女は意を決して口を開く。


「ガリバー、待ってるから。それまでにヨシアと一緒に、私達と人間が共に歩む時代を目指すわ」

「ガリバー、ヨシア、ガンバール」


 そして現在...


 異世界との交流に、竹島の侵略と奪還、目まぐるしく代わる情勢にテレビ各局が臨時特番を組み、日夜コメンテーターによる激論を繰り広げる中において首都圏を基盤とする某テレビ局は予定通りの番組放映を続け安定した娯楽を提供し続けていた。


「本日のゲストは、先日の女子高生漫才GPで見事グランプリに輝いたこのお二人です!!」


 スタジオのカーテンが開かれるとセーラー服姿の黒髪の少女と、そのとなりに金色の髪にメイド服姿した少女が姿を表す。


「「どーも、ロイヤルズでーす!!」」


 満面の笑みと二人揃ってのピースサインを前にしてスタジオはどっと盛り上がりを見せる。


「いやー、息が揃って可愛いですねー」

 

 息も揃った二人が、とことこと正面に立った所で司会者は本題を口にする。


「このコーナーではゲストのお宝を鑑定させて戴くのですが、本日はお二人にそれぞれ自慢の一品をお持ちいただきました」

「自慢といってもうちになんとなく存在してた者ですよー」

「せや、まあ、うちのはラッキーアイテムやしな」


 セーラー服姿の少女と違い、メイド服姿の少女は外見に似合わぬ関西弁でスタジオを笑わせる。


「それではお宝をどうぞ!!」


 司会者の側にいたアナウンサーの言葉を合図に布が開かれ、スタジオのスタッフの前にそれぞれのお宝が疲労される。


「こちらは旧日本海軍兵学校で成績優等者に授与される恩賜の短刀になります」

「おー、どういったご関係で?」

「実は祖父が元海上自衛官で、旧海軍の方と交流があり跡を継ぐ人がいないために譲って頂いたそうです。実は我が家にも曾祖父が頂いた物もあるのですが、家宝のため本日はこちらを持ってきました」

「これはすばらしいですよ、何せ天皇陛下から渡されますからね」


 スタジオにいた鑑定士の言葉に観客席からどよめきが響き渡る。 


「怖れながら価値以上に私ごときが値段を鑑定することはできません」

「ですよねー」

「ほー、天子さまから渡されたんや...... つうか、爺さんのを勝手に持ってくんなや!!」

 

 黒髪の相方に対し、金髪の少女が突っ込みを入れる。


「いやいや、いつか私の物になるし」

「爺さんまだ生きとるやろが!!」


 更に突っ込みを入れる少女に対し、スタジオからどっと笑いが響く。


「いやー、お爺さんが生きてるうちはまだ大事にしてくださいねー」

「はい、私も大事にします」

「そやそや、ウチとは将棋仲間やから長生きしてほしいわ」

「あんた英国生まれなのに渋いわ!!」


 金髪少女の発言に対し、今度は黒髪の少女が突っ込みを入れる。


「じゃあ、次は大阪人のウチがお宝出すでー」


 英国生まれなのに大阪人を自称することを芸風とする少女が出したのは、緑色の石がはめ込まれた古びたペンダントであった。


「これはどういった物で?」

「なんか、うちの死んだおかんからもろたんやけど、先祖ゆかりの品らしいんや」

「ほほう」

「ウチ、英国生まれやけどおとんが日本人で仕事の都合でみっつの時に大阪に引っ越したんや。オカンは一昨年亡くなったんやけど、亡くなる前にウチに形見や言うてこれ渡したんや」

「失礼かもしれませんが、お母様はなんと?」

「なんか、意識もうろうしとったのか英語でしゃべっとったんやけど、オトンもおらんし、ウチも英語わへとったから分からんかったわ」

「駄目やんそれ!!」 


 悲しい雰囲気から一変し、突っ込みが入るもスタジオは微妙な空気になり、司会者すらも言葉を失う。


「英国人でそんな見た目でなんで英語忘れんの!?」

「だって10年もいたら流石に忘れるでな!!近所にインターナショナルスクールなんて洒落たもんないから、ちっさいころから近所の学校通いや。あと、ウチは大阪人や!!」

「母国大事にしいよ!!」

「今更母国言うても、テストで英語赤点取る位やから無理やで」

「日本人の私より低いんかい!?NO○A行けや!!」

「講師と間違えられるやろが!!」

 

 微妙な空気を察した二人は即座に笑いを取る方向に走る。流石に優勝経験者なだけあり、徐々にスタジオの空気が和らいでいく。


「まあ、よう分からんもんやけど、デビューの時とかウチはここいちばんの大勝負んときはこのペンダントにお願いしとんねん」

「アンタは決勝戦の時もそれ持ってたね」

「そうそう、形見やから御利益高いでー」

「......アンタも形見出しとるやろが!!」


 自分と変わらぬことをしてることに黒髪の少女が突っ込みを入れたところで、スタジオからようやく笑いが戻ってくる。


「さあ、代々形見として受け継がれてきた幸運のペンダント、その正体とは」


 スタジオが固唾を見守るなか、司会者に促された鑑定士は険しい表情を浮かべながら口を開く。


「......価値がつけられません」

「え?」

「お、やっぱし凄いもんなんか!?」

「......申し上げにくいですが、中の石は宝石ではなく価値のある物では無いです。台座についてもあとから作られたり補修された形跡もあることから、最近の物と大差ないかと」

「な......そういえば、オカンが生きとったときは、よう近所の八百屋と値切り合うほどのケチやったな」 

「石以外はボンドで補修されてます」

「......」

「オカーン!?形見大事にしいやー!!」


 何の価値も無いペンダントに対し、スタジオからこの日一番の笑いが飛び交う。テレビを通じたお茶の間でもその光景から笑いが飛び交うようになる。ただ一人を除いて......


「あ、あれは!!」


 休憩の合間にテレビを見ていたエーディロットは表情を一変させて画面に食い入る。


「どうかされましたか?」


 エーディロットの姿を前にしてレジーナは声をかけるも、彼女はこれまで見せたことのない表情をして震える声で口を開く。


「あ、あれは......私がガリバーに渡した物です」

「え!?」

「今は無き我が祖国の秘宝の一つです。異世界から来た彼を元の世界に返すために私個人の意思で渡しました」

「それって」

「私もまさか残されていたとは思わなかったです。あれはもうこの世に二つとない代物です」

「待ってください、もしや異世界転移を防ぐ手段にも使えるってことですか!?」

「確証はありませんが可能性はあります。ああ、ガリバー、貴方の子孫がここにいたなんて......」


 この世界に愛する恋人との繋がりがまだ残っていた事実。それを前にしてエーディロットは我を忘れて溢れんばかりの涙を流していた。

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