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第5話 暗雲

 翌日、艦長である森村の元に通信員が一枚の電報を届ける。 厳重に暗号化されていたであろうその電報の内容を見た瞬間、彼の表情は険しくなり主要幹部を士官室に集めるよう指示する。


「護衛艦隊司令部からの緊急連絡で本艦はこれより晴海に向かう」

「え!?」

「なぜ突然そんなことを」


 主要幹部達が疑問を口にする中、森村は更に口を開く。


「本艦に乗艦しているお客様を晴海で待機している外務省職員に引き渡すよう通達が来た。 不本意かもしれんが今回の事件について司令部に何かあったのかもしれん。 各員は海曹士達に箝口令を徹底するよう伝えてくれ」


 森村自身、この突然の通達には疑問を持っているものの来年開催予定のオリンピックの準備中であり、テロ対策の意味合いもあって一般人の立ち入りが厳しく制限されている現在の晴海なら横須賀と違って彼女達の姿が目がつきにくいことから何かしらの陰謀が渦巻いていることを感じている。


(恐らく本艦以外に異世界の住民と接触した奴らがいるかもしれんな)


 「ゆきかぜ」は母港である横須賀に戻らず、レジーナ達を引き渡すために晴海へと舵を切ることになる。



「晴海ですって!?」


 入港に向けて甲板に付着した塩を落とすための真水流しをしていた守達の元に、頭に包帯を巻いた広澤が機関長からの通達を伝えてきた。


「ああ、これから機関科総員を操縦室に集めて説明するそうなんだけどエルフのお嬢ちゃん達を降ろすためらしい」

「横須賀でもいいんじゃ?」

「恐らく人目につかないようにするためだろう。 それと気になることがあるからちょっと話せないか?」

「え? まだ片付けの最中ですけど」

「良いから来い!!」


 広澤は雨衣のままホースを片付けようとしていた守の手を強引に引っ張るとそのまま人目につかない場所へ行く。


「実は妙な情報を掴んだんだ」

「何がです?」

「東京湾に入る前にスマートフォンで小笠原沖に何か異変が無いか調べてたんだが妙な呟きがあってな」

「呟きですか?」

「ああ、父島にいる住民からのツイッターなんだが「ドラゴン現る」とか「スナイパー梅さん」やら訳の分からない呟きが相次いでるんだ」

「ていうか何でそんなの持ってるんですか? CPO(先任海曹室)で預かってるはずなのに」

「俺のはダミーさ」

(何だこの人は!?)


 守は航海中、規則を守って携帯電話をCPOに預けるようにと自分を指導していた広澤本人がその規則を守っていなかったことを知って呆れてしまう。

 しかし、広澤はそんな守の気持ちを考えず口を開く。


「この内容なら今朝のニュースで騒がれてもおかしくないはずなのに話題にすらなってないんだぜ」

「てことは......」

「ああ、既に政府は彼女達が異世界から来たことに気づいてるってことさ」

「レジーナ達はどうなるんですか?」

「上の連中が何を考えているかは俺も分からん。 だが彼女達の言葉が分かるお前は真っ先に身柄が拘束されるかもしれないな」

「そんな......」


 守の不安をよそに小笠原沖から急遽、東京の晴海に到着した「ゆきかぜ」であったが岸壁には既に防衛省の車両に挟まれる形で一台の黒塗りの車が停車しており、桟橋がつくと同時に中から二人の外務省職員が姿を現す。


「外務省の横谷です」

「西村です」


 防衛省職員の案内で士官室に現れた外務省職員は二人とも眼鏡をかけていたが、森村は横谷の方が背が高いことから某お笑いコンビを連想してしまう。 しかし、彼らは森村への簡単な挨拶を済ませると、隅にあるソファーに体を預けてジルから紅茶を受け取っているレジーナへと視線を移す。


「そちらが保護したエルフの女性ですか?」

「はい、まだ体力が回復していないので先に病院の方へ連れて行ってくれませんか?」

「良いでしょう、異世界から来たわけですから感染症の心配もありますしね」

「なぜそれをご存じで?」

「それは国家機密です、さあこちらへ来なさい」


 横谷はそう言いながら手を差し出すもレジーナは彼の言葉に反応を見せず、代わりに乗員と同じ青い作業服姿のフィリアが立ちふさがる。


「彼女は高貴な家柄の人物でしてあなた方の無礼な態度を嫌っております」

「高貴な家柄ですと......」

「はい、彼女の話ですと自分はドゥーベ・レグルス連合王国の王女であるレジーナ・フォン・ムーニスと名乗っております」

「お、王女だと......なぜそこまでの情報を......」


 驚く外務省職員を尻目にレジーナは表情を変えずにジルが用意した紅茶を口に運ぶ。 海上自衛隊の錨マークがペイントされたそのカップの紅茶の味が気に入ったのか、彼女はジルに向かってお礼を述べており、それに対してジルは右手の手のひらを胸に当てて小さくお辞儀をする。

 仕事柄、外交経験の豊富な二人はその一瞬の振る舞いから彼女が高貴な家柄であることに気づき、言葉を失ってしまう。


「うちの乗員でただ一人彼女達と言葉を交わすことの出来る者がおりましてね、彼が集めた情報のおかげでこうして意思疎通を図ることが可能となっているですよ」


 森村の言葉に二人は呆気にとられてしまう。 先手を打って森村を出し抜いたつもりが自分達の知らない情報を次々と口にする森村の行為に驚きを隠せていない。


「国交を結んでこそいないものの、王族に対してはそれ相応の対応をするの国際常識でしょう?」

「く、彼女達は不法入国者です」

「おや、それは法務省の管轄ですよ。 そもそも彼女は乗船していた船が沈んでしまったが故に漂流したところを本艦が救助したお客様です。 外務省であるあなた方が取り調べの出来る立場で無いはず」

「自衛官であるあなたが上官の命令には従わないのですか?」


 言葉に詰まる横谷に代わり、西村が口を開くも森村はたじろぐこと無く口を開く。


「私が受け取った命令はあくまでも彼女の身柄をあなた方に引き渡すことでしたが、残念ながら彼女は通訳として本艦の乗員の同行を希望しております。 通訳がいなければあなた方も困るでしょう?」

「その乗員はどこにいるので?」

「会ったところで上陸止めにしてしまったので同行は出来ません」

「はあ? 何を言って......」

「いえね、お客様である彼女に手を出してしまったんですよ。 本艦の乗員ながら申し訳ない、二人とも同意の上だと言っているのですが自衛官にあるまじき行為だったので冗談で上陸止めを通告したら本気にしてしまいまして」 

「何だと......」


 森村の突拍子も無い言葉に二人は言葉を失ってしまう。


「彼女がその乗員と一緒で無ければ退艦しないと言い張っているので私も困っているのですよ。 艦長の命令で追い出すことも出来ますが相手が一国の王女となると後々になって国際問題に発展しかねませんしね。 一応自衛官の間では部下が上司に意見具申をするリコメンドというものがありまして、この件も踏まえてもう一度司令部に相談しようと思っております」

「自衛官の分際で......」


 格下と思っていた一幹部自衛官にコケにされ、横谷は本音を口に出してしまう。

 実はここに来るまでに彼女達の処遇を巡って各省庁でしのぎを削っていた背景があり、外務省が超法規的手段で強引に主導権を奪った背景があった手前、森村の言葉は彼らにとって厄介なものであった。


「今日のところはお引き取り下さい、私も護衛艦隊司令部に入港報告をしなければなりませんしね」

「覚えてろよ......」


 そう捨て台詞を残した後、二人は青筋を浮かべながら舷門の立直員の挨拶にも応えずに車に乗り込んで「ゆきかぜ」から離れていく。

 遠ざかる車を見送った後、森村は士官室に戻り隣の士官食器室に隠れていた守に声をかける。


「艦長、ありがとうございます」

「いいさ、あいつらが余りにも強引だったからな」


 森村がレジーナの方へ視線を移すとジルとフィリアを背後に従えた彼女は深々とお辞儀をする。


「艦長のご配慮感謝しますっておっしゃってます」

「本当に言葉が通じるんだな」

「まあ、その......ちょっとした魔法の効果らしいです」

「魔法か......この仕事をしていてそんな言葉を聞くとはな。 まあいい、これから私は市ヶ谷に行こうと思う」

「状況確認ですね」

「ああ、不法入国で法務省の人間が来るにはまだ時間がかかる。 今回の事件は何か裏がありそうだから直接問いただす必要がありそうだな」

「彼女達の身の安全はお任せ下さい」


 砲雷長である高見沢3佐の言葉を受け、森村は彼に艦を託し用意された車で市ヶ谷へと出発する。

 彼の配慮で艦に残ることになったレジーナ達は高見沢の薦めもあって守の案内で実習員サロンへと戻ることにする。


「上手くいったか?」


 先に室内のソファーで横になり、お菓子を食べてくつろいでいた広澤を見て守は呆れつつも口を開く。

 

「あなたは一体何者なんですか?」

「ただの自衛官だよ」

「外務省職員を騙すストーリーを立てられる自衛官がどこにいるんですか......」

「日頃の勉強のたまものだよ」


 読んでいたライトノベルの本を掲げ得意げになる広澤。

 日頃からこういった陰謀に対する知識が豊富であった彼のアイデアによって先程のやりとりが実現できたのである。


「上手くいったから良かったじゃない」


 広澤の隣では彼の用意したお菓子を頬張る雪風の姿もあった。

 一応、室内にいる人間の中で守とレジーナしか彼女の姿を見ることが出来ないのだが、彼女は周りの反応を気にするまでも無く靴を脱いで広澤と同じようにソファーの上でノンビリとくつろいでいる。


「雪風が電報内容を調べてくれて助かったわね」

「ああ、まさか本当に政府が君達のことに見当をつけてたなんてな」

「おいおい、二人っきりで話すのは良いけど俺にも内容を説明してくれよ」 


 広澤から父島での話を聞いた後、守はレジーナの部屋を訪ねに行った途中で偶然にも調理室で摘まみ食いをしていた雪風を見つけ、彼女に頼んで森村の読んだ電報を盗み見てもらった後でそれらの情報をネタに広澤とシナリオを組み立てた後、レジーナと一緒に艦長室にいた森村に直談判をしたのである。

 ある意味これは分の悪いカケであったが、意外にも森村は乗り気になって二つ返事で了承してくれており、最終的には広澤の思惑通りにことが運んだというわけである。

  

「あの艦長もなかなか変わり者だからな」

「変わり者?」

「ああ、俺が練習艦隊時代にいた噂だと船乗りになりたいが一心で恩賜の帯刀組とあだ名されるトップ10入りを拒んで最後の試験を白紙で出したらしいぞ」

「だから俺達にそんな提案をしたんですか!?」

「まあ、お前が本気で直談判するとは思わなかったがな」

(最低だこの人!!)


 広澤の言葉に心の中で毒気付いてしまう守であったが、彼のアイデアが無ければ今回の計画が実現しなかったこともあり、親しくなったレジーナと離れたくなかった守はぐっと堪えることにする。

 レジーナに至っては彼のアイデアのおかげで危機を乗り越えたことに感謝し、お礼の言葉を述べている。 


「これからどうなるんでしょう?」

「わかんねえな、俺も負傷者な訳だし」

「だったら医務室に戻って寝てて下さいよ!!」

「こんな面白いことやめられるか」

(勝手な人だ!!)


 広澤のアイデアと守の行動力、森村のしたたかさによって連れ去られる危機は一時的に去ったものの、これからの方針が思い当たらない一同は昼食の時間までそれぞれが得た情報を出し合って対策を考え始めるのであった。

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