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エピローグ 女狐の影

久々に投稿します、お待たせしました。


『だから、我が国が提案する7か国会議の開催についていい加減受け入れてもらわないと!!ことの次第は貴国と帝国との和平問題だけではすまないの!!』


 ホットライン越しに松坂に強気な口調で攻め立てる人物こそ、世界最強の軍事力を持ち、地球における警察官であるようにふるまう米国大統領であった。


「何度も言うように、帝国は我が国とだけ外交交渉を求めており、こちらから強要する訳には」

『貴国は被害者としての立場を利用して新世界の利権を独り占めする気かしら?生憎と、韓国政府も被害者でありその2か国をこれまで守ってきた我が国を無視するのはおかしくなくて?』

「韓国は長年我が国の領土である竹島を不法に占拠し、これまでに話し合いにも応じませんでした。それ故に不幸にも帝国との紛争に巻き込まれた次第です」

『私から見ると貴国は過去の行いを反省せずにまた勝手なことをしてるに見えないわ?せっかく我が国が正しい民主主義を教えたというのにね』


 民主党出身で女性初の大統領に選ばれた彼女であったが、上院議員でありながら子供を育てつつ、同じ政治家である夫を支えた良き母であるという日頃の国民に向けた外聞とは裏腹に、本心は底なき野心家であり高齢であることから一期のうちに実績作りに焦っていると言われていた。


『なんとしても、米日中露韓に帝国と連合王国を加えた7か国会議にて正式に両国の国家承認に向けた手続きと貿易協定の締結を承諾させるのよ!!少なくとも今月中には返答させなさい!!』


 時間の都合から押し問答はすぐに収まり、最後は命令口調で期限が宣告されて一方的にホットラインが切られてしまう。


「ふう、大統領はお怒りだな」


 松坂はそう言いながら、水筒を口につけ中に入れていた漢方入りのお茶で喉を潤す。彼がこれを好むのは胃腸が弱いわけではなく、健康や味にも大した拘りもないのだが、ほんのりとした漢方独特の香りを嗅ぐことで気持ちが切り替えやすいからだ。

 また、口下手な所を自負する彼にとって飲み物は喉や口を動かすことで自身の緊張を解し、言葉を選ぶ余裕を持つ意味もあった。


「総理、やはり7か国会議を開くべきでしょう。米国がそれを言った時点で既に関係各国の同意を得ているに違いありません」

「だとしても中露が入るとややこしくなりますよ」


 部屋で待機していた岡田の言葉に対し、松坂はそう答えながら言葉を続ける。


「わざわざ不正規ルートで日本が転移するかもしれない情報を流して良識派による自制を促そうと試みましたが、結局今の大統領はそんなのどうでも良いのでしょう」

「総理の考えてる通りなら、最早米国の中枢にはもう良識派がいないということですか?」

「それどころか、新世界の利権ばかり見て日本のことを眼中に捉えてないのでしょう」

「そんなバカな......」


 今の米国大統領は親中派で中国資本に積極的な投資を働きかけるだけでなく、新社会主義者として貧困層の保護と農村の所得引き上げに熱心であった。日本はそれ故に前政権によるTPP締結により、関税のない大量の農産物が流入し国内農業が軒並み停滞するだけでなく、有利であった工業製品の輸出も近年は数値偽装による安全性の問題を理由に米国から制限を受けて伸び悩んでいた。


「あの場で総理がいくら言っても、要は日本が無くなることよりも異世界との繋がりを維持したいだけですか......」

「寧ろ、我が国が絡む尖閣をはじめとしたややこしい安全保障問題が片付くと思ってるんでしょう。太平洋を仲良く二分して平和を維持するつもりかもしれませんね。大統領に当選した時はホッとしたんですがね」

「彼女も昔は日本に対し良識があったみたいだけど、今や年老いて人から持ち上げられることによる優越感に浸りたいだけよ」

「おい!?」


 不意に響く米国大統領を小馬鹿にした発言。

 自身と松坂しか居ない筈の状況だったため、岡田は思わず声をあげて振り返る。


「ここには私と総理しか入らないように厳命されていた筈だが?」

「あら?私も呼ばれてここに来たのにね」


 いつの間にか勝手に部屋に入っていた女性。世を見据えたようなその口調とは裏腹に、女子高生を象徴するセーラー服を身に纏い、松坂の断りを受けるまでもなく応接ソファーに座り足を組んでいた。


「田嶋君、よく来てくれたね」

「ええ、岡田さんもいるとは思わなかったけど」

「田嶋!?あの田嶋君なのか!?」


 彼女の名は田嶋龍子、岡田が率いる異世界対策班のメンバーであるが、その姿と態度は紹介された時とは異なっていたことに岡田は困惑していた。


「おじ様、私のことを岡田さんに説明してなかったの?」

「おじ様!?田嶋君、君は総理となんの関係があるんだ?」

「何って、私はおじ様の選挙アドバイザーでしたの」

「選挙アドバイザー?冗談を言ってるのか?」

「いいえ、本当ですわ」

「え?総理、そんなこと」

「事実だ。当時の私は選挙が下手で落選する可能性も高かったからな」


 岡田の疑問に対し、当の松坂は真っ先に肯定しつつ説明し始める。


「田嶋君は若くして業界においては半ば伝説に近い優秀な選挙アドバイザーとして知られている。彼女がからむ選挙は私のような末端候補者であっても全て当選させてきた実績があるからな」

「あらあら、私だって依頼人は選んでおりますわよ」


 岡田は初めて彼女を紹介されたときのことを思い出す。彼女の紹介を受けたときは分厚い眼鏡でリクルートスーツを身に纏い、口数の少ない寡黙な職員であった。しかし、事務処理能力が高く松坂の推薦もありメディア対策の担当者に据えたのだが、その時とあまりにもイメージがかけ離れているばかりか、岡田でさえ知らない経歴には戸惑いが顔に出てしまった。


「総理、だとしても何故彼女をここへ?解散総選挙でもするので?」

「君は10年以上前に話題になったヤマタミカ教を覚えているか?」

「あ、あのインチキ宗教団体ですか?」


 ヤマタミカ教については岡田もよく知っており、一時期ニュースで話題になっていた。大和民族族長の子孫を名乗る老婆を教祖とし、世界の王たる大和民族の復興を世界に知らしめることを信条とする右派団体として報道されていた。戦後間もない頃に創設されたものの、高齢化により規模を減らし何れは巷の宗教団体同様に消えるものと思われていた。しかし、ある年から僅か数年で信者を数十人から数千人規模にまで急速に拡大し、一大勢力としてメディアに露出するようになった。

 遂には過疎化した地域に本拠地を移して信者を住まわせ、市長選挙当選を目指したことにより、大きな騒ぎに発展することになる。


「彼らの言ってることは滅茶苦茶なのに、何故あれだけ拡大できたのか不思議でした」

「その時の影の教祖こそ彼女だ」

「冗談ですか!?」


 当時の岡田が知るヤマタミカ教は連日マスコミでも取り上げられ、選挙に出馬する際には地元市民と激しい争いになり、立候補した教祖に絶対的に服従する宗教団体が当選するかもしれないという異常事態に、有識者の間で民主主義の意義が議論されていた。

 最終的には公職選挙法にも抵触していなかったため、出馬できたものの、政界や地元市民の危機感もあり対立候補者の統一と、前回の倍近い投票率を出したことにより僅差で破れたことにより企みは失敗し、急激に勢いを無くしたと言われている。


「教祖の孫であった田嶋君は、当時10代前半でありながら卓越した先導手腕で教団をあそこまで大きくしたのさ」

「謙遜しますわ。ただ、選挙中にお婆様の痴呆が悪化し、教団も幹部達が内輪揉めするようになったので手を引かせていただきましたのが悔やまれますが」


 僅か10代の少女が政界すらも混乱させた事案を生起させた事実を前に岡田は言葉を失う。冗談だと思いたくとも、松坂の口調はハッキリとしており、目は真剣そのもので疑うことができない。松坂は岡田の気持ちを汲み取りつつなおも話を続ける。


「君の疑問は分かるが、これは事実だ。公安はヤマタミカ教がかつてのオウム真理教になることを恐れ、その素性を調査したところ田嶋君の存在が判明した。ただ、彼女は明確な違法行為をしたかといえばそうではない。人心を言葉巧みに誘導しただけだからな。その手段の中には数多くの嘘やまやかしもあったが、そこまで悪として裁いてしまえば世の中が成り立たなくなる。それだけ彼女のしたことは巧妙かつ、真理をついていたからな」

「ようは生まれもっての先導者という訳ですか?」

「あら?歴史上の偉人と呼ばれる方々もそうでしたわよ。カエサルにしろナポレオンにしろ、ムッソリーニやヒトラーもまたそれをよく理解したが故にあれだけのことを実行できたのに。国家に必要なのは賢い羊の群れより、愚かな羊を誘導できる賢き羊飼いですわ」

「......」


 大衆を愚かな羊扱いする田嶋の言葉に岡田は嫌悪感を抱き始めるも、彼女は悪びれることなく言葉を続ける。


「自衛隊出身の岡田さんはご存じで?大日本帝国が米国本土に与えた最も効果的なダメージについて」

「真珠湾攻撃だろう、何を言っている?」

「ブッブー、やっぱりインテリな方は分かってない」


 小娘に近い田嶋に小馬鹿にされ、岡田はムッと表情を強ばらせる。


「何が言いたいんだ?」

「ははは、古い世代遅れの戦艦だけを沈めても意味がないですわ。あとで捨てちゃいましたしね、ビキニでポイッと。最も影響があったのは大本営発表ですわ。次第点では風船爆弾とオレゴン州及びダッチハーバー空襲ね」

「はあ?風船爆弾や二つの空襲は確かに米国の度肝を抜いて数少ない箝口令を敷かせたことで有名だが大本営発表はただのガセネタだろうが」

「そう、あれは多くの日本国民を騙しただけでなく、米国国民も騙されたのよ、ラジオ東京を通じて。帝国陸海軍軍令部が実際は敗北してたのに大勝利を自信満々に米国に景気よく発信したことで、米国市場は大いに荒れ、大統領が直々に対策を指示されたそうよ。戦争と経済は表裏一体であり、同じ時代のナチスは英国の偽札をばら蒔いて意図的にインフレを起こすことにも成功してますしね。あー、敵の国民まで信じ込ませた大本営発表はまさに日本が誇るプロパガンダの成功例ですわ。非の打ち所のない勇ましく、美しい軍歌を流しての堂々としたアナウンス。滅茶苦茶な戦果であっても、物資不足の中でも安定的に供給されていたラジオ放送というお手軽手段によって多くの国民を信じ混ませ、本土が攻撃されるまで盲目的に追従させることに成功したあれこそ正に近代の大衆先導の好例ですわ」

「自国民を騙した報道なんて国家の恥だがな。そのせいで戦後に軍は国民からの信用を失い、自衛隊が長く批判される始末だ」

「歴史は感情論で語ってはなりませんわ。ありのままの事実と成果を受け入れませんと。報道については同盟のナチスも素晴らしかったですし。日本を占領したGHQだってこの成果を利用したではありませんか」

「......」

 

 自らの高説に酔いしれる田嶋を前にし、反論する気の無くなった岡田は松坂に視線を移すと彼はやれやれといった口調で話を進める。


「我が党は彼女の力を知るため、試しに我が党でも当選が難しい地域に彼女を選挙参謀として送り込んでみた。そしたら、候補者が実績がなく地元出身でもない平凡なタレント候補であったにも関わらず、現職市長を抑えて当選させてしまった」

「え!?まさか......」

「そのまさかだ。しかもそのタレント候補がお笑い芸人だった経歴を活かし、斬新かつ現実的な施策を次々と提案するだけでなく、対立候補であった現職市長の不祥事を巧みに突き付けるなど非凡な才能まで発揮させたんだからな」

「そのあとに今度は松坂おじ様の選挙を支援させていただきましたわ。おじ様はとても魅力的で優秀であることを懸命にアピールし、対立候補は全て貶めるという実に単純かつ効果的な方法で」

「そうだ、田嶋君がいなければ今の私はここにいなかっただろう。それが吉とでるかは未だに答えは無いがな。その後、彼女は日本の選挙だけでは分からず遂には渡米してある選挙に関わることになった」

「米国に?一体誰を当選させたので?」

「先程話していたあの女だよ」

「えええ!?」


 最早驚くことはないと考えていた岡田も遂に腰を抜かしてしまう。


「あの女は高齢で病気が噂されて不利な状況なのに勝てると思い込んでたから大変でしたわ」

「なぜ、味方したんだ?」

「初めは私、対立候補に手を差しのべていたのてますが、彼は女性軽視でプライドばかり高く自信家なのが気に入らなかったので」


 米国大統領選すらも動かしていた田嶋に今度は恐怖を覚えてしまう。


「まずは党内にいる社会主義者との関係を強めて目玉政策を見直し、対立候補の支持基盤である都市部には女性問題を広めて差し上げましたわ。選挙期間中でも未成年のコールガールと×××してるとね。共有サイトに被害者の声を乗せたり実は過激なプレイを受けるのがお好きとかね。ネット時代は便利ですわ、愚かな大衆はすぐに引っ掛かるので。まあ、今思うとおじ様のためを思うならあの男を当選させた方が良かったですわ。少なくとも中国とベッタリしない方策でしたので」


 岡田は初めて彼女と選挙で敵対しなくて良かったとホッとする。嬉々として話す彼女のやり方は見境なく、良心のかけらすらないからだ。


「おじ様だけですわ、私のことを本当に分かってくださるのは」


 田嶋をそう言いながら、松坂の腕に抱きついて寄り添う。


「......田嶋君、君は今回なぜこの事態に加わったんだ?」

「だってえ~面白そうですもの。人類史上例のない事態を前にして愛するおじ様が頼んできたんですよ」

「総理、つかぬことをお聞きしますが、貴方は正常ですか?」

「私はいつだって正常です」

「えへへ、私、実はオジサン趣味で今は松坂おじ様に惚れてますわよ。この服だっておじ様の好みに合わせたの」


 これ以上はよそう、こっちまでおかしくなる。

 意を決した岡田はそう自分に言い聞かせ、田嶋を無視して自分にリセットをかける。


「田嶋君をどう使いますか?」

「今後は彼女を主軸に据えてこちらが有利になるよう、メディア戦略を展開して下さい。そのための手段は問いません」

「総理のご判断なら私は従うまでです。ただし、彼女と深い関係になるのは政治スキャンダルとして攻撃されかねないのでご遠慮ください」

「え~、おじ様はずっと独り身なのにー」

「総理、分かってますね?」

「ああ、そこは大丈夫だ」

「おじ様のいけずー」 


 米国から睨まれ、この女にメディア戦略を任せたこの国はどうなってしまうのか。

 田嶋という米国大統領以上に危険な存在を認知し、岡田はこれから先のことが誰も予想できなくなることを覚悟した。

 大本営発表については不愉快に思われる方もいるかもしれませんが、あくまで感情論を抜きにし、純粋に戦史を語る上での価値観で表現しました。私自身も本心ではフェイクニュースの温床であった大本営発表については作中の岡田議員と同じ感情を持っています。

 しかし、今回については過去に戦史を教えていただいた恩師から「戦史は常に感情論で捉えるな」を教えを守り、表現しました。戦史学という学問から評価していただけると幸いです。

 因みに、この世界の米国大統領は民主党が勝利したパターンで、あの人をモデルにしてます。理由は某予言漫画をリスペクトしてみたかっただけです。

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