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第31話 極秘会議

〇市ヶ谷 地下会議室


 内閣が竹島奪還後の協議を進める中、防衛省が置かれたこの地の地下に設けられた司令部施設一角の会議室には日本政府代表として異世界交流の責任者となった岡田の呼び掛けに応じ多くの人材が集まっていた。

 以前の混乱から彼は総理である松坂の意向に逆らい、閣僚会議から外されたとされていた。だが、実際にはその総理の密命により自身が信頼できる者を中心として外務省や警察公安部門の官僚、大学教授といった有識者メンバーを呼び寄せ、防衛省からは統合幕僚長を筆頭に海上幕僚長や自衛艦隊司令、護衛艦隊司令といった海上自衛隊における首脳メンバーが勢ぞろいしているだけでなく、陸空の幕僚長も集められ陸海空自衛隊の各分野における最前線を担当する司令達を集めある議題を元に対策会議が開かれることになった。


「本日は定例会議及び、各種業務に関する出張という名目で御足労頂きありがとうございます。本来であるならば、ネットワーク通信も活用していきたいところですがこの情報は同盟国である米国にも簡単に知らせるような内容でも無いので私の一存で集まっていただきました」


 岡田の言葉に対し、呼ばれた理由を知らない司令達の間でざわめきが始まる。彼の言うとおり、本来であるならばIT革命の申し子である通信ネットワークにより、離れた場所でもリアルタイムに会議に参加できることが通常であった。参加者総員が直接集合を命ずることなど出張費の無駄遣いと経費削減にうるさい財務省に怒られるに違いない。にも関わらず、全国から飛行機やヘリを飛ばしてまで司令達を集めるべき事態となるならば正に国家の命運を左右することに他ならなかった。


「これより「ゆきかぜ」艦長である森村1佐らに異世界の調査記録について説明させてもらいます」


 その言葉と同時にプロジェクターの傍にいた森村が一枚の画像を見せる。


「これは「ゆきかぜ」が今回の調査において撮影した異世界の夜空になります」


 「ゆきかぜ」の艦上から撮影されたと思われる夜空には無数の星が映し出されており、事前の情報においてレジーナのメイドであるジルの証言ではこの星座の違いから自分達が異なる世界に来たことに気付いたとされていた。


「異世界からこちらにやってきたレジーナ様達はこの世界の星座には見覚えがないという証言から当初、我々は彼女らの世界が太陽系以外の星、若しくはSF小説で取り上げられる次元の異なる場所と推測しておりました。そして、父島襲撃事件における容疑者の身体やレジーナ様達エルフの血液検査の結果とエーディロット様の証言から彼女らの先祖が我々の世界から何らかの形で転移したというのがこれまでの推測ですが、ここにいる本艦の船務長である米沢3佐が天体を観測したところ、驚くべき事実が明らかになりました」


 現在においても正確な海図とジャイロコンパス、速力計測機器を装備していても航行している船舶は総じて風や波による外力を受けるため、それだけで正確な位置を求めることが困難である。陸地が見える場合は地文航法により海図に記された山頂や灯台、鉄塔など動かぬ目標の新方位(北極点を0度とし、南極点を180度とした円から求める方位)を3箇所計測し、そこから引いた新方位に応じた直線から生まれる三角形の中心から求めることが前提となっている。逆に陸地の見えない外洋で航海している時には六分儀と呼ばれる道具を使用し、目に見える天体である太陽、月、惑星、恒星と水平線の角度を計測して位置を求める天測航法が用いられてきた。概要としては二つの異なる目標の高度角を計測し、二つの目標が真上で見られる位置を中心と定め、海図に高度角に応じた半径で丸い円を描く。二つの円には二箇所の交点があり以前の計測位置からの進んだ方位と予想移動距離を考慮し、最も近くにある交点が二つ目の目標を計測した時刻における自身の位置として求められる。

 20世紀の中頃においてはオメガやLORANロランといった地上局からの信号によって位置を算出していく方法が取られるようになったが、米ソ冷戦における宇宙開発競争の副産物であるGPSグローバル・ポジショニング・システムの登場により大きく変化する。これは地表から約2万キロメートルの軌道上に打ち上げられた1周約12時間で動く28個の準同期衛星のうち、自身の上空にある数個の衛星からの信号を受け取ることにより自身の位置を知ることが出来るシステムであり、現在では車のカーナビ等民間においても広く活用されているが元々は軍事用として使用された経緯がある。

 この技術の確立により常時自身の位置を知ることにより作戦海域が大幅に広がり、大陸間弾道ミサイルの精度の向上にも繋がっている。尚、日本で使用されているものは米国製であり中国やロシア、欧州はそれぞれ自国のGPSを打ち上げており、米国においては高層大気圏における核爆発によって生じるEMP(電磁パルス)攻撃や衛生迎撃システムによる攻撃も考慮していつでも打ち上げ可能な予備衛星も確保している。

 その背景もあり、米国海軍では近年まで天測航法の教育をやめていたが海上自衛隊においては伝統として教育を続けており一定の観測技術は保っている背景があった。

 尚、マメ知識として東京スカイツリー(634m)が出来るまでは日本で作られた最も高い建築物は東京タワー(333m)ではなく対馬にあって今は無きオメガ局(454.83m)であり、日本近海だけでなく東南アジア一帯までカバーできたらしい。


「衛星や電波塔、海図のない異世界の航海とはゴールの位置の分からぬ迷路の中を地図もなしにコンパスだけで進むようなものです。幸いにも連合王国においては電気の概念が無く我々以外の電波がなかったため「ゆきかぜ」は「やまゆき」の電波をたどって帰途につく方針でしたが、並行して天測を行ってみたところ我々は大きな勘違いをしていることに気づきました」

「勘違い?その夜空はどう見てもこちらの世界の星座が見えないようだが?」


 陸空の自衛官達が首をかしげる中、海上自衛官の何人かはその夜空に対しあることに気づいてしまう。


「これは南半球だぞ!!」

「間違いない、南十字星があるぞ」

「あれはマゼラン星雲だ...」


 海上自衛隊の幹部は総じて江田島の幹部候補生学校に入校し、その中でA幹と呼ばれる防大や一般大出身の卒業後、練習艦隊の艦艇に乗り込んで半年近く遠洋航海に行く。その際には実習の一環として天測を学ぶ機会があることから、異世界の夜空には彼らの知る南半球の星座が輝いていたという気づいたのである。


「彼女達が知らないのも無理はないわけで、生まれてこのかた連合王国を出たことがないのですから」

「これは一体どういうことだ?」

「もしやあの世界は同じ太陽系内の惑星ということは考えられませんか?」

「SFで言われる地球の公転軌道の反対側にあるもう一つの地球ですか?」

「まさか!?この太陽系内において観測しきれていない星はないはずです」


 陸海がもう一つの地球説に唱えるのに対し、宇宙衛星の管理も計画されている航空自衛官達が反論する。


「それについては本艦の機関長である武田3佐が説明させていただきます」


 森村の紹介を受け、同行していた武田が口を開く。


「本艦が搭載している機械式のOSN-1ジャイロは地球上においては高い精度で極北(北極点)を指示し続け、動揺に対し水平状態を維持することができますが、その条件として地球の自転速度と同じ速度で内部のコマを回しつつ、ジャイロ軸に地球からの重力を受けれるようにしなければなりません」


 わかりやすく言うならば日本に季節がある理由として地軸の傾きの変化がある。地球は常に傾いているため、一般的に知られている磁気コンパスは地球から発する磁気反応して北を向くものの、そのまま指示通り真っ直ぐ進んだところで地軸の傾きから北極点に着くことはない。それ故に磁気コンパスは海図の上に置いては常に誤差があるためそれを正確に把握しない限り目的地の方位へ進むことができない。どこにいても確実に北極点を向ける必要から、船舶や航空機が方位を知る手段として地磁気に左右されない機械式及びレーザー式のジャイロコンパスが採用されている。

 これについては種類ごとの特性について説明が非常に困難なため、ここでは「ゆきかぜ」に搭載されているジャイロで説明すると地球の傾きを高い精度で再現して検出できるジャイロの信号によって地殻における極北の方位と水平状態を導き出せると考えて良い。


「驚くべきことに、私は本艦がエリアゼロを行き来する間に米沢3佐とジャイロの数値と天測法による誤差を比べたところ、それが地球上における誤差の許容範囲内に収まっていることに気付いてしまいました」

「えと、それはどういうことで?」

「こほん、天文学と物理学、統計学的な考えで言うならば地球と全く同じサイズで同じ旋回速度、重力を持つ惑星が同じ宇宙に存在するはずがないという訳ですな」


 理解できない一同に対し、天文学に詳しい大学教授が補足する。


「そうです、私もどう判断して良いのか......あの世界においては月もありましたが我々が知る月とはどうも模様が違うようですし」


 米沢がそう答えるとともに、プロジェクターには異世界で撮影した月が写し出される。形や大きさこそ変わらぬものの、その姿は海空自衛官達が見ても首をかしげる奇妙な模様であった。

 月は常に地球に対して表側を見せる(厳密には地軸の傾きで裏も少し見える)とされており、模様が変化するなど考えられない。

 一同が首をかしげるなかで有識者として呼ばれた一人の女性が声をあげる。


「これ、月の裏側じゃないですか?」

「え!?」


 会議の場に響く奇妙な意見。

 発言元は以前テレビ番組にてドラゴン騒動のコメンテーターとして騒ぎを起こした自称マジシャンの川田であった。


「昔、明治時代に月の裏を念写したとされるマジシャンがいまして、私も参考がてらに実際の月の裏側の写真を見て研究したことがあるんですよ。まあ、実際はただのインチキでしたけど」


 突拍子の無い話に何を言ってるんだと一同が騒然とするなか、パソコンを操作していた米沢はハッと気付くとともに月の裏側の画像を出し、スクリーンに重ね合わせる。


「......一致したぞ」


 その言葉とともに会議は大きく揺るがされる。


「そいつはおかしい、月が裏表逆になるなんて人類の歴史上聞いたことがないぞ!!」

「再度確認してくれ、こんなの聞いたことがない」

「こんなペテン師風情の素人意見は認めんぞ!!」

「ペテンとはなんですか!?セクハラで訴えますよ!!」

「待て!?机から乗り出すな!!」


 自衛官だけでなく大学教授達までもが騒ぎはじめ、ペテン師扱いされたことに川田がキレて同じく呼ばれた相棒の下田教授が止めに入る。この場違いな二人、テレビ局での騒動を機に世間から煙たがれてしまったのだが、ドラゴンの存在を正確に分析していたことから岡田の目に留まり、学会で異端児扱いされていた下田に研究助成金を与えることを前提とした取引で参加することになった経緯がある。川田を中心として口論が始まるなか、一人の男の行動によって場が引き戻される。


「ズルズルズルー......」


 会議室にストローで乳製飲料を飲む下品で大きな音が響く。

 川田や下田以上に場違いな男が醸し出す奇妙な空気に気付き、一同は声を発するのを止めて注目してしまう。


「やれやれ、今さら月がどうとか大したことじゃないでしょ、はい?」

「失礼ですが、あなたは?」

「うげ!?あなたは...... 」


 その男の姿を前にして川田は身をたじろがせる。彼こそ彼女と下田が世間から煙たがれてしまった原因そのものであったからだ。


「申し遅れました、ちと用事で遅れて来たもので。私は吉田鷹見と申します、ライトノベル作家です、はい」

「はあ!?なんで作家の方がこちらに!?」

「いや、まあ、成り行きですかね?一応、大学では生物学を専攻していますし、はい」


 吉田という異質な存在を前に場が凍りつく。どう反応して良いのか分からず一同は岡田に視線を向けるが、彼は気にしないでくれとばかりに目を逸らす。一同の視線に対し、吉田は悪びれもなく発言を続ける。


「月がでこぼこであると観測されるようになったのだってガリレオが発見した17世紀になってからですよ。たった400年じゃ月が前は向きが違ってたなんて気づきはしないと思いますけど、はい」

「何を馬鹿なことを!?じゃあ裏側のクレーターの多さはどう説明するんですか!!あれこそ月が太古の昔から地球に同じ向きを向き続けていた証拠ですよ」


 我慢できなくなった下田が口を挟む。彼の言う通り、月の表と裏ではクレーターの数に大きな違いがあり、一説には地球に来る隕石を引き入れたからとも言われている。

 しかし、吉田は下田の反論に対し思わぬ言葉を口にする。


「この世界で私達が見ている表面は誰かが掃除したのでは、はい?」

「......」

「突拍子もないことかもしれないですけど、魔法が存在してドラゴンがいるのなら巨大な生物もどきとかもいて月を掃除してたのならありえるとおもいます、はい」

「まさか、全ての謎は月にあると?」

「NASAが教えてくれるといいんだけど、はい」

「現状において我が国が月にいく手段はありません。ただし、一つ確実に言えることはあの世界は未来の地球という可能性が大いに高まりました」

「僕としてはパラレルワールド説を言いたい気もするんだけど、はい」

「これ以上論議しても答えは出そうにないでしょう。ただ、この情報は我々にとって大きな助けになるどころか、この情報が公になれば世界的混乱が起きるかもしれません」


 岡田がそう言葉を締め括らせようとするも、会議は再び議論に包まれ混乱の兆しを見せてきたため小休止を挟むこととなる。

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