第30話 領土奪還
学校と教育部隊配属といったごたごたがあった手前、久々に投稿させていただきます。 今回は少々シリアスな展開が進みます。
この時、竹島には帝国軍の占領部隊が警戒に当たっており島内には人質の警戒も兼ねて400人近い兵士と3隻の軍艦が付近に停泊し上空には常にドラゴンを操る竜騎士隊の姿があった。
技術的に圧倒的な戦力差こそあれど先の海戦で海軍の総戦力の半数と揚陸部隊を失い、未だに多くの人質がいる韓国軍が島を奪還するのには難しい現状があった。
しかしながら、離島戦というものは先の大戦における硫黄島や沖縄戦からもわかるとおりいくら技術的なアドヴァンテージがあろうとも攻撃する側に多くの犠牲を強いることが常識であり、アメリカに頼らない単独での奪還作戦を検討していた防衛省としても少なくない犠牲を覚悟していた。
しかし、事態は「ゆきかぜ」が帝国の皇女の身柄を確保したことにより一変する。
『我が親愛なる臣下達よ、妾クレリア・サルベールの名のもとに命じる。 先程ニホン政府との話し合いにより現時刻をもって停戦協定が結ばれた、これよりニホン政府と一切の敵対行動を禁ずる』
突然空から来襲した一機の航空機。 それは帝国兵がこれまで目にしたことのない特異な形状をしていたものの、機体の側面に皇帝の紋章が掲げられていたことに竜騎士隊は驚き、言われるがまま島のヘリポートへと誘導する。
けたたましいローター音と共にオプスレイは両翼のプロペラを上に向けてゆっくりと着陸し、ローターが停止すると同時に搭乗員の案内に従いレベッカが先に降り、彼女の手を借りる形で機体から降りてくるクレリアを見た瞬間、集まってきた兵士達は一斉に拳を胸に当てて帝国式の敬礼をする。
「貴殿らの働きによりこうして妾はニホン政府との和平に向けての交渉につくことができた。 今後はニホン政府の要望に則り、捕虜の引渡しとこの島からの撤収にあたられよ」
クレリアの言葉を受け、隊長は部下に帝国旗を堂々と掲げさせてクレリアと共に降りてきた陸上自衛官達を出迎える。
「帝国近衛師団所属第301大隊隊長のキリルリング中佐であります」
「日本国陸上自衛隊西部方面師団所属の入江1佐です」
一緒に付いてきた守の通訳を介しつつ、双方の指揮官は簡単な自己紹介を済ませるとキリルリングの案内で一同はもとは監視塔として使われていた建物の中に入る。
「このような場所で申し訳ありません。 何せ他の建物はこの島にいた住民に割り当てておりますので」
「かまいません、こちらとしてはクレリア様が結ばれた停戦協定に基づき貴方がたに対する協定の遵守と捕虜の解放の意思を確認しておきたいので」
「姫様が了承されたのならこちらとしては問題ありません。 ただし、これだけははっきりさせておきますが我々はそちらに降伏したわけではありませんので武装解除には応じません」
「その件については今ここで協議できる内容ではないので応じかねます」
クレリアに目を配らせつつもキリルリングは一歩も引かない態度で見据え、入江もまた鋭い視線を彼に向ける。 お互い多くの部下を持つ指揮官として安易な合意引き出すつもりはなくピリリとした空気を醸し出す。 そのような中において表情一つ変えないクレリアとは対照的に守の額に冷や汗が走る。 まだ十代の青年である彼にとって双方の人命に関わるこの協議の場は今まで以上に胃を痛める緊張感の漂うものであった。
「応じれないとはどういう意味で?」
「貴国とは違い、我が国の自衛隊...いえ、軍は文民である内閣総理大臣にのみ最高指揮監督権があり先ほどクレリア様が同意した内容以外のことは私の判断で応じるわけにはいかないのです。 私どもの役目はあくまで停戦協定遵守の監視とご理解いただきたい」
「......わかりました、我らもまた皇帝陛下の臣下であります。 皇帝陛下の名代である姫様が合意した協定に基づき貴国の期待を裏切らないことを誓いましょう」
しばらく考え込んでいたもののキリルリングは入江の言葉に同意を示しクレリアの方へと身体を向けて膝まづく。
「我らは姫様の合意に基づき帝国軍人に恥じぬよう停戦協定を順守させていただきます」
(帝国にもこのような軍人がいたとはな)
入江はこれまで聞かされていた帝国兵の姿と違い、キリルリングが私を滅してクレリアに忠誠を誓う姿を前にして軍人としての矜持を感じてしまう。
(これがかつて日本人の誰もが持っていた君主への忠誠というものか...今の俺達に足りないものかもしれないな)
「入江殿、我らは帝国軍人として皇帝陛下に恥じぬよう行動させていただきます」
「ええ、あなたとこうしてお会いできたのも喜ばしい限りです」
入江はそう答えるとともに膝まづいていたキリルリングに手を差し伸べる。
「両国の未来のためにもこの出会いがより良き物に発展できることを願います」
「ええ、こちらで確保している捕虜に関しては停戦協定の基づきそちらに引き渡せるように致します」
「分かりました、すぐに移送できるよう手配しましょう」
竹島における帝国軍との停戦協議はクレリアが間に入ったこともあり、一人の死者を出すことなく平和理に進むことになり、韓国軍の来襲を警戒するため島の周囲にはイージス艦「みょうこう」を中心とした4隻の護衛艦が警戒に当たることになる。
『本日、国会での記者会見によって我が国固有の領土である竹島が謎の武装勢力によって占拠されたのを受けて内閣総理大臣にいる防衛出動が発令されたのを受けまして自衛隊による......え!?』
国会での記者会見内容を報じていたニュースキャスターの言葉を遮り、血相を変えたディレクターから手渡された原稿。 それを目にした瞬間、アナウンサーは表情を一変させて口ごもってしまう。
『先程、防衛省からの発表で自衛隊は防衛出動を受けて竹島近海に出動し島を奪還したとのことです!!』
その言葉が伝えられた瞬間、日本国内でニュースを見ていた全ての人々が驚きの声を上げてしまう。
たった一時間前に国会での臨時記者会見によって戦後初めてとなる防衛出動が自衛隊に下令され、緊迫した空気が流れていただけにあっさりと奪還してしまったことに理解ができず誰もが呆然としていたものの、。
「総理、内閣支持率が60%超えです!!」
「国会前では総理の判断を称賛する団体が詰めかけています」
「島根県議会が全会一致で総理と防衛省に感謝状を贈呈したいとのことです」
先日までは自衛隊の異世界における行動に対する非難報道から一転して長年不法に占拠された領土が奪還されたことに多くの日本国民から賞賛の声が上がる。 ニュース番組では松坂政権の支持率が急上昇したことが報道されるとともにその素早い判断力が絶賛され、併せてレジーナ達に対する批判が急速に遠のいていく。 先日の会見以降に急落した支持率が竹島奪還を契機に上昇したことに日頃温厚な幹事長もホクホク顔で口を開く。
「半世紀以上にわたる積年の恨みが発散されて晴れやかな気分ですな」
「ええ、私も早く父の墓前で報告したいです。 なにせ父は竹島を取り返すことに生涯をかけてましたから」
閣僚会議の場であったが歴代政権の中で前代未聞の快挙を果たしたことにお祝いムードが漂っていた。 前政権で生起した尖閣事変による動乱を経て誕生した松坂政権であったが、発足当時は旧運輸省出身で大した実績のない松坂の能力を疑う声が多く尻拭い内閣、息継ぎ内閣などと渾名され、閣僚達も地味で目立たない者が多かったことから身内である与党議員からも短期政権で終わると見られていた。
それが今や憎き隣国から領土を取り返し戦後最大規模の支持率を得たことに皆が誇らしさを感じていた。
「例の赤記事を見ましたか? 赤の連中でさえ総理を称えてますぞ」
「ようやく家内から大臣扱いしてもらえましたよ」
「息子が学校で私のことを自慢するようになってくれました」
竹島奪還の絡みで防衛大臣のみ出席していなかったが、大臣達は口々に喜びの声を上げる。
そんな中、先日の会議で異世界対策部署の責任者に任命されたばかりの岡田だけは渋い顔をしつつ口を開く。
「これで我が国は帝国だけでなく韓国をも敵に回すことになります」
「はて? あの国が何をするのかな?」
「こちらには不法入国をしていたあちらの要人を確保しておりますのに」
法務大臣の言葉に対し、岡田は身を乗り出して話を続ける。
「あの国は長年我が国と米軍とで軍事教練をしてきた間柄です。 言うなればこちらの手の内を知り尽くしている上、弾道ミサイルすら揃えてるんですよ」
「此方にはイージス艦やPAC3があるじゃないかね」
「これらをもってしても100パーセントではありません。 自衛隊施設に攻撃が限定されるならまだしもこの国には現役で稼働している数十の原発があることも忘れないでもらいたい」
「いや、あれはミサイルでは大丈夫だと言われてるだろ」
「そんなわけないでしょう!! 弾道ミサイルの衝撃がどれ程のものかご存じないようなので説明しますが外郭は無事でも内部の配管や電源ケーブルには損害は免れません。 その上、敷地内にある使用済み核燃料貯蔵施設に被害が及べばどうなることか予測できません...」
「まて、君は何を言ってるのか分かっているのか!!」
歴代の政権においてタブー視されてきた発言に対し、経済産業大臣が口を挟む。
「韓国政府が我が国を攻撃するなどと不謹慎なことを言うだけにあらず、我が国の国策すらも否定するつもりか!?」
「私は国防の専門家として事実を言ったまでです」
「君はそうやって私達に不安を煽って防衛省の権限を強くしたいとしか思えんな」
「...く、大臣は今がどういう事態なのか分かっているのですか?」
「私は十分理解しているつもりだよ、この国が軍国主義へと突き進むのを阻止しなくてはならんしな」
(この期に及んでまだそんな妄想を口にする気か...)
経済産業大臣の言葉に多くの閣僚が頷く中、岡田は一人毒気づいてしまう。
自衛官という職業は世界的に連度の高い優秀な人材が揃っていると思われがちであったが、その反面世界で最も政治に弱いという特徴も併せ持っている。 ソ連をはじめとした共産圏国家の侵攻に備えて組織されたものの、戦闘に関する有事関係法の整備が半世紀以上にもわたって行われておらず、1976年に生起したべレンコ中尉亡命事件においては様々な情報筋にてソ連が最新鋭のミグ戦闘機奪還に向けて日本侵攻を計画しているという情報をキャッチしたものの、当時の内閣はロッキード事件の混乱に明け暮れ碌な指示を出せずに現場の自衛官達が訓練と称して配備につきソ連の侵攻に備えていたありさまであった。
今の日本においても戦前の軍国主義の影響でエリート層の中で未だに防衛費は大きな金食い虫という考えを持つ者が多く、それ故に同じ与党においても圧倒的な得票数を持っておきながら自衛官出身である岡田に対し良い印象を持っている者は少なかった。
岡田自身、本心では相手の揚げ足を取ることに執着する印象のある政治家という職業を嫌っていたのだが、一部の議員達の間で緊迫する国際情勢の中において自衛隊という組織の前線を知る政治家の存在が必要という声が上がり、その一環として自衛官の待遇悪化を憂うOB達の説得を受けて立候補した経緯があった。
「かつて最強の装甲とハリネズミのような火器を備え、最強の不沈艦と称された戦艦大和も設計者の予想をも超えた一番のダメージは航空機による爆弾でした。 いくら外観が丈夫であっても爆弾の破壊エネルギーによって生み出された衝撃と無数の破片によって人員機材が損傷し、対空砲火が弱まったことにより無数の魚雷を受ける要因となりました。 ギリシャ神話におけるトロイア戦争のように鉄壁な防御を持つ城や無敵の超人であるアキレウスであってもその能力に過信したことによって予想だにせぬ方法によって敗れ去ってしまうものです」
「岡田くんもう良い、黙ってもらえないかな?」
閣僚達との対決姿勢を譲らない岡田に対し、黙って聞いていた松坂が口を開く。
「韓国政府とは私が直接話をしよう。 向こうも海軍が壊滅している手間、下手な行動を慎むだろうしな」
「総理!!」
「君はどうも駆け引きが苦手なようだ。 今は王女達との対応に専念してもらうことにする」
「しかし!!」
「何度も言わせるな、これ以上長引かせるようなら出て行ってもらうぞ」
「...分かりました」
松坂の言葉が強くなってきたことを感じ、閣僚達の哀れな目線を受けつつ岡田は言葉を止める。
「外務省は引き続き関係各国との交渉に専念してくれ。 出来うる限り竹島は我が国の固有領土であることを表に出してな」




