第29話 初会談(12/14追記あり)
久々に投稿します。
今回は少々短めです...
12/14捕虜処遇について追記しました
「ゆきかぜ」士官室ではテーブルをはさんで森村とクレリアが向かい合う形で席に着き、森村の隣には通訳として守が、クレリアの隣には専属のメイドであるレベッカが座り、離れた位置ではノートパソコンを開いて調書の作成を始める綾里とカメラを回す北上の姿があった。
一同が簡単な挨拶を交わした後、寒空の中にいたクレリアのことを考慮して士官室係の手によりお互いの前に温かい紅茶が置かれる。
「不幸な事故があったとはいえお越しいただきありがとうございます」
守の通訳を介して伝えられた森村の言葉を前に幼い外見ながらもクレリアは怯えることなくニッコリと笑顔を見せて口を開く。
「妾もまさか森村殿とお会いできるとは思いませんでした」
「なぜ私の名をご存知で?」
「たった一隻で一個艦隊を相手に海戦を戦い抜いた森村殿の名は我が帝国でも有名ですわ。 その武功から考えるにさぞ多くの戦いを経験されたのでしょうね」
幼いながらも皇帝の側近を勤めているだけあってクレリアはビエント王国にて帝国海軍と海上自衛隊との海戦の詳細を知っており、その中で「ゆきかぜ」艦長の森村のことも知っていた。
技術的なアドバンテージがあったとはいえ、最大限の戦力で取り囲み動けぬ状態としたにもかかわらず帝国軍よりも素早い判断力をもってしてたった1隻で艦隊を壊滅しただけではなく神をも討ち果たした彼の名は帝国内において最重要人物として目をつけられていたのだが、森村の口からは思わぬ答えが返る。
「僭越ながら、私自身あの時が初めての実戦です。 あの時はめまぐるしく変わる情勢を前にして精一杯の判断をしただけです」
「ご冗談を、あれだけ冷静な判断力と勇猛果敢な決断力を持つ方が実戦を経験せずに我が帝国の誇る艦隊と戦えたと言うのですか?」
「私どもの世界の海では国際的な協定が確立したことによりここ半世紀近く大きな海戦が起きておりませんので」
第二次大戦終了後、米ソ冷戦を経て領土問題等による隣国同士での緊張状態が続くことがあれど軍艦同士による大きな海戦は生起していない。 中東戦争に1982年のフォークランド紛争や1990年の湾岸戦争など局地的なものが中心であり、しかも軍艦に損傷を与えた相手が航空機やミサイル艇といった有様であった。
かつて戦艦の保有能力が海軍力のパロメーターとされていたが、高性能な測距儀を駆使してどう頑張っても地球の大きさの限界から決して見ることができない射程圏外から発射される対艦ミサイルの登場により砲塔兵器の有効価値は薄れ、代わりにイージスシステムをはじめとした電子制御技術の優劣と潜水艦の能力により海軍力は左右されるようになった。 それ故に海軍力に乏しい国では工作員による破壊工作や宣戦布告なしの奇襲攻撃、変わり種では北朝鮮のような半潜行艇を駆使した戦術に限られるようになり海戦無くとも互いをにらみ合う戒厳状態が今の海の現状である。
因みに世界の海軍史において米海軍の軍艦を一番撃沈したのは日本であり、そのことを恐れる者も多かったが故に海上自衛隊設立の際には米国内から反対論が強く保安庁組織の強化に留めるべきという意見もあった。
「なるほど...ニホンは戦争のない平和な国と見受けられますね」
クレリアはそう答えながら手元に用意された紅茶に口をつけようとするも、傍らに座るレベッカに袖を引かれる。
「姫様、私のをお飲みください」
「...大丈夫よ」
「ダメです、ここは慣習に従ってください」
レベッカはそう言いながら自身が一度口をつけたティーカップをクレリアのものと交換する。
その光景を前にして森村はクレリアが置かれている立場を考察する。
レジーナに従うメイドの一人であるエリスティナも本来は料理番と言われる毒見係であった。 王族や有力者一人の死が国の命運を左右すると言われるだけあって彼女達のいる世界はまだ絶対王政の全盛期であり、普段から護衛を伴うだけでなく彼らが口にする食事に関しては厳重な監視と毒見をはじめとした入念な調査された上、食べる本人はひと皿につき少しだけしか口にしないようになっている。
レジーナ自身も来た当初はそのような対応をしてきたため、調理員達は口に合わなかったのかと勘違いして苦悩したという話があった。
「私どもの世界で相手国に対する要人の毒殺は認められておりませんので安心して下さい」
森村が笑顔で話しかけるもレベッカは表情をこわばらせつつ無言でクレリアが飲もうとしていた紅茶を口にする。
「申し訳ありません、彼女はそう教育を受けているので」
「そうでしたか」
レジーナと違い、交戦国同士であるお互いの立場では仕方がないと諦めた森村は意を決して本題を口にする。
「失礼と存じますが本艦では日本政府の方針に則りクレリア様を領土侵攻による重要参考人として十分な監視の元で保護させてもらいます。 現状ではあなた方を帝国の使者として受け入れることはできないので」
「...要は捕虜と言うことで?」
「いえ、そのようなことでは」
帝国軍とは違い捕虜に対する権限以外、自衛官である森村には外交に関する権限が与えられておらず、現状は形だけでありつつもこの場にて今回の一件に関する調査書を作るしかない有様であった。
「じゃあ何というのですか!? 皇帝陛下の「最も愛する子」と称されるクレリア様にそのような無礼を働くと言うのですか!!」
「うわあ!?」
曖昧な返事をする森村に苛立ちを感じ、身を乗り出してきたレベッカを前にして守が驚きのあまり手元の紅茶をこぼしてしまう。
「あちちち!?」
「大丈夫か?」
森村は咄嗟に士官室係が持ってきた布巾を持ち、守のズボンを拭う。
「あ、ありがとうございます」
「通訳が慌ててはいかんな」
二人のやり取りを前にし、クレリアは無言でレベッカを席に着かせ静かに口を開く。
「あれだけの武功を上げた森村殿がどのような軍人であるか色々と想像しておりましたが驚かされてばかりですね。 こうして目の前にいると厳格な海軍軍人というよりは温厚な大学教授に見えますわ」
「いやはやお恥ずかしい限りです」
「レベッカ、この森村殿は決して妾達をないがしろにしないから安心しなさい」
「...申し訳ありません」
二人のやり取りを見て安心したのか、レベッカは反省の言葉を口にするとともに気を持ち直して再び前を見据える。
「生き残った帝国軍の方々にはこちらの世界の常識に則り人道に沿った対応をとらせていただきます」
「人道? それはどういうことで?」
「基本的に身柄を拘束させていただきますが、衣食住に関しては不自由ないよう考慮しつつ負傷者には最大限の治療をするということです」
「ほう、殺し合いをした相手にそこまでの厚遇をするとは...戦争の形態とは年月を隔てると変わるものですね」
奴隷制度こそ無くなっていたものの、帝国と連合王国においては戦時中の捕虜に関しては相手国との捕虜交換を除き、囚人として最低限の環境に置かれるとともに死ぬまで働かされるのが一般的であり、それは両国の間に和平が結ばれて正式な捕虜釈放の手続きがとられるまで続く。
和平が結ばれた際には両国の間で大勢の捕虜が釈放されたものの、長きに渡った捕虜期間中の処遇に関し怨みを抱く者が多くいたことから新たな対立を生み出してしまい、結果的に亜人排除を叫ぶ団体を生み出すことに繋がり和平を望む皇帝を悩ませていた。
それに対し、日本側は戦闘中止と同時に帝国兵を救助して最大限の処遇を用意する点を見るとクレリアにとって好感が抱ける相手に思えてしまう。
「戦争とはあくまで外交の一環であるが故に私どもは戦闘以外での殺傷が禁じられておりますので」
「貴国と交渉できることを喜ばしく感じます」
「軍人であれば捕虜となりますが、クレリア様は軍に属しておりません。 ここでは保護という形で滞在していただきます」
「良いでしょう、森村殿のお言葉に甘えさせていただきます」
自身と配下が手厚く保護されることを知り、クレリアは安堵の言葉を漏らす。
一時は人質として扱われることも覚悟していたものの、予想以上に日本政府が穏便に済ませようと考えていたことが分かっただけでも大きな収穫であり、ひいては講和へと繋げられるチャンスも手に出来るかもしれない。
これからのことにむけてあれこれと算段を始めるクレリアであったが、不意に発せられた森村の言葉を前にして背筋を凍らせてしまう。
「あと一件、そちらの部下に伝えていただきたいのですが、いつまでも本艦の真下に怪物を待機させずに引き返させてもらえますか? 乗員一同、不安に感じておりますので」
「!?」
予想外の言葉を前にし、森村の前でクレリアは表情をこわばらせてしまう。
「何故、それをご存知で」
「詳しいことは教えれませんが我が艦には耳の良い者がおりますので」
「その者が海中の音を聞いたということですか」
「そう考えていただいて結構です」
「やはり貴方は油断の出来ぬ方ですね」
「艦長として乗員の命を預かる手前、それが性分なので」
「貴方とは二度と争いたくはないですね」
クレリアの身を案じたガガリが「ゆきかぜ」の真下に潜ませていたクラーケンの存在を知りながらも、平然と会談をしていた森村を前にし、クレリアは平静を装うのに精一杯であった。




