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第28話 皇女の賭け

 久々に投稿します。

 遅くなりまして申し訳ありません。

「ここは...」


 守は先程まで「はたかぜ」の艦橋にいたはずが、いつの間にやら真っ暗な空間に放り出されていたことに気づく。

 何もない中、手探りで当たりを見回しているのもつかの間にスポットライトのような光が差し込み、先程まで何もなかったはずの場所に小さな少女が映し出される。

 その少女はレジーナより幼い体付きであったものの、ロールした青い髪に日本人と同じ黒い瞳が特徴的でその瞳には幼さに似合わぬ力強い意思を漲らせていた。


「死にたくない!!」


 少女の体は波にうもれ、時折身を沈ませるも必死で這い上がろうとする。 守はそんな少女を助けようと走り出すも、見えない壁に阻まれてしまう。


「ま、待つんだ、今助けるからな!!」


 壁を必死で叩き、声を荒げたところで少女の声は徐々に小さくなり徐々に身を沈ませていく。 


「やめろ------!!」

「うわあ!?」


 いきなり目覚めたと同時に叫び声をあげる守を前にして旗風は驚きのあまり彼の顔を殴りつけてしまう。


「痛え!?」

「あんたがいきなり叫ぶからビビってもたやんか!!」

「え...夢か...」

「のんきに夢見とる場合やない、やばいことになったんやで!!」


 旗風に言われるがまま辺りを見回すと艦橋では慌てふためく乗員達の姿があり、恐る恐る窓に顔を近づけようとすると巨大な触手が窓を突き破ってしまう。


「た、退避------!!」


 艦長の言葉を合図に侵入してきた触手に捕まるまいと乗員達は我先にと艦橋から降りていく。

 当初の作戦通り「はたかぜ」もまた元の世界へと続く空間を抜けたのだが、出てきた途端に「ゆきかぜ」が間近に存在していた光景が写り、動揺する中で艦長の機転で右に躱したつもりが海面にある何かと衝突した影響で「はたかぜ」の船体は衝撃に見舞われた。

 その後、衝突した艦首付近に視線を向けた乗員達の目に「はたかぜ」の艦首に身をよじらせるクラーケンの姿が映し出され、長い2本の触手を「はたかぜ」の艦橋に巻き付いてきたのだ。 

 不幸なことにこの時の守は先程まで衝突の影響で頭を強く打ったことにより気絶していたため、事態が飲み込めず呆然としていた。


「う...何が起きて......」

「はよ逃げい!! やばいことになったで!!」

「は、はい......」


 旗風に急かされ、ふらつく足取りで何とか立ち上がった守であったが右足に奇妙な感触を覚える。


「え......うわああああああ!?」

「うおい!?」


 この時の守は本当に運が悪い。 一本の触手が彼の右足に絡みつき、そのまま艦橋の窓から外に引っ張り出されてしまった。


「海野1士が攫われた!!」


 彼がクラーケンに引きずり出されてしまったことに乗員達も気づき声を荒げる。


「う、撃てえ!!」


 号令詞にそぐわなかったものの、守の危機を察した艦長は即座に攻撃を指示する。 すると、「ゆきかぜ」と同じ5インチ砲の砲身がクラーケンに向けられると同時に無数の砲弾が発射される。


「ギエエエエエエエ!!」

「くたばれやタコがあああ!!」


 自身の身体を傷つけられた怒りからか旗風の怒号に合わせるかの如く打ち出された砲弾は何度もはじかれながらも遂にクラーケンの胴体を粉砕し、甲板上に青白い液体を撒き散らす。

 クラーケンが痛みで苦しむなか、触手に巻き付かれた守の身体はブンブンと振り回され、彼の悲鳴が響きわたる。


「助けてえ!?」

「おらおらおらあ!! うちを襲おうなんて百年早いでこのタコがあ!!」

「イカですよおお!?」


 守の悲鳴とは裏腹に、クラーケンはそのまま力果てるとともに甲板上に倒れこんでしまう。

 

「よしゃあああ!!」


 勝利を実感しガッツポーズをする旗風であったが、傍らにいた乗員は悲鳴を上げる。


「舵が効きません!?」

「敵艦にぶつかります!!」


 あろうことか、艦首にクラーケンの身体がのしかかった重みで「はたかぜ」は左に傾くと同時に「ゆきかぜ」が突き刺さってしまった「クレミア・サルベール号」へと近づいていく。


「あわわわ......」

 

 操舵室から連れてこられたレベッカは近づいてくる「はたかぜ」を前にして恐怖心を露にし、口をパクパクしながらクレリアの袖を引っ張る。


「姫さま、姫さま...」

「うるさいわね、後にして」

「そ、それどころでは...」

「あなたは今の状況がわかってるの? 私は忙しいの!!」

「も、もう一隻突っ込んできます!!」


 顔から血の気を引かせたレベッカの指差す先にはクラーケンが寄りかかったまま突っ込んでくる「はたかぜ」の姿があった。


「総員、衝撃に備え!!」

「嘘でしょ......」


 クレリアの声も虚しく「はたかぜ」の船体は「ゆきかぜ」の右舷をかすめ、衝撃音と共に「クレミア・サルベール号」の左舷に突き刺さってしまう。 


「うわああああ」

「ぎゃあ!?」


 衝撃により船員達が次々と海に落ち、倒れたマストの下敷きになる者はまだ幸いで衝撃によって弾け飛んだ木片やロープによって身体を貫かれた者に至っては痛みのあまりのたうちまわる。


「ひ、姫さま...ご無事ですか?」

「ええ、なんとか......戦況は?」

「えと、その......」


 レベッカが両手の人差し指を合わせて言葉を詰まらせている背後では船体が限界を迎えた影響で甲板上に次々と無数の亀裂が走る光景が生まれていく。


「......もうダメみたいです」

「脱出よ!!」

「総員退避------!!」


 クレリアの決断は早く生き残った船員達に負傷者の介抱を指示し、並行してカッターを下ろさせる。

 退船を知らせる鐘が鳴り響く中、動ける者は総じて脱出の準備を始めるのと並行して近衛兵に至っては敵に下るまいと軍旗に火をつけ覚悟を決める。


「負傷者を優先、近衛が引きつけてくれてる間にこの海域を脱出しなさい」

「姫さまは先に行ってください!!」

「指揮官が先に逃げてどうするの? あなたこそ先に行きなさい」

「ダメです、私は姫さまのもとを離れません!!」


 最後までそばにいることを願うレベッカを前にし、クレリアはヤレヤレとため息を漏らすとともに状況を考察する。 負傷者の数も然ることながら脱出に使えるカッターの数も限りがある。

 脱出できたところで本国に帰れる見込みなどなく一般兵ならまだしも自分が捕虜になっては帝国において今まで築いてきた地位があっけなく崩れてしまうのが目に見えている。

 過去の例を見ても敵国の捕虜になった皇族が皇位継承者を含め、皇帝となった事例など皆無であったからだ。 幼い頃から女性初の皇帝になることを夢見てきた彼女にとってこの失態は人生の終りを意味するものであった。


「所詮、皇帝の座は儚い夢だったかもね」

「姫さま......」

「レベッカ、これまで仕えてくれてありがとう。 どうやら私はここで命果てる運命だわ」

「......お仕えしたことを後悔したことはございません」

「殿下、私どももお供してよろしいですか?」


 クレリアが振り返るとそこには拘束したはずのマシューと先程までクラーケンを操っていたガガリの姿があった。


「どの道、このまま殿下を置いて生きて帰ったところで無事ではすみません」

「殿下に救われたこの命、あなた様にお預けする覚悟です」

(こいつら......) 


 このまま船と命運をともにしようと考えていた矢先、今回の騒動を引き起こしたこの二人が付いて行くのはクレリアにとって迷惑に他ならない。

 

「仕方がない...レベッカ、私達も敵船に乗り込むわよ」

「えええええ!?」


 白兵戦が続く「ゆきかぜ」甲板上では加納の手によって組み立てられた62式7.62ミリ機関銃が火を噴きだす。


「くたばれやあああ!!」


 連続した炸裂音と共に甲板上に陣取っていた近衛兵は次々と倒れ、遂には「クレミア・サルベール号」にいた兵士すら淘汰されてしまう。

 

「姫さまこちらへ!!」

「早く!!」


 銃撃戦が続く中、クレリアとレベッカは先にいたマシューとガガリに連れられ5インチ砲の影で身をかがめる。

 幸いにも甲板上で応戦する乗員達は砲の損傷を恐れて一同に銃口を向けておらず、4人は身を縮まらせて様子を伺う。


「姫様、船が......」

「良い船だったのに......」


 2隻の護衛艦に衝突されたことにより、「クレミア・サルベール号」は船体が一気に折れ曲がり、そのままズブズブと海中へと沈み始める。

 この船は皇帝自身がクレリアのために建造させた船であり、細部の設計においては彼女の意見も反映されていたため愛着深いものであった。 沈みゆくその姿を前にしてクレリアは孤立無援となった自らの立場と鑑みて次は自分が沈むのであろうと感じるも、不意に耳に入ってきた悲鳴を前にして我に返る。


「ひえ------」


 甲板に倒れかかっていたマストが沈む船とともに海へと落ちようとした瞬間、間一髪で一人の青年が飛び上がって「ゆきかぜ」の艦首にぶら下がる。


「た、助けてくれー!!」

「レベッカ、助けるわよ」

「ひ、姫様!?」

「殿下!?」


 マシューとガガリがライフル銃で応戦して引き付ける中、嫌がるレベッカの手を引いてクレリアは艦首に見えるその手を掴む。


「大丈夫、すぐに引き上げるわ」

「た、助かった------」


 クレリアはレベッカとともに青年の片手を引き上げるとともに、マシュー達のいる場所まで連れて行く。


「イカに掴まれた時はもうだめだと思ったけどここまで来ればもう大丈夫......」

「貴様、帝国の者ではないな!!」


 守の姿を前にし、ガガリは即座に短剣を彼の喉元に向ける。


「ひえ!?」

「おのれ...貴様らのせいで......」

「な、なんで帝国の人が...つうかあなたは...」

「だまれ!!殿下のお命を背後から狙おうとする輩はここで死んでもら...」

「待ってガガリ!! 彼、私達と同じ言葉を発してるわ」


 守を殺そうとしたガガリを抑え、クレリアは守の顔に自らの顔を近づける。

 急にうら若き少女の顔が近づくとともに、レジーナと違ったほんのりした香りが鼻をついたことにより守は顔を赤くしてしまう。


「あ、う......」

「よく見ると帝国の人間とは顔つきが違うわね...あなたは何者かしら?」

「う、海野守、海上自衛隊所属の1等海士です!!」

「カイジョウジエイタイ? ならこの船の乗員かしら?」

「え、あ、はい......元ですけど......」

「ならちょうどいいわ!!」


 クレリアの瞳が怪しく光り、口元に笑みがこぼれる。 その瞬間、守の脳裏に嫌な予感がほとばしり背筋が一気に凍りついてしまう。


「艦長、見てください!!」


 北上に言われ、「ゆきかぜ」艦橋で応戦の指揮を執っていた森村の目には5インチ砲の前で白い布を片手に持つ一人の隊員の姿が映る。


「なんで彼がこんなところにいるんだ!?」


 白旗を模したであろう白い布...よくよく見てみると白い女性用パンツを持ちつつ、立入検査隊の前でガタガタ震えているその顔こそ森村がよく知る乗員である守であった。


「こ、攻撃を今すぐやめてください......帝国軍はこれ以上の交戦を求めていません......」

「お前、パンツ持って何言ってんだよ!!」


 加納の怒鳴り声だけでなく、銃口を向ける見慣れた乗員達の姿を前にして守は恐怖心からうまく声が出ない。 それもそのはずで、彼の背後には銃口を向けるマシューとその傍らには堂々とした出で立ちで立つクレリアの姿があったからだ。


「お、俺だって好きでパンツ持ってるんじゃないです!! これは...その...白旗です!!」

「白旗って...お前なんでそっちの人間になってるんだ!?」

「お、脅されてるんですよ...」


 涙を流す彼の背後では下着を取られたからか、5インチ砲の影で顔を赤くしてモゾモゾするレベッカの姿があった。 


「面白い、どうやらあなたは通訳として使えそうね」

「あ...あの...」

「余計なことを言わずさっさと私の言葉を伝えなさい!!」

「...皆さんに要求します、わ、妾はサント・ウルチモ帝国皇帝ジギルヘイム3世の娘、クレリア・サルベールである。 皇帝陛下の名代として貴国と和平交渉に参った」

「はあああ!?」


 傍らにいる幼い少女が皇帝の娘で和平交渉に来たということに加納をはじめとした一同にとって理解しがたいことであった。


「貴殿等は日本国軍人であろう? ここで妾の扱いを損なえば両国にとって不本意な結末を迎えることになってもよろしいか?」

「良いでしょう、お話を聞かせてもらえますかな?」

「艦長!?」


 いつの間にやら乗員達の背後から現れた森村の姿を前にして驚きの声が上がるも、クレリアは目当ての人間を前にしてほくそ笑む。


「マシュー、銃をおろしなさい」

「殿下!?」


 クレリアは自ら進んで森村の前へと進み、ドレスの両裾を持ってニッコリと挨拶する。


「森村殿、あなたとお会い出来て光栄ですわ」

「殿下の来訪、歓迎いたします」

「嘘だろ......」


 突然の事態に敵味方問わず唖然とする中、守は自身の悪運の強さを心底実感するのであった。

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