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第26話 帝国の皇女

 久々に投稿します。

 今回からは第2章の終盤に向けての海戦勃発となります。

連合王国と百年以上続いていた戦争を終わらせたサント・ウルチモ帝国の現皇帝であるジギルヘイム3世には4人の妻がいた。

 長年人々から恐れられ、異端とされてきた人魔族を側近に受け入れるほどの度量を持つ誠実な性格であったためか18歳で最初の妻を娶って以降、婦人達との仲も良く子宝にも恵まれたこともあり自身とのあいだにこれまで13人もの子供が生まれている。

 ここで紹介するのはその中で最も皇帝の性格を受け継いでいると言われる13人目の子供についてである。

 その少女の名は帝国皇女クレリア、皇帝と同じ黒い瞳に母から受け継いだ青い髪を持ち眼鏡がトレードマークの少女である。 幼い外見で齢い10歳でありながらも彼女は学識高いことで知られている皇帝の能力を色濃く受け継いでいるためか、3歳の頃には一通りの文字を覚えた挙句に王宮の書物を読みあさり、それが尽きれば自身の誕生日を祝うために訪れた皇帝に願い出て一流の大学教授を招いて講義を受けるようになる。

 初めのうちは皇帝自身も変わった娘と受け止めつつ、子供には理解できない大学教授の言葉を前にしていずれ飽きるだろうと考えていたのだが、次の誕生日において大学への進学を願い出た時には驚きを隠せなかった。

 子供離れしたクレリアの飽くなき探究心を前にして皇帝は冗談交じりに帝国最難関の大学として知られる帝国アカデミーへの入学を勧めてみる。 帝国直轄で運営され、国内最高クラスの学者が集うその大学に入ることなど皇帝の力をもってすれば問題ないが、講義の難しさもまた帝国随一であり入学者のうち2割程度しか卒業ができないことでも知られる。 

 この時まで彼は末娘の可愛さからクレリアにもう少し子供の期間を楽しんでもらいたいと考えて言ったものの、彼女は予想だにしないプレゼントを前にして大いに喜び「お父様大好きー」と抱きつき皇帝の予想を裏切り大学へと進学し、そのまま史上最年少で卒業するという快挙を成し遂げてしまう。

 クレリアの才能は政治学や理工学に天文学、医学や魔法学に物理や考古学と多岐にわたり、皇帝がとある式典にて教授達から耳にしたのは「姫様は天から授けられた神童でございます」「さすがは皇帝陛下のご子息であります」「他の学生にも見習わせたいであります」と最大級の評価を耳にすることになり、あまりのことに皇帝は情報部を使って教授達の真意を調査させたものの返って来た報告が嘘偽りなしともなると考えを改めるようになる。 クレリアの才能を認めたジギルヘイムは大学卒業祝いと称して彼女を呼び出し、意を決してクレリアに今後の希望を問いただす。 すると、彼女は皇帝の瞳を真っ直ぐ見つめある言葉を口にする。


「皇帝の地位が欲しい」


 その言葉を耳にした瞬間、ジギルヘイムは笑いを堪えることができなくなる。 この帝国の歴史上において皇帝の地位をめぐって血生臭い争いも多く、才能ある者など真っ先に潰されるのがオチであった。

 それ故に表立って皇帝の地位を要求する者など自殺行為に等しいが、クレリアは頬を膨らませるとともに自分の才能を最も生かせる場所は皇帝という地位しかない抗議する。

 その態度に側近や家臣達が動揺する中、ジギルヘイムはその場で立ち上がるとともに口を開く。


「余の最も愛する子であるクレリアを側近として迎えよう」


 かくして兄弟姉妹の中で最も皇帝の愛情を受けることになったクレリアはその溢れる知識を生かし、側近として政務に携わるようになる。

 そして現在、緊迫する情勢の中で皇帝をはじめとした穏健派の一員として彼女は竹島占領の後始末にあたっていた。



「マシューよ、このような暴挙を皇帝が許すと思うか!!」


 竹島近海に停泊する戦列艦の甲板上ではクレリアから叱責を受けるマシューの姿があった。

 彼の両手には手錠がかけられ、両側には近衛兵によって身柄を拘束された状態で跪いていた。


「......」

「無断で他国の領地に攻め入ったどころか、あまつさえそこにいた民を殺傷するなど以ての外だ!! 貴様は先の事件でニホン国民を拉致したことでニホン政府を挑発してしまったことを存ぜぬのか!!」


 もともとは情報部に所属する彼が自身の判断で勝手にギルドの艦隊を率いて異世界の国家の領土を占領したことに端を発していた訳だが、蓋を開けてみると別の国の領地を勝手に占拠していたことが判明したことによりクレリアの表情は強張っていた。


「皇帝陛下はあくまで日本側が交渉の窓口を用意するまで動いてはならぬと言明してあったはずだぞ!!」

「......」 

「殿下、マシュー殿は帝国の未来を憂いてこそこのような行動を起こした身。 そもそも、今回の一件はニホンと名乗る国が我が帝国の艦隊を攻撃したことにことを発します」

「だまれ、だまれ!! そもそも皇帝の信頼厚き種族の一員であるそなたまで何故協力した!!」

「......」


 人魔族の女に対し、怒りをあらわにしたクレリアはマシューの傍らにいた人魔族の女を睨みつける。


「もう一度言う...ガガリ、貴様は族長の娘でありながらなぜこのような狼藉に加担したのだ?」

「それは...」


 ガガリと呼ばれた人魔族の女は船縁の方に歩み、海面上に手をかざして口を開く。 


「私の力を...いえ、この子達の能力を証明したかったのです」


 その言葉を合図に海面から巨大な水しぶきとともに韓国艦隊を撃退したものと同じ巨大なクラーケンが姿を現す。


「ば、化物...」

「姫様!?」

「動揺するでない!!」


 近衛兵達がたじろぐ中、少女は表情を変えることなくクラーケンの傍に歩み寄る。


「ほう...北海の辺境に住まう伝説の生物をこの目で見られるとは。 まさか手懐けていた者がいるとは思わなかったぞ」


 持ち前の好奇心からか、クレリアはクラーケンの身体をまじまじと観察し、その姿かたちが帝国で知られているクラーケンそのものであることを実感する。 


「古来より自身の縄張りに侵入する一切の船舶を沈めてきたこやつを手懐けるとはな」

「ハ!! 幼生の段階の物を手に入れて育てた次第であります」

「これさえあればニホンに勝てると言いたいのか?」

「ハ、ニホンの力は我が帝国の軍艦やドラゴンを持ってしても倒せぬものです。 僭越ながら、我が一族が絶対の忠誠を誓う皇帝陛下が呼びかける講和交渉のためにもまず、こちらにも対抗できる戦力を見せつける必要があろうかと」

「ほう、その話はまだ一部の者にしか伝えておらぬはず...マシュー、貴様こやつをそそのかしたな」

「......」

「答えんか!!」


 再び向けられたクレリアの冷たい視線を前に、マシューはちらりとガガリに視線を移した後に口を開く。


「私めが彼女をそそのかし、自分の判断でギルド艦隊に依頼して今回の一件を引き起こしました」

「マシュー!!」


 先程まで眉一つ変えていなかったカガリの表情が崩れ、マシューのそばに寄り添おうとするも彼はその手を払い口を開く。


「ランバルク閣下やガガリは私めの嘘に騙されたにしかすぎません。 寛大な処置を願います」

「ほほう、情報部きっての切れ者と知られるそなたがそのようなことを言うとはな...やはり艦隊司令であった父君の仇をとりたかったのか」

「その通りです、我が父は戦死したものの敗れたことによって我が一族の信頼は地に落ちました。 どのような処罰も受けます」

「ほほう、言ったな...」


 マシューのその言葉に対しクレリアの口元から笑みが見え、目を細めてクラーケンの方に顔を向ける。

 

「そうだ...妾は良いことを思いついたぞガガリ...」

「え?」


 突然声をかけられ、ガガリはその冷たい瞳を目にした途端に背筋が凍りつくような感覚に襲われる。


「貴様の操るクラーケンにこの輩を食わせろ」

「!?」

「!!」


 10歳の少女の口から出たとは思えない残虐な言葉を前にしてガガリは身を縮ませてしまう。 


「ランバルクはともかくとして貴様は明らかにこやつの計画に加担した疑いがある。 無実を証明したいのなら今ここで妾に対する忠誠を見せろ」

「そ、そんなことでき...」

「ガガリ、言うとおりにしろ」

「マシュー!?」

「私のことは良い、これでニホンに復讐できることが分かっただけで満足だ」

「いや、嫌よ!!」


 赤い瞳から涙を垂らし、青い肌の頬を濡らせる彼女の顔を前にしてマシューは笑顔を見せつつ口を開く。


「このことはもとから覚悟してた身、間違ってたとは思ってない」

「そんな......」

「殿下、ガガリの力はニホンに対抗できる数少ない戦力です。 それが貴方のお役にたてれれば光栄です」

「なるほど、覚悟は出来ているようだな」


 クレリアは近衛兵に指示を出し、マシューをクラーケンの前に移動させる。


「さあガガリよ、妾の言うとおりお前の可愛いクラーケンでこ奴を食わせるところを見せておくれ」

「......できません!!」


 ガガリはそう言葉を発するとともにマシューの体に抱きついて口を開く。


「マシューが死ぬなら私も一緒に死にます!!」

「ガガリ!?」

「私はあなたのいない世界になんか興味ない!! どうせこの世界で結ばれないのならあの世で一緒になりましょう...」

「すまない...」

「いいの、もう......」


 貴族の嫡男と人と異なる外見の人魔族の女との結ばれぬ恋......

 地球で言うところのロミオとジュリエットのような悲運な恋愛劇を繰り出す二人を前にし、周囲は「何やっちゃってるんだこの二人?」「あれ、二人共こんなキャラだっけ?」といった具合に同情よりもバカップルいい加減にしろ的な空気が支配するようになり、背後にいるクラーケンすらどうしていいか分からず少女に視線を向けて「どうします?」的な反応をする。


「あー、臭い臭い...もう勘弁...」

「殿下?」

「もういーわ、このバカップルの処罰はやめよ...どうせ黒幕は海軍長官でしょうに」

「「!?」」


 突然クレリアの口から出た言葉に、お互いの体に触れ合っていたマシューとカガリは動きを止めてしまう。


「どうせ食われたところでクラーケン使って安全なとこに逃げるつもりの算段でしょうが...つまらない恋愛劇を魅せられて鬱陶しいわ」

「「......」」


 自分達の企みがバレてしまい、二人の顔からどっと冷や汗が見え始める。


「元の世界で待機しているランバルクの艦隊に保護してもらう算段かしらねえ」


 ランバルク率いるギルド艦隊はクレリア率いる近衛艦隊の指示によって撤収し、捕虜に関しては全て近衛兵に引き渡されていた。 今回の一件においてクレリアの周囲は当初、マシュー個人の復讐劇による単独犯行と推測していたが少女の見立てでは海軍長官とその背後にいる教会勢力が大きく絡んでいると見ていた。


「やれやれ、どうせ密会でもしてたところを見つかって脅されてたんでしょうが」

「ギク!?」

「マシューのような大貴族と准貴族出身のガガリでは釣り合わないどころか人種の違いもあるから双方から反対されるでしょうね...」

「グサ!!」


 ある任務が縁でこのマシューとガガリは恋愛関係となっていたものの、職場の都合から微塵も表には出さないようにそれを必死で隠していた。 しかし、帝国内の継戦派の先坊である海軍長官にそれを知られてしまい、彼はガガリの力を利用することで皇帝が唱える和平案を握りつぶす算段で日本の領土を占拠することを二人に指示したのである。


「まあ、海軍長官の企みも良い意味で裏切られたけどね。 薄々予想はしてたけどまさかここがニホン領でなく、攻撃させた艦隊も隣の国のものだった訳だし...敵増やしてどうすんだか......」

「あの...殿下、私どもは......」

「どうせ駆け落ちするつもりでしょ? ならばこのまま帰って裁判で証言してもらうわ」

「え......」

「安心しなさい、アンタたちのことは私が何とかするわ。 これを機に継戦派を抑えないとね...」


 程なくしてクレリアの乗る戦列艦は元の世界へと戻るために出港を伝える鐘の音と共に錨を上げる。


「罐室より報告!! 昇圧完了!!」

「機関室より報告!! スチームバルブ全開、シリンダー作動良好!!」

「よし、低速クラッチつなげ!!」

「クラッチ、カン!! 外輪作動!!」

「出港!!」


 船体中央の煙突から黒煙が上がるとともに帝国海軍初の実用蒸気艦である「クレミア・サルベール」号が動き出す。

 飛び抜けた技術を駆使したビエント王国の蒸気艦であるグラント号とは違い、この船は技術的な定石を踏まえて外輪駆動方式を採用しているため速力こそ低いものの、風に左右されないことから帝国海軍の次世代主力艦として期待されていた。


「我が帝国の技術開発も日進月歩で進歩しているけどまだまだニホンとは桁違い...ならばガガリの力も駆使して和平交渉に望むのも必要かしらね」


 甲板上を飛び交う水兵達の騒がしさを目にしつつ、クレリアは人差し指を唇にあてて考える。 先の海戦での報告や竹島で得た情報から帝国の英知を集めて建造されたこの船であっても日本の護衛艦とはまともに戦えない。 時折上空を飛び交う敵の偵察機であってもドラゴンで迎撃することはできず簡単に逃げられてしまっている。

 鋼鉄艦の研究も進み、近々試験艦が就役する予定ではあるものの、動力飛行機に関しては現在の内燃機関の研究段階では未だに実用化の目処は立っていない。

 現段階で戦力といえるものはガガリの属する人魔族の力のみであったことは明らかであった。


「国に帰ったら忙しくなるわね」


 事態が緊迫していたものの、将来は女性初の皇帝の地位につくことを目標としているだけあってクレリアの瞳には野心が見え隠れしている。 今の彼女の脳裏にはこのまま無事に撤退して皇帝とともに合理的な和平案を立ち上げることで一杯であった。


「まもなく門へ入りますので姫様は中へどうぞ」

「ありがとう、少し休ませてもらうわ」


 船首の先に異世界への出入り口が見えたことにより侍従の勧めに従い、クレリアは自身の船室へと移動しようとする。 しかし、視線を背けた瞬間、見張りを担当していた水兵が緊急事態を知らせる鐘を鳴らす。


「前方から大型船!!」

「なんだと!?」


 報告を聞いた甲板上にいた水兵達の視線が一斉に船首の方へと向く。


「な......」

「船長、何が起こったというの!!」

「姫さま、あ、あれを...」


 クレリアが船長の指さす方向を見ると、元の世界へと続くドーム状の一帯から灰色に塗装された巨大な船が姿を現し、それは「クレミア・サルベール号」の進路と重なっていた。


「衝突するぞ!?」

「退避ーーー!!」

「おもかーじーーー」

「ダメよ!! まっすぐ行かないとへし折られてしまうわ!!」

「姫さま何を!?」


 回避しようとした船長を押しのけ、クレリアは強引に舵を奪い取ってまっすぐ向かい側の船へと進路を向ける。


「機関室、後進よ、後進!! 総員衝突に備えて!!」


 混乱のさなか、クレリアの指示で即座に後進に切り替わり、船首からまっすぐ衝突する態勢となる。 その直後、バキバキという音と共に船首の帆柱がへし折れる音と共に双方の船体から大きな振動が伝わっていった。 

 帝国においても蒸気機関が実用化されているため今回は護衛艦VS蒸気船という形で展開します。

 衝突についてですが、有名なタイタニック号においても氷山を回避するために無理やり舵を切ったために氷山によって側面を大きくえぐられてしまい、沈没の一因となってしまいました。 後に同様の事故が起きた際には回避をせずに船首から突っ込んだことによって沈没を防げた事例もあり、クレリアの判断は的を得ていたと言えます。

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