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第24話 親子談義

久々の艦長登場です

 ここは、横須賀市内にある森村が借りている幹部用官舎。 彼は一人暮らしのため普段、陸にいる間の夕食は小さなテーブルにスーパーやコンビニで買った惣菜や時折自分で釣ってきた魚を捌いたおかずを並べて好きなテレビを見ながら独り酒を飲む生活を送ってきた。 しかし、この日は彼の目の前でエプロン姿の綾里の手により神奈川名産で幻の牛肉とも称される葉山牛が焼かれる香りが室内に満ちており、普段の彼なら腹の奥底から食欲を奮い立たせるのだが、目の前に座る少女を前にして箸を持つことができない。

 黒髪のセミロングに学校帰りのセーラー服姿のままで座る女子高生。 目鼻顔立ちに関しては母親である綾里の面影が強く残る彼女こそ先日綾里の口から伝えられた自身の娘である七海であった。

 今まで存在すら知らなかった娘を前にして森村はどう接していいのか分からなかったが、七海もまた突然現れた父親を前にしてもどかしさを見せていた。


「七海、お父さんにとってあげなさい」

「え...」

「いいからやりなさい」


 母親に促され、七海は渋々ながらもすきやき鍋から肉をお椀によそって森村の前に置く。


「あ、ありがとう」

「......」


 七海は何も答えずに黙って頷く。 


「注ぎましょうか?」

「あ、ああ」


 綾里の勧めに従い、森村はグラスにビールを注いでもらい緊張を紛らわすかのごとく一気に飲み干してしまう。


「突然で申し訳ないが元気にしてたか? 今まで気づいてやれなくてすまなかった」

「...うん」

「どうしたの? あんなに会いたがってたお父さんがいるというのに...」


 森村は七海のことについては綾里から一通り教えてもらっている。

 幼い頃からシングルマザーの娘として育ち忙しい綾里に代わり定年退職した祖父が父親代わりに育てたためにおじいちゃん子であること。 成績優秀で学校では生徒会に所属する傍ら演劇部にも所属しており交友関係も広く活発な性格であること。 更には料理が趣味でいつも家族に料理を振舞っており、綾里とも友達親子みたいな関係とも言っていた。


「学校はどうだ?」

「...楽しいよ」

「そうか、料理が趣味だってな? 俺は釣りが趣味だから今度釣ってきた魚を捌いてやるよ、今の時期だとブリが美味いんだよな」


 重たい空気ながらも森村は新たに注がれたビールを飲みつつ肉を口に入れる。


「うん、美味い。 玲子の料理は初めて食べたけど美味いな」

「七海も食べなさい、せっかくの一家団欒なんだから」 


 母の言葉を受け、七海もまた箸を持って黙々と食べる。 途中、何度となく森村が声をかけるも七海は簡単な返事を返すだけで目も合わそうとはしない。

 娘のそんな態度に焦りを感じ始めた森村は意を決して口を開く。

 

「玲子のことは今でも愛してる。 実は今回の件が落ち着いたら正式に籍を入れようと思うんだが......」

「......勝手なこと言わないでよ!!」


 突然の父の言葉に対し、七海は血相を変えてテーブルを叩く。


「今までお母さんがどれだけ苦労したのかあなたには分かるって言うの? 自分本位で好き勝手生きてたくせに」

「七海!?」

「お母さんの出世を願って? お母さんはそんなの望んでなんかないわよ!!」

「お父さんになんてこと言うの!!」


 パチンと音と共に綾里の平手が七海の頬を打つ。 

 しかし、七海は母親の綾里同様意志の強さからか怯むことなく口を開く。


「お母さんが自衛隊に入ったのだってあくまでお祖父ちゃんのためで出世自体も本心ではなかったのよ!!」

「...そうか」

「七海!!」


 再び手をあげようとした綾里の手を森村は掴んで制する。


「玲子、この子の気持ちを組んでやれ...」

「慎司さん!?」

「俺は確かに父親としては失格だった...だけどそのことを隠すつもりはないし七海に責められても当然だと思ってる。 七海、私を許してくれとは言わないが気が済むのなら思ったこと全てを私にぶつけてくれないか?」

「......ごめんなさい」


 森村の優しさに触れたのか、七海は急に表情を崩して泣き崩れてしまう。


「ううう、ひく...」

「ごめんなさい、辛かったのね」

「うん」


 急に素直になった娘を綾里は優しく受け止める。


「お母さん、私知ってるの...お母さんがお父さんのことずっと想ってたって......」

「それは言わないの」

「......」


 場の空気が重くなり、森村は無言でタバコを片手にベランダに出る。


「参ったな......」


 今更父親として名乗り出たところで思春期の少女である七海には受け入れがたいのは分かる。 彼女の出世を願って自分から立ち去ったつもりであったが、その結果が一人の少女の心に隙間を生み出していたことには罪悪感を感じてしまう。

 火を灯したタバコを吸いつつこれからの対応について考えていると、不意にポケットに入れていた携帯電話が鳴っていることに気付く。


『森村、またとんでもないことになったぞ!!』

「鳴瀬か...どうした?」

『どうしたどころじゃない、ニュースを見てないのか!?』

「ちょうど娘と食事をしてたからな」

『娘って...お前独身じゃなかったのか!?』

「なんだ、お前も知らなかったのか?」

『その話はあとで聞いてやるから今すぐテレビをつけやがれ!!』


 護衛艦隊司令である鳴瀬の言葉に従い森村は居間に戻ると同時にテレビの電源をつける。


『只今から番組の予定を変更しまして官房長の会見を放送させていただきます』


 臨時ニュースのテロップとともに記者会見場には物々しい雰囲気で集まる報道陣の姿があり、彼らは内閣官房長官の姿が現れるとともに一斉に注目する。


『本日未明、韓国政府からの報告により我が国の領土である竹島に現在日本を訪問されておりますドゥーベ・レグルス連合王国と対立関係にあるサント・ウルチモ帝国と思われる武装集団によって占領されていたことが明らかになりました』


 内閣のスポークスマンとして用意された原稿を読み上げつつも、動揺を見せる報道陣を前に彼は隣に設置された大型モニターに映像が流れたことを確認後、次のページに目を移す。


『こちらは防衛省の所有するP1哨戒機によって本日撮影された映像です』


 日本が世界に誇る純国産の最新鋭哨戒機で撮影された映像には竹島周囲に漂泊する帆船の姿が映っており、島の中央部では周囲を警戒する兵士らしき者の姿があった。


『映像を詳しく解析させたところ、彼らの装備は韓国側の海洋警察や軍の者ではないことが明らかとなっております。 彼らは竹島のことを未だに韓国領と勘違いしており残った通信設備を利用して何度か韓国政府とコンタクトを図っている模様です』

『日本政府としては韓国側とどう協力し合うつもりですか?』

『残念ながら...今のところ韓国政府は我が国との協力体制を構築することを一切拒否しております』


 会見の途中であったが、戦後初の自国領土に武力侵攻されるという事態を前にして報道陣の表情は青ざめ矢継ぎ早に質問が飛び交い始める。


『それでは日本政府として独自に解決を図るという訳ですか?』

『レジーナ王女をはじめとした連合王国方々の反応は?』

『自衛隊に防衛出動を命じるのですか?』


 日本政府は明言していないが拉致被害者を救うためのやむを得ない事態とはいえ、帝国と日本は実質的には交戦関係となっている。 そのことに関し平和主義を抱える一部の市民団体からは松坂政権を非難するデモ隊が連日のように総理官邸周囲で騒ぎ、その矛先は連合王国の大使であるレジーナにも向けられている。

 心ない人々は口々に彼女のことを平和を脅かす厄介者呼ばわりしており、某左派系メディアでは某世界的文学賞者である大物作家率いる9条の会メンバーが不敬罪に問われかねない辛口のコメントを言う始末であった。


『詳しいことに関しましては後ほど会見を開かせていただきます。 日本政府としては竹島周囲150キロ圏内の民間船舶や航空機の侵入を制限するよう勧告を出しまして...』


 混乱する会見場の中であっても、官房長官は表情一つ変えずに言葉を続ける。 彼は松坂同様に今の地位につくまでは目立った活躍や知名度もない典型的な官僚政治家であったが、こうした会見における言葉の選び方の慎重さには定評があり明確な発言は避けつつも淡々と質問に答えている。


「なんだこれは......」

『やっと気付いたか』

「んで、そっちはどうするつもりだ?」

『どうするもなにも韓国側からは一切の情報提供がないんだ。 衛星からの映像では韓国側に何人か人質になっている奴もいるみたいだがな』

「韓国軍は?」

『原因は分からんが奪還部隊は壊滅したらしい。 釜山に生き残った艦隊がいるみたいだが衛星からの画像だとそこに停泊している「独島」の艦橋が潰れていたぞ』

「それはそうと、どうしてそんな重要な情報を俺に伝えたんだ?」

『あ、ああ...お前、第7戦団にいるハン・クーシーと仲良かったよな?』


 森村の脳裏に在りし日の派米訓練の模様が思い浮かばれる。 上層部の気まぐれで催されたアメリカ海軍を青軍、その他参加国の艦艇で編成された連合艦隊を赤軍として実施された訓練は空母や原子力潜水艦を持つ青軍の圧勝かと思われたところを、森村がルール違反スレスレの手で入手した情報を艦隊に広く配分した結果、青軍のまさかの完敗という結果になり大騒ぎとなった。

 その時の参加艦艇の中には韓国側代表の一員としてハンの姿もあった。


「あいつは確か「世宗大王」の艦長をしていた筈だが」

『奪還作戦にはどうやら第7戦団が中心となっているみたいだから奴から情報を聞き出して欲しい』

「馬鹿なことを言うな、生きているかわからねえしうちと違って向こうでは情報漏えいは重罪だぞ」


 防衛省において秘密の漏洩に関する罪は防衛秘密で5年以下、特別防衛秘密では最大10年の懲役が課せられる刑事処罰で済むが、諸外国となると無期懲役か死刑が適用されるケースが多い。

 日本において国家の命運を左右する防衛情報漏えいがこれほど軽いわけには憲法の都合で軍事法廷を持てないため、殺人罪以上の罪を課せるのが難しいという一面がある。


『第7戦団が壊滅した今となっては韓国側に奪還できる戦力はない。 大統領はともかくとして現場の軍人どもは何としても報復したいはずだ』

「...お前もなかなか人の使い方を心得てるな」

『興味があるなら今すぐ来い、待ってるからな』


 鳴瀬はそう言い残すとともに電話を切る。 森村が携帯電話をしまうと先程まで綾里とテレビに釘付けになっていた七海の目線が彼に向けられていたことに気付く。


「......仕事なの」

「ああ、申し訳ない。 玲子、あとのことは頼む」

「艦...いえ、慎二さん、気をつけて下さい」


 父親から艦長の表情に戻った森村を前にして綾里は一瞬言葉を濁してしまうも、すぐに彼の背広を用意し始める。


「玲子、悪いが片付けが終わり次第「ゆきかぜ」に戻ってくれ」

「了解」

「今日はすまなかったな...七海、また今度会おうな」


 背広に着替えるやいなや、森村は玄関にいる二人に見送られる形で足早に官舎をあとにする。 


「お母さん、お父さんってどういう人?」


 片付けをしていた綾里に食器を運んでいた七海がポツリと問いかける。


「誰よりも優しくて思いやりのある海の男よ」


 年甲斐もなく頬を赤らめる綾里を前にして七海はムッとして口を開く。


「お母さんの方が絶対優秀よ。 あの人全然頼りなく見えるもん!!」

「ふふふ、あんたはお父さんの艦長としての凄さを見てないからそう言えるのよ。 艦長って立場は誰しもがこなせるものではないわ。 いくら優秀でも乗員達の心をつかめなければ艦は最大限の戦闘能力は発揮できないのよ」


 事実、水上艦の艦長を一度くらいしか経験しない幹部自衛官が多い中、森村はこれまで4隻もの艦艇で艦長を勤め上げている。 その背景には彼自身が幕僚勤務等を嫌がっていたのもあるが、長い現場経験を持つ彼を司令部に置いておくことを勿体ないと考える者が防衛省内にも多々いることにも起因している。


「遠くない日にお父さんのことをみんなに自慢できる日が来るわよ」

「意味わかんないよ」


 綾里の言葉の意味が分からぬまま、七海は未だ記者団からの質問を受けて答える官房長官が映るニュース画面に視線を向けることにする。

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