第23話 人魔族
サント・ウルチモ帝国にはドラゴンをはじめとした魔物を自在に操る民族がいる。 連合王国の人々から術者として恐れられる彼らのルーツは大陸奥地の山間部に点在する奇妙な少数民族である。
地形の険しさから外部との交流が限られ、なおかつ空気中における魔力の源である魔素の濃度が高いという特徴の地において限られた平地で芋類を栽培しつつ魔素に惹かれて集まってきたドラゴンを飼い慣らして狩りを行う原始的な生活をする民族であった。
人と大きく違ったところといえば何世代にもわたってその地に住み続けた影響からか彼らは一般的な人と異なる青い肌と赤い瞳を持ち、連合王国の誰もが成し得なかった魔物との意識を共有できる術を持っていた。
帝国の人々はいつの頃からか彼らのことを人と魔物の混成物と称して「人魔族」と呼ぶようになり意味もなく彼らの存在を恐れ、目立った交流をする者は皆無でありその地を治める領主ですらその存在をタブー視していた。
しかしながら、彼ら自身は限られた環境の中で厳しい生活を続けていたこともあり総じて誇りと仲間意識が高く、自らの欲望で人の集落を襲ったという記録はない。 だが、かつて彼らを排除しようと企む者が軍を率いて侵略してきた際には集落一致で逆襲を敢行し、空を覆うドラゴンの群れによって侵略軍が一掃されてしまった歴史もある。
己の力を駆使して自らの安住の地を守り平和に暮らしてきた彼らであったが、その地の火山活動が活発化したことにより一変する。
火山の影響によってこれまで人体に害のない少量であった硫化水素の濃度が高まったことにより、ただでさえ少なかった耕作地が減少しただけでなくそれまで飲み水として使っていた地下水にも大きな影響を与えることになる。 以前と比べ重金属や硫黄分が多く含まれるようになり重金属障害により発熱や下痢、手足のしびれを訴える者が続出するも満足な医療知識を持たぬ彼らでは手の施しようがなかった。
耕作地と労働力の減少......飢餓が避けられぬと悟った彼らは生きる望みをかけてある行動に打って出る。
当時、帝国は連合王国との負け戦が続いた影響で諸侯から反旗を翻され、内戦状態に突入していた。 人魔族の集落のある地域もまた内戦の激戦地となっており、当然のことながら双方の陣営から食料をはじめとした多くの補給物資も集積されていた。
上空からの偵察を経て、手短に襲える集積所があったことに気付いた人魔族は動ける者を総動員してその集積所に襲いかかり物資を強奪することに成功する。
しかし、彼らは知らなかった...そこが帝国の帝位第一継承者である王太子率いる軍勢の補給物資であったことに......
人魔族がこれまで経験したこともない圧倒的な大軍を有していた王太子の側近達はすぐさま物資を奪った者達に対する報復を訴えた。 以前ならともかく、多くの者が病で倒れ戦力が大幅に激減した今の人魔族では簡単にひねり潰されてしまう。
今回の件を機会に長年多くの人々が畏怖してきた彼らを討伐し、領民の心を掴むべしと強固に叫ぶ者がいる中、王太子は側近にある指示を出す。
「奪った家畜の肉に合う酒を送ってやれ」
その言葉に対し、側近たちの誰もが態度を硬化させるとともに思考を停止する。 誰よりも勇敢で尚且つ冷静な判断力がある反面、私生活においては風変わりな一面があると理解していたものの盗人に酒を送るなど血迷っているとしか考えられない。
ある者は王太子は友好的に接してやると見せて罠を仕掛けていると考え、またある者は彼らの力を恐れているがゆえに敵対する貴族同盟との戦に対する支障を考慮しての判断と受け取っていた。
王太子の言葉の通り、残り少ない補給物資から多くの酒が工面され人魔族の元へと送られる。
一週間後......
貴族同盟との決戦を控えた王太子のもとに人魔族の長老達が訪ねてきた。 彼らは一様に何故盗みを働いた自分達にあんな良質な酒を送ってくれたのかと問く。
「貴殿らはこれまでどの勢力にも属さず中立を保ってきたのは知っている。 我が軍の物資を奪ったのも近年活発化している火山活動と関係があるのだろう?」
その言葉を耳にし、人魔族の一同は驚きを隠せなくなる。 彼らのイメージする王族とは世情のことに疎く、戦で華々しく活躍することしか頭にないと思い込んでいたものの目の前にいる王太子は即座に自分達が直面している問題を見抜いたのだ。
「その顔を見ればわかる、恐らく水も毒に変化してしまったようだな。」
「陛下は我々の病の原因を分かるので!?」
長老の一人が前に出るとともに自分達の集落で起こっている現状のありのままを王太子に伝える。
「うむ、貴殿らの言葉から察するに2年前に我が帝国アカデミーの学会において発表された事象とよく似ておる。 その学説によると鉱山から川に垂れ流された鉱毒によって下流の農村にて貴殿らと同じ症状を訴える者が相次いでいると報告があった」
「土地だけでなく水までが原因となっていたとは......」
「我らはどこに住めばいいのだ......」
王太子の言葉によって自分達を苦しめてきた病の原因を悟り、長老達はうなだれてしまう。 このままこの地にいれば間違いなく病によって全滅してしまう。 しかし、何世代にもわたって排地的な生活を続けてきた自分達に余所の地へと移るあてなどない。
「今回の一件、貴殿らの心情を鑑みて不問にいたそう」
「陛下!?」
いつのまにか王太子は思い悩む長老達の前にかがみ、肩に手をかける。
「貴殿らのように大きな力を持ってしても大自然の驚異には敵わぬものよ。 今は戦の最中で約束は出来ぬがいずれ貴殿らの子孫が過ごせる安住の地を与えようぞ」
「もったいなきお言葉......」
「今は火山の影響の無い地の水源からそなたらの元へ水を引くよう手配しよう。 これに免じてこれからは我が軍や領民の物資を奪わぬことだな」
「何故我らにそのようなご好意を!!」
涙ながらに問いかける長老達に対し、王太子は過去を懐かしむような目で語りかける。
「幼き頃、我はこの地に訪れる機会があった。 あの頃は貴殿らのことを領民を苦しめる悪魔と思い侍従の目を盗んで一人山に入ったのだが道に迷ってしまってな......その時に貴殿らに助けてもらったのだ」
その言葉を耳にした途端、一人の長老の脳裏に在りし日の思い出が浮かぶ。
遡ること20年程前、狩りに出た帰りに子供の泣き声を耳にしたのを機に野山を探索したところ幼い少年の姿を見つけたことがあった。 少年は自分の姿を見て恐れおののき、持っていた剣を振り回していたもののこちらに敵意がないことを伝え、時間をかけて仲良くなった後に麓にいる大人のもとへ送り届けた経緯があった。
「貴殿との出会いによって私は早くから己の未熟さと浅はかな先入観を実感できた...礼を言うぞ」
「陛下!!」
時を隔てた友情......この後、貴族軍の攻勢に苦しむ王太子のもとにこの長老を筆頭とした人魔族率いる義勇兵が駆けつけ、彼らの操るドラゴンの一斉攻撃により帝国軍は劇的な勝利を飾ることになる。
王太子は彼らの戦いの功績をたたえ人魔族に安住の地を与えるとともに皇帝になった際には長老達を准貴族として召抱え、軍制の改革にも着手させる。
彼らの大きな実績としては竜騎士隊の設立であった。 これまで人には決して懐かないドラゴンを幼い頃から人と触れさせるなどドラゴンに対する飼育方法を伝授し、十年後には人魔族以外の一般兵士でも自在に操れるようになりこれまで魔法の力で優位に立っていた連合王国軍を翻弄することになる。
帝国内の産業革命の恩恵を受けつつ人魔族は自分達の更なる可能性について研究を重ね、遂には北方の海域に生息する最大規模の魔物を手懐けることに成功する。
「此度の勝利、皇帝陛下もさぞ喜ばれるだろうな」
手に入れた双眼鏡の視線の先には海中にいるクラーケンによって引かれている警備救難艦の姿があり、全体的に黒く焼け焦げていたものの水線下には損傷がなく貴重な鹵獲品として本国へと運ばれていた。
「此度の貴殿らの力、あと数年早く完成させれば我が軍の犠牲も抑えられたというのに」
「もったいなきお言葉、私どもとしては皇帝陛下のお役に立てれば本望です」
士官の肩書きを持つ男の言葉に人魔族の女は頭を下げる。
「しかしながら、此度の件...皇帝陛下はご存知ないとお聞きしておりますが」
「陛下は我らに新たな情報を用意するようおっしゃられた。 未だ外交窓口の開かれておらぬ状況でそれを用意するのならばこのような手段に打って出るしかなかろう。 それに、此度の艦隊は正規軍ではないしな」
「......それはよろしゅうございますが、肝心のランバルク閣下はどちらに?」
「む...」
男は艦隊指揮官の姿がないことに気づき焦りを見せる。
「また勝手な行動を...」
「お目付け役の心労、お察し申し上げます」
皮肉を口にする女を残し、男は艦隊指揮官がいるであろう司令部へと向かう。
「ランバルク閣下!!」
「おや? マシュー大佐、ちょうどいいところに来たね」
「捕虜の尋問を勝手にしないでもらいたい!!」
マシューはつかつかと椅子に座っていたランバルクのもとへ行き、テーブルを叩く。
「貴殿が率いる義勇艦隊にはこの島の占領のみを依頼したはずだ。 捕虜に関しては我が帝国軍の範疇である!!」
「まあまあ、ちょいと面白い話を耳にしてね」
「いい加減に...」
「この島、ちょっとややこしいようだよ」
「!?」
ランバルクの言葉を受け、マシューは向かい合う形で座る捕虜に視線を移す。
「彼、どうやら軍人じゃないようだけどニホンの言葉が少し分かるみたいでね、色々と話してくれたよ」
「それと何の関係が?」
「ああ、彼の名前はユン...僕らの世界で言うところの記者らしい。 この島はニホンの隣国であるダイカンミンコクという国のものらしくニホンとは仲が悪いみたいだね」
「なんと...まさかこの島がニホンと別の国とは...」
ユンは椅子に座っていたものの、両手を縛られるなどの拘束を受けておらず辞典らしきものを片手に話すランバルクの言葉に淡々と答えていた。 かつて日本支局にいた経緯もあったためシェルターで捕虜になった一同の中で唯一日本語を話せていたことを幸いに、自らの知っている情報と引き換えに帝国軍の情報を引き出すことに成功していた。
彼の目からしてランバルクは未だシェルターで怯える自国の首相と違い堂々とした出で立ちでありつつも、捕虜に対しては最大限に配慮し見下すような態度も見せてこない。 突然島を襲った愚か者とは思えない好感の持てる青年であった。
「君の連れてきた術者が敵艦隊を倒すもんだから僕達も暇なんだよ」
「その辞書はどこで手に入れたのかな?」
「ああ、これね...ギルドの伝で手に入れたものだよ」
ランバルクの言葉に対し、マシューは一瞬背筋が凍りつく。 ランバルク率いる義勇艦隊とは帝国が保有する正規艦隊とは違い、ギルドが保有する商船に海賊から身を守るための大砲を搭載したことに始まる。
連合王国との戦争が始まると通商破壊戦に備えて専用護衛船も就役し、その装備は世代を重ねるごとに増していき1個艦隊規模ながら今や正規艦隊とも肩を並べる存在であった。
彼ら義勇艦隊にはもう一つの顔もあり、護衛任務の傍ら辺境領主や有力商人の依頼を受けて傭兵稼業に身を染めることもある。 主な相手としては海域を陣取る海賊の討伐を中心としていたが、今回は帝国海軍省直々の依頼で帝国諜報部による異世界調査の支援であった。
「ギルドで手に入れたと...もしや勝手に教会と取引をしたので?」
帝国国内においてギルドの力は絶大であり、議会開催の原動力のひとつともなっている。 大陸経済の主軸を牛耳る彼らは組織内では競争しつつ、国や教会に対する調略に関しては諜報部においてしばしば悩まされてきた。
日本語を知る者となるとビエント王国の惨事を生き残ってきたものに限られる。 それも拉致した日本人を監視していた教会関係者となると尚更限られる。
「いや、司祭だって出世するには金がかかるでしょ?」
「......担保か」
現在の教会において出世するにはそれなりの金銭が必要だ。 出世のための資金をギルドに属する金融業者に借りる司祭も少なくなく、その中の誰かが担保としてその辞書を納めたとなると納得がいく。
「良いでしょう、但し私も同席させてもらいます」
「うん、お互いの利益になるしね」
その後、二人は島でかろうじて残っていた通信室の機能も駆使して韓国政府を巧みに翻弄しつつ、稼いだ時間を海洋警察が使っていた兵器の運搬と情報収集に務めることになる。




