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第18話 「ゆきかぜ」帰還す

 晴れ晴れとした青空の下、イージス艦を中心とした護衛艦隊が警戒に当たるエリアゼロの日本側出入口において一隻の護衛艦が姿を現す。


「エリアゼロ通過、視界良好」

「よし、このまま横須賀に帰るぞ」


 艦橋から眺める日本の海は一か月前と変わらぬ光景であったものの、日本に戻ったことから一同の顔から安堵が見える。


「「ちよだ」から発光信号、『キカンノコウカイノブジヲカンゲイスル』」


 「ゆきかぜ」と入れ違う形で潜水艦救難母艦「ちよだ」が2隻の潜水艦とともにエリアゼロへと向かって行く。 横須賀を母港とする第2潜水隊群に所属する彼らは現在対立関係にある帝国に対する監視という任務を帯びており、先遣隊として向かっていた海洋業務群に所属する艦隊が調査した海域周辺で警戒に当たる予定であった。


「『キカンノセイエンカンシャスルニンムノセイコウヲイノル』と送ってやれ」

「了解」


 森村の言葉を受けて航海科員が信号灯で発光信号を送る中、艦橋上部では雪風が親友である千代田に向かって大きく手を振っていた。


「頑張ってね!!」

「ええ、若い子にはまだ負けないからね!!」


 代替艦の就役が決まり、千代田もまた引退する歳が近づいている。  先の海戦で命を散らせた山雪同様に彼女もまた最後のご奉公とばかりに今回の任務における意気込みは高かった。


「航空機発艦後、甲板上での携帯電話使用を許可する。 ワッチに着く者以外は家族と連絡を取り合うと良い」

「了解」


 森村の言葉を受けて艦橋にいる乗員達の頬が緩む。 当初の予定と違って都合一ヶ月近くも携帯や衛星電話の繋がらない今回の航海には不安を隠せないものが少なくなかった。

 

「ふ~やっと携帯がつながるとこに出たぜ」

「まさか一ヶ月も滞在させられるとはな」

「早く子供に会いたいよ」


 甲板上では久しぶりの日本の空気を吸い込みつつのびのびとする乗員達の姿が見られ、早くも携帯電話を天にかざして電波の入り具合を調べる者までいる始末であった。 しかし、その一方では格納庫の片隅で悲しく座り込む者の姿があった。

 

「三上、何をやってるんだ?」

「あ、機長...実は向こうに残してきた双子姉妹が心配で...」

「まだ引きずってやがったのか...安心しろ、どの道館山での整備が終わればまた現地に飛ぶことになるからな」


 三上は携帯電話に映る双子姉妹の画像を見て涙を流していた。 せっかく念願の獣耳少女を手に入れたものの日本に連れていくわけにはいかないため、出航の際には双子姉妹は岸壁で涙ながらに三上に手を振って別れを惜しんでいた。 三上はその姿を目にした途端に海に飛び込もうとし、蒼井達に取り押さえられた経緯もあったため日本の空気には今ひとつ馴染めていなかった。


「せっかく仲良くなれたのに」

「仕方ねえだろ、任務だし」

「そう言う飛行長だってミーナちゃんと離れるのが寂しかったんでしょ?」

「バカなこと言うな、あの子はお前よりもしっかりしてるから問題ない」


 見送りにこそ来ていなかったものの、ミーナはちゃんと言いつけを守って双子姉妹のもとにいると蒼井は信じていた。 出航前日、別れを惜しんで抱き着いたまま泣き声を上げていたもののすぐに戻ってくると言って指切りをしたものだ。


「三上、俺達の家に帰るぞ」


 既に飛行甲板には整備員達の手によってヘリが引き出され、発艦体制が整えられている。 飛行科員達の協力を受けつつ、搭乗員達はローターを回転させる前に自分達の荷物をヘリに積みこむ作業を始めていた。

 

「うお!? 機長の荷物こんなに重たかったっけな...」

「三上、早くしろ」

「く、どりゃああ」


 仲間の搭乗員と共に三上は蒼井のキャリーバックを強引に機内に押しやる。


「お土産でも貰ったんですか?」

「何言ってんだ?」

「いや、機長の荷物が重いんですよ」

「お前が非力なだけだろ? いい加減に頭を切り替えろ!!」


 荷物の搬入を終え、蒼井と藤本は整備員達に別れを告げるとともに機体に乗り込む。 エンジン音とともにローターが回転し始め、発艦準備が整ったところで三上をはじめとした他の搭乗員も乗り込み飛行長の合図を受けて機体両脇を固定していたチェーン(タイダウンチェーン)が外され、着艦拘束装置ベアトラップの拘束が解かれる。

 

『航空機発艦!!』


 ローターが生み出す突風とともに機体はふわりと浮きあがり天空へと舞い上がる。

 仲間の発艦を見守りつつ、甲板上にいた整備員達や艦橋にいた見張り員達は手を振って見送り始める。


「バンクしてやりますか?」

「そうだな」


 藤本の誘いに乗り、蒼井は「ゆきかぜ」前方に躍り出て軽く機体を傾けて見せる。


「わわわ!? あ、あぶねー」


 固縛が甘かったのか機体の揺れに影響されて蒼井の荷物の入ったキャリーバックが倒れこんでしまう。 それを三上が慌てて押さえつけた瞬間、中から奇妙な鳴き声が聞こえてしまう。


「ニャー!?」

「にゃー...て、えええ!?」


 その言葉とともに勢いよくアタッシュケースが開かれ、中から真っ赤な顔をしたミーナが姿を現す。


「何でついてきちゃったの!?」

「三上、どうした...うわ!?」

「ななな、何でこんなとこにいるんだ!!」


 突然のミーナの登場に機内は騒然とし、大きく機体を傾けてしまう。


「ニャーーー!!」


 ミーナ自身もまた息苦しさから解放されたと思ったら、自分が空を飛んでいることに驚き操縦桿を握る蒼井に抱き付いてしまう。


「わ、わ、わ...くそ、藤本替われ!!」

「りょ、了解!!」


 機首が傾き、海面に墜落寸前のところを藤本が操縦を替わったことにより何とか持ち直す。


「さて、どうしたものかな...」

「ニャー!!」


 涙目で抱き着いてきたミーナを宥めつつ、蒼井はこの一件をどう上に報告しようか頭を悩ませてしまうのであった。



「蒼井3佐は大丈夫でしょうか?」

「エンジントラブルでもあったかもしれん」


 艦橋から蒼井の乗るヘリがおかしな行動をしているのに目がつき、森村は無線で呼びかけさせてみるも『異常なし』の報告が返ってくる。


「あの人のことですからアピールしたかったのでしょう」

「うむ、そうかもしれないな」

「一旦休まれますか?」

「ああ...航海長、通常航海直に移行させろ」

「了解、艦長退室されます!!」


 森村が席を立ち上がると見張りや舵に取り付く乗員以外は一斉に注目する。


「あとは頼む」

「敬礼!!」


 乗員達からの敬礼を受けつつ、森村は艦長室へと入り帽子を掛けて椅子に座り込む。


「ふう~」

「お疲れ様」

「...久しぶりだな」

「うん、やっぱり見えてたんだ」


 一息つくと共に、森村は雪風の座る応接ソファーへと視線を移す。


「立派に艦長さんやってるね」

「やれやれ、また会えるようになるとはな...海野1士に知恵を授けてた黒幕もお前さんだろ?」

「なかなか楽しませてもらったわ」


 慣れ親しんだ友人同士の会話。 実は森村もかつて守やレジーナ同様に艦魂が見える体質であり、雪風とは実習幹部時代からの付き合いであった。  しかし、彼が遠洋航海実習を終えたあとである事故に巻き込まれことで一変する。

 それは配属先の艦での入港作業中、艦橋の操作ミスによって艦が勝手に走り出しそのはずみで係留用のもやい索が一気に引っ張られてしまい、許容応力をオーバーして水蒸気を発するとともに引きちぎられてしまったのだ。

 人間の身体であれば簡単に真っ二つになる程の力で暴れ出したもやい索は巨獣の如く甲板や構造物を大きく叩きつけながら一人の隊員に迫る。 甲板指揮官であった森村は部下を救いたいがために身を徹して彼に覆いかぶさったのである。 今考えるならかなり無茶な行動をしたわけだが、服を引き裂かれ大きく皮膚をえぐられる重体に陥ったものの緊急手術によって森村は一命を取り留めることができ、部下をかばった彼の行動は世間から大きく評価されることになる。 しかし、大量の輸血を受けた影響からか彼はそれ以降、艦魂の姿を見ることができなくなっていた。

 慣れ親しんだ艦魂が見えなくなったことに当初は落胆したものの、指揮官としての自覚が芽生えてきたことにより時が経つと共に気に留めなくなり艦長になった今に至っていた。


「事故で力を失った話は知ってたけどまさか復活するとはね」

「あの神もどきが関わってるのかもしれない」

「あなたも奴の声が聞こえたものね」

「ああ、あれ以来再びお前さんの姿が見えるようになるなんて思わなかったが」

「魔法が存在するのと何か関係があるかもしれないわ」


 守の例から鑑みて、一般的に艦魂の見える者には当然高い魔力が備わっているのではないかと雪風は推測していた。 自分達はいつ何のために存在し得るかは分からないものの、自分達を形成する何かが魔法の元に等しいのかもしれない。


「レジーナの話だと目には見えないものの自分達の体内には魔力の源となるものが存在していると考えられていて、それは一般的に魔素と呼ばれていて簡単に言うなら魔力と言うのは魔素の保有できる器の大きさを指すみたい。 これ自体は生まれ持った素質が大きく関係していて代々王族達は持ち前の能力を維持するために魔力の高い者同士で婚姻を結んでいたって言ってたよ」

「ということは私と海野1士には先祖の出生に共通点があるかもな」

「そう、守の祖母は私と同じ艦魂であったらしいから彼はその血を色濃く受け継いでいるのかもしれない」

「なら何故私は再びお前さんを見ることができたんだ?」

「多分だけど...あの世界には空気中にもその魔素が溢れていて邪神の体もそれで生成されていたみたい。 あなたは魔素の濃い奴の周囲にいた事によって本来持っていた容量分の魔力が回復したんだと思う」


 雪風の言葉を受け、森村はふと父が生前話してくれた自分の出生の経緯について思い出す。

 森村の祖父は帝国海軍軍人であったが、ある日どこからか見覚えのない美しい女性を引き連れて家に帰ってきたという。 祖父が家族に説明したところによると彼女は大陸で出会った異人であり、自分に惚れて周囲の反対を押し切って身一つで付いて来たらしい。

 彼女が後に父を産んだことにより自分の祖母になるのだが、惜しむべきことに彼女は米軍の空襲によって帰らぬ人になり、父は幸いにも田舎に疎開していたことによって命を永らえたと伝えられている。   戦後、祖父が戦死したこともあって父は山合に住んでいた本家筋であり後継に恵まれなかった森村家の養子になり養父の死後は田畑を継いで生涯を農家として暮らすことになる。 

 そして、今の森村と同じ年代で妻との間で3人兄弟の末っ子として彼を授かったのである。 


「俺の祖母も艦魂だったかもな」

「やっぱりね...それでどうするの?」

「何がだ?」

「娘さんのこと」

「う...俺は教えられなかったぞ!!」

「あたしだって知らなかったんだもん」

「むむむ、取りあえず会ってみることにするよ」


 冷や汗を隠しつつ森村は窓の方へ視線を向ける。


「この国はどこに向かうのだろうな」


 艦長になって以降、部下達を取りまとめる必要からおいそれと悩みや不安を口に出すことは出来ない。 そういった中において本音を口にできる雪風のような存在は正直言って有難かった。


「全く...いつも仕事のことしか頭にないんだから」

「仕方がないだろ、それが俺の性分だ」

「そんなこと副長さんが聞いたら怒っちゃうよ」

「......今は娘のためにも住みよい世界を残してやりたいとは考えている」

「そうなんだ...成長したね」

 

 雪風はそう言い残すとソファーからピョコンと立ち上がるとともに部屋から出ようとする。


「あ、そうそう、副長さんが来ることになってるから準備したほうが良いよ」

「...準備?」

「むふふ、今夜はお楽しみね」


 雪風の言葉通りその夜、森村は部屋を訪ねに来た綾里と久しぶりにマッタリとした時を過ごす。


「真司さん、娘のことですが...」

「ああ、すぐに会いたいな」


 久しぶりにお互いの体温を感じ合いつつ森村は抱きしめていた綾里の瞳を見つめる。 

  

「今は横浜の高校に通っているので会うのは今度の日曜日で良いですか」

「おいおい今は恋人同士だ、公私の分別をはっきりさせろよ」

「......もう一度抱きしめて」

「可愛いやつめ」


 ようやく見せてくれた綾里のデレ期を前にして森村は夢中で愛してしまうのであった。

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