第17話 新規開拓
会談開催までの間、使節団のもとには数多くの日本側要人との交流会が催され、会談前日のこの日はオリエンタル号を会場として各企業の代表者を交えた商談が展開されていた。
「例の港湾整備における公共事業の件、是非とも協力させて下さい」
「貴国の埋蔵資源についての調査の件ですが......」
「我が国にはない動植物の生態調査をさせていただきたいのですが」
「貴国で経済協力をする際にはどれほどの土地を提供していただけるので?」
「日本企業にかけられる法人税について協議させていただきたいのですが」
既に両国との国交樹立と経済協定の締結は確実視されており未公開株の買い付け目当ての如く使節団のの元には引切り無しに事業提案が持ち込まれてきている。
「今ならこれだけの見積りでやらせていただきます」
「ふむ、これだけの代物で代金は金200キロか、よかろう検討させてもらうぞ」
渡された見積書にはラーヴァが望む発電機や工作機械写真とその値段が記載されており、工業技術の発展を急いでいるフランメ王国にとって魅力的な内容であった。
相手がドワーフ族であることを見込んでこの話を持ってきたこの担当者の先見性にはラーヴァも感心してしまう。
「貴殿の名は何だったかのう?」
「は、はい、中島精機の川上と申します」
「覚えておこう、これから色々と相談に乗ってもらうかもしれんからな」
「ありがとうございます!!」
大手工作機械メーカーの次に現れたのは国内有数の装飾企業であった。
「はじめまして、タキモトの高瀬と申します。 今回私どもの提案を発表する前にこちらをサンプルとしてクルスリー様に贈呈させていただきます」
「まあ!!」
高瀬が持ってきた桐の木箱を開けると中には大粒の真珠を使ったネックレスが入っており、それを見たクルスリーの口から喜びの言葉が漏れる。 彼女もまた王妃である前に、一人の女性としてレジーナが首に飾っている真珠のネックレスにはあこがれがあった手前、貢物として差し出されたからには嬉しさが隠せなかった。
「良い物ですね」
「お喜びいただいて光栄です。 これは我社の目玉商品でして創業者である滝本会長が世界で初めて真珠の養殖に成功して以来、世界各国の女性達の首元を締め上げており、お美しいクルスリー様にもピッタリな逸品だと感じております」
創業者の名言を語りつつ、高瀬は真珠のネックレスを取り出すとともにクルスリーの首元へと近づける。
「ホンタン王国の海は美しく離島が多いこともあって海洋資源にも恵まれていると聞きまして私どもの要望としましてはその美しい海で真珠の養殖をさせていただきたいのですが」
「我が国での真珠の養殖...それができれば民の生活も潤うでしょう」
ホンタン王国では良質な生地が採れることによって織物産業が活発であった反面、宝飾品に関しては目立った特産品がなく流行に追いつけていないと評価されていた。 真珠の養殖ができればそういった悪評が払拭できるきっかけになる上、自給自足が基本であった漁村にとっても貴重な現金収入にもなり得る。
「貴殿の提案、心に留めておきましょう」
「国交樹立の暁には是非とも我社をご贔屓にしてください」
正式な国交樹立前に王族達との友好関係を築き上げるという目的のために、様々な業界人達が営業トークを繰り広げる光景。 一角族の族長に至っては大手アニメーション会社の代表者相手に自身の領土においてのアニメ上映について真剣に検討し始める始末であった。
しかし、活発な商談が進む一方では蚊帳の外に置かれている悲しき者もいた。
「グルルルル...」
「ひ!?」
会議の合間、王妃の護衛のために立つベアティの姿を前にして順番を待っていた業界人達は距離を置く。 彼らはボソボソと「これってペットなのか?」「この人、話せるのかな...」と彼に声をかけることもなくお互いの意見を出し合ってしまう。
「グルルル......」
ベアティとしてはお客様として接しているつもりであったものの、皆が自分を恐れて近づこうとしないのを前にして寂しさを感じてしまう。
曲がりなりにも彼はホンタン王国では知らない人がいないほどの英雄であった。 鬱陶しいと感じつつも、国にいた頃は常に自分の周りには慕ってくれる部下がいて「一生ついてきます」や「門下にしてください」と言われ続けてきたのにも関わらず、日本では見知らぬ場所で一人ぼっちであった。
そんな中、居並ぶ業界人達の前を素通りして彼に声をかける女性が現れる。
「あの、すみません、お話よろしいですか?」
「グルル?」
「ひ...あ...私、こ、こういう者です」
ベアティの顔に恐怖を抱きつつも、彼女は震えを見せつつも名刺を取り出す。
「ベル生命の赤坂と申します。 本日はあなた様に耳よりなお話をお持ちしました」
「グル?」
「民間の保険会社のことをご存知ですか? 日頃から私共の会社はお客様が安心して働ける環境のお手伝いをさせていただいておりまして...」
ベアティが受け取った名刺には『ベル生命東京本社営業部第13課 主任 赤坂時雨』と書かれており首には黄色い身分証明書がかけられていた。
基本的に交渉の席につけられるのは青い身分証明書を身につけた代表者に限られており、黄色い身分証は随伴者として区別されていて交渉する権利を持ち合わせていない。
「今日はあなた様と保険についてお話をさせて頂きたく...」
「グルグル!!」
獣と変わらぬベアティの声に恐怖しつつ赤坂は身を震わせながらもカバンの中からパンフレットを取り出そうもするもどこかに引っかかってしまったようで中々取り出せない。 力いっぱい引っ張った瞬間、中身が一気に飛び出してしまい床の上に散らばってしまう。
「す、すみません!!」
慌てながらも赤坂は必死でパンフレットを拾い集めようとするも、不意にベアティの手を握ってしまう。
「グルル!!」
「ひ!?」
ベアティとしては親切心から拾い上げるのを手伝ったつもりであったが、赤坂としては印象を悪くしたのではないかと感じてしまう。
「ご、ごめんなさい!!」
「グル、グル、グルル(い、いや、気にするな)」
「こ、こちらが我社の労働保証のプランでして、日本では事故などの入院の際には日額1万円を基準としまして...」
(何なのこの人?)
背後から浴びせられる業界人の心の声に反して辿たどしいながらも赤坂は自社の保険についての魅力を語り、ベアティはそれを熱心に聞き入れる。
彼はまだ日本語が理解しきれていないものの、彼女の言いたいことに関しては大まかな形で理解ができていた。
「ぜ、是非とも国交樹立の際には我社のことをお願いします...」
「ガオオオン!!(気に入ったぞ!!)」
雄叫びとともに彼女の両肩に手を置いて「是非とも協力させてもらおう」という仕草を見せるも、目を血走らせたベアティの表情を前にして彼女はどっと冷や汗を流して卒倒寸前であった。
(ま、まさか私を食べる気なの...)
赤坂は若い頃、ミスコンの女王にも選ばれたことのあるその美貌を生かしてナンバーワン外交員として社内で一世を風靡したものの、お伊達に乗ってしまった高飛車な性格が災いしてすぐに若い外交員に抜かれてしまった過去があった。 挙げ句の果てには得意先の不祥事の責任を取らされて左遷部署である今の第13課に追い落とされて以降、周囲から冷たい目線浴びせられて冷や飯を食っていた。
そんな中、かつて愛人関係にあった相手から今回の情報を聞きつけ、無理を言って随伴員に入れてもらったものの、会議室に入れてもらえずに途方に暮れていた。
馬鹿にしてきた上司に泡を吹かせ、社内では日陰者として罵られてきた第13課にいる仲間達の期待を受けて社長の前で前代未聞の契約を取ってみせると大見得を切ってきた手前、ここで逃げ帰るわけにはいかないため、見た目が完全に異世界人であるベアティにダメもとで商談を持ちかけたまでであった。
「か、関心を持っていただき...ありがとうございます」
「グルルルルルル(こんな気持ちは死んだ女房以来だ)」
「け、契約の件ですが...」
「グル、グルルルル(気に入った、王妃にも話してやるから今度の晩餐会にも呼んでやろう)」
「あの、その...私、長居をすればご迷惑かと...」
「グルルルル、グルルルルル(遠慮することはない、お主と儂は最早友人だ)」
(あ、だめだ、私死んだわ......)
赤坂の心理とは裏腹に、彼女のことを気に入ったベアティはいつになくご機嫌であった。
結局彼は時間一杯まで赤坂を手放そうとはせず、周囲の営業マンからは「ご愁傷様」という言葉を送られることになる。
「港湾工事が得意分野だと?」
「はい、山岡建設は日本国内だけでなく海外においても事業展開を成功させており、巨大運河の建設実績もあります」
レジーナと建設会社役員の会話においてフィリアの通訳を受けつつ、ヒストリアはノートに書き写す。 彼女が今回のメンバーに選ばれた経緯として速記術を駆使した記録能力に秀でているところにあり、母親からの英才教育もあって一度見聞きしたことはほとんど忘れないという才女でもあった。
「現地法人設立の暁にはこれだけの雇用を見込んでおります」
「ふむ、良いわね」
「ただ、私どもとしましては法人税のことが気になるのですが...」
「今のところ日本政府と同じ比率を考えてるわ」
「そこをなんとかしていただけるとこれだけの見返りが...」
牛乳瓶のような眼鏡が特徴的な某妖怪アニメに出てくる安月給なサラリーマンの風情を持つ彼は電卓を器用に弾き、法人税の減額分からこれだけの見返りがあることを数字で示す。
守とのトランプをはじめとした遊びを経てレジーナ達にはアラビア数字に関する知識があり、簡単な四則演算程度なら問題ない。
「5%引きで3割増の雇用を生むというの?」
「はい、それら増えた分の従業員に課せられる納税によって減額分の元は取れる上に国民からの評価も上がると思いますが」
「あなた、名前は?」
「は、坂口と申します」
「覚えておくわ」
「ありがとうございます」
坂口が部屋を出るとともにレジーナはヒストリアに視線を移しつつ軽くウィンクをして口を開く。
「彼は使えるわ」
「はい」
ヒストリアのノートに坂口の名刺が刺さり、赤く丸を付けられる。 今回の交渉の議題の一つとして各業界人達を連合王国に招待するという案があり、その件に関しては先立って日本側に了承してもらっており使節団の面々はこの交流会を通じて有望な人材を見極めていた。
「この国の人は礼節をわきまえた真面目な人ばかりですね」
「目先の利益や貢物でごまかそうとする帝国商人とは大違いだわ」
ジルから飲み物を受け取りつつレジーナは言葉を漏らす。
王女だった頃、自分の元を訪ねてきた帝国商人は総じて賄賂や貢物をもってして自分に便宜を図るよう頼んできたもので、公共の利益を鑑みるものは皆無であった。 それに反して日本の営業マン達は貢ぎ物や賄賂で王族個人の懐柔を図ろうとはせず、具体的な試算を出して公共の利益を訴えてくる点には自分達であっても見習うべきところであった。
その背景には先の大戦で敗れ、国家の手厚い庇護を受けられなかった故に生まれた日本企業独特の企業理念が表されており、売り手だけでなく買い手にも大きく得をしたと実感させることによって次の契約に結びつけようとする姿勢があった。
「日本人の元で教育させれば我が国からも有望な商人が生まれるかもしれないわね」
「その前に既得権益にすがる人々を一掃させなければなりませんが」
「そうね、神を倒した自衛隊の戦力を控えてるとは言っても条約の内容によっては頼りにできないし」
「駐留案が通れば良いですが...」
ジルの口から一途の不安が漏れる。 一度は自分達を黙って追い返そうとしたこの国が手のひらを返して条約締結に動き出してくれたものの、未だお互いの腹の中を探り合っている状態は続いている。
「例の国の件もありますし、日本側は我が国とだけに門戸を開いて欲しいのでしょう」
「「「!!」」」
突然発せられたヒストリアの言葉。 これには通訳に専念していたフィリアまでもが振り向いてしまう。
「米国という国は友好国に強引な関税撤廃を敷いて利益を吸い上げていると言います、日本側が抗議しようにも圧倒的な軍事力に依存している手前、強く言えないとのことです」
「分かるの?」
「ええ、通路にいた彼らのたわいない会話から察するに海外シェアを隣国に奪われて苦境に立たされていることも伺えますし」
「会話って...あなたまさか...」
「はい、日本語を理解できてますけど何か?」
「な、何かって...何で黙ってるのよ!!」
ジルの言葉に対し、ヒストリアは表情を変えることなく言葉を続ける。
「通訳しながら記録は出来ませんので」
存在感の薄いところもあった彼女は通路にいた業界人の会話にも聞き耳を立てており、つぶさに現状把握に勤めていた。 その中で彼らが立たされている様々な問題を分析し、ノートの一端に記していたのだ。 ただ、悲しいことに彼女はあくまで事の成り行きを記録するという立場に徹しているために自身の得た情報を利用する感覚が無かった。
「てーぴーぴーとやらで日本の農業も大きなダメージを受けていると呟いている者もおりました」
「フィリア、今すぐその彼を引っ張り出しなさい!!」
「姫様!?」
「ヒストリア、あなたには色々と役立ってもらうわ」
「はい?」




