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第16話 知られざる秘密

「ほう、あんたが噂の守君かいな。 雪風が言うとった通りどんくさそうなガキやな」


 守から一連の話を聞きつつも、湯上りでホカホカさせた旗風はバスローブ姿でビールの缶をプシュッと開ける。


「まさか隣の寝室で寝泊まりしてたなんて」

「あ~、司令室がくっさいおっさんに占拠されてしもうたから間借りしとるんよ。 この部屋はもともといわく付きやしな」

「いわくって...出るんですか?」

「出るっつうか、ウチの部屋やから他人を入れとうないんや」


 旗風はそう言うとともにグビグビとビールを飲み干して深く息を吐く。


「ぷはあ、やっぱ湯上りはこれやな」

「......」


 雪風以上に歳を食っているためか旗風の言動は完全におっさん化しており、今もあぐらをかきつつ電動マッサージ機を肩に当てて「あ~」と言葉を漏らしている。

 横須賀にいる艦魂達に旗風の性格を問うと大半の者は「自堕落で気ままな女」と評する。 

 面倒見の良いお姉さんである雪風やお母さん気質のある浦賀と違って彼女は親身になって若い艦魂達の面倒を見るわけではなく、面倒なことは周りに任せていつも定時に仕事を終わらせてはダラダラと艦内で酒を飲む生活を繰り返している。  

 そのくせ三笠の前であっても横柄な態度をとるために護衛艦の艦魂達からの評価も低く、「あーいう女にはなるな」と後ろ指を刺される始末であった。


「お疲れのところ申し訳ありませんが私の頼みを聞いてもらえませんか?」

「あ~...何や、風呂から上がったばかりやで」

「実はあなた様の力をお借りしてオリエンタル号にいる仲間と連絡を取ってもらいたいんですが」

「嫌や、もう飲んでもうとるし」

「そこをなんとか...」

「明日でええやろ、今日は色々と働かされてしんどいんやし」


 旗風はそう答えるとともにベッドの上に寝転がり、DVDプレイヤーにお気に入りのDVDを差し込む。


「やっぱ「極妻」はええなあ」


 守がいるにも関わらず彼女はVシネ人気作品である「極道さんの妻」を見つつ自分の世界に入り浸る。


「ちょっとあんた、腰揉んでもらえへん?」

「え?」

「さっきあんた叩いたから腰が痛いねんよ」


 雪風以上に我が儘な旗風を前にして守は渋々ながらも彼女の腰に手を当てて揉み始める。


「あ~...そこそこ...ええわあ」

「お客さん随分とこってますね」

「雪風とちごうてウチの体はバランス悪いねん」


 守のマッサージが気持ちよかったのか旗風は口を半開きにして和む。


「最近はウチんとこを訪ねてくれる子が少なのうて色々と辛いねんなあ」

「そうですかあ、んでご相談があるんですが」

「またかいな、せっかちなガキやのう」

「いえいえ、ちょっと聞きたいことがありまして...海幕長の狙いって何か分かります?」

「何や、そんなことかいな。 ええか、あのおっさんはアンタを庇っとるんやで」

「庇う? 米国からですか?」

「ちゃうちゃう、例の穏健派と強硬派双方からや。 尖閣事変のことは知っとるか?」

「ニュースで知ってる限りなら。 あん時、高校生だったんで」

「なら話したるわ、あの時の真相をな」


 気分が良くなったのか、旗風は防衛省内部で特別防衛秘密扱いとなっている尖閣事件の真相を語り始める。


 2年前、台風が接近する尖閣諸島付近に中国の武装漁船が保安庁の監視を振り切って尖閣諸島へと上陸に踏み切った事件が生起した。 彼らは身を張って上陸を阻止しようとしてきた巡視船に体当たりするだけでなく、あろうことか対戦車用ロケットランチャーで攻撃してきたのである。

 当時の首相はこの行為に激怒し、佐世保にいた艦隊に防衛出動を命じたものの米国政府の横槍によって佐世保は米海軍によって封鎖されてしまい、身動きがとれなくなってしまう。


 米国政府は日中の開戦を望んでいない


 自国の船が攻撃されたにもかかわらず、同盟国の裏切りに等しい行為を前にして世論は沸騰したものの米国側は当時の日本の政権が中国を刺激したことにこそ問題があると指摘し、取り合おうともしない。

 そんな中、近海を警戒していた2隻の護衛艦が独断に近い行動を取ったことによって事態は一変する。


「確かあれは結果的に台風の被害によって武装漁船は全部沈んだって聞きましたけど...」

「あ~あれは嘘や。 真相を話すと実はウチと雪風がたまたま近海におってな、当時ウチの艦長をしとった森村はんとたまたま雪風に乗っとった鳴瀬はんの機転によって武装漁船は沈められたんよ」

「え!?」

「あん時は保安庁の職員助けたらなアカンかったしな。 総理の許可を取らずに独断で戦闘おっぱじめたんや」

「色々とまずくないですか?」

「流石に中国側が抗議したみたいやけど証拠が無かったから突っ込めんかった上、関係者はみんな死んでもうたしな。 ただ、米国さんはそうはいかんかったみたいで総理は大統領から「世界大戦を引き起こす気か」って言われてもうて最終的には森村はんらを庇って辞職に追い込まれてしまったんやで」


 雪風でさえ話してくれなかった尖閣事変の真相。 これを契機に政府内では自国の利益のみに追求して同盟国のことを顧みない米国への不信感をあらわにする者が続出し、日本単独での防衛戦略を立てるべきだと声を上げる者も出てきているという。 その反動が鳴瀬を史上最年少で海将に昇進させて護衛艦隊司令官に任免させるとともに彼の懐刀である森村を傍に置くようにしたらしい。

 しかし、森村はともかくとして鳴瀬の方は不本意だったようで恩師であった塚原からの要請がなければ固辞するつもりであった。


「関係者以外に知らせたらやばくないですか?」

「大丈夫、あんたは既に関係者やからな」


 旗風は悪びれることなく言葉を続ける。


「あの一件だけでなく今の大統領も親中路線を採っとるから日本の未来に絶望視しとる連中も少なくあらへん。 そんな矢先に日本がこの世界とおさらばするんや、都合良く思わへんか?」

「難しい話はちょっと...」

「めんどいガキやなあ...簡単に言うとな、異世界でやり直しを期待しとる連中と米国さんの腰巾着でいようとする連中とで真っ二つに割れとるんや。 しかも、タチ悪いことに双方ともアンタの身柄を欲しがっとるからおっさんは敢えて自分の手元に置くことを選択したんや」

「俺にそこまでの価値があると?」

「ああ、既にアンタに関する情報は一通り握っとるからな。 あのお嬢ちゃんと夫婦になるんやろ?」

「どうしてそれを...」

「あのおっさんが持っていた報告書を盗み見たんや。 来日期間中はあのお嬢ちゃんの周りには経済界のお偉方や政治家がぎょうさん来るんやで。 連中があんたの姿を見ればいろんな手を使ってアンタに懐柔を図るのが目に見えるわ」


 政権はレジーナが握っているものの、守と正式に婚約すれば日本政府にとって都合が良い展開になる。 未開の大地は日本に莫大な富をもたらし、日本人である守を操ればビエント王国の実権を握れる可能性もある。 今のうちに守と親密な関係を結ぶことができれば大きな見返りとなって返ってくると考えている連中は大勢いるのだ。 


「気づいてなかったやろうけど今のアンタは皇族に匹敵するくらいの知名度があるんやで」

「誰が俺とレジーナの関係を報告したのか分かりますか?」

「ん~アンタの周りにおる奴の誰かが情報をもたらしたに違いないやろ」


 守とレジーナが契りによって夫婦になってしまったことはごく一部の人間しか知られていない。

 レジーナの身の回りの者を除外するとすればそのことを知る者は只一人であった。


「まさか先輩が!?」

「やっぱり身に覚えがあったようやな」

「でも何で?」

「アンタは知らんようやけど情報員の中には持ち前の特技を買われてスカウトされてる連中もおる。 アンタの知る奴もその類やろ」


 広澤の正体を知り、守はこれまでの彼の行動を思い起こす。 

 今までピンチの度に姿を現した彼であったが、その行動にはどうも一貫性があった。 守同様に目立つことを散々してきたというのにお咎めを受けた形跡もなく、ひょっこりと帰ってきたあたり彼が元々何らかの任務を帯びていた可能性がある。


「俺の情報を渡した人はどっち側だと思います?」

「どうやろなあ......」


 気持ちよくなったのか、旗風は小さないびきをかき始めるとともにそれ以上口を開かなくなってしまう。


「旗風さん、寝ないでくださいよ!!」

「ムニャムニャ......」

「あなたにはもっと教えて欲しいのに」


 気持ち良くなったのか旗風はDVDを起動したままの状態でスヤスヤと寝息を立てている。

 何度となく彼女の身体を揺さぶってみるも「アカンアカン、今日は閉店や」と返事を返されるだけで取り合おうとする気もない有様であった。


「あ~もう、何て勝手な奴だ!!」


 守が声を荒げて寝室から出ようとドアノブに手をかけた瞬間、足元で見慣れぬ幼女がしゃがんでこちらを見ていたことに気づいてしまう。


「おわ!?」  

「う~...呼ばれて来たら待ちぼうけ...」

「き、君ももしかして艦魂なの?」


 守の問いかけに幼女は黙って頷く。


「橋立です」

「あ、なるほど」


 一瞬、座敷童だと勘違いしていたものの守は彼女がこの晴海に停泊している「はしだて」の艦魂であることに気づく。


「三笠様からレジーナ様の世話役を仰せつかっております」

「良かった、ちょうど君にお願いしたいことがあったんだ」

「なんでございましょうか?」

「今から手紙を書くからそれをレジーナに届けてもらえないかな?」



「愛するレジーナへ、これから話す内容は僕が知り得たこの国が抱える問題の一端だ......」


 オリエンタル号にあるレジーナの部屋では守から預かった手紙を読み上げる橋立の姿があり、レジーナとエーディロットは黙って彼女の言葉に聞き耳を立てている。


「やっぱり日本側も一枚岩ではないみたいね」

「こちらもそうですが」

「それにしても守のやつ、「愛する」って何よ...」

「彼はロマンチストなところがあるんでしょう」


 手紙の内容は大筋で守の伝えたいことを記していたものの、時折レジーナに対する愛の言葉を交えたアクセントに関しては橋立が勝手に付け加えている。 普段かけられたことのない愛の言葉を前にチヤホヤするレジーナを見つつ悪戯心を開花させた橋立は表情には出さずともニヤリとしていた。

 

「守様はレジーナ様のことを終始想ってらして会えないのが辛くてしょうがないとおっしゃってました」

「あ~もう~、おだてたところでもう何よ、男ならしっかりしなさいよ」

「恋しくて恋しくて抱きしめたくてたまらないと」

「もう、私はそんなに浅はかな女でなくてよ」

「......」


 加速する橋立の悪戯、嘘の言葉を前にしてレジーナはクネクネしながら照れ隠しをする。 その姿を前にしてエーディロットは彼女が橋立に弄ばれていることに気づき始める。


「レジーナは俺が守る!!っと海幕長に言い張ってました」

「もう、もう、もう!! なんて男らしいのよ!!」

(このままにした方が良いかもしれませんね)


 幸せ一杯になっているレジーナを見つつ、エーディロットは一連のやり取りを温かく見守ることにする。 

 そんな中、レジーナが幸せな気持ちを満喫している一方でオリエンタル号の後部甲板に一人佇むフィリアの姿があった。


「裕吾、やっぱりそばにいないと淋しいな」


 フィリアは首にかけていたネックレスを月明かりに照らす。

 沖縄名産の琉球ガラスが埋め込まれたそれは月明かりに反射して綺麗な波目模様を映し出していた。

 日本に迷い込んでいこう、初めて出会った日本人である彼はフィリアが辛い時にはいつも一緒にいて悩みを聞いてくれていた。 当初は一線を引いて接してくれたものの次第に自分の気持ちを受け入れてくれた上、レジーナ救出にも一役買ってくれたことに感謝の気持ちを抱くもその反面、申し訳ないという思いも強い。


「いつも迷惑ばっかかけてたな......」

「その男とは関係を絶った方がいいわ」

「え!?」


 突然背後から藤原に声をかけられ、フィリアは即座に振り向くとともに腰にかけた警棒に手をかける。


「いつの間に...」

「そんな物に夢中になってるからよ」


 フィリアに油断があったものの、そう簡単に気配を消して彼女の背後に回れるなど只者ではない。


「お前、何者だ?」

「只の自衛官よ」

「その言葉...聞いたことがある」

「一つ言っておくわ、あなたの愛するその男は目的のためには手段を選ばない非情な男よ」

「嘘だ!!」

「これ以上言っても無駄でしょうけどあなたは利用されているだけだから」


 藤原はそう言い残すと背中を見せて離れていく。


「待て!!」


 怒りに身を任せて藤原のあとを追いかけようとするも、ラッタルを降りようとしたところで下から銃口を向けられてしまう。


「く...」

「その油断が命取りになるわよ」


 藤原の持つ9ミリ拳銃の引き金には指が入れられており、フィリアがそれ以上動けばいつでも撃てる状態であった。 


「日本人は平和ボケしているようでも牙を剥けば凶暴な兵士にもなるわ」

「......」


 藤原の瞳には特別警備隊員である安藤に匹敵する程の殺意が感じ取れる。 彼女の言葉には嘘を感じられず敵わぬと悟ったフィリアは静かにその身を引かせる。

 それを合図に藤原もまた持っていた拳銃を下げるとともにうっすらと笑みを見せる。


「私達はいつでもあなた達の身柄を拘束できることを覚えておくことね」


 藤原はそう言い残すとフィリアの前から静かに立ち去って行った。

 彼女の姿が見えなくなるとフィリアは目から一筋の涙を零れ落とすとともに、ネックレスを握りしめて言葉を漏らす。


「裕吾、お前は何者なんだ?」


 一度たりと気にしたことのなかった愛する恋人の正体......

 藤原の言葉に影響されたフィリアは一人、思い悩むのであった。

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