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第15話 公僕として

 レジーナ達が滞在するオリエンタル号の隣に一隻の護衛艦の姿があった。

 使節団の護衛という任務を帯びているその艦は「ゆきかぜ」と同じ口径の主砲を有し、常時レーダーを作動させて上空警戒に当たるとともに一定間隔で海中にソーナー音を発信させて空と海中からの侵入者に対する警戒を24時間体制で備えている。

 かつては日本独自の次世代ミサイル護衛艦として防衛庁からの期待を一心に背負って就役したものの、某国の弾道ミサイル事案によって能力不足を指摘され、米国からの最新鋭イージスシステムの技術提供によって6隻の計画が2隻の建造でとどまったことで知られているその艦の名前は「はたかぜ」という。

 使節団がオリエンタル号に移乗したあと、その司令室にはレジーナと引き離された守の姿があった。


「君の乗っていた「ゆきかぜ」と違ってこの「はたかぜ」はどうかな?」

「は、はい、素晴らしいと思います!!」


 応接ソファーに座らされている守の向かいには海上自衛隊のトップに君臨する海上幕僚長であうる塚原の姿があった。

 海士と海上幕僚長が二人きりで話すなど異例の事であり、生涯に渡っておいそれと顔を会わせられる相手ではない。 「はしだて」での一件以降、なし崩し的に藤原の指示に従わせられる形で彼は「はたかぜ」への滞在を命じられていたのだ。

 内心ではレジーナのことが気が気でなかったものの海上幕僚長が目の前にいる手前、彼女に会いに行きたいなどと言える空気ではない。


「そんなにかしこまらなくて良い、一度サシで話し合いたいと思ってね」 

「サシですか?」


 おおよそ自衛官らしくない発言を前にして守はふと塚原の姿をある人物と重ね合わせてしまう。


「森村はどうだ」

「か、艦長ですか?」

「ああ、あいつとは幹部学校時代の教官と教え子の関係でな、優秀な奴だったがよく手を焼かされたよ」


 金糸の目立つ眩しい肩章を見せつつも塚原の口調にはどこか森村と重なる点が多く、守に対しては世話のかかる息子のような態度で接してくる。

 自衛隊だけでなく、各国軍隊のトップに君臨する長官と呼ばれる人物は総じて温厚な人柄を持つ者が多いことで知られているが、塚原の口調は穏和な反面トゲトゲしさも感じさせてくる。


「君は若い時のあいつ同様に後先考えず無鉄砲なところがあるが心根はしっかりしてるな」

「......」

「緊張しなくていい、今夜は私人として君と言葉を交わしたい。 王女とはどうだ、どこまでいってる?」

「一応、恋人として接してくれてはいます」

「そうか...知っていると思うが私達自衛官は自衛隊法において政治的活動に関与してはならないことになっている。 君はたまたま出会ってしまった彼女によって強引に契りを結ばれてしまったが故に色々と厄介事に巻き込まれたわけだがそれに関してはどう思う?」

「......自衛官として間違った行為です」

「そうだ、正直言うと今のところ政府内において自衛隊法違反で君を懲戒免職にするという案も出ている」

「そうですか...」


 守自身、入隊した頃から耳にタコができる程に政治的活動に関与してはならないと教えられてきた。 過去に起きた軍部の暴走と税金泥棒と言われてきた時代もあった手前、自衛官はどこの組織よりも一貫して政治的活動に関与することを忌避してきた背景があり、その影響からか岡田のように自衛官OBの中で政治家を志す者は諸外国と比べ少ないことで知られている。

 その結果、軍事に素人な政治家が国会内に乱雑して訳の分からない平和主義を掲げられた挙句、強国に攻められて助けを求める国にお金だけ渡すという愚行を行って世界各国から愚か者の烙印を押されることになる。

 

「気にしなくて良い、そう言ってるのは身の保身しか考えていない愚か者だけさ」

「え!?」

「おっと、すまんすまん、今のは言わなかったことにしてくれ。 下手な発言は身を滅ぼすからな」


 左派政権の頃、普天間基地移設問題で日米関係悪化を比喩して「私達は仲良くしよう」と発言した幹部自衛官が処罰された経緯があった手前、塚原は自らの発言を戒める。

 しかしながら、そんな現状を生み出した当時の首相はニコニコ顔で日教組の政治集会に来ているという矛盾もこの国に存在している。 彼らもまた同じ公僕として公務員法で政治活動に関わってはならないというのに、未だに政治家応援の選挙活動のために公休を取る者も多い。


「君を懲戒免職にしたところで色々と秘密を知りすぎているから拘束せざる得なくなる。 ならばこちらの手駒として動いてもらうことに越したことはない」

「えと、それってレジーナのことを探れってことですか?」

「いや、君にスパイの真似事が出来るとは考えていない。 寧ろ私達が知りたいのは日本がいつ異世界に転移するかだ」


 塚原は日本政府が考察している対応策について話し始める。

 これまで異世界でかき集めてきた断片的な情報とこちら側に展開しているエリアゼロをはじめとした異常現象に対する調査から当初は異世界との繋がりを断つ方針であった政府はそれが叶わぬと悟り、今度は異世界に転移することに備えようと考えるようになった。

 その一環として既に政府内だけでなく経済界の重鎮達にも事態の緊迫性が伝えられるとともに海外事業の凍結や在留邦人の帰国が水面下で計画されているという。 


「その計画を遂行する上で最も重要なのは日本が異世界に転移するXデーがいつなのかということだ」

「それを私に探って欲しいと?」

「ああ、君はビエント王国新政権の後見人であるアルメア氏やエーディロット氏とも親しいし、王女からの信頼も厚い。 君がいなければ恐らく今回の会談は実現しなかっただろう」


 塚原に評価され、守は内心で複雑な気持ちを抱いてしまう。

 彼は単純に惚れた女であるレジーナとビエント王国国民のために動いただけであって決して日本政府のためになることはしていない。 事実、二人の浅はかな行動によって緒方を筆頭とした使節団の面々や拉致被害者達は命の危機に陥っている。 


「保全隊の一員となるからには会談までの間、君にはこの艦に滞在して色々と教育を受けてもらうことになるから覚悟してくれ」

「その間のレジーナの通訳は誰が?」

「藤原1尉が担当することになる。 彼女は言語学のスペシャリストで既にある程度の通訳ができるから大丈夫だ」

「え......」

「だからこそ君を外すように圧力をかけてくる連中がいるんだよ」


 守は自分と広澤以外の日本人で通訳がいたことに驚いてしまう。

 彼には教えられていなかったが、父島での拉致事件容疑者として拘束した帝国軍捕虜であるタリアの言語を解析したことにより既に日本政府の手元には言語表があり、既に関係各所では若手官僚を中心に言語教育が実施されている。

 日本政府の方針には逆らったものの、守には通訳としての役割よりもビエント王国とのパイプ役としての利用価値が高いと判断されていたというわけだ。


「ここは私の独り言として聞いてもらう。 今の政府内には日本転移にあたって大きく二つに割れている。 一つは転移に備えつつも諸外国の力も借りて転移を防ぐ方法を模索する連中ともう一つはビエント王国を通じて連合王国と同盟関係を結んで帝国と和平交渉を行う、もしくは帝国への侵攻を叫ぶ連中だ」

「侵攻ですって!?」

「平和国家といいつつも、敵対国が黒色火薬時代の装備しか軍事力がない。 力でねじ伏せて国民の生活に必要な生活物資や資源を確保するのも考えられなくもないからな」


 平和憲法を掲げたところで備蓄が底をつき、急速に生活が貧しくなれば世論は自ずと強硬論に傾く。 燃料や電気がなくなればインフラは滞り、一日三食が二食になり配給制にでもなれば間違いなく不満も出るはずだ。

 豊かさを追い求めた結果、この国の国民一人一人のバイタリティは低下しきっており、働けるくせに生活保護で悠々自適な生活をする者があとを絶たない始末がそれを物語っている。


「双方の将来的な友好関係を考えるのならまず対等な形での経済協定を結ぶ必要がある。 総理はああ見えて大局から物事を考える人だが同盟国をはじめとした諸外国の圧力にいつまで抗えるかは怪しい。 だがそこにチャンスはある」

「すみません、海幕長は私に何を求めてるんですか?」

「公僕として日本の国益に忠実であれ...それだけだよ」


 夜、割り当てられた寝室のベッドに寝転がり守は塚原の言葉を思い起こす。

 これまでの内容から日本政府が追い詰められているのはよく分かる。 このまま何も準備が整わないまま転移すれば自ずと帝国と開戦することが目に見えているし、連合王国首脳部の面々の考えも日本政府と同盟を結んで帝国と戦うことで一致している。

 塚原の考えとして同盟を結びつつも帝国との開戦を避けて平和的な解決に持ってきて欲しいと願っているのは分かるものの、レジーナでさえ帝国に対する敵意は強い。 

 自分に何ができるのか... 守は頭を抱えて身を悶えてしまう。


「せめて誰か相談できる相手がいればなあ...」


 「ゆきかぜ」にいた頃は仲間達が何かと相談にのってくれたり助け舟を出してくれた。

 その反面、今の自分の周囲には誰がいるのか......


「そうだ!! この「はたかぜ」にも雪風と同じ艦魂がいるのかもしれない」


 雪風や浦賀、千代田に三笠と日本の艦船には総じて艦魂がいる筈。 この艦にいると思われる彼女に会えばオリエンタル号にいるレジーナ達と連絡が取れる可能性があった。

 寝室を出るとともに守は「はたかぜ」艦内に設置されている神社に向かうことにする。


「旗風様、どうか姿を現しください」


 普段から手を合わせたこともない艦内神社を前にして守は何度も手を合わせてみるも付近から何の気配も感じられない......

 彼は知らなかったのだが、雪風は艦魂の中でも社交的な性格で人目にはばからずに動き回ることが多い反面、他の艦魂達は普通の人が見ることができなくとも見つからないようにひっそりと暮らす者が多い。

 普段は司令室で過ごすことが多いそうだが、現在の「はたかぜ」では塚原が利用しているためどこに移動しているのか見当がつかない有様であった。 


「は~、やっぱり雪風って変わり者だったんだな」


 何度祈っても姿を現さない艦魂の存在。 諦めの言葉とともに守は寝室に戻ることにする。


「シャワーでも浴びるか」


 消灯時間である10時を過ぎていたものの、守は特別に時間外入浴を許可されている。

 脱衣所で裸になった彼は洗面器片手に浴室のカーテンを開く。 しかし、彼の目に映ったのは誰もいなかったはずの浴室でマッタリと湯船に浸かる少女の姿であった。


「......」

「......」


 雪風と容姿は似ているものの、浴槽の淵に足を乗せて口を半開きにして「あ~生き返る~」と唸っていた少女。 齢30年以上生きてきただけあって見た目に反して彼女の心は完全におばさんと化していた。


「は、旗風さんですか?」

「...見えるん!?」

「あ、はい、雪風に色々とお世話になりまして.....」

「キャー!!」


 叫び声とともに守の顔面に金属製の洗面器が直撃する。

 

「変態や、変態がおるで!!」


 キャーキャー叫びながら彼女は湯船から出て素っ裸の状態で守の頭を何度もブラシで叩き、痛めつける。


「ま、待って、話しを聞いて...」

「成敗や、成敗や!!」

「痛い、痛いです!!」

「エロガキが何言うてるの!!」


 裸の少女が裸の青年を痛めつけるというマニアが見たら興奮するようなこの光景は旗風が疲れ果てるまで続き、ようやく話を聞いてもらえる頃には守の頭に幾つものたんこぶが生まれることになる。

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