第14話 もう一つのストーリー
日本人とドラゴンの初めての接触である父島事件、これには主人公達が知らされていないもう一つの物語が存在している。
父島事件直後......
「他にも襲われた人がいるかもしれんから急ぎなされ!!」
「梅さん考えすぎだよ」
ドラゴン撃退後、銃刀法違反の容疑でパトカーに乗せられていた梅さんはしきりにドラゴンのさらなる危険性について騒いでいたものの、取り調べをしていた警察官の応対は素っ気ないものであった。
「だからホントに出たんだって!!」
「鷲か何かを見間違えたんじゃないの?」
「鷲がワシの家を燃やすはずがないじゃろうが!!」
「だからさ~見間違えじゃないの?」
「秀典(一緒に戦った警察官)に聞けば分かる筈じゃって!!」
「何度も言うけどね、秋山巡査は診療所だよ」
梅さんの証言を裏付けてくれる筈の彼は応援の警察官が来ると共に診療所に運ばれてしまってここにはいない。 既に家の火災は地元消防団と海上自衛隊父島基地分遣隊によって消し止められていたが、ドラゴンの存在を示す証拠は荒らされた鶏小屋以外残ってはいない。
「はあ、はあ、はあ...」
「証拠がないと警察は動けないんだよ」
「お前さんらは知らないから物を言えると思うんじゃが...」
「何だい?」
「あのドラゴンの背中には勒があったんじゃ」
「へ? 言ってることがよくわからないんだけど」
「人が操ってた可能性があるんじゃ!!」
「まさかあ~もういい加減にしなよ」
いくら言っても説得に応じない梅さんにうんざりして警察官は車の中から出て上空を見渡す。 空は隅々と晴れ渡っており、未だくすぶっている梅さんの家を除けば清々しいものであった。
パトカーの隣には消火作業を終えた錨マークを持つ父島基地分遣隊の消防車が止まっており、車体上部では一人の海上自衛官がホースを片付けている姿があった。
この島には消防署が存在していない手前、民家や山火事などの際には地元消防団が所有する2台の消防車と父島基地分遣隊の所有する消防車が頼みの綱であり、海上自衛官として常に備えを整えていることもあって今回の現場にも真っ先に駆けつけてくれていた。
彼らの活躍によって梅さんの家の火災が山火事に繋がらなかったことに安堵しつつ、警察官は大きく背伸びをして口を開く。
「こんな平和な島に怪物出現なんてどうかしてるよ...」
そう口を開いた瞬間、彼の目の前に今まで見たことのない巨大な生き物が姿を現す。
「え...」
「だから言ったじゃろうに!!」
背後から梅さんの体当たりを受けて警察官は地面に倒れこむ。 その瞬間、ドラゴンの口から炎が噴出されるとともにパトカーが炎上してしまう。
「何だあれは!?」
「また来おったか!!」
動揺する警察官を尻目に梅さんは彼のホルスターから勝手に拳銃を抜き出してドラゴンの背中にいる人影に向かって発砲する。
「きゃ!?」
突然の反撃を前にしてドラゴンの操者は肩を撃ち抜かれてた挙句に地面に倒れこんでしまう。
「何だあれは!?」
「グルルルル」
「ひいいい!!」
発砲音に反応し、消火活動のためその場に居合わせた海上自衛官は自身の判断でターレット(車載放水銃)をドラゴンに向けて放水する。
「梅さんの話は本当だったのか!?」
「いつからワシは嘘つきになったんじゃ!!」
高い水圧に押し負けつつもドラゴンは背後で倒れる主を守ろうと踏ん張り続ける。 消防車が引きつけている間、梅さんは警察官とともに地面を這いずりながらジリジリと距離を取り始める。
「あんたも早く逃げなされ、もう水がなくなるじゃろう!!」
「は、はい!!」
梅さんの言葉を受けて放水していた隊員はタンクの水が空になりつつあることを自覚し、車体から飛び降りたのと放水が止んだのは同時であった。 水圧が弱まったのを好機と見たのかドラゴンは口を大きく開けて炎を噴出す。
「嘘だろ!?」
「ヒイイ、年寄りにはきついわい」
パトカーと同様に炎上する消防車を尻目に3人は無我夢中で逃げるも、警察官が御年80歳の梅さんを背負っている手前、ドラゴンの射程圏内から逃げきれる保証はない。
自身を苦しめた相手に対しドラゴンは情けを見せることなく今度こそ仕留めてやるとばかりに再び3人に照準を合わせる。
(やられる!!)
誰しもがそう心に感じたその瞬間、サイレンの音と共にドラゴンの背後から一台のパトカーが突っ込んでしまう。
「グギャア!?」
「くそ、くたばれ!!」
倒れ込んだドラゴンの身体を押し倒しつつ、車から出た秋山巡査は梅さんからの押収品であった99式小銃を取り出してドラゴンの頭部に照準を合わせ発砲する。
ドン、ドン、と銃声が響くとともに額から血が飛び散り、発砲音が止んだ時にはドラゴンの目から生気が消えていた。
「はあ、はあ、はあ......」
「あ、あんた、診療所にいたんじゃなかったのか?」
治療を受けたばかりの秋山巡査の身体や頭部には包帯が巻きつけられており、血が滲みだしていた。
「お前、一体どうしたんだ?」
「巡査長、幹本さんのお宅が何者かに襲われました」
「何だと!?」
「幹本さんの息子さんである翔太君が診療所に助けを求めてきたんです、ドラゴンに乗った連中がお母さんと妹さんを攫ったと」
「何てこった......」
秋山巡査が事態を報告する一方で、梅さんは隊員と共に倒れていた兵士に近づき様子を観察する。
服装からしてナポレオン戦争時代の騎兵の制服に酷似しており、鉄兜を外してみると女性らしい亜麻色の長い髪が地面にこぼれ落ちてしまう。
「梅さん、これは一体どういうこと?」
「分からん、ワシも80年近く生きてきたがこんなこと初めてじゃ」
これが日本側で初めて確認された帝国軍捕虜第1号であり、日本政府が異世界の脅威を実感するきっかけとなる。
「タリア、どうかしらここの生活は?」
「不自由はない」
入国管理局の特別房の一室で藤原は目の前にいるタリアに声をかける。 不法入国の捕虜として収監されて早3ヶ月、お互い日本人とは異なる外見からか彼女は藤原にだけ気軽に会話をするようになっていた。
「いつになったら帰れる?」
「そうね...あなたは日本人拉致の共犯だから素直に引き渡すのは難しいわ」
「そうか」
「まあ、拉致された人はみんな無事に救助されたみたいだし近いうちに帰れる可能性もあるかもね」
「別にいいさ、所詮私は恥さらしだし」
「何か希望はある?」
「唯一の身内である妹に会わせて欲しい。 連合王国駐在部隊に所属しているはずだが」
「残念だけど、駐在部隊は本国に送り返されたそうよ」
既に藤原のもとにはバラディ沖海戦の結末が報告されており、彼女の言う駐留部隊は壊滅的な損害を受けていることは知っている。 相手が捕虜であった手前、本当のことを話すには少々辛いものがあった。
「精鋭部隊の一員であった私が民間人ごときに倒されるなんてな」
「言っとくけど私達日本人は古来から多くの災害や試錬に打ち勝ってきた民族よ」
「私達は眠れる獅子を目覚めさせてしまったという訳か」
「日本人を舐めないことね」
「その割には佳美、お前は日本人に見えないのに何でそこまで日本人であろうとするんだ?」
「......」
「すまない悪いことを言った、忘れてくれ」
「じゃあね」
毎日のように顔を合わせて言葉を交わす仲であっただけにタリアは藤原のことを友人のように思い始めていた。 それだけに一人残されることになった彼女は藤原の心境を逆撫でしていたことに自責の念を抱いてしまう。
「お前も私と同じ気持ちを抱いてたんだな」
ポツリと母国語で呟いたその言葉。 それは小さな室内に響き渡ることなくタリアの耳に聞こえるだけであった。
赤坂某所の喫茶店、いつも待ち合わせとして使っているこの場所においてパソコンを開いて画面に映る動画を見つつ険しい表情を見せる男の姿があった。
彼の視線の先には某大手動画配信サイトから配信された映像が写っており、そこには昨夜に要人拉致を行おうとしていた工作員達の顔が映し出され、閲覧数が既に10万ヒットを超えていた。
(日本で活動していた工作員をアップしてみましただと......姑息な真似を)
諜報組織に携わる者として最もやってはいけないのは自分の所属と顔が一般社会に知らされてしまうことである。 今回日本側が捕まえた工作員達の処遇については政治取引の材料として使う予定だったものの、このままみすみす引き渡せば再び同じ工作活動をしてくるのが目に見えてる。
ならば工作員として活動できなくすればいいわけで、動画配信サイトにアップする行為は少なからず彼ら諜報組織にとって大きなダメージであった。
「待たせたな」
そう言いながら男の向かいに座る男性。 外務省の高官として男が以前から接触している相手であり、表向きは大学時代からの良き友人という形で通している。
「ああ、その動画か、うちの方でもやりすぎじゃないかって話題になってたよ」
「あちらさんにとっては地味に痛いな」
「これで彼らも引退に追い込まれるだろうな」
「んで、例の話は本当だろうな?」
「ん? ああ、詳しくはこの手紙に書いてるよ」
外務省の友人から渡された封筒を背広の中にしまうとともに、男は現金の入った封筒を中年男性に手渡す。
「今日は奮発したな」
「それだけ関心が高いんだよ」
「これで息子の進学も安心だ」
「息子さんの高校受験はどうだ?」
「頑張ってはいるが...やはりある程度の寄付金が必要らしい」
「給与削減されているから厳しいだろ」
「お互いにな」
封筒の重さを確認しつつ、友人は自然な動作でそれを懐にしまう。 同盟国間であってもおいそれと簡単に機密情報が手に入るわけではない。
こういった時には留学時代の同窓生やプライベートによる繋がりに頼るしかない。
最早慣れ親しんだ関係であったのと、この店自体が男の関係者によって運営されているため警戒が楽であった。 注文したコーヒーが届き、友人は香りを楽しんだあとにゆっくりとそれに口を付ける。
「ここのコーヒーは相変わらず美味いな」
「大学時代を思い出すよ」
「あの頃に行きつけだった喫茶店のコーヒー...あれ、実は俺が煎れたんだぜ」
「...嘘だろ?」
「嘘じゃない、この店のコーヒーの煎れ方まで指導してるんだ。 定年退職後は喫茶店を開くのが夢なのさ」
「日本人のくせに美味いコーヒー煎れやがって......」
いつもとは違う友人のしたたかさを前にしつつ、男は本筋の話を始める。
「日本が消えるって本当のことか?」
「そうあって欲しくないな、でないと豆が手に入らなくなる」
「ふざけないでくれ、こっちは真剣なんだぞ」
「詳しくは書面に書いてるがオタクは落ち目のうちよりも隣の国の方に関心があるんじゃなかったのか?」
「消えてもらっては困るんだよ」
数年前の尖閣事件以降、中国政府の横暴ぶりを放置した米国の態度を前にして日本との同盟関係は揺らぎ、政界においても米国に対する不信感を抱く者は少なくない。 米国は日本よりも中国との関係を優先するようになってきた手前、今更しゃしゃり出て守ってやるんだから分け前をよこせ的な砲艦外交を仕向けてきたことには外務省内でも不満の声は高かった。
「正直言って経済損失がどれほどのものになるのか推定できない」
「一応、世界有数の資産保有国だからな」
「お前はどう思う?」
「俺だって嫌だよ。 でも、そちらが介入したところで改善するとは思えんが」
解決手段が見つかっていない手前、米国が介入したところで結果は見えている。 男にとっても本国からの命令とはいえ、先日の米海軍の行動に関しては憤りを感じていた。
今更解決手段を持たない自分達が見捨てた同盟国の事情に介入したところで相手国の心証を悪くするだけだからだ。
「お前のコーヒーがいつまでも飲めるようにしないとな」
「どうかな」
男の不安をよそに友人は残り少ないコーヒーの香りを噛み締めつつゆっくりとグラスを傾けるのであった。




