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第13話 それぞれの役割

 歓迎を兼ねた東京湾の夜景を巡るクルージングに使節団の面々は満足し、予定の航海を終えた「はしだて」は宿泊先の用意された晴海へと向かう。

 入港準備に向かう乗員達を尻目に、レジーナは自分達より先に見覚えのある船が停泊していることに気づいてしまう。


「フィリア、あれはもしかしてオリエンタル号じゃなくて?」

「...確かに、あの時の船とそっくりです」

「皆様に覚えていただき光栄です」


 二人の疑問に対し、傍にいた岡田が説明口を開く。


「レジーナ様のおっしゃるとおり、あの船はドラゴンに襲われたオリエンタル号そのものです。 お気に触りましたでしょうか?」

「いえ、寧ろ奇妙な因縁を感じてしまい驚いております」

「正直に言わせていただきますと、来日途中でお目にされたようにこの国は周辺国から大きな注目を浴びております。 それらの中には要人の拉致という非合法な手段をとる国もおりますのでお恥ずかしながら一般の宿泊施設に滞在されるには危険を伴うと判断させていただきました」

「どこの世界にも帝国みたいなことをする国があるわね」

「不自由されるかもしれませんがオリエンタル号の周囲は万全な警備体制を敷いております。 船内の設備も最高級の物を用意させておりますので会談期間中は不自由のないよう務めさせていただきます」


 岡田の言葉の通りアメリカの介入だけでなく、既に中国やロシア、韓国までもが日本近海で起きた怪現象にただならぬ興味を抱いており、その影響で警察や保安庁、自衛隊の各部隊は各地で厳重な警戒に務めている。 にも関わらず各国諜報組織の動きが活発化しており、来賓御用達のホテルはもちろん迎賓館や各官公庁施設までもが各国諜報員達のターゲットとなっている可能性もあった。

 中にはアメリカ軍のように日本国内において軍事作戦を展開しようとする動きも報告されている手前、使節団だけでなく民間人にまで被害が及ぶ危険性から松坂は自身の支援団体の一つでもあるクルーズ会社と掛け合い、ドラゴン来襲の影響でしばらく運営する予定が無かったこのオリエンタル号を借り上げることにしたのである。


「素晴らしいお部屋ですね」


 ジルの言葉の通り、元々結婚式における新郎新婦の控え室であったレジーナの部屋は一流ホテルにも引けを取らぬ絢爛豪華な調度品によって彩られ、寝室には触り心地の良い大きなダブルベッドが運び込まれている。

 しかし、「ゆきかぜ」以上の豪華な内装を前にしてもレジーナの表情は冴えない。

 

「明日のご予定は午前は使節団の皆様方と条約案の見直しをしまして、その後は岡田様と外務省職員の方々との昼食会、午後はその方々との懇談を中心としまして夕食は経産省の方々との夕食会が用意されております」


 部屋着に着替え、ソファーに身を沈ませていたレジーナの前でヒストリアが今後の予定を伝える。 会談まであと三日、条約案に関しては既に羽田で別れた立花の手によって松坂に草案が手渡されることになっており、彼が閣僚達と内容を吟味している間は使節団達は今後の外交において重要な付き合いとなる関係者との懇談をする予定である。


「明後日の件ですが......」

「ヒストリアもう良いわ、あとにして頂戴」

「姫様......」


 いつもと違い、レジーナは苛立ちを見せながらジルとフィリアの方に視線を移す。


「守はどうしたの? いつもならここにいて私の機嫌を伺っていたくせに」

「守様は通訳としての役職上、姫様との必要以上の関わりを禁じられているそうです」

「なにそれ...どういうことなのか説明しなさい!!」


 「はしだて」に乗艦後、岡田のもとで通訳をすると言い残して守は彼女の前に姿を見せていない。 最後に見たのは「ゆきかぜ」から同行してきた情報保全隊の福島と会話を交わしていた姿であっただけに、レジーナは彼の身を案じ始めていた。


「レジーナさん落ち着きなさい、彼はもともとあなたと同じ世界の住人ではないのですよ」


 声を荒げるレジーナを向かいに座るエーディロットが制する。


「...申し訳ありません」

「謝ることはないですよ。 ただあなたは使節団の代表である手前、このような事態であっても身をわきまえなさい」

「その件については藤原様という方が説明に来られるそうです」

「説明......? 私は聞いてないわ」

「僭越ながらこの件はつい先ほど福島殿から申し渡されたことです」


 フィリアの話によるとレジーナが部屋着に着替えていた合間、警戒のために部屋を出たところを通路の先から福島に呼び止められたという。 

 不審に思いつつも彼の話を聞くと守を日本側通訳として任命している手前、これ以上一方的に使節団側との関係を深めるわけにはいかないため日本政府の判断でレジーナとの接触を制限する方針だと伝えてきた。

  

「これまで口を挟まなかったくせにどういった吹き回しだって言うのかしら?」

「彼はレジーナさんのために母国を裏切った経緯があります。 本来ならば罰を受ける立場ですよ」

「エーディロット様の言うとおりだと思います、守様は日本の方針に逆らってまで姫様の危険な賭けに協力しましたし」

「そうね、我が国が日本政府と逆の立場なら何らかの処罰は免れないわね」


 守は本来、日本を守る自衛官であり政治的活動に関与してはならない身分であった。 そんな彼が外国人であるレジーナに忠誠を誓ってクーデターに加担するなど本来ならば許されることではない。 通訳としての利用価値と運が味方したこともあって彼はまだそばにいられれてたのだが、日本政府がこのまま放置するなど虫の良すぎる話であった。


「姫さま、私はもう一度福島殿のところで守殿のことを聞いてみます」

「そうしてもらえると助かるわ」

「では行ってまいります」


 フィリアが部屋を出て程なく、ヒストリアが先ほど話した来客が来たことを告げる。


「通しなさい」

「はい」 


 レジーナの言葉を受けてヒストリアはドアを開けるとともに一人の女性を中に招き入れる。


「はじめまして」


 純白の第一種礼装を身にまとい、1等海尉の階級章を付けて綾里同様に整った体つきを持ちつつも日本人離れした顔を持つ女性自衛官を前にして一同は言葉を失ってしまう。


「私達の言葉を話せるの?」

「少しだけなら」


 一同が外見以上に驚いたのが、彼女が自分達の言葉を話せることであった。

 フィリアとともにお互いの言語を学んでいた広澤と違い、短期間でこれほどの語学力を身につけていたのには驚愕に値する。 


「あなたとは先ほど船上でお会いしたような気がしますが?」

「はい、羽田から「はしだて」に乗艇させて頂きました」


 日本人離れした藤原の容姿を前にしてレジーナは船上で福島の傍にいた女性自衛官であったことに気づく。 あの時は日本人でないのではと一瞬だけ疑問を抱いたものの、目を離した隙に姿を消していたので忘れてしまっていた。


「海野1士とはまだ「はしだて」で紹介を受けたばかりですが、一応今日から私の部下として通訳の任務についてもらいます」

「それで彼は今どこに?」

「任務の都合上お教えできません」

「彼と話をしたいのですが」

「私がお伝えしておきましょう」


 一切の妥協を見せない藤原の態度を前にしてレジーナは苛立ちを覚える。 社交辞令なのか時折笑顔を見せつつも目の前に座る藤原の言葉には人間味を感じられず、お役所的な口調で応対してくるためチクチクとカンに障ってしまう。 しかし、先ほどエーディロットになだめられた手前、自身の感情を表に出すわけにはいかない。

 双方共にしばらく会話のない状態が続き、レジーナは用意された紅茶に口をつけて相手の行動を伺うも藤原は自分から一切口を開こうとはしない。


「日本人には見えませんが...」

「他の国とのクオーターです」

「クオーター?」

「祖父が外国人です」

「そうですか...どちらの所属で?」

「お教えできません」

「結婚はされてるの?」

「プライベートもお教えできません」

「お美しいのに」

「レジーナ様には敵いません」


 レジーナの方から色々と質問をしたところで藤原から人間らしい反応は一切返ってこない。 守の件で文句を言おうにも冷たい視線を送る彼女に何を言ったところで無駄になることは明らかであった。


「姫さま、只今戻りました」


 一向に会話が進展しない一同のもとに福島の元から戻ってきたフィリアが顔を見せる。


「福島殿の話だと守殿は市ヶ谷の方に行ってるとのことです」

「...!」

「......?」


 フィリアの姿を見た瞬間、一瞬であったが藤原が動揺を見せていたことにエーディロットは気づいてしまう。


「失礼ですがフィリアさんとは面識がありますか?」

「...いえ」


 そう答える藤原であったが、エーディロットの目には必死で彼女が表情を取り繕っているように映る。

 その姿を前にしてレジーナもまた疑問を抱き質問を変えてみる。


「彼女は私の護衛としてよく働いてくれています。 同じ女性軍人として通じるところがあるのでは?」

「いえ、自衛隊には女性も大勢いるので珍しくはありません」

「その割には彼女に興味があるようですが?」

「気のせいです」


 レジーナは一瞬、藤原がアルメアと同族の人間ではないかと探りを入れてみるも、彼女の口調からフィリアに対する憧れは一切感じられない。 寧ろフィリアの挙動に警戒を抱いている感じもする。


「では明日の予定もあるのでここで失礼させていただきます」 


 その言葉を最後に藤原はそれ以上の問いかけに答えようとはせず、その後は予定があるという理由で足早に立ち去ってしまう。


「どう思います?」

「何かを知っている感じがしますがこれ以上の詮索は難しいでしょう」

「そうですか、守と引き離されたとなると厄介ですが無事で何よりです」

「彼は会談までの間は市ケ谷にいることになっていて、その間の日本側通訳は藤原殿が取り仕切るとのことが決まったそうです」

「まさか守と広澤以外で日本側に通訳がいたなんて」

「日本側がまだ何かを隠してる節がありますね」


 フィリアが聞いた話の内容を受け、二人は今後の展開についてお互いの意見を交わす。

 守がいなくなった手前、情報が一気に限られたものになってしまったものの条約案が日本側に持ち出されたこともあって感情のままに行動した前回とは違い、レジーナの周囲には心強い味方がいる。

 連合王国の命運がかかっていたものの、レジーナは今回の会談に向けて大きな自信を抱いていた。



「ここか...」

「相変わらず日本政府の警備は甘いな」


 同時刻、晴海に設置されたゲートを眺めつつ言葉を交わす不審な者達の姿があった。

 彼らの目には数多くの警察OBが役員を務める民間警備会社の警備員の姿が移り、相手が白髪交じりのお年寄りばかりであったことに日本側の警戒の薄さを実感する。


『いけそうか?』

「問題ありません」

『よし、作戦を開始せよ』


 その言葉を合図に付近に待機していたであろう工作員達が一斉に動き出す。

 彼らに与えられた任務は只一つ、日本側が招待した要人及びその関係者の誘拐であった。


「ドラゴン4はゲートの連中を始末しろ」

「了解」


 計画通り、3人の工作員が一般人に扮してゲートに向かう。 彼らの手元には麻酔用拳銃が握られており、ゲートを守る警備員を眠らせることを目的としていた。


「ここは立ち入り禁止ですよ」

「すみません、車がエンストして困ってるので電話を貸してもらえないですか?」

「良いでしょう、こちらに来てもらえますか?」


 警備員が背中を見せた瞬間、シメたとばかりに工作員が麻酔銃片手に掴みかかろうとする。

 しかし、次の瞬間彼が見たのは闇夜の空と自らの身体が叩きつけられようとする地面であった。


「ぐは!?」

「な...」

「嘘...」


 工作員の仲間が反応するよりも素早く、警備員の男は瞬時に残りの二人の身体にスタンガンを当てて電流を浴びせる。 基準度外視の電流を浴びて工作員達は抵抗する間もなくその場で崩れ落ちて意識を失ってしまう。


「来客発生、総員配置につけ」 


 警備の男は無線でそう言い残すとともに足早に姿を消してしまった。

 遠目で監視していた工作員部隊の指揮官は部下が倒されてしまったことを確認するとともに、自分達が相手を甘く見ていたことに気づいてしまう。


「罠だ!! 早く撤退しろ!!」


 そう無線で呼びかけたものの、既に判断遅し。 彼の言葉に返答するものは誰もいなかった。


「くそ、小日本シャオリーベンめ、姑息な真似を......」


 指揮官は奥歯を噛み締めて自らの策が見破られていたことに悔しさを感じるも、自らの背後に近づく影には気づいていない。

 

「うわ!?」


 いつの間にか指揮車として使っていた車内に閃光手榴弾が放り投げられ、激しい閃光と強烈な響音に襲われる。


「日本へようこそ」


 貨物トラックに偽装された指揮車のドアが開かれるとともに、視力と聴力の奪われた彼らの前に目出し帽姿の男達が姿を現す。 彼らの正体はテロ対策に特化した特殊作戦群の隊員であり、警視庁公安部と協力しつつ晴海の周囲に展開して各国工作員達の襲撃に備えていたのである。

 このような態勢は他でもセッティングされており、ある場所では迎賓館に滞在しているという偽情報に踊らされたよその国の工作員達がSATによって身柄を拘束されたという事例も発生している。 これは前政権から強化されていった防諜体制が一定の成果を上げていることの証明に近い。


 日本の命運がかかっている手前、岡田の言ってた通り使節団の周囲には最大限の警備体制が敷かれているのであった。

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