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番外編 水の大切さ

 レジーナに同行してきたメイド達。 ある者は己の剣技を活かして護衛にあたり、またある者は治癒魔法を駆使して医療に携わり、他の物もまたセラピストや書記、料理などそれぞれの特技をもってして彼女の身の回りを支えている。

 艦内に設置された女性乗員用の洗濯機の前に立つ少女もまたそういった特技を持つ一人であったが、この時の彼女の表情は冴えていない。


「はあ~私の仕事って何なんだろう......」


 別名、主婦の三種の神器とも渾名される洗濯機を前にしてイリアはため息を漏らす。

 登場回数が少なすぎたために忘れている者も多いが、彼女は通称「湯浴み番」と称されるレジーナの元で風呂や洗濯を任されている。

 「ゆきかぜ」に来るまでは彼女の手によってレジーナの湯浴み用のお湯が用意され、洗濯物を一手に引き受けてきたのだがここに来てからというもののの、その役割は大きく変化していた。


ピーピーピー


 洗濯の終わりを告げる電子音と共にイリアは洗い終わったばかりの洗濯物を取り出すとともに乾燥機に入れる。 


「確かにこっちのほうが楽だけど何かなー」


 乾燥機の電源を入れたあと、イリアはおもむろに傍にあった洗面器に水を張って詠唱を呟くと水面が小さく渦巻いてしまう

 セラピアが治癒魔法に特化しているのと同様に、彼女は小さいながらも水を自在に操る力があり、水の入った桶に洗濯物を入れ、中の水を竜巻のようにかき回して汚れを落としてきた。

 しかし、目の前にある洗濯機という存在はそんな彼女の能力をあざ笑うかの如く強力な回転で汚れを落としていく。


「こんなの...認めたくはない!!」


 彼女は自分の存在を否定する洗濯機を何度も叩き、愚痴をこぼすのであった。



「だからって私に言われてもねえ」


 食堂の片隅で、自動販売機で買ったコーラを何缶もやけ飲みして俯せていたイリアに対し、オリビエは慰めの言葉をかける。


「だって、だって、私はこの力が認められて姫様の傍にいるのにピ!って音だけで洗ってしまうあいつに奪われたのよ!!」

「あれは機械だからしょうがないでしょ?」

「夢にも出てくるのよ、アイツが渦の中から舌を出して姫様の洗濯物を舐めまわしている姿が!!」

「でも今まで大きな桶がないと出来なかったシーツとかだって丸洗いできて楽じゃない?」

「姫様のかぐわしい匂いや肌にまとわりつこうとする汚れは全て私じゃないと落とせなかったのにあいつったら、あいつったら......」


 イリアの変態的な想像力を前にしてオリビエは言葉を濁してしまう。 洗濯機に仕事を奪われた彼女の心情は最早ノイローゼに近いかもしれない。

 居合わせたとはいえ、彼女に付き添う羽目になったオリビエにとってこの艦内での生活は驚きの連続であったがその反面、今まで見たこともない良質な化粧品を取り扱えたことには嬉しさも感じている。 時間が空けばレジーナだけでなく有料で他の女性乗員のケアも行っているだけあって懐も温かい。


「ううう、早く帰りたい......」


他の仲間達は便利な生活に安住している中、イリアだけは元の不便な生活に戻ることを切望している。 そうすれば家電のない生活に陥り、皆が自分を頼りにしてくれると彼女は考えていた。


「こうなったら全ての洗濯機を破壊してやる」

「ま、待ちなさいって!?」


 邪な心を抱いて席を立ち上がろうとするイリアをオリビエは慌てて制する。 

 

「そんなことやったら追い出されるのよ!!」

「追い出されたって良い!! こんなとこもうたくさんよ!!」

「二人共何やってるの?」


 ワーワーと喚く二人であったが、たまたま通りがかった守が割って入ってきた。


「なるほどねえ、洗濯機が憎いとは」

「あいつのせいで私の立場が...」

「まあ、その話はさておいて君達はこの艦には何でこれだけ水が多いのか知ってるかい?」

「え、そういえばあちこちに蛇口があって使い放題だってのはおかしいわね」


 一通りの事情を聞いた守の言葉に対し、オリビエが素朴な疑問を口にする。 今では慣れたとはいえ、来た当初は船の上であるにも関わらず、毎日真水のお風呂に入れてシャワーも浴びれることに贅沢だと感じていたはず。

 自分達だけ特別扱いだと思ってもいたが、乗員達ですら毎日入浴していたことには驚いたものだ。 


「えと...使い放題ってのはちょっと言わない方がいいと思う」

「何でですか?」

「実はこの艦の真水使用量って操縦室で集計を採ってて、一日の大まかな使用量の目安に見合ってるのか調査されてるんだ」

「じゃあ私達が使ってる分の量も計算されてるんですか?」

「うん、先輩が使いすぎだって怒ってたから注意したほうがいいよ」


 守の説明によると「ゆきかぜ」の真水使用量の集計は機関科がまとめており、足りない分はタンクの在庫料に見合わせて造水装置を起動して海水から真水を取り出すようにしている。 しかし、一日の造水量に限りがあるため、洗濯機の使用を制限するなどして在庫量の維持に務める必要がある。

 その集計や消費予想を計算したりする担当者を真水係と言い、「ゆきかぜ」においては広澤が担当している。 

 そのため守が乗艦したばかりの頃、対番である広澤から真っ先に真水の大切さを教えられるとともに「身体を洗う時は頭も一緒に洗ってシャワーで一気に洗い流せ」、「下着の替えは最低でも一週間分用意しろ」と指導をされて入浴時間の厳守や節水に対する心得を体得させられた。


「「洋上では真水一滴、血の一滴」って先輩言ってたから」

「そんなにうるさいんですか?」

「うん、航海初日に私服を洗濯機にかけていた同期が先輩に見つかって半殺しにされたから」

「えええ!?」


 イリアが驚くのも無理はなく広澤は東日本大震災に伴う災害派遣で水が足りない現状を経験した手前、水に関する考えは乗員達の中で飛び抜けて厳しい。 派遣期間中、無数のガレキの浮かぶ海水で造水装置を起動するわけにはいかず(フィルターなどがすぐに詰まってしまうため)、残り少ない真水タンクをやり繰りしての被災者向け入浴支援もあった手前、彼自身が色々と頭を抱えた経験があったからだ。

 しかも、現在イリアがレジーナのために朝、晩と浴槽にお湯を張り、毎日のように洗濯機を回していた現状は少なからず乗員達の負担を増やしていた一面もあった。 そのため、真水消費量が造水量を上回りつつある現状を見越した広澤の手によって今の乗員達の入浴はシャワーのみ、洗濯機は三日に一度という指導が徹底されている。 


「何しろ先輩は乗員用の洗面所に付けてあった蛇口やシャワーヘッドを全て節水蛇口に交換する人だからね」

「ううう、よく蛇口を開けっ放しにしてました」


 それを知らされた途端、オリビエは身を震わせて言葉を漏らす。 実は「ゆきかぜ」には練習艦時代の名残で床屋として使われていた部屋があり、そこでは一通りの道具が揃えてあることから彼女は熱心な顧客である北上(補給長)を通じて用事がないときはそこで女性乗員向けの美容院を開いていたのだ。

 顧客にコーディネートする前に彼女は必ず洗髪や洗顔を実施してから行ってきた為、営業中はシャワーや蛇口を出しっ放しにすることが多々あった。


「何かオリビエさんのことは先輩が目を光らせてるみたいだから気をつけたほうがいいよ」

「...自重します」

「気をつけます」 


 水の大切さを延々と聞かされたためか、守を前にして二人は縮こまってしまう。 船の動力や発電機に使用する燃料以上に、古今東西の艦船において真水は大切な物であり決して不足するような事態にさせてはならない。 

 生きる上で人間は食べずとも三日はモチベーションを維持させることができるが、水は一日たりとも欠かせてはならず船乗りにとって節水は切っても切れない縁なのだ。

 近年の護衛艦は世代を重ねるごとに大きな真水タンクを有し、優れた造水装置を搭載している。 しかし、それに比例するかの如く近年の乗員達の真水消費量は増大していき、当然の如く毎日洗濯機を運転する又はシャワーを出しっぱなしにして身体を洗う。 ひどい事例となると洗面所にシャワーヘッドを取り付けさせた挙句流しっぱなしにして洗顔する始末だ。


 私事であるが、昭和に就役した艦船の乗員は朝の洗顔をする際にいちいち洗面器に水を張って手早く洗顔をする人が多く見られたが、平成に就役した艦船の乗員にはそのような傾向は見られなくなった。

 将来の幹部を育てる実習艦であっても、実習幹部の部屋には6人部屋なのに備え付けのシンクが2つあって大きな蛇口で流しっぱなしに出来るのを見た時には言葉に詰まった経験がある。



「守様、お水ってどうやって作ってるんですか?」


 重苦しい会話が続いていたものの水魔法を扱える手前、イリアは守の説明から気付いた素朴な疑問を口にする。


「機械室となりの補機室って所にボイラーと造水装置があってさ、蒸気の熱で海水を気化させて真水を取り出してるよ」  

「ボイラーって「グラント号」にあると言われている動力装置のことですよね?」

「まあ、昔の軍艦はそうやって動かしてたんだけど、今はガスタービン機関が主軸だからウチでは調理や暖房といった熱交換でしか使ってないよ。 君達は直接浴槽にお湯を張ってるから気付かないと思うけど、乗員用の浴槽は普通のお水や海水を張ったあとに蒸気で沸かす方式なんだ」

「見せていただけないでしょうか?」

「私も気になるわ」

「いや、その...」


 先程とは一転して好奇心むき出しに守に詰め寄る二人。 

 守にしてみればレジーナの所へ行くつもりだった手前、本心ではこれ以上足止めされたくはないのだが元来が女性に対する免疫が低いこともあって無下に断りづらい。


「守にーちゃん、教えてよー」

「気になるなー」


 いつから聞いてたのか、ティアラやクリスタまで気になってしまい守の背後からすがり寄ってくる。

 4人の少女に詰め寄られ、断りづらくなった守は苦し紛れに首を縦にふる。


「まあ、ちょっとだけなら良いかな」


 イリア達を乗員用浴室に案内した守はまず水が張られた浴槽を見せる。


「ここが浴槽、丁度掃除したあとで水を張ったばかりだよ」

「冷めた!?」

「こんなの入れないよー」


 ティアラとクリスタが浴槽の中に手を入れるとともに、その冷たさに文句を口にする。


「元々真水タンク自体が外の海水面より下の場所にあるから温度は海水と同じくらいだよ。 今だと15℃位かな」

「これを蒸気で温めるのですか?」

「うん、このバルブを開ければ蒸気が入るよ」


 守が浴槽備え付けの蒸気バルブを開けるとシュウウウという音と共に浴槽の底に這わされた配管から蒸気が噴き出す。


「温かくなってきたー」

「ホントだー」

「こうやってある程度入れる温度になったらバルブを閉めるんだ」


 そう言いながらバルブを閉めた途端、守はふと広澤と出会ったばかりの頃を思い出してしまう。

 津波に巻き込まれ、寒空の下で一夜を明かした自分達を乗員達は暖かく出迎えてこの浴槽に入れてくれた。 当時の彼は今の自分と歳差は無く、辛い体験をしつつも精一杯の笑顔を見せてくれたものだ。

 

「うわ!?」


 思い出に浸っていた守の背後から突然シャワーの水が浴びせられてしまう。


「こら、二人共!!」

「キャハハハハ」


 守の説明に飽きたのか、ティアラとクリスタはオリビエの声を無視して勝手にシャワーの水を出して遊び始めている。


「ちゃんと話を聞いてないの!?」

「怒っちゃダメなの~」

「そうなの~」

「きゃ!?」


 怒られているにも関わらず、二人は守に飽き足らずにオリビエにまで水をかける。

 小さな大人として周りが認知しようにも十代前半の子供であった手前、時折この二人は何かにつけて遊びたがる節があった。


「すみません、守様」

「いや、いいよ」


 守はイリアに渡されたタオルで顔を拭きつつ口を開く。


「やっぱり二人共まだ子供だね」

「そういえばこのシャワーのお湯はどうやって作ってるんですか?」

「それはね、艦内には真水菅だけじゃなくて温湯菅っていうのがあるからなんだ。 さっき話した補機室の中に温湯釜があってさ、それは蒸気の熱を利用して真水を55℃位の温度に温めて艦内の浴室や洗面所に送ってるからなんだ」

「なるほど、私が姫様のために用意しているお湯ってそういう仕組みだったんですね」

「そういうこと」


 普段から守はレジーナやジル、フィリアばかり相手にしているだけあってイリアをはじめとしたメイド達とゆっくり話す機会はなくこういった付き合いはある意味新鮮であった手前、悪い気がしない。

 寧ろ我が儘娘のレジーナを相手にするよりかは適度に自分を気遣ってくれるイリアの行為はどことなく嬉しいところがある。


「もっと聞きたいことがあるんですけど良いですか?」


 水をかけられても笑っている守に対しイリアは素朴な好意を抱き、話題を持ちかけてくる。 彼女は自分の仕事が機械に奪われたことに心を病んでいたものの、守とこうして過ごすのも悪くはないと感じ始めていた。 

 どことなくいい雰囲気を醸し出してきたが、背後から冷たい視線と共に声をかけられたことにより終焉を迎えることになる。


「海野、機関科のくせに水を出しっぱなしにするとは良い度胸だな...」

「イリア、姫さまの服を放置するとはどういうことかしら...」

「せ、先輩!?」

「ジル姉さま!?」


 二人が振り返ると目の前にニコニコしながら並ぶ広澤とジルの姿があり、二人共顔は笑ってこそいたが目は殺気立っている。


「出航中で節水に努めなきゃならないのに女の子と水遊びとはな」

「姫さまの服、縮んでたわよ」

「「ヒイイイ!!」」


 二人の背後から立ち込める冷たい空気に蹴落とされ、水遊びをしていたティアラやクリスタは恐怖で縮み上がりオリビエに抱きついてしまう。


「皆でちょっとその場で正座してもらうと助かるんだが」

「このバケツを膝の上に置いてね」


 一同は指示通りに水浸しになった浴室の床に正座させられ、水の入ったバケツを膝の上に載せられる。


「これが水の重さだ。 お前達が無駄にした分と比べて雀の涙だが、人が一日あたり生きるのに必要最低限な量だ」

「ううう先輩...」

「あなたが毎日使っている洗濯機のたった4分の1の量よ」

「ジル姉さま、申し訳ありません...」


 固い床の上での慣れない正座で膝にジンジンと痛みが伝わってくるも、バケツの水を落とすことが許されていない手前、身動き一つ取れない。 ティアラやクリスタについては涙を浮かべているが、殺気のこもった目を持つ二人を前にして言葉に詰まってしまう。


「可哀想だから夕飯の時間までにしといてやるよ」

「それまでジックリ反省してなさい」

「ごめんなさーい!!」

「もうしませーん!!」

「......」


 泣き喚いて許しを請う一同を尻目に、巻き添えを食う形で罰を受けていたオリビエは深々と溜息を吐くとともに小さく呟く。


 こんな生活もう懲り懲りだと 

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