第8話 エーディロットの真意
飛行甲板でレセプションが取り仕切られている一方では、格納庫に設置されていた特設会場において奇妙な会合が行われていた。
「私のためにお集まりいただきありがとうございます。 本日この場に集まっていただいたのは皆様にどうしてもお伝えしたいことがあってのことです」
日中は連合王国会議が開かれていたこの会場には、エーディロットを取り囲むかのようにして座る雪風達艦魂の姿があり、自分達の姿が見える彼女を前にして雪風を除く一同は訝しげな表情を浮かべている。
「あなたも私達の姿が見えるのには驚いたわ」
「この世界の人々はあなた方のような存在を精霊とお呼びしておりまして私を含むごく一部の人にはその姿を見る力が備わっております」
「守やレジーナ、アルメアのように、先祖が精霊の血筋を持つ人間が私達の姿が見えるってのは知ってるけどあなたもそう?」
「いえ、私共フウイヌムという存在はどちらかというと精霊そのものに近い存在です。 この世界に転移する以前、私共はお互いの精神を共有し、生まれ持った頃から傷つけあうことを知らぬ世界に住んでおりました」
「ちょっと待って下さい、そんな話を信じよと?」
突拍子のない話に対し、出雲が口を挟む。 海上自衛隊最大の護衛艦である「いずも」の艦魂だけあって、大きな胸と高い身長を持つモデル体型であったが、一同の中では一番幼く思ったことをすぐ口にするところがあった。
「お若い精霊さんのいう事は分かりますが、無数に存在する世界においてあなた方の言う常識が通用しない世界もまた存在します。 事実、私どもがこの世界に来た頃は驚かされることばかりでした」
「私達だって驚いたわよ」
「出雲、口を慎みなさい」
「う、雪風姉さまだって......」
「私の言うことが聞けないつもり?」
雪風は軽々と口を挟む出雲を静かに叱りつける。 曲がりなりにも護衛艦隊旗艦を拝命している手前、この場にいる艦魂達の中では最先任である。
妹分に対しては温和で面倒見の良いお姉さんとして接するものの、身分をわきまえない者には容赦はしないところがある。 雪風の見た目に反する気迫を前にしてエーディロットは彼女の背後から漂う貫禄に見入ってしまう。
「あなたからは強い力を感じます。 どれだけ生きてきたのですか?」
「3000年以上生きてきたあなたと違ってホンの20年よ」
「あなたの後ろには複数の精霊が重なっているようにも見えますが」
「...雪風の名を持つのは私で3代目だからね」
「そうですか...前世ではさぞ壮絶な人生だったようですね」
初代雪風は大日本帝国が叫ぶ大東亜戦争において数々の激戦を経験し、幾度も死地を生還してきた。
何度も無傷で帰り着くその戦いぶりから「雪風に神宿る」と言われたほどであったが、僚艦がよく沈没することから「死神にとりつかれている艦」とも言われている。
しかし、三笠から聞いた話によると初代雪風は高い錬度を誇る乗員達のおかげで最善の状態で戦えたことを誇りに思っており、艦魂達まで死を決意していた戦艦大和の沖縄特攻作戦においては生きて帰らぬことを示す菊水の紋章を艦隊で唯一描かず、乗員達と共に生きて帰ることを決意していたという。
「私自身はよく覚えてないけど天寿は全うできたたと思う」
「あなたが彼女の言うとおりの人物で安心できました」
「彼女?」
「先日、私が身を寄せていた「深淵の大樹」に見慣れぬ精霊が訪ねてまいりました」
「まさかそれって...」
「彼女の名は山雪、あなた方のお仲間と言っております」
エーディロットが首にかけていたペンダントをテーブルの上に置くと埋め込まれていた石が光り輝き、小さな少女の姿を映し出す。
「山雪!?」
生前と遜色ない姿を前にして高波と大波は声を上げてしまう。 本来、彼女達艦魂は自身の分身である艦が沈没する又は、解体されることによってその役目を終え、自身の母体がある神社へと帰って長い眠りにつくとされている。 喜びが抑えられなかった二人は山雪に代わる代わる声をかけるも、彼女は何か言いたげな反応をするも声が聞こえずに、そのまま光が薄まるとともに姿を消してしまう。
「力を失い、帰る方法が見つからなかった彼女は他の精霊の案内によって私のもとに参りました。 故郷に帰りたいと願う彼女の言葉を受けて私はこちらに来たというわけです」
日本と同様に、この世界の精霊とされる存在もまた依代が無くなるとともに、森の奥深くに存在するとされる「深淵の大樹」に集うとされている。
そこは何人も通さぬ場所であり、帝国から悪魔と認知されているエーディロットがアルメアの忠告を受けて身を隠していた場所でもあった。
エーディロットは光を失ったペンダントを優しく掴み上げて手のひらに置き、一同の前で詠唱を呟く。
その瞬間、ペンダントの中に埋め込まれた石に再び光が灯る。
「分身を失っていた手前、彼女の力は弱まっており残念ながらもう皆様と話をすることができません」
「この場にいる艦魂を代表して感謝します」
雪風を含む、艦魂達はエーディロットに対し深々と頭を下げる。
「単独では彼女自身の存在を維持できないので故郷に戻るまで、私が定期的に力を送らなければいけません。 このままビエント王国の後見役として私も日本に行きます」
「ここまでして頂いて感謝に尽きません」
「いえいえ、精霊の行く末を守るのも自分の役目と認識していますので気になさらないでください」
一部の者達の憶測に反してエーディロットには一切の私欲がなく、ただ純粋に迷える精霊の魂を故郷に送り届けたいだけであった。 アルメアはそんな彼女の頼みを友人として了承し、新政権の後見役という形だけの役職に付かせて日本に送ることにしたのである。
「あなた方を生み出した日本人...ガリバーの言うとおり誠実で思いやりのある人々で安心しました」
「失礼を承知で聞きますが、あなたの家族は人間に殺されたと聞きましたが?」
「はい、知っての通り一万年前に私どもがこの世界に来た際には既に大陸の大地は干上がり、奇怪な姿をした魔物が蔓延る状態でした」
「人間が引き起こした戦争で文明が崩壊したって言ってたわね」
「はい、考古学者の調査によるとかつては大陸全土に進出した高度な文明が存在していたみたいですが、大陸全土を巻き込む戦争によって多くの都市が焼き払われたようです」
エーディロットの言葉を聞き、雪風達は息を飲んでしまう。 自分達のいる世界には核兵器や生物化学兵器、大陸間弾道ミサイルといったありとあらゆる大量破壊兵器が存在している。
広島や長崎を見て分かるとおり、今やボタン一つで何十万人もの人々を殺せる世界だ。 被害を受けた日本ならいざ知らず、核を投下した米国は民間人の大量虐殺を行ったにも関わらずに「仕方のないこと」だと言ってタカをくくっている。
「多くの都市が焼き払われたにもかかわらず、戦争は継続されたようで自分達で生み出した毒を撒き散らし、魔物をも投入した凄惨な日々が続き最終的には僅かな生き残りを除いて絶滅しました」
「ではこの世界にいる人類はその僅かな生き残りの子孫ってことなの?」
「ええ、私どもが保護した者の子孫で間違いありません」
過去を懐かしむその言葉。 お互いを傷つけあうことを知らず、助け合うことをモットーとしていた彼女達は同情心から人類を保護したものの、最終的には彼らによって滅ぼされてしまった。
「ガリバーと接触したことにより私達は家畜として扱ってきたヤフーがいつの日か彼のように心を取り戻すことができると感じました。 事実、彼を送り届けたあと、奇妙なことをするヤフーが現れました」
「奇妙なこと?」
「はい、彼はガリバーから貰ったであろう一冊の本を片手に他の仲間達を先導し、自分勝手な行動を慎みさせて協力し合う大切さを教えるようになりました」
「一冊の本...まさかそれって」
「その本の名は聖書と言い、キリスト教という宗教のことについて記されているとガリバーは言ってました」
そう言いながら、エーディロットは来るときに唯一持っていた小さな袋の中からあるものを取り出して皆の前に見せる。 キラキラと光るそれを見た瞬間、雪風は驚きのあまり口を開く。
「十字架!?」
「これはガリバーとの別れ際に貰ったものです。 大事に身につけていたそうですが信仰を捨てた今はもう必要ないと」
その十字架は金で作られたためか3000年もの時を隔てておりながらも輝きを保っていた。
「これまでヤフー達の世界になかった宗教が生まれてきたことによって彼らは心を取り戻し、文明の再建を目指すようになりましたがそのためにはあることが必要だと訴えました」
「あること...それってまさか!!」
「支配者として君臨していた私共を滅ぼすことです」
宗教というものには強固な団結を生み出す反面、一部の者を敵として認知させて弾圧する一面がある。 特に一つの神を崇めるキリスト教では神の前では全て平等という美辞麗句を並べつつも、他の宗教に対しては冷酷であった。
事実、安土桃山時代や戦国時代においては日本で広まり始めていたキリスト教に感化された者達が、先祖代々崇めていた寺社仏閣を打ち壊したという事案も存在している。
「仲間が殺されていく中、王族の一人であった私は父の勧めに従い夫と共に身を隠してきました。 その夫も200年前に死別し、子供にも恵まれなかったこともあって生き残っているのは恐らく私一人でしょう」
「そう、でも私達にだけそれを話したってことはやはり人間をまだ信じられないってことかしら?」
「...正直に言うならば間違いではありません。 私共と同様にヤフーの弾圧を受けていた連合王国の人々は私のことを敬ってはくれております。 しかし、彼らの中にもヤフーと同様に野心を抱く者も少なからず存在しています」
「野心を抱く者?」
「はい、それは近年この地にて広まりつつある共和主義者のことです。 ゴーストと呼ばれる指導者の下、王族不要論を訴えるとともに一般市民を抱き込んで三大王国を打倒して全ての人々が政治に参加できる統一国家の建国を唱えています」
「まるで共産主義者のようなことを言うわね」
共産主義そのものもある意味宗教と同列に近い。 貧しい者も人間らしく生きられるという理想を掲げていたものの、自分達の主義主張にそぐわぬ者は抹殺するという彼らの思想はこれまで世界の秩序を保ってきた王族を滅ぼし、節度のない見境のない政策によって国力を衰退させ、見境のない争いを生み出し続けてきた。
空虚な理想を掲げ、堅実な統率者のいない世界は独裁者が蔓延って滅びの道を辿る。
選挙で選ばれた政治家であっても、国益を考えずに選挙のことばかり考えた挙句に財政状況を無視した政策で票を得ようとする者も多い。 そんな政治家を選んだ国民にもその責任はあるのかもしれないが、美辞麗句や自身の私欲を無視して100年先を見据えた思考を持つ者など全体から見てもごく僅かである。
それこそがエーディロットの言う人間の愚かさであった。
「雪風さん、このことはあなたからレジーナ王女に伝えてもらえませんか?」
「それはいいけど、あの子のことが信用できないの?」
「いえ、ここでの話はあくまで私の独り言として認知してください。 神と崇められている手前、一部の人間にだけ贔屓にするわけにはいかないので」
「それもアルメアの頼みだと受け取っておくわ。 あなた達の考えは理解出来ないけど少なくともレジーナに対しては味方でいてくれるようで安心したわ」
「何故そこまでして彼女のことを?」
エーディロットの疑問に対し、雪風は片目をウィンクさせて口を開く。
「だって友達だもの」




