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第7話 何を想うのか

 レジーナの登場によって甲板上にいた来賓達が騒がしくなる。 ここには会議に参加していた族長達だけでなく、その取り巻きの護衛や有力貴族達も顔を揃えており彼らの大半がビエント王国新政権の面々に興味を抱いている。


「アルメア様、本日もお美しゅう」

「再び政権に返り咲かれて我らも安心しております」

「是非とも新たな関係構築をお願いします」


 一応、初めのうちはレジーナに簡単な挨拶をしていたものの、来賓の多くがレジーナではなく背後にいたアルメアの方へと近寄る光景。

 40代に差し掛かろうとしていたのに20代の頃と変わらぬ美貌と各国の要人達との太い外交パイプ、女性に対する福祉政策を勧めていたこともあって国民からの人気も高い。 しかも、かつてはジルベルトと権力を二分する程の政治力を持つ彼女の政権復帰にはこれまで帝国の驚異にさらされていた彼らに一途の希望を見出していたのだ。 

 

「エーディロット様はどちらに?」

「彼女は別件で席を外しておりますの」

「そうですか、まさかあのお方が新政権の後見になろうとは...どういった風の吹き回しで...」


 猿顔が特徴的な猿人族族長の言葉。 彼は今まで政界に顔を出すことのなかったエーディロットが突然生まれた新政権の後ろ盾になっていることに違和感を感じているようだ。

 曲がりなりにも彼女は彼らの祖先がこの世界に来る前から存在し、幾多の知恵を分け与えることはあっても争いごとの仲介以外は政治的活動に一切関知していない。 アルメアとは個人的な友人関係であったにしても、ここまで彼女が協力的になることが有り得ないのだ。


「疑問に持たれるのも無理はありませんが彼女は只の後見役に過ぎません。 政治的な権限はレジーナが握ることになります」

「あなた様はその監視役に徹するとでも?」

「だって日本政府の使者を連れてきたのは彼女ですわ。 私がどうあがこうにもあの娘の前では適わないでしょう」

「...それでは新政権が日本の傀儡国家になるのでは?」

「......」


 その言葉が出た瞬間、場の空気が一瞬だけ凍りつく。 族長の言葉を裏付けるかのように、この場に集まっている者の中にはジルベルトが帝国を後ろ盾にしていたのと同様にレジーナ達もまた日本政府を後ろ盾に連合王国の支配権を握るという疑念を抱く者もいた。 

 亜人根絶を叫ぶ帝国との戦いを乗り切るために組織された連合王国。 しかし、戦争が起きる前はそれぞれの種族同士で争いあってきた時代も存在する。 

 異なる外見同士で争い合うものの、引き返しのつかなくなる寸前でエーディロットが仲裁に入ったことにより何とか均衡を保つことができたが、その仲裁役が得体の知れない軍隊を引き連れたレジーナの後ろ盾になってしまえばビエント王国の動きに抗うことが出来無くなってしまう恐れがある。


「フフフ、安心しなさい、日本という国には私達を支配するという意思は弱い、寧ろ転移することを恐れているのよ」

「それは誠で?」

「ええ、私達にどうやったら転移を防ぐことができるのか聞いてきたもの」

「...良いでしょう、あなた様の言葉を信じることにします」

「よしなに」


 族長が他所へ行ったのを見届けたあと、アルメアはメルダが持ってきたワインで喉を潤す。 この場にいる多くの者がレジーナを権力者として見ておらず、アルメアが黒幕であると思い込んでいる。 確かに彼女は優れた政治手腕を有しているものの、本心では権力に対する執着はなくただ自分の趣味である少女を愛でる行為を続けていたかっただけだ。 

 アフラマの父親が健在していた頃は自分の趣味に対して度々苦言を漏らし、夫婦生活を改善するよう言ってきた。 しかし、生まれながらにして男性を愛することの出来ない彼女にとってそれは苦しみにしかほかならない。 


「権力者ってどうしてああも人を疑りたくなるのかしらねえ~」

「......」


 こっそりとメルダのお尻を摩りつつ耳元でため息を漏らす。   

 

「この場ではよしてください」

「いいじゃない、その服だって似合ってるんだし」


 妹であるジルと同じフリルの付いたメイド服を来たメルダが愛おしいのかアルメアの手は緩まない。

 メルダの方も表情こそ変えてはいないものの、嫌がっているように見えて彼女から離れないことからまんざらでもない様子であった。


「あの男、周辺部族たちと共に第四国家を訴えております」

「やっぱりねえ~王族のいない共和制国家の創建を訴える人々の話は聞いてたけど」

「あの男の周りにいる部族達こそその中心メンバーと思われます」


 ジルと違ってメルダはメイド兼護衛として高い戦闘能力を有している上に、諜報能力にも秀でており飲み物を渡している一方で噂話などにも耳を傾けており、些細なことでも聞いたことは忘れないという秀才ぶりを発揮している。 その上、この会場には各テーブルの下や屋台の隅などに盗聴器が仕掛けており、裏方にいるジル達によってメルダの耳のインカムに適宜情報が伝えられている。


「王族を廃して全ての人々が政治に参加できる共和制国家の創建ね~」

「理想的な国家体制として我が国の国内においても支持者は多数いるみたいです」

「肝心なのはそのトップに君臨していると言われている「ゴースト」っていう存在ね~。 先の戦闘では一部の武装した市民が帝国軍に襲いかかって多数の犠牲者を出したらしいけど~」


 「ゆきかぜ」が帝国軍と戦っていた頃に生起した暴動は邪神の出現によって自然鎮火したものの、指導者に関しては未だに調べがついていない。 犠牲者の多くが共和制賛同者ではなく帝国軍に身内を殺された一般市民であっただけあってアルメアは少なからぬ危機感を抱いている。


「連中は国民を焚きつけるだけ焚きつけておいてすぐに雲隠れするから厄介ね~」

「......アルメア様、ヨダレを拭いてください」

「あら、やだ、私ったら...」


 真面目な話をしていたにもかかわらず、メルダのお尻の触り心地が良かったのかアルメアの口からヨダレが垂れていた。


「今はご公務の最中ですからお戯れはあとでお願いします」

「ごめんね~あとで思いっきり可愛がってあげるから~」


 来賓の多くがアルメアに集中している影響で、ビエント王国のトップであるはずのレジーナの周囲は閑散としていた。 以前の彼女ならば傀儡政権のトップと思われているその行為に怒りを覚えるはずであったが、守がそばにいる今の彼女にとっては絶好のデートタイムに近かった。


「焼き鳥って初めて食べたけど美味しいわね」

「あっちには唐揚げの屋台もあるよ」


 屋台にいる隊員手作りの料理に舌鼓を打ち、守と仲良く腕を組む光景。 「ゆきかぜ」では見られなかったその姿を前にして遠巻きに見ていた森村が言葉を漏らす。


「いつの間に仲良くなってたんだな」

「若いってことですよ」

「ああ...俺達も腕を組むか?」

「職場とプライベートをちゃんと分けてください」


 森村が守に負けじと綾里と腕を組もうとしたものの、あっさりと躱されてしまう。 彼女の口から娘の存在が激白されて以降、綾里とは勤務時間が終わると一緒に過ごすようにはなった。 しかしながら、17年という歳月があった手前なかなか体を許してもらえず、かといって森村が美女に目を取られた瞬間に肘打ちをお見舞いするなど嫉妬心は見せてくれる。

 ツンツンばかりで中々デレを見せてくれない彼女の行為に彼らしくない苛立ちを覚えてしまう。

 しかし、そんな彼の肩を強く握って怒りを漂わせる存在もいた。


「森村......」

「う...な、鳴瀬じゃないか...」

「お前ら...デキてやがったのか」

「こ、これには色々と事情があって...」

「「やまゆき」が撃沈された影響でこっちがどれだけ苦労させられたか分かってないだろ!!」


 長谷川を含む「やまゆき」の乗員は全員救助され、連絡を兼ねて「うみぎり」と「あけぼの」に分乗して一足先に帰国している。 未だに異世界の存在を秘密にしている手前、乗員達には厳しい箝口令を敷くとともに護衛艦一隻が撃沈されたという事実を隠さなければならない。

 現在の日本においてはドラゴン出現と突然の漁業海域封鎖によって政府に対する不信感を煽る報道が飛び交っている手前、国民にバレるのも時間の問題であった。


「お前の艦にも帰国命令が出ている、今度ばかりは懲戒処分を覚悟するんだな」

「あれだけ暴れてその程度なのは心外だな」

「馬鹿野郎!! まだ事態を表沙汰にしたくない手前、官報に載せても不審がられない方法をとってるんだよ」

「じゃあ俺の懲戒理由は?」

「無断欠勤だ、この野郎!!」


 自衛官の遅刻や無断欠勤には民間企業とは比べ物にならない重い処分がくだされる。

 重いものでは懲戒免職、軽いものでは「注意」という0から10までの処罰が用意されているので多くの隊員達から刑事処分を除く一番重い罪と認知されている。

 それ故に自衛隊の基地がある街では朝早くから必死の形相で走っている自衛官の姿が見られることもある。


「減給で済むだけありがたいと思え!!」


 怒りを見せる鳴瀬を前にしつつ、森村は傍らにいる綾里に小さく声をかける。


「娘に会えるな」

「その前に父を説得する必要がありますよ」


 上司であっても物怖じせずにしたたかさを見せる森村の態度を前にして綾里はニッコリと笑みをこぼしてしまう。 



「先輩来てたんですか」

「ああ、レジーナちゃんに呼ばれてな」


 仲良く過ごす守達の前に制服姿の広澤が姿を現す。 彼の隣にはドレス姿のフィリアの姿があり、慣れない衣装を身につけた影響からか、どこか恥ずかしげな表情をしている。


「うわ...フィリアさん、すごく似合ってますよ」


 普段見るスーツ姿と違い、胸元の空いたピンクのドレスと耳元でキラキラ光るイヤリングにアクセサリー、広澤の名義で買った通販商品であったが高い金額をかけたのとフィリア自身の素材が良かった影響からか守の目から見ても美しく感じてしまう。


「そ、そうか?」

「俺も惚れ直したぞ」

「は、恥ずかしいこと言わないでくれ」


 人目もはばからずにイチャイチャと広澤の腕を組むフィリア。 心なしか、周囲の目線も彼女の美しさに注目しているようにも感じる。

 そんな中において守はフィリアの大きな胸に視線を移し、無意識にレジーナの胸と重ね合わせてしまう。


(やっぱ小さい...)


「......うっさい!!」


バキ......


「下っ端の水兵のくせに上から目線で見ないでもらえる?」

「...はい」


 レジーナに殴られた挙句、隅に連れて行かれるとともに仁王立ちをする彼女の前で守は正座させられまう。 彼は気づいていなかったものの、契りを結んでいる影響でレジーナには意識することで守の心を覗き見ることができるのである。

 

「フィリアに色目を使うなんてバカじゃないの?」

「いや、その...性的欲求で...」

「私じゃダメだって言うの? 童貞のくせに」

「いえいえ、そのようなことは...私はレジーナ様を一途に想っております」


 守が謝罪の言葉を口にするも、レジーナはフィリアと胸の大きさを比べられて溜め息をつかれたことに立腹し、頭から湯気をたぎらせている。


「レジーナちゃん、そろそろ許してあげなよ」


 守を不憫に感じたのか、広澤が割って入る。 


「こいつは女性経験が無い手前、付き合い方を知らないんだよ」

「ならば浮気させないように教育しなさいよ」

「レジーナちゃん一筋なのには変わらないから大丈夫だよ」

「......」


 フィリアより年上で人生経験豊富であったためか、広澤の言葉にはどこか説得力がある。 重度なオタクであることを除けば情に厚く、ピンチの時には駆けつけてくれたこともあってか彼はレジーナからの信頼は厚い。 

 

「こ、今回だけ許してあげるわ、感謝しなさい」

「......はい」


 レジーナは頬を膨らませつつも、忠告を素直に受け入れて守の手を引っ張り上げるとともにレセプション会場へと戻っていく。


「すまない、お前が言ってくれると助かる」

「後輩の尻拭いをしただけさ」

「ふふ、やっぱり優しいな」


 腕に抱きつきつつもフィリアは広澤と出会えたことを神に感謝してしまう。  別れることも覚悟していたものの、こうしてマッタリ過ごす幸せを手放すのは惜しい。

 願わくば彼と共に日本についていきたいという想いもあったが、マードレーと別れ際に言われた約束を順守しなければならない。 ならば広澤自身がこの世界に残って欲しいとも感じていたが、頑固な彼を説得することなど無理であった。


「おやおや、こんなところにおりましたか」

「あなたは...」


 背後からかけられた声に反応して振り返るとフランメ王国国王のラーヴァの姿があった。


「お美しい恋人がおりましたとは...さすがは広澤殿、余の目に狂いはありませんなあ」

「何か御用で?」

「はい、ご相談したいことがありましてな」


 ラーヴァの合図とともに背後から赤いドレス姿の少女が姿を現す。


「貴殿の実力を評価しまして是非ともこの娘を傍に置いて頂けませんか?」

「...何を考えているんですか!?」


 少女の顔を見た瞬間、広澤は態度を硬化させてしまう。 彼女こそ、先日グラント号で自身の家族と夢を語ってくれたターニャであったからだ。


「上司の許可はとっております。 本人の同意も得ているので妾として扱ってくれても構いませんので」


 ターニャの表情は冴えず、目は曇っているようにも感じる。 レジーナ同様に、他人の娘を政略結婚の道具にすることなどこの世界では珍しいことではない。 寧ろ主のために身を犠牲とする行為を誇らしく思う風潮もあったためか、ラーヴァの言葉からは悪気を感じる気配すらない。


「裕吾、ここは黙って従った方がいい」

「フィリア!?」

「フランメ王国を敵に回せば厄介だ、私は良いから受け入れてやってくれ」

「......」


 傍観者として守とレジーナを見守ってきたつもりであったが、広澤もまたフィリアの忠告を受け入れる形で物語の本質へと巻き込まれることになる。

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