第4話 新型船
船体中央に設置されていた煙突から黒々とした黒煙を上げながら大海を突き進む一隻の軍船。
未だに帆走や漕走が主軸であるこの世界においてこの新型機関を搭載し、天候や人員に左右されずに高速航行を可能としたこの船のマストには金槌と鋸をクロスさせた絵柄の旗が掲げられている。 それこそドワーフ族を主体とするフランメ王国の国旗であり、その船には急遽開催されることになった連合王国会議に出席予定の国王達の姿があった。
「陛下!! まもなくビエント王国領海に入りますぞ!!」
「うむ」
毛むくじゃらの顔で、口やかましく声を張り上げる船長の言葉に同じく毛むくじゃらであるものの立派な白い髭を持つ老人は静かに答える。
舵輪を握る船員の傍らに立つこの老人こそフランメ王国国王であるラーヴァ・ド・ミナーレ...御年60歳という高齢であったものの、年齢に似つかわしくないその体つきは荒れくれ者の多い船員の中でも一際目立っており、若い頃は自ら先頭に立って帝国艦隊相手に大暴れしたことでも知られている。
「従来の3分の1近い日程でここまで来れるとは...この新型船の就役があと一年早ければレバント海戦の結果も変わったでしょうに」
傍らにいる侍従武官の言葉に対しラーヴァは今回の経緯を思い起こしてしまう。
ビエント王国やホンタン王国と違い、フランメ王国は連合王国内において金属加工や造船といった製造業が盛んな国であった手前、軍事技術流出に対する危機感からか帝国との関わりは薄い。
しかしながら、帝国と親密な関係を築こうとしていたビエント王国との関係悪化により事態は一変する。
元々鉱山が多い反面、沿岸部を除くと平地が少なかったこともありフランメ王国は食料の多くを隣国であるビエント王国に依存していた。 これまでは船や工業製品をビエント王国に輸出し、代わりに主食である麦や嗜好品を輸入していたものの、帝国との貿易協定によって工業製品の多くを帝国からの輸入に依存するようになり、フランメ王国の製品は半年も経たずに市場から一掃されてしまった。
しかも帝国側が最初から恭順を示してきたビエント王国以外に関心がなかったため、フランメ王国国内は一気に貧しくなってしまい、残り少ない備蓄食料を前にしてラーヴァはまだ幼い息子に政権を譲ることもできず苦悩する。
軍部の間では建造中であった新型船の完成を急がせ、再び艦隊を編成して再度の開戦を叫ぶ者も多かったものの、そのようなことをすれば必然的に帝国と軍事同盟を結んでしまったビエント王国と矛を交えることになる。 2週間前にこの新型船が就役したことにより飢えの恐れがあった手前、いよいよ開戦を決意せねばならないと考えた矢先、彼のもとにアゲリアクリスタルを通じて朗報が入る。
ビエント王国でクーデターが起きたと
国王であったジルベルトが死に、帝国駐留軍を国内から追い出して新政権のトップに立ったのはかつて共に戦場を巡った盟友アフラマの一人娘であるレジーナであったことに当初は驚きを隠せなかった。
しかも、宰相には彼女の母親であるアルメアが就任し、後見人にはそれまで政治的立場においては一切の中立を保っていたはずのエーディロットが就くという異例の事態にラーヴァはことの重大性を意識し、即座に招集に応じることにした。
「船長、この船の調子はどうだ?」
「船内が熱くなりやすが絶好調ですだ」
国王を前にして荒々しく答える船長。 元々ビエント王国と比べて粗暴な人々が多いとされる中においても彼の態度はお世辞にもドワーフ族の中でも礼儀正しいとは言えない。 それもそのはずで、彼は元々職業軍人ではなく、新型機関の研究に参加していた一介の職人であったからだ。
「罐の調子が良い時ならばもっとスピードが出ると思いやすが、いかんせん蒸気圧力が安定せんのがきついですな」
「やはり配管強度の問題か?」
「いあ、それだけじゃなくて、どうも復水器の調子が良くないんですわ。 やはり海水から真水を取り出す行程に問題があるようで」
「貴殿が考案したとされる例の装置か?」
「いや、それはちょっと違いまして...」
船長が口ごもらせた瞬間、傍にあった伝声管からけたたましい少女の声が聞こえてくる。
『父ちゃん!! 配管から蒸気漏れた!!』
「馬鹿野郎!! ションベンちびったみたいに言うんじゃねえ、さっさと塞げ!!」
『無茶言うなよ!! いっぺん罐を止めないと直せねえよ!!』
「牛革と毛布、タール索で何とか止めろ!!」
『圧が高くて無理だっての!!』
「気合入れろこらあ!!」
『娘が可愛くないんか!?』
「ションベン臭いガキのくせに偉そうなこと言うな!!」
『くそ、覚えてやがれ!!』
「船長になんて口の聞き方だこの野郎!!」
荒々しく機関室から上がってきた娘の言葉に船長はそう答えるとともに煙突の先に視線を向ける。
燃焼調整の失敗で蒸気圧が突然上昇したから漏れたのかもしれないと感じていたものの、煙の状態が変わらなかったことにより原因が配管自体の強度不足かもしれないと実感する。
蒸気を動力に変換するにあたり、強度の高い材料を使用した配管を用意させたものの実際に運用してみるとなると船体の歪や振動などを原因として時折このような事案が起きてしまう。
「ほう、今のが貴殿の娘か」
「へ、陛下!?」
「よいよい、こちらが色々と無理を言ってた手前、仕方がないだろう」
先程と違い、ラーヴァは笑みを見せながら船長のそばに寄って口を開く。
「もしや彼女が例の復水器とやらを作り上げたのか?」
「そうでさあ、そもそも帝国では既に工場などで導入されている罐というのは加熱すればするほど高圧の蒸気を生み出せるんですがその分、水を大量に消費するもんで実用面で船舶に搭載して動力に使用するのが不可能とされてきました。 しかし、うちの娘はある日、何を思いついたのか開発中のボイラーから放出される蒸気を桶で集め始めたのです」
「ほう、妙なことをするな?」
「ええ、火傷するから危ねえだろと怒鳴ったら蒸気がもったいねえと言いやがったんです。 意味がわからなくてゲンコツを喰らわしたのに腹が立ったみたいで...数年後に見たこともねえ構造をした設計図を持ってきやしたんです」
「ほう、それは初耳だな」
「そりゃそうです、僅か10歳の娘が書いたんですから」
「......それは誠か?」
ドワーフ族は全体的に鍛冶や木工を生業としてきた手前、国王であるラーヴァもこの船の動力や仕組みを理解している。 5年前に建造案が出た際、罐で生み出された蒸気を回収してその熱で海水からボイラー用の真水を生み出すとともに、回収された蒸気を海水で冷やして水に戻すという循環構造の発明を前にして興奮が隠せず、身を乗り出してしまったこともあった。
あの時、自分に関心を持たせてこの船の建造を許可させた設計図を書いたのが僅か10歳の子供であったことにラーヴァは目頭を抑えてしまう。
「何の実績をあげていない10歳のガキが書いたのでは信用が無いので儂の名前で出しました」
「貴殿も素晴らしいが、やはり親子だな」
「本当は跡を継げる男が欲しかったんですがあ女しか生まれなかったんでさあ」
「だからこそ貴殿の期待に応えたかったのではないか?」
「そうかもしりやせん、まだまだガキ臭いとこがあるんでもっと鍛える必要がありますがな」
「将来が楽しみだな」
その瞬間、二人は顔を合わせて笑い声を漏らしてしまう。
国が敗れ、多くの男手を失ったものの誇りや技術を失わず、残された家族や仲間によって新たな分野で道を見出そうとする勢いは強い。
その勢いを絶やさないためにもこの新型船を持ってして有利な成果を持ち帰る必要があった。
王国に新たな技術をもたらしてくれた親子に心強さを感じつつ決意を新たにするラーヴァであったが、突然機械室から伸びる排気口から蒸気が吹き出してしまったことにより現実に引き戻されてしまう。
「父ちゃんダメだ失敗したよ!!」
「何だと!?」
仲間と共に甲板上に姿を現した少女。 背が低く幼さの残る外見であったが着ていたツナギは汗と蒸気でビッショリと濡れており、外の空気を吸って落ち着きを取り戻したのかその場で座り込んでしまう。
「やっぱ、リベットで絞めるのに限界があったよ......」
「ば、馬鹿野郎!! 陛下がおられる前でなんてこと言いやがる!!」
「だってそうじゃねえか!! アタシの設計を実行するには従来通りの方法じゃ強度不足だって散々言ったろうが!!」
「こいつ、なんてこと言いやがるんだ!! 機械は嘘つかねえ、壊れるとしたら扱う奴の腕が悪いのか設計ミスだって何度言ったらわかるんだ!!」
「クソオヤジ、アタシの腕が悪いって言いたいのか!?」
頭にきた少女は周囲の制止を振り切り、血相を変えて父親である船長の胸ぐらを掴む。
「こいつはまだヨチヨチ歩きの赤ん坊に近いんだ!! そんな状態で走らせてる方が問題なんだよ!!」
「何だと、お前は俺達の現状が理解できねえのか!!」
「ああ、こいつの完成までアタシはあと3年は必要だって言ったはずだ。 就役を早めた挙句に中途半端な状態で走らせやがって」
「親に向かってなんだその口は? 娘だからって容赦しねえぞ!!」
「やるかオラ!!」
周囲が見ているのもお構いなしに親子ゲンカを始める二人。 他の仲間からの報告では、幾つかある罐の本体に繋がる蒸気主管の結合部から一気に蒸気が漏れ出し、修理に失敗した現在は罐の火を消して中の蒸気が抜けるのを待っているという。
蒸気を動力に変えるという未知の技術を扱っている手前、予想だにできないトラブルが頻発している。
「少々焦りすぎたか......」
未だにワーギャー騒ぎ続ける親子を尻目に、ラーヴァは海原の先を見つめてため息を漏らす。
原因を引き起こした罐だけでなく、他の罐に対する石炭の補給もままならない現状のためか船の行き脚も徐々に落ちている。
このままでは予定通りの時刻にたどり着けないのは明らかであった。
「先方に遅れることを伝えてくれ」
「は!!」
彼は一先ず側近に命じてビエント王国側に遅れる都度を連絡させることにする。
30分後......
喧嘩に疲れ果てて甲板上に座り込む船長親子を尻目に、船員達と昼食をとっていたラーヴァのもとにクリスタルを片手に血相を変えた伝令が姿を現す。
「陛下、ビエント王国側が迎えを差し向けるとのことです!!」
「迎えだと?」
「は、同盟を結ぶ予定の船が迎えに来るとのことです」
その言葉の意味が読み取れず、ラーヴァは首をかしげてしまう。
海流と風向きの都合でどう頑張ったところですぐにここまで駆けつけることなど難しいはず。
レジーナが連れてきたという日本についての情報を知らない手前、不思議に思いつつも修理に時間がかかることもあって要請を受け入れることにする。
3時間後......
「何だあれは!?」
「父ちゃん、島が動いてるよ!!」
海原の先から現れた灰色の船体。 これまで見たこともない巨大な鋼鉄船を前にして船員達は息を飲んでしまう。
DDH-183「いずも」...全長248m、幅38m、基準排水量約19500tの巨大な船体は自分達の乗る船とは雲泥の差であった。
海上自衛隊史上最大の艦を前にしてラーヴァは呆気にとられていると甲板上からこちらを見下ろす一団の姿があったことに気づいてしまう。
「ようこそ我がビエント王国へ!!」
拡声器越しにこちらに語りかける一人の少女。 連合王国会議用に誂えたであろう桃色のドレス姿であった彼女こそビエント王国の女王となる予定のレジーナ本人であった。
(我が友アフラマよ......貴殿の娘はとんでもない連中を連れて来おったな......)
今は亡き友に内心で語りかけつつもラーヴァはその巨大な船体を前にして一途の希望を抱く。
レジーナが連れてきたという海上自衛隊という組織。 彼らの協力をもってして帝国軍艦隊を殲滅したという話を耳にしたときは信じられないとばかり思っていたものの、この巨大な艦を前にしてみるとあながち嘘ではなかったと実感してしまう。
「私の友人でもある日本政府協力のもと、この艦を会場として連合王国会議を開催させていただくことになります!!」
久方ぶりに開かれることになった連合王国会議。
異世界からやってきた軍艦で開催するという異例の事態であったが、連合王国だけでなく日本政府の命運もかかっている手前、歴史的に大きな意味合いを持つことになる。




