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第3話 艦長の心情

仕事が多忙のため、ちとギリギリになってしまいました。

 夕食時、「ゆきかぜ」公室内では谷村(調理員長)によって豪勢な料理が用意され、明日の会談に参加するメンバーが顔を揃えて奇妙な会食が催されている。

 艦長である森村と参議院議員の岡田が外務省職員である緒方等と対面する形で新参組であるアルメアとエーディロットは用意されていた食事に舌鼓を打っている。


「このワインも中々美味しいわ~」


 メルダによってグラスに注がれた日本から持ってきたワインを評価するアルメア、その隣では特別に用意されたベジタリアン向けの料理に口元を緩ませるエーディロットの姿があった。


「どうですか日本の野菜は?」

「突然訪ねた身でありながら、このような美味しい料理をご用意していただき感謝につきません」


 岡田の言葉に対し、エーディロットは感謝の言葉を口にする。 レジーナやクルスリー、アルメアといったこの世界における数々の王族と接触してきたものの、彼女は多くの人々から信仰の対象と崇められているだけあって粗末な服装であったが、銀色に輝く髪を持つこともあってかどこか神々しい印象があった。


「私自身が肉類を口にできない手前、料理人にご迷惑をおかけしませんでしたか?」

「いえ、とんでもない、元々我が艦の調理員長は世界各国を周回した経験もあって肉類を口にできないお客様の要望にもお応えできるようになっております。 艦長としてあなたをゲストとして迎え入れた手前、最大限の歓待をさせていただきます」


 乗艦を許してくれた森村に対し、エーディロットは感謝の言葉を述べる。


「帝国と違い、あなた方日本人はガリバーと同じく礼儀正しくて安心しました。 悪い言い方かもしれませんが彼の体験が多くの人々の教訓になったことを考えるとあの時送り出して良かったと感じますね」

「帝国ではあなたのことを良く思われてないのですか」


 岡田もいる手前、緒方は失礼を承知でエーディロットに幾つか質問を持ちかける。


「3000年前まで私達は人間を家畜として保護してきた歴史があり、その影響もあって彼らが信仰するモーヴェ教においては人類の敵として認知されております」

「家畜ですと!? なぜそのようなことを?」

「元々この世界の人類はかつて高度な文明を誇っておりましたが戦争によって衰退し、人口も減少して一時は絶滅寸前にまで追い詰められてました」

「なんと......」

「帝国にはそのことを研究している考古学者がいてね~私も小耳に挟んだ程度だけど、大陸各地には幾つか古代文明に関する遺跡があるらしく、発掘していくとごく希にその当時の歴史を記した遺物が見つかることがあるみたいよ」


 エーディロットの説明にアルメアが補足を入れる。 この二人、幼い頃のアルメアが好奇心からか周囲の目から逃れて一人森に入ってしまった際に、湖畔で水を飲もうとして足を踏み外した挙句に溺れていたエーディロットを見つけて救い出したことを機に仲良くなった友人同士である。 戦争中はアルメアの方から時折エーディロットの住処である森を訪れてお互いの意見を交わす間柄であったものの、一年前の敗戦を機にエーディロットの身を案じたアルメアの勧めに従って身を隠していたらしい。

 そんな彼女が呼ばれてもいないのになぜ「ゆきかぜ」を尋ねることにしたのか、傍から黙ってやり取りを見ていた森村の脳裏に疑問が浮かび上がる。


「一万年前、私共の国がこの世界に転移した際には既に文明が崩壊しており荒廃した大地に幾つかの史跡が残るのみでした。 その文明を謳歌していたと思われる人々の子孫はそのような中で大地から出される毒と飢餓によって堕落し、僅かな食料を奪い合うという愚かな生き物に成り下がっておりました」

「だから家畜として保護したと?」

「はい、争い合うことを知らぬ私共は自愛の精神から彼らをどうやったら救うことができるのか協議したものの既に言葉すらも失っていた手前、家畜のような扱いをするしか方法が無いと判断しましたが、それが間違いでした」


 昔を懐かしむエーディロットの言葉。 最終的に反乱を起こした人間の手によって彼女を除く一族は殺されてしまったものの、その件に恨みを抱くことなく自らの失態として受け止めているその姿こそ、連合王国の国民達から神として崇められている一面でもあろう。

 

(ガリバーが人間を嫌悪するようになったのも当然だな)


 エーディロットの言葉に森村は心を揺り動かされてしまう。 自分達の世界もまた、平和を是としておりながらも実際は第二次大戦の戦勝国によって力による支配を強いられており、敗戦国である日本やドイツが平和を願って国連に大金を支払っておりながらも、未だに戦争当事国として悪者扱いされた挙句に常任理事国にすら入れてもらっていない現状があった。

 結局はどの国も自国の利益しか考えていなかった現状と比べれば、見返りも求めずただ可哀想という理由で人間を保護してくれたフウイヌム達の方がよっぽど高貴な存在と感じられるのは当然の流れだろう。   



「ふう...今日は色々ありすぎたな」


 時刻は夜9時頃、会食を終えた森村は一人艦長室で感慨にふける。 

 村を襲っていた帝国軍の艦隊を海賊として討伐を決意して以降、なし崩し的に帝国軍と戦闘を繰り広げた自分は本来ならば何らかの処分が下る筈であった。 しかし、邪神との戦いによって外務省職員である緒方や護衛艦隊司令である鳴瀬だけでなく、同行してきた岡田の脳裏にある危機感が芽生えたことによって事態が一変してしまった。


 異世界の存在は日本にとって大きな驚異であると......


 アルメアの言葉が正しいのなら日本は近いうちにこの世界に転移することになるだろう。

 しかし、多くの資源を輸入に依存しているこの国が異世界において自力で生きていく方法などない。 なし崩し的に隣国との貿易や資源開発に向かわなければならないものの、ドラゴンや魔法だけでなく、自分達と同じように他所の世界から転移してきた驚異とも戦わなければならない。

 総理をはじめとした政府首脳は何とか日本の転移を避けたいと考えているのかもしれないが、エーディロットの知識をもってしてもそれを避ける手段は見つからなかった。

 このまま何もあがけぬうちに異世界に転移するのもどうしたものか......


「副長、入ります」


 ドアをノックする音と共に部屋に入ってきた綾里。 呼び出した訳でもないので突然の来訪によって森村の心拍数が一気に上昇してしまう。 


「な、何か用かね?」

「......」


 艦長である森村を前にして彼女は懐の中から一枚の封筒を取り出して机の上に置く。


「中を見てください」

「あ、ああ」


 勧められるがまま、海上自衛隊の文字が記された封筒を開けると中から複数の写真が見えたのでひっくり返して机の上に並べてみる。

 その写真は一人の女の子を主軸にしているようで、生まれたての赤ん坊の頃から幼稚園児、小学校の入学式など成長の過程が映し出されており、時折母親であろう女性の姿も写っていたがその顔を目にした瞬間、ガタガタと写真を持つ森村の手が震えてしまう。


「君の娘なのか...」

「...はい」


 生まれたての赤ちゃんを笑顔で抱く女性。 小学校の入学式の時には制服姿で立ち会う姿も写っており、写真の中には体験公開の時に幼い娘を乗艦させて笑顔を見せている姿もあった。


「...君は結婚してたのか?」


 苗字が変わっていない手前、森村は綾里が独身を貫いていたと勘違いしていた。

 しかし、彼女がここに来た目的は娘の写真を見せびらかしに来た訳ではなく、森村にある事実を突きつけるつもりであった。


「あなたの娘です」

「え?」


 一瞬で凍りついた空気。 心なしか艦長室の室温が一気に下がっている気配もする。


七海ななみと名付けました。 今年で高校2年生です」

「えーーーーーー!!」


 艦長室に響き渡る森村の声。

 そう、綾里は森村に捨てられたあと、未婚の母として一人彼の娘を出産していたのである。


「普段は実家にいる母に育ててもらっております」

「な、なぜ今まで黙ってたんだ!!」

「...父の命令です。 私を捨てたあなたのことを心底憎んでおりまして、愛する孫を引き合わせたくはないと」

「だ、だからって何で今更伝えてきたんだ!?」

「あなたの姿を間近に見て考えを変えました」


 綾里の実家は日本海軍時代から代々海軍軍人を輩出してきた名家であり、その中には将官クラスにまで上り詰めた者も数多くいた。 海将であった綾里の父もまた、自身の子供にも海上自衛隊に入隊して欲しいと願っていたのだが、妻との間には女の子しか生まれなかった。

 最後の子供ですら女の子であったことに喜びを見せつつも内心でガッカリする父親を前にして長女であった彼女は意を決し、自分が父親のあとを継ぐと公言してしまう。

 当初、父親を含む周囲の人々はそれがただの冗談だと思っていたが、彼女が努力の果てに商船学校を経て難関であった防衛大学校への入学を勝ち取ったことにより事態が一変する。 

 女性でありながらも強いリーダーシップを発揮して防衛大学校を主席で卒業し、幹部学校では森村でさえ避けてきた恩師の帯刀組の中でトップの成績で卒業した。 一族の中で最高クラスの成績を上げた娘の活躍ぶりに彼女の父親は歓喜し、周囲の教官達や幹部自衛官達のおだてもあってか当時の綾里は自身が気づかぬうちに天狗になっていた。

 

 しかし、遠洋航海実習で練習艦「かしま」に乗り込んだことにより事態は一変する。

 綾里を長として海曹士を部下につけて訓練を実施したものの、何度やってもうまくいかなかったのだ。 初めて艦に乗るクラスメイトであった実習幹部達の動きもさることながら、もともといた乗員達との意思疎通が図れず、険悪な空気を生み出していた。

 訓練だけでなく彼らは各国で実施されるレセプションの役員やそれに伴う整備作業や準備に神経をすり減らしていた上、実習幹部の食べた食器まで洗わされる現状。

 居住環境も悪くてすし詰めの状態で幕僚達の細かな指摘にこたえてきた手前、横柄な態度を取るものが多くいたこともあった。 プライドの高かった綾里はある日、そんな彼らのうちの一人の胸ぐらをつかみ、喧嘩腰になってしまった。


 乗員対実習幹部という一触即発の状態の中、当時その艦で応急長をしていた森村の登場で事態は一変してしまう。


 彼は主席の肩書きを持つ綾里を叱りつけ、身を張って関係改善に尽力するように言った。

 彼の気迫を前にして、横柄な態度をとっていた乗員達も一気に身をこわばらせ、最終的には和解という形でお互いの手を取り合うようになる。

 綾里は当初、森村のことを憎み、深夜に甲板上に呼び出して海に突き落としてやろうとも考えていたこともあった。 しかし、月日が経つにつれ森村の背中を見てくうちに父親にはなかった魅力にとりつかれ、徐々に距離を縮め始めてしまい、最終的にはお互い愛し合う間柄にまで発展してしまった。

 森村が彼女の前から黙って去っていった際、裏切られたという気持ちで一杯になってしまうも、その後に配属された部隊で彼の子を妊娠していたことが発覚したことにより、シングルマザーになることを決意して娘を育てつつも彼に負けない艦長になることを目標としてきた。


 だが、艦長になる前の決意として今度は彼の部下として「ゆきかぜ」に乗り込んだものの、以前会った時と変わらぬ彼の姿を見ていくうちにいつしか裏切られたという気持ちは薄れていき、森村の艦長としての魅力に魅入られてしまった。 

 それ故に父親の反対を覚悟して娘がいることを打ち明けて写真を見せたのである。


「明日の会談...王女を再び日本に招待するそうですがその際、時間が空いたら娘に会って頂けませんか?」

「俺のことを話してるのか?」

「いえ、帰国したら伝えようと思っています」


 綾里はそう言い残して部屋を出ようとするも、突然森村に手を掴まれてしまう。


「待ってくれ、あの時、俺は別に君を捨てたわけじゃない!!」

「え!?」

「君はあの時、俺と結婚したいと言ってた。 しかし、そんなことをすれば君はお父さんの期待に応えることができなくなる、だから...」

「じゃあ今まで独身だったのも...」

「君のことを忘れてなんかない!!」


 森村はそう言いながら綾里の体を強引に抱きしめる。 突然の行為を前にして彼女は言葉が出ずに呆然としてしまうも森村の心臓の鼓動を感じた瞬間、凍りついていた心が一気に溶け始めると共に頬をほころばしてしまう。


「真司さん......」


 森村は決して自分を裏切ったわけでないことを実感し、綾里の目から涙が零れ落ちてしまう。

 再び愛し合うようになった二人、それを前にして一人の少女が気づかれないようにソロリソロリと静かに部屋から出る姿があった。


「鹿島の言うとおり、やっぱりデキてたんだ......」


 先程までのやり取りを全て見ていた雪風はニヤニヤしながらレジーナの所へと向かうのであった。 

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