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第2話 王国の影

 フィリアからレジーナの出生の秘密を聞かされたあと、守は広澤に誘われて飛行甲板に出ていた。

 格納庫ではヘリを整備する整備員達の姿が見られ、搭乗員である蒼井達もまた彼らとともに細かな調整に立ち会っており、その隅ではニケとミケ、ミーナが退屈そうに眺めている光景があった。


「海野、お前は『ダンテの神曲』や『ガリバー旅行記』を知ってるか?」

「えと...それらってあの世への旅や小人の世界へ行った話ですよね」

「実はな、その話は実際に体験したのではないかと言われているのさ」

「え?」

「日本の『竹取物語』もそうだが、当時の人々にしては中々SFとしてのセンスがありすぎるって話でな、江戸時代には妖怪の世界に攫われた少年の物語だってあるんだ」

「ちょっと信じがたいですが...」

「でも実際問題、こうして異世界に渡っちまってるんだからそれらの物語にも何かしらの関連性があるかもしれんぞ」

「まあ、ドラゴンが飛んでるのを見てたらそう感じるのも無理はないですね」


 アルメアの言うとおり、自分達が信じてないだけで地球でも過去に何度かエリアゼロのような現象はあったのかもしれない。 異世界を体験した人々はいくら言っても他の人には信じてもらえないと諦めている手前、敢えて創作上の物語として伝えている可能性もあるのではないかと広澤は推測していた。


「人というものは周りがなんと言おうと自分自身が実際に見たものでなければ信じない傾向があるからな、何らかの形でその入口が閉じられてしまえば確認する手段もないからフィクションとして扱われたんだろう」

「じゃあ日本が転移しない可能性もあるってことですか?」

「どうだろうな」


 結局自分達がいくら推測したところで答えは見つかりそうもない。 二人はそう語り合いながら飛行甲板に出て外を眺める。 周囲には「いずも」を旗艦とする護衛艦隊が錨を降ろし、時折上空には近衛部隊の兵士を乗せたグリフォンの姿も見える。


「この世界の神って奴がいるならそいつは相当な物好きかもしれないな」

「先輩、あれ...」


 感慨深く語る広澤を前にして守が震える手で指さした先には猛スピードでこちらに突っ込んでくるグリフォンの姿があった。


「やべ、奴だ!!」

「何でこっちに来るんですか!?」


 二人は慌てて格納庫に走り出すも、リオンは恋敵の相手である広澤を逃がすまいと格納庫の中にまで入り込んで来た。 


「キエエエエエ!!」

「何だこいつは!?」


 昨日の夜、名残惜しくもフィリアの命令に従って大人しく自身の住処に戻った筈だったが、広澤に対する敵意が再燃したのか蒼井達の声もお構いなしに雄叫びを上げながら彼を追い回す。

 今度こそフィリアを取り戻す気があったのか一緒にいた守までもが巻き込まれ、二人して格納庫の隅に追い詰めれててしまった。


「何でこんなに怒ってるんですか!?」

「こいつに聞いてくれ!!」

「クルルルル!!」

『何をやってるのです?』


 リオンがトドメとばかりに口を大きく開いて二人に噛み付こうとした瞬間、彼の背後から奇妙な声が響き渡り、動きが止まってしまう。


『私はあなたに連れて行って欲しいとお願いした筈ですよ』

「クルルルル......」

『あなたの焦る気持ちも分かりますが今は一大事です、私怨は抑えなさい』

「クルルル」


 背後からかけられた声に従い、リオンは渋々と飛行甲板へと下がり始める。


『申し訳ありません、どうしてもあなた方とお会いしたかったので彼に頼んで連れてきてもらいました』

「「フニャアア!? あなた様がなぜここに!?」」


 リオンの背後から現れた声の主。 その姿を前にしてヘリの影に隠れていたニケとミケ、ミーナは驚きの声を上げると共に平伏せてしまう。


「う、馬が何でこんなとこに...」

「海野、こいつはただの馬じゃないぞ!!」


 二人の目の前に現れたのは銀色の体毛を持つ馬であった。 エルフやドラゴン、獣耳娘を見ている手前今更驚くことでもない気もするが、猫耳娘達のこれまでにない反応を前にして守はただならぬ相手であることを実感する。

 その一方、隣にいる広澤には心当たりがあったらしく、その馬に近づくとともに口を開く。


「まさか実在してたなんて...」

『やはりご存知の方がいましたか』

「先輩、どういうことですか?」


 状況の掴めない守に対し、広澤は今まで見せたことのない震えとともに口を開く。


「あのガリバーが出会ったと言われているフウイヌムが実在してたとは」 

『再び彼の名を聞くとは...どうやら無事に帰れたみたいですね』


 フウイヌムとはガリバー旅行記の最終章において高い知能を持ちつつも冷静で優しく、仲間を大切にする馬の国の住民と言われている。

 子供に教えられている童話と違い、最終章において仲間に裏切られて孤島に置き去りにされたガリバーは彼らの高貴な思想に感化されて永住を望むもヤフーと呼ばれる人間に似た愚かな生き物に似ていることから拒絶され、母国イギリスに帰されることになったという。


『彼はどうなりましたか?』

「...人間不信に陥った挙句妻子と別れて静かに暮らしました」

『彼のためにと思って追放したのが裏目に出てしまいましたか』

「しかしながら、彼の体験談は多くの人々の教訓となっており、今日の政治学の確立に大いに役立っております」


 守だけでなく、広澤にも彼女の言葉が理解できておりここまでの流れから察するに外見はどこにでもいそうな馬に見えるものの、その存在はこの世界において高貴な存在として扱われているようだった。


『再び彼の世界と繋がることになるとは思いませんでした』

「過去にも同じ現象が起きたんですか?」

『ええ、当時は私共のいる国の傍に開いておりましたが彼を祖国に送り返した途端に消えてしまいました』

「では今もあなたの国は存在してるんですか?」

『...いえ、私共の国はヤフーによって滅ぼされました』

「え!?」


 それは広澤にとって予想外であった。 ヤフーと呼ばれる存在は協力し合うことを知らず、自分勝手な醜い存在として伝えられている手前、フウイヌムが滅ぼされるなど想像ができなかった。


『3000年前、ガリバーを送り届けたあとに彼の影響で高度な知能をつけたヤフーが現れました。 それは宗教というものを駆使して他のヤフーを纏め上げて私共に対し反乱を起こし、戦うことを知らない私達は彼らの力に屈し、私を除く仲間は皆殺されてしまいました』

「ガリバー旅行記は300年前の話ですよ!?」

『どうやら時間軸に差があったみたいですね。 その後、この世界は幾つかの土地が転移して大きな大陸を形成して何度となく異なる世界の民族同士で争い合ってきました。 私はそんな中で、亜人として蔑まれていた人々の国々を周って知り得る知恵を分け与えていきたことから、今では精霊信仰の象徴として崇められております』 

「嘘だろ......」


 予想外の大物ゲストを前にして守は言葉を失ってしまう。

 普段から広澤という男はおとぎ話そのものを「虚偽にまみれている」と非難する傾向があったものの、守にとっては「良いお話」が台無しだという感覚で聞いていた。

 しかし、現実はというと広澤の言うとおり、おとぎ話の類というものは原作を読み明かすと総じて「幸せに暮らしました」という展開では終わっていない。 寧ろ、あまりにも悲観的な内容でとても子供に聴かせる内容でなかったりもする。


『この姿では都合が悪いので姿を変えますね』


 そう呟くとともにフウイヌムの周囲が光に包まれるとともに、その中から一人の女性が姿を現す。 外見は人に似つつも銀色の長い髪と馬耳を持ち、馬の尻尾をお尻に生やしたその姿。 

 自己主張の象徴とばかりの大きな胸を持つ彼女を前にして守は言葉を失うとともに鼻血を吹き出してしまった


「ブーーーー!!」

「海野!?」

「すみません、どうやら刺激が強すぎたみたいですね」


 美女の裸体を前にして抗体のない守は顔を真っ赤にして膝まづいてしまう。


「服がなかったんですか!?」

「......忘れてきました」 

「エーディロット様、衣服をすぐにご用意します!!」


 自らが裸であることに失念しつつも、猫耳娘達に丁重にもてなされたこの女性。 どこか抜けているところがあるものの彼女こそ、連合王国内の国民にとって信仰の対象となっているフウイヌム最後の生き残りであり、この世界随一の賢者でもあるエーディロット・デリア・フウイヌムであった。


 飛行甲板が大騒ぎになっている一方で、特別公室では部屋着に着替えたレジーナがアルメアと向かい合う姿があった。


「言われた通りここには私しかいないわ」

「う~ん、嘘はダメよ、レジーナちゃん。 ソファーの後ろにいるんじゃなくて?」

「!!」


 アルメアの読み通り、ソファーの後ろから艦魂である雪風がのそのそと姿を現す。

 高位神官の家柄であった彼女もまた、精霊が見える体質だった訳だ。 


「あらあら、可愛い精霊ちゃんね~食べちゃいたいくらい」

「......」

「あなたの趣味に付き合うつもりはありません。 宰相の件、承諾してくれたのには感謝しますが何故そこまでの情報を隠してたんですか?」

「まあまあ、落ち着きなさい。 これから話す内容は日本政府の人間に知られると何かと問題があるからね」


 アルメアはそう言いながら椅子をもう一つ並べて雪風に席に着くよう勧める。


「精霊さんなら立会をお願いしてもらうわ」

「......」

「お仲間が殺されたのは分かるけどそう怖い顔をしないでよ~」

「何この女? 気持ち悪いんだけど」

「雪風、今は黙ってて頂戴...」

「言っとくけど私達艦魂には死という感情は無いわ。 私が知りたいのはあの邪神のことよ、あれの正体は一体何なの? 何で地下で大人しく封印されていたの?」


 彼女達艦魂にとって自身の死は恐れるものではない。 海上自衛隊という組織が出来て以降、これまで事故や戦争で沈んだ艦船は存在せず総じて天寿を全うして標的となって沈められるか造船所で解体させられている。

 寧ろ雪風を救うために自ら盾になる形で邪神と戦って沈んだ山雪は彼女達にとって誇らしいものであった。 にも関わらず雪風がアルメアに対する敵意を隠せないのには彼女が現在の状況を楽しんでいる節があるからだ。

 

 戦いは決して遊びではない。 だからこそ国際的なルールや取り決めが存在している。


 戦闘艦として生を受けた彼女達であったが、戦うからにはそれ相応の理由が必要となる。

 今まで彼女がレジーナに協力してきたのも一重に日本の国益に繋がるものだと考えた故での決断である。


「さっき私達の先祖がこの地に楽園を作ろうとして上陸したのは話したでしょ? その際に困った問題が発生しちゃったのよ」

「それが例の邪神だと?」

「ええ、元々異世界にあったこの地の支配者として君臨してたんだけど~戦う相手がいなくなったもんだから私達の祖先と取引しちゃったのよ~。 強き相手が現れるまでに定期的に生贄を捧げるとね...」

「生贄!?」

「ええ、これはこの国の黒歴史だけど百年前までは毎年神の食事として何人かの生贄を捧げてたみたいよ。 まあ、その多くが犯罪者だったから後ろめたさはあんまりなかったみたいだけど」

「ちょっと待って、じゃあここ百年は誰を生贄に捧げてたっていうの!?」

「...帝国軍の捕虜よ」

「!?」

「ジルベルトはそれを公にしたくがないために帝国に恭順して隠してたってことよ~。 まあ、先代のあの人が国王になってからは封印を厳重にして一切の生贄を捧げさせなかったけどね」


 その言葉を聞き、レジーナは内心で父親がそのような闇に加担していなかったことに安堵してしまう。 


「神話のとおりなら例の神はあの程度の実力ではないはず、恐らく生贄がなかったもんだから力が弱ってたのかもね」

「......何故その情報を」

「何故って? 勘違いしてるみたいだけどジルベルトはレジーナちゃんが思うほど無能な男ではないわよ」

「嘘よ!!」

「嘘ではないわ、生贄がない手前あれの封印はもともと危うかった。 だからこそあなたが連れてきた「ゆきかぜ」の力を前にして賭けに出たのよ」

「なんでそこまで庇うの!? あなたは帝国軍の下で幽閉されていたんじゃないの!!」

「そうよ、ふざけたこと言うんじゃないわよ!!」

 

 予想だにしない言葉を前にしてレジーナと雪風は二人して立ち上がるとともにアルメアを睨みつける。


「私って女の子にしか興味ないでしょ? モーヴェ教は同性愛を禁じてるもんだから表立って愛し合うことができないのよねえ~」

「幽閉されたのはあなたの意志だって言うの!?」

「まあね、おかげでゆっくり楽しませてもらったわ~」


 最早呆れてものが言えなくなり、レジーナと雪風は呆然としてしまう。

 アルメアは政治家として有能な反面、自身の欲に忠実で気ままな生活を好む一面があった。 冷たい空気が流れる中、ドアをノックする音と共にジルが真っ青な顔をして駆け寄ってきたことにより事態が一変する。


「大変です、エーディロット様がお会いしたいと!!」

「え、どういうことなの!?」

「あらあら、久しぶりにお会いするわね~」


 レジーナと違い、アルメアはジルの言葉に対し驚くことなく微笑みをこぼすのであった。

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