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エピローグ 形式上の母 

 海側の市街地とは正反対の王宮から離れた場所に一件の邸宅があった。 貴族が所有しているものなのか邸宅内の庭はよく手入れされており、石畳の歩道の脇には所狭しと色とりどりの薔薇の花が植えられている。

 しかし、その一方では過剰とも言えるほどの帝国軍兵士達の姿があり、王宮で戦闘が繰り広げられた影響で物々しい空気を醸し出している。


「あらあら、大変なことになってるわね」


 邸宅内の貴賓室の窓に佇む一人の女性。 特徴としては切れ長の細い瞳と腰まで伸びる金色の長い髪を持ち、レジーナと同じ細長い耳を持っていることから彼女と同じエルフ族であることが伺える。

 彼女は「ゆきかぜ」の攻撃に合わせて護衛艦隊から放たれた対艦誘導弾の一斉射を受けた影響で崩れゆく邪神を目にし、驚きの言葉を漏らす。

 

「生きてるうちに神が死ぬ姿を見れるなんて思わなかったわ」


 軟禁されて早一ヶ月。 それなりに不自由のない生活を送れてこそいたが外出を一切許されず、毎日花と戯れている日々に彼女は言いようのない退屈を覚えていた。

 

「何が起こったんでしょうね~」

「王宮が崩れてしまったというのに楽しそうですね」


 彼女の背後から一人のメイドが現れ、紅茶を注いだばかりのティーカップを手渡す。


「だってそうじゃない? 戦争に負けてからというものの、暗い話題ばかりしか耳に入らないんだから退屈しちゃうじゃないの~」 

「お戯れはよしてください、今は大変な事態なんですよ」

「いいじゃない~それともここにいることに不満を感じてないの?」

「そ、それは...」

「あ、分かった、メルダちゃん。 あなたはここの生活が楽しいのね」


 彼女はそう言いながらメルダと呼ばれたメイドの頬に手を当てて、顔を近づける。


「フー」

「ひゃん!?」


 突然耳元に息を吹きかけられ、少女は顔を赤くして肩に力が入ってしまう。


「昨夜は楽しかったわね~」

「え...はい...」

「あなたにとっては夢のような時間でしょうね」

「...はい」

「大丈夫よ、私がどこに行こうともあなたはいつも一緒だからね」


 愛するメルダを安心させたいのか彼女はゆっくりと唇を近づけ始める。

 これから起こることを予想してか、メルダの方は怯えることなく目をつぶり、頬を染めつつもその唇を受け入れようとする。 しかし、お楽しみの時間は突然起きた銃声と爆発音によって遮られることになる。


「グオオオオオオ!!」


 薔薇の花で彩られた庭ではベアティのクレイモアによって複数の兵士達が切り払われ、花々が赤く染められ、その空いた隙間からは同行した特警隊員達が銃弾をお見舞いして辺りを血に染めていく。 


「こっちだ!!」


 フィリアとセラピアの案内で安藤は目的の部屋にたどり着くと静かに扉を開ける。

 日も暮れ始めたこともあり、室内は薄暗く3人は注意深く辺りを見回すと突然頭上から一人の少女が襲いかかってきた。


「く!?」


 彼女の両手には刃先がギザギザに加工された短剣が握られており、フィリアは辛うじてその一方を警棒で受け止め、もう片方の短剣を持つ腕を蹴り飛ばそうとするも、少女は器用に身をよじらせて躱す。 


「離れて!!」


 セラピアが光弾を投げつけるも少女はそれを短剣で弾き返し、床に片足を着いた瞬間にジャンプして後ろに下がっていく。

 安藤が9ミリ拳銃の銃弾を送り込むも、彼女は傍にあったテーブルを押し倒して姿を隠してしまう。


「鉄板が入ってるのか!?」


 そのテーブルには鉄板が内蔵されているらしく銃弾は貫通せずに弾き返されてしまう。 


「何者なんだ!?」


 そう言いながら彼が新しい弾倉を交換しようとした瞬間、テーブルの裏から少女が姿を現すとともにフリスビーのごとくお盆を投げつけてきた。


「うお!?」


 三人は間一髪でそれを回避するも一瞬の隙が生まれてしまう。

 少女はそれを見逃さず、一気に駆け寄るとともに一番戦闘力の高いと見た安藤の喉元に短剣を突き刺そうとする。


「グ、だが、これで殺れる...」


 間一髪、左腕を犠牲にして安藤はその短剣を受け止め、一瞬だけ動きを止めた少女の身体に銃口を向けて引き金を引こうとする。

 

「そこまでよ、メルダ!!」


 その言葉を合図に安藤を殺そうとしていた少女の身体から殺意が消え、飛び上がって後ろに引き下がる。 それと同時に室内のベッドの下からズルズルと一人の女性が姿を現し、一同の前で立ち上がって口を開く。


「思ってたよりも早かったわね」

「アルメア様、お久しゅうございます」


 目当ての人物を前にし、フィリアとセラピアは膝をついて忠誠を見せる。 

 

「いきなり部屋を開けたのは無礼だけど許してあげるわ。 さあ、私を助けるよう指示をしたのは誰かしらね~」


 メルダの頭を撫でながらアルメアは微笑みかける。 その表情から軟禁生活にも飽きてきた手前、奇妙な姿をした客人を連れた二人を前にして好奇心を抱いているようにも伺える。


「...レジーナ様です」

「え? うっそ!? あの娘が!?」

「はい、あなた様が必要だからこそお迎えにあがりました」


 その瞬間、アルメアは口元に手を当てて大きな笑い声を響かせる。


「アハハハハ、傑作じゃないの!! いいわ、私を連れてって頂戴、話を聞くだけでも面白そうだしね」


 レジーナ達が「ゆきかぜ」に帰って程なく、飛行甲板にフィリアの操るグリフォンが着艦する。

 グリフォンにはフィリアの他に二人の見慣れぬエルフの女性が乗っており、その姿を見た瞬間フィリアを迎えに来ていたジルの口から驚きの言葉が漏れる。


「お姉ちゃん!?」


 アルメアと共について来たメルダと呼ばれている少女、彼女は戦争で両親を失っていたジルにとって唯一血のつながりのある姉妹であった。


「ジル、死んだと思ってた」

「何でアルメア様がここに来たの!?」

「姫様の指示だ」


 ジルの疑問に対し、フィリアが口を挟む。


「姫様は王位を継承なさるにあたってアルメア様を宰相として迎えることにしたのだ」

「あら? 私はまだ返事をしてなくってよ?」


 アルメアはそう答えるとともにメルダの肩に手を置くとともにジルを見つめて口を開く。


「今回の騒動の原因があなた達だなんて思いもしなかったわ。 いつの間にかこんな戦力を連れてくるなんてね」

「...姫様はすぐにはお会いできませんが」

「なら待たせて頂くわ、その間お相手してもらえる?」


 その言葉が出た瞬間、ジルの背筋に冷たいものがひた走る。

 アルメアはレジーナの父である前国王の正妻として君臨していたのだが、明るく社交的な性格で良妻賢母として国民に認知されている反面、王宮の間では好色家としても知られており特に同性の少女に目がないことで知られている。

 

「ジー」

「あら、ごめんなさい、メルダちゃんをからかっただけよ」

「プー」


 頬を膨らませて顔を背けるメルダを前にしてアルメアは目を細めて機嫌を伺い始める。

 その姿を前にして、フィリアとジルはお互いの顔を見合わせるとともにため息をついてしまう。


「良いんですか?」

「仕方がない、ジルベルトを追い出したところで私達には政治的後ろ盾が何もないからな」

「実の娘でもない姫様に協力してくれるんですか?」

「こう見えても彼女は和平に関しては反対していた。 帝国と決別するという共通の目的があるのなら可能性はあるかもしれない」


 二人には聞こえないように小声でそう語り終えた瞬間、メルダの機嫌が治ったのかアルメアがこちらに振り返って口を開く。


「ごめんなさい、みっともないとこ見せちゃって」

「いえ」

「あの娘に会えないのなら艦長さんに会わせてもらえないかしら? しばらくお世話になるみたいだしね」



「守、大丈夫?」

「大丈夫、ちょっと疲れてただけだよ」


 医務室では患者用ベッドに横たわる守の姿があり、傍には彼の手を両手で握り締めてしゃがみこむレジーナの姿があった。


「傷は完治してるみたいだけど血液を失ってた影響で貧血になってるわね。 しばらくは安静にして「いずも」にいる医官に診てもらうように話を進めるわ」


 室井(看護長)はそう答えるとともに医務室から出て報告のために士官室へと向かう。

 突然二人っきりになった瞬間、レジーナの目からポロポロと涙が流れるとともに大声を出して守の身体に抱きついてしまう。


「わああああん!!」

「...良いよ、自分で選択したことだし」

「だって...だって...私は守のことを」

「君は悪くないよ、国民を救いたかった一心で行動を起こしたんだろ」

「ごめんなさい!!」


 お互いが素直になった影響からか、レジーナは自身の気持ちを素直にぶつけてきた。

 彼女は王族として生まれた影響からか、ジルをはじめとしたメイド達を除くと素直に自分の気持ちを表現できる相手がいなかった...いや、信用できる相手がいなかった。

 今まで交流のあった貴族や有力者達は皆彼女の機嫌を伺うことに没頭し、彼女を出世の道具としてしか見ておらず王位継承権のない手前、いずれ政略結婚の道具として利用されることを覚悟していた。 しかし、守と出会ったことに彼女の人生は一変することになる。

 彼はレジーナのことを健気に支え続け、時には彼女を一喝して奮いただせようともしてくれた。 銃撃を受けた際も自身の身の安全よりも真っ先に彼女の身をかばい、負傷しつつも邪神との戦いでは共に手を取り合って戦ってくれた。 今のレジーナの脳裏は守に対する感謝の気持ちで一杯であった。


「守、私、あなたのことが...」

「...俺もだ」


 守はレジーナの身体をそっと包み込み、彼女の唇を奪おうとし始める。

 レジーナもまた彼の気持ちを察してか抵抗する素振りは見せず、彼の行動に身を任せる。

 甘酸っぱい空気が漂い始めるとともに唇が合わさった瞬間、興奮したのか守は強引にレジーナの身体をまさぐりはじめ、彼女は「あん」という声を発するとともに押し倒されてしまう。 


「俺、もう、我慢が...」

「良いわ、好きにして...」


 普段とは違い、守は強引にレジーナの肌着の下に手を伸ばして行為に及ぼうとし始め、レジーナもまた彼の気持ちを全力で受け止めようとシーツを握りしめて胸を高鳴らせる。

 しかし、運命のいたずらか二人の間に横槍が入ってしまう。

 

「姫様、アルメア様が来られました」


 突然ドア越しに語りかけるジルの言葉によって良い雰囲気であったはずの二人は我に返り、顔を赤くしてお互いの身体を離してしまう。


「アルメア?」

「...父の正妻よ」

「え...」


 レジーナは乱れた肌着を直すとともに鏡の前に立って自身の姿を確認し始める。


「会うのは父の葬儀以来1年ぶりだけど、今後は彼女の力が必要になるからフィリアに命じて救出させたのよ」

「何でまた?」

「かつてあの女の政治権力はジルベルトと二分するほどのものだったんだけど、帝国との講和に反対したもんだから軟禁されてしまったのよ。 帝国軍がこの地に来てからはその身柄を帝国軍の監視下に置かれてしまってたみたいだけど」


 レジーナはそう答えるとともに身支度を終えて守の前に立つ。


「彼女の力を利用して私はこの国の女王になる、だから...守は夫として協力をお願いしたいの...」

「俺はただの下っ端兵士だよ」

「いいの、守となら何だってやれる気がするし」


 そう言いながらレジーナは自分から守の唇を奪い、頬を赤く染める。 舌を絡ませてはいなかったものの、お互いの味を噛み締めるかの如くその時間は長く切ないものであった。 名残惜しそうに唇が離れた瞬間、レジーナは守の耳元にそっと口元を寄せて口を開く。


「続きはまた今度ね...」

 


 「ゆきかぜ」の活躍によって戦いはひとまず終結し、ビエント王国は帝国の支配から脱することができたものの、国家としての屋台骨は脆くいつ崩壊してもおかしくない現状であった。

 レジーナがどうやって国家を立て直していくのか。 その行方はアルメアという形式上の母親の手によって左右されることになる。 

 ここでようやく第1章の終わりとさせていただきます。

 特殊なジャンルと貧相な表現であるためか評価こそ高くありませんが、多くの方から応援メッセージをいただくことができました(感謝)。

 第2章では帝国の皇帝やまだ見ぬ種族であるドワーフ族が出てくる予定なのと、主人公達の家族にスポットを当てていく予定です。

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