第31話 神を討つ者達
「本当に勝算はあるの?」
「あれは元々この地にいた土地神よ、私達の祖先が大陸を追われてこの地に来た時、あれはこの地で絶体的な存在として君臨していたけど戦う相手を失った現状を前にして自ら眠りにつくことを選んだのよ。 祖先はその眠りを守るためにその地に城を作り上げ王家の間で代々伝承として伝えられることになったって訳」
「姫様には王族特有の力が備わっております。 その力を持ってすれば一瞬ですがあれの力を抑えられるかもしれません」
守の疑問に対し、セラピアが補足する。
もともとこの国の王室は強力な封印術を駆使できる存在であり、その一環として代々神の化身とされる奴の眠りを守ってきた。
王位継承権が無いものの父親から受け継いだレジーナの強大な力を持ってすれば「ゆきかぜ」に攻撃のチャンスを与えられるという算段だ。
「自分で巻き起こした手前、ケリはつけるつもりよ」
「分かった、俺もついてくよ」
「え...」
治療が終わったばかりだというのに守はふらつきながらもレジーナのいるヘリに乗り込む。
「何で驚くんだ?」
「だって、私はアンタを...」
「言ったろ? 君を守るって」
その言葉を耳にした瞬間、レジーナの顔は一気に赤くなり守の視線から顔をそらしてしまう。
「あ、アンタなんか好きでも何でもないんだから!!」
「いいさ、俺は君に尽くすって決めたんだから」
「わ、私って我侭だし、自分勝手で世間し、し、知らずだよ...」
「大丈夫、炊事だって洗濯だって全部俺が面倒見るよ」
「そ、そんなの当たり前じゃない...でもアンタがそんなのやらなくても...わ、私だって出来るんだからね」
急に惚気始める二人を目にして安藤は自分達がこんな年端もいかない少女達に踊らされていた事実を実感し、憤りを感じてしまう。 しかし、そんな彼の気持ちを感じ取ったのか傍にいたベアティは警戒を見せる。
「グルルルル」
「......」
彼の手にはクレイモアが握り締められ、安藤がレジーナに危害を加えぬよう警戒している。
歴戦の戦士を前にして下手な小細工は通用しない。 何かしようものなら躊躇なく自分を殺す気であろう。
「安心しろ、今はあの化物を潰すことが先決だしな」
「グルルルル」
一瞬だけ張り詰めた空気が漂うも、二人は共通の目的のために一旦矛を収めることを無言で確認し合う。
「お、ロクヨンがあるじゃないか」
便乗して乗り込んだ広澤が機内の隅に固定してあった64式小銃を手に取る。
「一応、持ってきたんですけど奴には無理かもしれないっすよ」
「無いよりましさ」
三上の言葉にそう答えつつも、広澤は慣れ親しんだ感触を確認する。
そんな彼の背後からフィリアが申し訳なさそうに言葉をかける。
「裕吾、お前まで行くことは...」
「後輩の尻拭いをするだけさ」
「でも、本来なら私が...」
「気にするな、お前には大切な役割があるんだしな」
「うん、分かった、生きて帰ってきてね」
「俺は約束を守る男だぜ」
「クルルルル...」
仲睦まじい空気を醸し出す二人であったが、フィリアの背後にいるリオンは悔しさを押し込めて唸り声を上げるも、傍にいたセラピアに宥めさせられる。
「お客さん達、振り落とされないように捕まってな」
蒼井の言葉を合図に、守とレジーナ、広澤を載せたヘリはローターが生み出すエンジン音と突風を撒き散らしながらゆっくりと浮かび上がる。
「これからどうするんだ?」
ハンガーを開けたままにしている影響で機内はローター音で騒がしかったものの、レジーナは守の手を引いて蒼井のそばに寄るとともに邪神の方を指差して口を開く。
「奴に真正面から突っ込みなさい!!」
「冗談だろ!?」
音速で飛んでくる対艦誘導弾を掴める触手をウネウネさせて絶賛フルパワーで営業中の奴に速力の遅いヘリで行くことなど自殺行為に等しく、さすがの蒼井も二の足を踏んでしまう。
「私の命令が聞けないって言うの!!」
「俺達はアンタの国の人間じゃねえ!!」
「いいから黙って行きなさい!!」
守が制しているにも関わらず、遠慮なしにゲシゲシとシートを蹴り上げるレジーナを前にして蒼井は腹をくくって操縦桿を倒す。
「後悔すんじゃねえぞ!!」
「機長!? 俺、嫁が妊娠してるんすよ!!」
隣にいる藤本が涙目になって懇願していたが、蒼井は抜群の操縦センスで迫り来る触手の波を右に其れ、下降し、急上昇して器用に躱していく。 無理な操縦をした影響でシート付近の計器は危険な数値や信号を示して警報音を鳴り響かせているものの、蒼井は一切の音を無視するどころか「うるせえ!!」と叫び、あろうことか拳でブザーを叩き壊してしまう。
「整備長に怒られる!!」
「死にたくなかったら黙ってろ!!」
あまりの恐怖に涙を流す藤本を無視し、頭に血が上った蒼井は操縦桿を押し倒して機首を屈め、正面にローターを見せて正面から迫る触手を切り刻んでいく。
「汚れちまったじゃねえかこの野郎!!」
切り裂かれた触手からどす黒い液体が撒き散らかされ、シャワーのように機体正面に付着する。 蒼井はガラスに付いた液体をワイパーで拭わせ、邪神に向けて中指を突き立て「気持ちわりいんだよ!!」と罵声を口にする。
「近づくんじゃねえ!!」
「うおおおおお!!」
機体側面から近づく触手に対しては三上の74式機関銃と広澤の64式小銃が火を噴く。
二人の放った7.62ミリ弾が触手に命中した瞬間、それはどす黒い液体を吹き出すとともに力を失って地面に落ちてしまう。
「ほんと、汚ならしいわ。 こんな物を王宮の地下で飼ってたなんて信じられないわ」
機内でしがみつく守に体を預けつつも、レジーナは皮肉を口にする。
「怖くないかい?」
「アンタが守ってくれるんでしょ? なら問題ないわよ」
出会ったばかりの頃と違い、今の彼女は守に対し信頼の言葉を口にする。
『ホホウ、キョウハナカナカオモシロイモノヲミセサセテクレルナ』
突然脳裏に響く邪神からのメッセージ、それはレジーナだけでなく傍にいた守の脳裏にまで伝わっている。
「あんたなんかに私の国は好きにさせない!!」
『アノオトコトチガッテオマエハユウキガアルヨウダナ...イヤ、タダノコワイモノシラズカ』
「余裕ぶっこいていられるのも今のうちよ、覚悟しなさい!!」
「ちょ、挑発しちゃダメだって!!」
『オモシロイ、ゼンリョクデタタキツブシテヤルワ』
「げえええ!?」
守の絶叫を合図に全ての触手がヘリの四方を取り囲む。
『ヒネリツブシテクレルワ!!』
「ひえええ!?」
「こりゃねえだろ...」
一斉に襲い掛かる触手を前にして一同は死を覚悟し、蒼井はミーナのこと、藤本は身重の妻のこと、三上は双子の猫耳姉妹、広澤はフィリアのことを思い起こしてしまうも、触手が接触しようとした瞬間、バチバチという音と共に焼き切れてしまう。
「祖先より伝わりし我が精霊の力を持ってして命じる、我に危害を加える者を拒絶せよ......」
「レジーナ!?」
守が振り返ると機内で跪き、朝の祈りと同様に手のひらを胸に当ててブツブツと言葉を続けている光景があり、彼女の周囲には眩い輝きを放つ小さな光の球が漂っている。
「精霊の加護のもと、我にまとわりつく悪魔よ、我はお前の存在を許さぬ」
『オノレ...アノチカラヲツカエシモノガマダイタカ...』
メッセージからしてそれまで強気でいた邪神が初めて舌打ちを見せているようにも感じられる。
王位継承権こそなかったが、父親から脈々と受け継がれたレジーナの力。 それはかつてこの地を乱していた神々を制するキッカケとなった物であり、魔力によって身を固めていた邪神にとって相手に触れることの出来ない厄介な秘術でもあった。
「邪神よ、我が祖先に代わって命ずる、この世から去れ、我の前に現れるな」
『フレラレナイノナラ...』
何かを思いついたのか、邪神は残った触手を地面に垂らすとともに付近にあった瓦礫を掴む。
『クラエ!!』
触手を器用に操り、奴は手にした瓦礫をヘリに向かって一斉に投げ始める。
「危ねえ!?」
蒼井は操縦桿を右へ、左へと器用に操作して瓦礫を躱していく。 機内では広澤と三上が振り落とされまいとしがみつく中、詠唱に集中しているレジーナを守が必死で支えている光景があった。
『スバシッコイヤツメ、コイツハサケラレマイ...』
しびれを切らしたのか、奴は複数の触手を束ねて王宮の残骸の一部であろう巨大な塔を抜き出す。
「やばいなコイツは...」
「みーちゃん、ごめん!!」
ヘリをも超える大きな瓦礫を前にしてさすがの蒼井も苦言を漏らし、藤本は妻の愛称を叫んでしまう。 しかし、それが投げ出されようとした瞬間、奴の背後から一筋の煙とともに何かが近づいくる。
『グオオオ!?』
突然奴の本体からまばゆい光と大きな爆発音と共に巨大な炎が生み出され、触手によって持ち上げられていた瓦礫が地面に落とされる。
「や、やった...」
「成功だ、とっとと逃げるぞ!!」
作戦成功を実感し、蒼井は機首を反転させて一目散に邪神から離れ始める。 その直後、トドメとばかりにレークス島の影から「ゆきかぜ」が再び姿を現し、主砲を旋回する。
『目標命中!!』
「よし、このまま奴に残りの砲弾をお見舞いしろ!!」
奴がレジーナに集中しているうちに森村は綾里に命じて島影からSSMを発射させ、それは遠回りに大きくカーブを描いて奴の背後へと忍び寄り、致命的な一撃を与えることに成功したのである。
「こいつはお釣りだ、遠慮なく受け取れ!!」
『打ちい方始め!!』
加納の言葉を合図に、爆炎が立ち込める邪神に向けて「ゆきかぜ」の主砲から放たれた5インチ砲弾が容赦なくお見舞いされる。 ダメージが大きかった影響からか、砲弾が当たる度に邪神の本体からは新しいヒビが生み出されていき、時折欠片らしき物が落ちていく光景があった。
『オ、オノレ、コシャクナマネヲ...』
「ホー、ホッホ、私を見くびらないことね」
苦しみの言葉を漏らす邪神を前にしてレジーナの高笑いが機内に響く。
それは先祖代々、王族達を悩ませてきた厄介な代物を始末できたことに満足して気持ちが高ぶってしまったからであり、彼女の目には「ゆきかぜ」から攻撃を受けて崩れゆこうとする邪神の姿があった。
「いてまえ、いてまえ!! 撃て撃て撃て!!」
艦橋上部では雪風が拳を上げて叫び声を上げる姿があり、仲間を殺された悲しみからか言葉に反して目には涙を浮かべている。
「王宮を失ったのはショックだけど厄介なゴミが片付いて大助かりだわ!!」
「すげえ...」
力を失ったのか、邪神のヒビが広がり始めていき塔の部分がぐらりと傾き始める。 その姿を目にし、このまま倒れゆくものであろうと誰しもが実感し始めていくのだが、邪神はまだ意識を残していた。
『コウナッタラキサマラモミチズレダ!!』
奴は最後の力を振り絞り、一本の触手をヘリの尾翼に巻きつけて引き込み始める。
「うわ!?」
「ひ、引っ張られてる!!」
突然の事態に機内は大きく揺らされ、銃を持っていた広澤と三上は二人して壁に叩きつけられて身動きが取れなくなる。
「クソ、なんて力だ!!」
邪神の執念からか、いくら回転数を上げても引き離せない現状を前にして蒼井は悪態をついてしまう。
『ワレヲグロウシタツミ、ツグナッテモラウ......』
最早意識を混濁させている有様であったが、邪神にとってレジーナは最も憎むべき相手であっただろう。 しかしながら、守に体を支えられつつもレジーナは叔父と違って恐怖を口にすることなく、邪神を強く睨みつけるとともに口を開く。
「お前なぞにこの世界を好きにはさせない!!」
「そうだ、俺達は決して諦めねえんだ!!」
守の言葉を合図に二人は無言で向き合い、お互いの決意を確認し合う。 そして、二人はお互いの体から離れ、守は広澤の手から離れて床に転がっていた64式小銃を手に取り、レジーナは74式機関銃にしがみつく。
「「汚物は消毒されてろ!!」」
その言葉を合図にほぼピッタリのタイミングで放たれた二人の銃弾は尾翼に巻きついていた触手の一点に連続して命中し、それは黒い液体を撒き散らしながらビリビリと引き裂かれ始める。
『オ、オノレエエエエエエ!!』
自衛隊において欠陥銃とあだ名された2つの銃、それは不器用な関係である二人の性格にも酷似しているのかもしれない。
しかし、二人の息が合った瞬間、銃と一体となってそれは大きな力として君臨することになる。
「「いっけええええええ!!」」
「やった、引き離せた!!」
二人の攻撃によって触手はプッツンと切り離され、ヘリは一気に速度を上げて離れていく。
それに合わせるが如く、水平線の彼方から複数の対艦誘導弾が飛来し、それは邪神に止めとばかりに命中するとともに紅蓮の炎を生み出させてしまう。
『グオオオオオオオオオオ!!』
それは天をも揺るがす巨大な悲鳴であった。
森村をはじめとした「ゆきかぜ」の乗員達、市街地にいた市民に生き残った帝国軍兵士、その場にいた誰もが邪神の姿に注目すると奴は雄叫びを残すとともに塔の根元から崩れ始め、王宮のあった場所に倒れ込んでしまった。
「終わったのね...」
「ああ」
邪神が崩れゆく光景を機内で眺めている守とレジーナ。 激しい戦闘をくぐり抜けた影響からか、レジーナのドレスはボロボロで顔はススに塗れてみすぼらしくなっていたが、守はそんな彼女を抱き上げる形で床に座り込んでいる。
「これからどうしようかな...」
「そうね、私も家を失ったわけだし」
「じゃあ俺と一緒に住まないか? 今度下宿借りる予定だし」
「ふふ、考えてみるけどジル達も一緒だから広い部屋が欲しいわ」
「え!? 公務員の安月給じゃ無理だよ!!」
「冗談よ、冗談、まだ守と一緒に住むにはやらなければならないことがたくさんあるし」
「そうだな、でも今はこのままで良いだろ?」
「ええ」
お互いの顔を見合わせたあと、二人は黙って唇を合わせる。
初めての時と違い、守の口にはお菓子のような甘味と仄やかな香りが伝わり始め、脳内に心地よい感情が広がり、反射的に彼女の体を強く抱きしめてしまう。
「やれやれ、やっとお互い素直になれたか」
「あ~あ、俺も早く帰ってニャンニャンしたいな~」
「みーちゃん、俺、生きて帰れるよ~」
「静かにしてやれ、良い空気なんだからよ」
愛し合う二人の姿を眺めつつ、機内にいた他の一同は思い思いの言葉を口にしながらもヘリは母艦である「ゆきかぜ」への帰路につくのであった。




