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第30話 神と呼ばれた存在

『航空機が着艦する、関係員配置につけ』


 周囲にいる敵艦が戦闘能力を消失して海戦が一段落したのを見計らい、「ゆきかぜ」の飛行甲板に王宮から民間人を乗せたヘリが着艦する光景があった。 頭上でローターが回転する中、格納庫から現れた飛行科員の手によって機体左右にタイダウンチェーン(ヘリを飛行甲板に固定するための鎖)が取り付けられたのを見計らい、蒼井はハンガーを開けさせるとともに緒方と立花、救出された拉致被害者の順に機体から降ろさせる。

 格納庫上部に取り付けられていたカメラでその光景を確認した森村は、すぐさま機体の燃料補給を命じて残りの人間達の救出に向かうよう指示をするも補給を終えてヘリを再び発艦させた瞬間、見張り員の口から信じられない光景を聞かされることになる。


「艦長、王宮が......」


 艦橋にいる面々が双眼鏡片手に見つめる先には地鳴りとともに王宮の建物を切り裂き、地中から姿を現す巨大な塔であった。 直径20mはあろうかとも思われる球体を頭頂部に持ち、高さ約100mに達したところで成長をやめてしまう。


「つ、通天閣が生えてきた......」


 驚きのあまり口に出してしまった大阪出身の乗員の言葉に対し、艦橋でその姿を眺めていた一同もまた同様の姿を思い起こす。

 姿形こそ彼の言うとおりその塔の形は頭頂部を除けば通天閣に酷似しているものの、真っ黒な全身には血管のような赤い筋が班目に走っている姿には見る者に対し嫌悪感を抱かせるに十分な代物であった。


「何よあれ...気持ち悪い......」


 艦橋の上部で海戦を見守っていた雪風。 艦魂であり、精霊に等しい存在である彼女の目に映るその塔は胸底から湧き出る気持ちの悪さを感じさせてしまう。

 しかも塔の成長が止まった瞬間、彼女の脳裏に聞き覚えのない言葉が響き始める。


『オマエガツヨキモノカ...』

「!?」


 同じ艦魂から聞かされたことのないその声。 老齢に差し掛かった老人の声にも聞こえるが、その言葉には自らに対する好奇心と執着心を併せ持つ禍々しさがあり、それは単純に女性として忌避するものであった。


「あなたは誰?」

『ワレハカミトヨバレシソンザイ...ツネニツヨキモノヲモトム...』

「何を言ってるの? 意味分かんないよ!!」


 頭を振って言葉を紛らわそうとするも、その声は彼女の制止を受け付けず強引にメッセージを送り続ける。


『ヒトノツクリシイカイカラキタソンザイ...ドレダケノモノカ...』


 その言葉が発せられた瞬間、頭頂部の球体下部から無数の根のようなものが地面に突き刺される。

 

『サアワレトタタカエ...イカヌナラコチラカラシカケルゾ...』


「艦長!?」


 その声は雪風だけでなく艦橋にいた森村の脳裏にも響いており、突然の現象を前に彼は目眩とともに倒れこんでしまう。


「だ、大丈夫だ」

「しかし...」

「攻撃しろ...」

「え?」 

「副長、SSMを使え、今すぐにだ!!」


 突然の言葉に驚く乗員達を尻目に、直感で目の前にあるものの危険性を察した彼はCICで指揮を執る綾里に90式対艦誘導弾での攻撃を指示する。 


『SSM攻撃始め!!』


 船体を真横に向けると同時に発射機架台の中から発射されたSSM-1B...凄まじい煙と噴射音を響かせながらブースターにより加速され、噴煙とともに市街地上空を抜けていき、頭頂部の球体へと直進していく。

 しかし、それは命中寸前で爆発してしまった。


「嘘......」


 CICのレーダーには目標に命中する寸前で四散するSSMの姿があり、レーダーでそれを確認した綾里は驚きが隠せずに呆然としてしまう。


「くそ、触手で防ぎやがった!!」


 見張り員の目に映ったのは対艦ミサイルが命中して四散する巨大な触手の姿であり、それは先端部分からブスブスと黒煙を上げるとともに地面に落ちていった。

 そう、先ほど球体から地中に伸びていたと思われていた無数の根は触手のように地面に垂れ下がったあと球体を囲むかの如く上空へと伸びていた。


「音速で飛来するものだぞ...」

「あいつは何なんだ?」


 CIC内では信じられない状況を前にして頭を抱える乗員達の姿が有り、綾里でさえもどうしていいのか分からず言葉を失ってしまう。

 しかし、彼女のヘッドセットでは森村からの更なる指示が飛ばされる。

 

『攻撃の手を休めるな!! 奴はこっちを沈めに来るぞ!!』


 追い討ちをかけるがごとく「ゆきかぜ」の主砲が火を吹き、目標に向けて新たなSSMが発射される光景。

 しかし、主砲の砲弾は球体を貫通せずに弾き返され、対艦ミサイルは触手によって再び防がれてしまう。


「何なんだあいつは!?」


 どこを狙っても砲弾がはじかれる光景を前にして大西は悪態をついてしまう。

 砲塔内では加納が次々と装填作業を急がせてこそいたが、既に20発近く命中していたのに効果が上がらない現状を前にして途方にくれてしまう。


「だから言ったんだ、もっとデカイ大砲が必要だって!!」


 第2次大戦中と違い、対艦ミサイルの登場によって分厚い装甲は意味をなさなくなり現在の軍艦の多くが装甲が薄く軽快性やステルス性を追求するようになり、必然的に大口系の砲よりも小型で発射弾数の多い主砲が主流となっている。

 時代の流れこそ実感していたが、加納自身やはり20センチは欲しいと願ってしまう。


「SSMの残り一発です...」


 CICからの報告を受け、森村は攻撃手段が最後の一手となったことを実感してしまう。

 

『ホホウ、ナカナカデキルミタイダナ...オモシロイ、コチラモテヲダサセテモラオウ...』

「両舷前進一杯、面舵回頭!!」


 森村の言葉に合わせて舵を切った瞬間、船体の脇をかすめて凄まじい熱源が通り過ぎるとともに背後にあったレークス島に着弾してしまう。

 突然球体から放たれたそれは島全体を火砕流で覆い始め、生き残っていた帝国軍兵士達の体を一瞬で蒸発させるとともに巨大なキノコ雲を生み出してしまった。


「何てやつだ...」


 島一つを灰燼にしてしまったその威力を前にして森村は相手が神と呼ばれていた理由を実感してしまう。 


『ホウ、ウンノイイヤツダ...』

「あんた何様のつもりなの!!」

『ツヨキモノヲモトメルダケダ』

「だからって」

『オマエモソノタメニウマレタノデハナイカ?』

「私達艦魂は大切な人達を守るために生まれてきたのよ!!」

『ナラマモッテミセルガイイ!!』


 再び球体に光が集積し始める光景。 それは先程と違ってジリジリと「ゆきかぜ」を逃すまいとしている。


「総員衝撃に備え!!」


 島影に隠れようと艦を走らせていたものの間に合いそうにはない。

 命中を覚悟し、森村は乗員達にどこかにしがみつくよう伝える。 しかし、発射される瞬間、海の果てから飛来した一発の対艦誘導弾が球体に命中し、放たれた光は虚しく「ゆきかぜ」の上を通り過ぎて上空をかすめてしまう。


「副長、何が起こった!?」


 突然の事態に驚き、ヘッドセットを使って綾里に問い合わせると驚きの言葉が戻ってくる。


『「やまゆき」です、長谷川2佐が助けに来てくれました!!』


 その言葉とともに球体に向けて「やまゆき」から発射された新たな対艦誘導弾が飛来し、命中する。

 戦艦大和の砲弾を超えるともされる威力を誇るそれは命中と同時に球体に巨大なヒビを生み出していた。

 奴は「ゆきかぜ」に執着するあまり、はるか遠方の別方向から攻撃を加えてきた「やまゆき」の存在を見落としていたのである。


「在庫処分だ、ありったけのハープーンをお見舞いしてやれ!!」


 「やまゆき」のCICでは長谷川が「ゆきかぜ」援護のために声を上げる。

 老齢艦で数年後には廃艦が決まってた手前、最後のご奉公とばかりに在庫整理の意味合いでハープーンをお見舞いするその姿は元乗員である綾里にとって頼もしさを感じさせてしまう。


『オノレ...コシャクナコトヲシオッテ...』


 既に2発ものハープーンを喰らい、ダメージが大きかった影響で奴は「やまゆき」の方へと光を集積し始める。


「しまった!!」


 森村の言葉も虚しく発射された光は真っ直ぐ「やまゆき」の方へと向かっていく。

 その瞬間、「やまゆき」の煙突と格納庫付近が真っ赤に変色するとともに吹き飛んでしまった。


「格納庫被弾!!」

「後部、火災発生!!」

「煙突消滅!!」

「舵機電源喪失、操艦不能!!」

「傷者発生!!」

「主機排煙不能!!」


 次々と報告される被害現状...飛行科員がいないこともあって死者は出ていない模様だが、格納庫と煙突を消失した影響で艦の速力は一気に落ちていく。


「発電機復旧困難、電源落ちます!!」


 操縦室からそう報告された瞬間、艦内の照明がダウンするとともに電源喪失を伝える警報音が鳴り響く。 


「くそ、総員離艦を伝えろ」

「...分かりました」


 長谷川の命で総員離艦が下令され、救命筏が投下されるとともに多くの乗員達が海へと飛び込んでいく。 電源喪失の手前、艦内の火災を止める手立ては限られており戦闘中の海面に漂うわけにはいかない。 格納庫の被弾よりも一本しかない煙突を失ったことにより「やまゆき」の一切の戦闘能力が喪失されたという訳だ。


「重要物件は捨て置け、負傷者は内火艇に乗せろ、早くしないと次が来るぞ!!」


 最後に包帯の巻かれた重傷者が乗せられたことを確認後、長谷川はそれを手動で海面に降ろさせる。


「君が最後か?」

「はい!!」

「なら飛び込むぞ!!」


 長谷川が最後に部下と海に飛び込んだ瞬間、先ほどと同じ光が「やまゆき」に命中しそれが止めとなって艦の運命を決めてしまう。

 艦首部分に直撃し、その熱風によって弾庫が誘爆するとともに大きな火柱が上がる。

 慣れ親しんだ艦の最後を前にして内火艇に引き上げられた長谷川は無言で敬礼を送り、他の隊員もそれにならって敬礼をする。


「あれだけの攻撃を受けて全員生存していたなんて」

「俺達は何かに守られていたのかもしれないな」


 隊員達がそう口を開く中、一瞬であったが長谷川の目に沈みゆく「やまゆき」の艦橋で敬礼を送る少女の姿が目に映ってしまう。

 一度瞬きした瞬間、その姿が掻き消えてしまったことにより彼の脳裏にある思いがよぎる。


(そうか、俺達は艦に愛されてたんだな)


 その思いをよそに船体が真っ二つに折れて沈みゆく艦の姿を見た瞬間、長谷川の胸底の奥から言いようのない悲しみが湧き出していき、その目から熱い滴が零れ落ちてしまった。


『「やまゆき」沈没、長谷川2佐を含む全ての乗員は脱出したそうです』

「そうか」


 「やまゆき」が時間を稼いでくれたおかげで「ゆきかぜ」はレークス島の影に隠れ、敵から姿を隠すことに成功していたが、森村の脳裏に再び奴の声が響き始める。


『コノテイドカ? ツマラン』


 その言葉に対し、森村は何も応えない。 かなりのダメージを与えていたことは確かであったがこちらの有効な攻撃手段でもあるSSMはあと一発しかない。 このまま応援を待ちたい気もするが警戒を強めている奴にこれ以上の隙を見せる気配はない。 むしろ今の状態が全力であることでさえ伺わしい。

 珍しく考え込む森村を前にして周囲の乗員達はただ見守るしか出来なかった。 しかし、そんな彼のもとに綾里から奇妙な報告がもたらされてしまう。


『艦長、航空機から連絡が入ってます』

「何だ?」

『はい、王女からの提案であれを仕留める方法があると』

「それは確かなのか?」

『あれはそもそも王宮地下に封印されていた代物だそうで王女の力を使えば一瞬だけ動きを抑えることができるかもしれないと』

 

 「やまゆき」が撃沈されたにもかかわらず、綾里の言葉は冷静であった。

 彼女なりに仇討ちをしたい気持ちもあるかもしれないが、他に手段がない手前彼女なりに考慮した筈だ。


「分かった、提案に乗ろう」


 追い詰められた状況であったが仲間の仇を取るため、一同は最後の賭けに乗り出すことになる。

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