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第29話 封印されていた物体

遅くなりまして申し訳ありません、そろそろこの章のラスボス的な存在が出てくる予定です。

 王宮の地下に広がる巨大な空洞...そこには一切の光が入らず、天井には無数の鍾乳石がぶら下がる光景。 生物の痕跡が一切感じ取ることのできないこの場所は王宮内でも代々限られた者のみが知ることが許されていない機密が隠されている。

 しかし、今この場所にはランプや松明片手に進む奇妙な一行の姿があった。


「まだかのう?」 


 金糸を縫い込まれた高価な司祭服を身にまとい、自身の配下である神官兵を周囲に置きつつヴァリエは前を行くジルベルトに声をかける。

 彼は背後にいる兵士の剣に怯えつつも、震えた口調で口を開く。


「わ、私は...ち、父から...き、聞いただけだ。 く、詳しいことは知らん」

「ならこのまま地上に戻るか? あの女はお前のことを心底恨んどるから殺されることになるがな」

「う、そ、それだけは...」

「なら黙って案内せい」


 地上の戦闘が激化の一途をたどる手前、自分たちの置かれている状況は悪くある一方であり、2つの艦隊の壊滅も時間の問題であった。 


「まさかここまでの差があったとはのう」


 キッカケは王女を乗せたまま行方不明となっていた船を捜索していたことに始まる。

 偵察隊が謎の白い空間とその付近を漂う一隻の漁船を発見したことによりそこが異世界への入口であることに気づき、竜騎士隊を中心とした調査部隊を組織してその先にある謎の世界を調査していくうちに彼らはある島を発見してしまう。

 それこそ民間人が拉致され、ドラゴンの襲撃を受けた父島であった。

 ドラゴンを一頭失ったものの、調査隊は数名の民間人を拉致することに成功し幾つか興味深い情報を得ることができた。

 彼らは一様に高い学力を持つものの、帝国人民と比べて余所者に対する警戒心が薄く家屋や乗っていた船の中からは武器となるものは見つからなかった。 それどころか過去70年近く戦争を経験していない平和国家であるということを知ったことから帝国内においてある提案が持ち上がる。


 それこそが帝国による日本侵攻計画であった。


 元々連合王国との終戦に伴い軍内部には軍事予算を縮小されることに対する危機感が大きかったのと、モーヴェ教内部における派閥争いもあり亜人殲滅派の代表格であったヴァリエがそれに賛同することになる。 

 元軍の重鎮でもあった彼は日本政府が態勢を整える前に侵攻するべきだと主張し、本国から2つの艦隊とともにビエント王国に来訪し、艦隊の拠点として地元住民の抗議の声を武力で押さえ込み、昼夜を問わず急ピッチで作業が進められた。

 その結果、僅か一ヶ月あまりで首都バラディは要塞都市へと生まれ変わり、日本への足がかりを整えた矢先で現れた一隻の艦によって壊滅させられるとはヴァリエでさえ想像できるものではなかった。


「こ、ここかもしれない」


 自信なさげにジルベルトが指差す先にあったのは天然の岩礁を利用した巨大な地下牢があり、奥には鎖によってがんじがらめにされた巨大な物体があった。


「ふむ...どうやら間違いないようだな」

「わ、私はこれで失礼させていただく」

「うむ、よかろう、大儀であったな」


 その物体の驚異を知っている手前、恐怖心からかジルベルトは足早に逃げ出そうとするもヴァリエが片手を上げた瞬間、鋭い痛みとともに彼の背中から血が噴出してしまう。


「な!?」


 突然背後から兵士に切りつけられ、ジルベルトは驚愕の表情をしたまま地面に横たわってしまう。


「なぜだ...言うとおりにしたのに......」

「貴様はもう用済みだ」


 ヴァリエはそう答えると兵士に命じて牢の閂を外させる。

 

「や...やめろ...そいつは危険...」

「だからこそこの地に放つのだ。 このまま奴らを野放しにすればいずれは帝国にとって大きな驚異になる」

「き...貴様...最初から我らを滅ぼす気だったのか......」

「亜人風情が何を言う、我ら人間こそがこの世界の神となり得ることを忘れておるのか? 貴様らは帝国のために犠牲となるのがふさわしい」

「お...お...の...れ...」


 ジルベルトは目を見開いたまま息絶えてしまう。 ヴァリエは彼の亡骸を尻目に牢の中へと入り物体の側へと近寄る。

 それを拘束している鎖の多くは古びており、腐り落ちている物も多いものの中にはつい最近巻きつけたばかりの鎖の姿もあることから定期的に何世代もかけて新しい鎖を巻きつけている現状が伺える。

 その上、鎖の隙間には所狭しと護符のような物まで貼り付けられており歴代の王族がその力を恐れていたことが伺える。


「これが300年もの間、亜人どもが恐れおののき神格化してきた神の姿か」


 一見すると繭のようにも見えるその姿であったが、ヴァリエの目には禍々しい妖気のようなものが見えてしまう。 


「ほう、未だに力を蓄えてるとは...面白い、こやつの鎖を外せ」


 兵士達はヴァリエの言葉に従って次々と鎖を外していく。

 封印に使われていた鎖が外れていくたびに、物体からは小さな鼓動が響き始め心なしか徐々に大きくなっているようにも見える。

 しかし、最後の鎖を外した兵士が繭に触れた瞬間、彼らの目に信じがたい光景が映ることになる。


「う、うわあああああ!!」


 絶叫とともに兵士の体がズブズブと繭の中に取り込まれていく光景。

 仲間の兵士達が彼のもとへと近寄り何とか引き出そうとするも引き込まれる力の方が圧倒的に強かったため、程なくしてその兵士は全身を繭の中へと取り込まれてしまう。


「畜生!!」


 仲間が食われていく光景を前にして兵士達は剣を抜いて繭を切りつけようとするも、甲高い音と共にはじかれてしまう。


「嘘だろ?」

「何でこんなことが...」


 容易に性質を変化させることのできるその物体を前にして兵士達は呆気にとられてしまう。

 

「慌てるでない、神の化身と言われるものが相手なら仕方なかろう」


 ヴァリエはそう答えつつも一人、物体のそばに近寄り手を当てる。 

 その瞬間、鋭い痛みとともに彼の脳裏に甲高い言葉が響き渡る。


『ワレヲメザメサセタノハキサマカ...』

「ああ、そうじゃが」

『ナゼメザメサセタ...ワレヲオソレヌノカ...』

「見てみたいのだよ、そなたの力を最強の敵を前にして通じるのか」

『サイキョウダト...ワレヲコエルモノガコノセカイニノコッテオルモノカ...』

「だからこそここで眠りについたのだろう? 新たなる強者が現れたのにな」

『アラタナルキョウジャダト...』

「儂の記憶を見てみよ」

『......』


 先程と違い、物体から何の反応も見られなくなる。 沈黙が支配する中、兵士達はヴァリエの身を案じて固唾を呑んで見守るしかなかった。


『ホウ...オモシロイ、ソトニデテミルカ...』

「興味を持てたようで何よりです。 あなた様のお力、今こそ世界に示して下さい」

『アア、ダガソノマエニ...』


 その瞬間、ヴァリエの胸に鋭い痛みが走る。 彼は何が起こったのか理解できず、胸元を見ると物体から伸びた鋭いトゲが自身の体を貫いている光景があった。


「な、何故...」

「ヴァリエ様!!」


 彼を救おうと周囲にいた兵士達が物体に向けて攻撃を仕掛けようとする。

 しかし、兵士達の思いも虚しく針鼠のように伸びた複数のトゲが兵士達に向かって伸びていく。


「ぎゃああ!?」

「ぐはああ!!」

「た、助けてくれええ!!」


 体を貫かれた兵士達は絶叫とともに次々と物体の中に引き込まれていく。

 その光景を前にしてヴァリエは自分達が恐ろしい物を目覚めさせてしまったことに気づき、恐怖で顔を引きつらせてしまう。


「何故です、何故我らを!!」

『ハラガヘッタカラダ......』

「神ではないのですか!?」

『ソレハキサマラガカッテニソウオモッテタダケダ...』

「そんな...」

『ワレノネガイハタダヒトツ...ツヨキモノヲタオスコトノミ...』


 神話の時代から純粋に力を追い求めてきた手前、ヴァリエの存在など物体にとってはどうでもいいことであった。

 

「神よおおおおお!!」


 全ての兵士達が物体に吸収され、最後の一人となったヴァリエは絶叫とともにジワジワと物体に取り込まれていく。


『サルノケシンガナニヲイウカ......』


 ヴァリエの体が完全に吸収された瞬間、洞窟全体を揺るがす大きな振動とともに物体に亀裂が走る。

 それは古の神話の時代に暴れまわったとされる怪物の復活を意味する光景であった。


 同時刻、王宮の広間では特警隊員とベアティによって敵兵が一掃された場所に降り立とうとするヘリの姿があった。

 

「全員は乗り切らん、民間人を先に乗せろ」

「彼はどうしますか?」

「自衛官は最後だ、どの道治療中の今は動かすことができん」


 安藤の言葉に従い、降り立ったヘリに拉致被害者達が乗せられ、そのあとを外交官である緒方と立花が乗り込む。 


「王女はどうします?」

「あいつの傍から離れたくないって言ってるからほっとけ」


 安藤の視線の先にはグリフォンの背中に乗せられたままセラピアから治癒魔法を受ける守の姿があり、その傍ではレジーナが彼の手を握りしめて黙って見守っている光景があった。


「う、う~ん...ここは...」


 傷が癒された影響からか、ヘリのローター音に反応して守の目がゆっくりと開かれる。


「守!!」

「うわ!?」


 嬉しかったのか、守が意識を取り戻したことに感激してレジーナは抱きついてしまう。


「姫様、まだ治療中ですよ」

「馬鹿、心配したんだから!!」

「いてててて、苦しいよ...」

「馬鹿馬鹿馬鹿あ!! カッコ付けるんじゃないわよ!!」

「く、苦しい...」


 守の言葉を一切無視し、レジーナは彼の体からは離れようとしない。 王国随一の治癒魔法で傷口は何とか塞がったものの、失った血液を補充できるまでの効果はなくその影響で守は自力で体を動かすことができない有様であった。

 戦場におけるあまりのラブラブぶりを見て安藤を含む特警隊員達は呆れてため息をついてしまう。


「王女のことを頼みますよ、色々と聞きたいことがあるので」

「どうするつもりで?」

「まあ、こうなった手前、日本政府は王女を立てるしかないでしょうね」

「......了解」


 先にヘリに乗り込んだ立花の言葉に対し、安藤はそう言葉を締めくくる。 

 緒方と違ってこの男に関しては安藤自身、好きになれる相手ではない。 どこかの独裁者が「エリートは国家よりも自身の出世に忠実である」と言ったそうだが、生憎と彼に関しては自身の出世よりも何かしら目的があるようにも伺える。

 安藤の合図を受け、民間人を乗せたヘリは上昇していき近衛部隊のグリフォンの護衛を受けつつ母艦である「ゆきかぜ」へと飛び立っていく。


「おい!! いちゃついてないでとっととずらかるぞ」

「姫様、馬車の用意ができました!!」


 ヘリが飛び立つのと前後して、広場の中に広澤とフィリアの乗る4頭立ての大型馬車が到着する。

 それは元々兵員輸送用として帝国軍にて使用されていた代物であり、荷台には全員が乗れるほどのスペースが確保されていた。


「これで城外まで逃げましょう。 リオン、私達の後ろについて来てくれ」

「クルルル」


 安藤達、特警隊とベアティが荷台に乗り込んだのを確認するとフィリアの合図で守とレジーナ、セラピアの三人を背中に乗せたままリオンは立ち上がる。

 

「はあ!!」


 フィリアの言葉を合図に馬車は走り始め、帝国軍兵士が散発的に抵抗する中で城門目指して突破を試みる。 時折進路を妨害しようとする兵士の姿があったが、銃口を向ける前に特警隊員達の銃口によって撃ち倒されてしまう。 


「うわあ!?」

「邪魔だ!!」


 銃弾を受けて上から落ちてくる兵士をフィリアは蹴り飛ばしてしまう。

 その隙に背後から覆いかぶさろうと城壁から飛び降りてくる兵士の姿もあったが、隣にいる広澤に殴り飛ばされた挙句地面に転がり落ちてしまい、後ろから付いてくるリオンに踏み潰されてしまう。


「やれやれ、これで終わりだと良いけどな」

「裕吾...」

「何だ?」

「巻き込んでしまってすまない」

「...いいさ、どの道お前を見捨てることなんてできなかったしな」


 広澤はそう言いながらもフィリアに掴みかかろうとした兵士を殴る。


「痛え、武器がないとやっぱキツイな」

「これを使うか?」

「サンキュー」


 彼はフィリアから手渡された伸縮型警棒を伸ばすと同時に殴られた影響でフラフラしていた兵士の頭を叩きつけ、そのまま地面に突き落としてしまう。


「出てく時に9ミリ拳銃くらいパチってくるんだったな」


 昨夜、突然フィリアの口から聞かされたレジーナのクーデター計画。 広澤はあまりにも幼稚で突拍子もないその計画に対し、当初は緒方達に知らせて止めさせようと考えていた。

 しかし、フィリアは緒方のところへ行こうとする彼の体を抱きしめ、涙ながらに懇願してきたのだ。


 この計画が失敗すれば自分は今度こそ命を絶つと


 フィリアがレジーナ以外に仕えるつもりはないことは広澤自身、誰よりも分かっている。 それ故に帰国が叶えば別れることになっていた手前、彼女が幼い少女の浅はかな考えで命を落とすことが我慢できなかったのである。 


「裕吾にはまた借りが出来てしまったな...」

「まあ、その借りは身体で返してもらうからいいよ」

「う......」


 その言葉を受け、フィリアは顔を真っ赤にしてしまう。

 

「こ、今夜はちょっと...」


 彼女はたどたどしくそう答えつつもムチを使って物陰に潜んでいた兵士を打ち倒す。

 

「あ、明日は...どうか...」

「ん? まあ、夜じゃなくても良いだろ?」


 広澤はそう答えつつも隣に近づいてきた騎兵のサーベルを警棒で受け止め、力での押し合いに入り始める。


「が、我慢出来ないのか?」

「こう命懸けのやりとりが続けば興奮するもんだぞ」

「そ、そうなのか?」


 ドキドキと鼓動を高めつつもフィリアはムチを騎兵の馬の首に叩きつける。

 その行為に驚いたのか馬は突然馬車から離れ始め、騎兵が驚いた隙を見て広澤は警棒を騎兵の頭に叩きつける。 

 

「このまま無事に脱出できればいいけどな」


 未だに顔を赤くするフィリアを見つつ広澤がそう呟いた瞬間、地響きとともに地面のあちこちから亀裂が発生してしまう。

 

「嘘だろ!?」

「何が起こったんだ!!」


 時折、帝国軍兵士が突然現れた亀裂の中に落ちてしまう中、フィリアは何とか馬車をコントロールして亀裂を回避する。  

 

「嘘でしょ...お、王宮が崩れていく......」


 リオンの背中で守の体を抱きしめつつも、レジーナが目にしたのは幼い頃から慣れ親しんできた王宮が崩れ落ちてくる姿であった。 

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