第28話 増援艦隊
「何だあの艦隊は?」
ピラット艦隊への増援として編隊を組んで飛行する竜騎士隊が目にしたのは見たこともない灰色の塗装をした艦隊であった。 「ゆきかぜ」と同じような構造をしていたり、大砲がなく筏のような広い甲板を晒している艦もあり、それらの艦尾には総じて「ゆきかぜ」と同じ自衛艦旗が掲げられていることから、敵の増援であることが伺える。
不利な戦況が伝えられている手前、このまま進ませれば海戦の敗北は決定的になってしまう。 覚悟を決めた兵士達は手綱を強く握り締め、詠唱を呟くと一斉に降下体制に入る。
「行くぞ!!」
ドラゴンの咆哮と共に声を荒げ、旗艦と見られる一番大きな艦に目標を定める。
みるみると広大な飛行甲板を有するその艦が間近に近づくにつれて、一同はそれが自分達の想像を超えた化物のような存在であることを実感し始める。
「まるで島のようだ......」
今更ながら、戦列艦と比べるまでもない大きさを誇る「いずも」の姿を前にして自分達がとんでもない化物を相手にしてるのではないかと考えてしまう。
しかしながら大砲がなく、ほぼ垂直に降下する自分達に対抗手段はないはず。 先遣隊が副隊長ごと壊滅させられた中であっても彼らの脳裏には自分達こそ空の王者であるという誇りがあった。
しかし、程なくして彼らはその間違いに身をもって気づかされることになる。
『シースパロー攻撃始め!!』
左右に展開する護衛艦「たかなみ」と「おおなみ」から発射された複数のRIMー162ESSM対空ミサイル。 シースパローの名前を引き継いでいるものの、従来型の倍近い射程を誇り、「たかなみ」型に使われるMk41VLSなら1セルにつき4発も装填でき、「ゆきかぜ」よりも優れた発射速度を有する。
海上自衛隊において「発展型シースパロー」と称されるこの代物はこれまで固艦防空に限られていた汎用護衛艦の防空体制から、限定的ながらも僚艦防空体制へと移行させ、イージス艦には劣るものの「たかなみ」型の2隻はこの新型対空ミサイルによって「いずも」の防空体制に大きく貢献することになる。
発射されたESSMは次々と指示された目標に向かっていき、命中すると共にドラゴンを操者ごと四散させていく。
「これは何だ......」
指揮官である彼のゴーグル越しには対空ミサイルの命中によって花火のごとく次々と散っていく仲間の姿が写り、それらは黒煙と血しぶきを撒き散らすとともに無残な亡骸を晒して海へと落ちていく。
「神よ!!」
自分を狙い、ロケットモーターの推進力で前方から真っ直ぐ飛来するミサイル。 彼は瞬時にそれが仲間達を殺した一因であることに気づくも、避けることが出来ずに絶叫とともに受け止めてしまう。
上空に最後の花火が生まれる光景。 ここに帝国軍竜騎士隊第3大隊の命運は尽きることになる。
「目標全て撃墜」
最後のドラゴンが撃墜され、クリアになった空を「いずも」の艦橋にいる鳴瀬は黙って眺めていた。 今の役職に就いて以降、再び艦隊を指揮することになろうとは思いもよらなかったが、その相手が長年仮想敵国として考えていた国々ではなく、ファンタジー世界に出てくるドラゴンが相手になろうとは思ってもみなかった。
「「やまゆき」、敵艦隊に突入します」
「航空機発艦準備よし、いつでも出れます」
次々と挙げられる報告に彼は黙って頷き、躊躇いなくテキパキと指示をする。
臨時編成されたこの艦隊はDDHである「いずも」を旗艦として「たかなみ」と「おおなみ」に艦隊防空を担当させ、ここまで案内してくれた「やまゆき」を先頭に3隻の護衛艦が突入するといった編成であった。
本来なら護衛艦隊司令である鳴瀬が前線に赴くなど有り得ないのだが、異世界と日本の間には直通の通信網がない手前、現状確認のために最上級幹部として足を運ぶことになった...というのは建前上の理由であり、本当は異世界で勝手に戦争をおっぱじめた森村を大人しくさせろという統合幕僚長の命令により仕方なく自身が向かうことにしたのである。
(森村......誰が戦争して来いと言った!!)
帝国軍との間に戦闘が勃発していたことに鳴瀬は言いようのない怒りを漂わせている。
自分が伝えたのは拉致被害者の救出とエリアゼロ発生原因の調査だったはず。
にも関わらず森村は帝国艦隊に攻撃を加えた挙句それを沈めてしまい、交渉失敗が伝えられた途端に他国の領海で好き勝手に暴れまわっている。
レジーナを素直に外務省職員に引き渡さず、統合幕僚長達を焚き付けた時点で彼を押さえ込むべきだったと今更ながら後悔してしまう。
(綾里にしてもそうだ、良識を持つアイツが森村を止められないとは......今更惚れ直したとか言うんじゃないだろうな)
あれこれと思惑を巡らす鳴瀬を前にして周囲にいる幕僚や乗員達は空気の重さを感じて離れ始める。 彼は森村の同期でありながらも、頭脳明細で冷静沈着、実直な性格が評価され、ソマリア派遣艦隊司令や東日本大震災における大規模災害派遣など数々の任務をこなしていき、誤魔化しの無い優れた実績を残してきたが故に史上最短で海将になった経緯があった。
その上、身分に似合わない物腰の柔らかさから部下からの信頼も厚く、彼のもとで働きたいと願う者も多かったが、この時ばかりは誰もが近寄りがたい状態となっている。
「ぶっ殺す......」
不意に鳴瀬の口から出た言葉......
意識して出たものではないものの、付近にいた者達の背筋に冷たいものがひた走る。
主席幕僚に至っては突然頭に血が上った挙句、血迷った鳴瀬が「ゆきかぜ」に対艦ミサイルをお見舞いしろと命令するのではないかと冷や冷やしてしまう。
「「やまゆき」、水上戦闘開始!!」
沸点の高まった鳴瀬の怒りを体現するかの如く、水平線の向こうでは砲撃戦が展開される。
「やまゆき」、「うみぎり」、「あけぼの」と艦種や母港の違う艦隊編成であったが、日頃の訓練のたまものか艦隊は単縦陣でトラロック艦隊の脇をかすめた瞬間、無数の砲弾を送り込む。
「目標、左20度の戦列艦、打ちい方始め!!」
「やまゆき」艦長である長谷川の指示の下、「ゆきかぜ」より大きさで劣るものの主砲である62口径76ミリ速射砲は最大射程約18キロ、毎分発射速度80発以上の性能をフルに発揮してトラロック艦隊の戦列艦を蜂の巣にしていく。
護衛艦から放たれた砲撃の餌食となった軍船は無残な姿を晒し、喫水線下に命中した砲弾の破口による浸水によって船体を傾けてしまう。
一通りの砲撃を終えて通り過ぎた時には全体の3割近い数の敵艦隊が餌食となっていた。
「この海域を僚艦に任せ、本艦はこのまま「ゆきかぜ」援護のために湾内へと突入する」
長谷川の指揮の下、「やまゆき」はそのまま増速して「ゆきかぜ」のいるバラディへと艦首を向ける。 残りの2隻は「うみぎり」を先頭にしてトラロック艦隊の背後を取る形で回頭し、再び主砲の砲身を向ける。
『打ちい方始め』
森村の行為にウンザリする鳴瀬はともかくとして、ここにいる多くの自衛官達は日本を侵略しようとする帝国軍の行いに怒りを抱いており、今回の任務に乗り気な者も多い。 70年近く訓練漬けにされた挙句、肝心な時には政治家達が怖気付いて逃げ出す羽目になり、戦わずして領土が隣国に蹂躙されているという苦湯を飲まされているが故にこの戦いに祖国防衛という意味を見出す者も多かったのだ。
2隻の容赦のない砲撃によって戦闘力を持つ軍船は次々と無力化されていき、程なくして残存艦隊の各船から降伏を意味する赤と緑のまだら模様の旗がマストに掲揚される。
元々この旗は海賊船や敵船に対し「交渉を求む」という意味を持つのだが、いつしか戦闘中においては相手に対する降伏を指すようになったルーツがある。
レジーナ達からその意味を聞かされていた鳴瀬は報告を受けるとともに各艦に攻撃中止を下令する。
『ソノマママテ、ナカマ、キュウジョシロ』
情報部内に急遽設置された言語解読班によって作られた翻訳帳を元に残存艦隊に伝えられるこの言葉。 今や敵国である手前、海面に浮かぶ何千もの帝国軍兵士達を護衛艦で救助させるには危険を伴うため、鳴瀬は残存艦隊に仲間の救助を命令する。
海戦は護衛艦隊の圧勝で幕を下ろし、各艦では勝利を喜ぶ乗員達の声で溢れることになる。
「森村1佐、あの人は噂通りの反則王だったな」
無線から聞こえる勝利の言葉を耳にし、自衛官達の鬱憤を計算したかのような展開を用意した森村に対し、長谷川は言葉を漏らす。
帝国軍が日本侵攻を企んでいるという情報を受けた当初、彼はすぐさまその内容を一緒に待機していた「えのしま」に伝え、エリアゼロをくぐらせて司令部へ報告に向かわせた。
翌日には総理である松坂からの命令でたまたま近海にいた「いずも」を旗艦とする護衛艦隊が姿を現すことになり、「やまゆき」を含む臨時の艦隊が編成されることになった。 当初は帝国との開戦を避けるための威圧という名目で派遣されたので「ゆきかぜ」に合流するまで待つよう電報で伝えたものの、返事が返ってこないまま連絡が途絶えたために身を案じてバラディに急行したのである。
しかし、そこに着く矢先で「ゆきかぜ」から信じられない電報を受け取ってしまった。
『我、戦闘中』
怒りで身を震わせる鳴瀬はともかくとして、長谷川はかつての部下である綾里の身を案じていた。
かつて自分を捨てた男の部下として「ゆきかぜ」に乗ることになった際、彼女は艦長として艦を率いる前にケリをつけるべき相手だと話してくれた。
「ゆきかぜ」での生活については周囲から聞いた限り上手くコンビとして機能しているのは耳にしている。 彼女が森村のもとに従っているのにも理由があるはずだ。 長谷川の脳裏には一つ、心当たりがあった。
「間に合えばいいがな」
長谷川がそう呟いた瞬間、上空からヘリの音が聞こえると共に「いずも」から飛び立ったヘリの編隊が姿を現し、それらは一目散に「ゆきかぜ」のいるバラディに向かって飛び去って行った。
「砲台を潰せ!!」
森村の指示に従い、レークス島の砲台群に主砲の砲身が向けられる。
『打ちい方始め!!』
対空用の砲弾が放たれ、それらは内蔵された信管の働きによって着弾寸前に自爆し、付近に無数の破片が巻き散らかされる。 砲台にいた兵士達は総じてその破片に襲われることになり、多数の死傷者を生み出していく。
しかも彼らに襲い掛かる不幸はこれだけではなく、砲弾の一つが隠蔽されていた弾薬庫に突入してしまった。
その結果、まばゆい光が発せられると同時に轟音が轟き渡り、多くの砲や兵士達を巻き添えにして砲台の一角を吹き飛ばしてしまう。
「敵砲台沈黙」
島の爆発と火災によって付近の海域に黒煙が立ち込める光景。 見張り員から一連の報告を受けた森村は即座に敵艦隊から距離を取るよう指示する。 打ち続けた手前砲身は熱を帯び、給弾を担当する射撃員の疲労もピークに差し掛かっている。 さすがにたった一隻で30隻以上もの敵艦隊を相手にするのは無理があった。
島影にある敵艦隊の動向が気になる手前、これ以上ここでうろつく訳にはいかない。
しかし、その判断は遅かった。
「島影から敵艦接近!!」
「後ろからも敵艦、囲まれます!!」
CICから突然レーダーに写りこんだ艦影。 島影に潜んでいた上、木製の船体が相手では対応が後手に回ってしまう。 いや、そもそも半世紀以上前に廃れたこんな戦い方が再び再現されるなど誰が予想したであろうか。
「敵艦発砲!!」
狙いを無視し、最大射程で飛ばされた砲弾は「ゆきかぜ」の周囲に無数の水柱を発生させる。
ヴァリエに捨て駒にされ、圧倒的な戦闘力の差を前にしながらも王宮にいる司令官は参謀達と共に知恵をひねり出し、島からの黒煙で視界が悪くなったのをチャンスと見て残存艦隊を一気に突入させたのだ。
予め二つに分かれていたその艦隊は「ゆきかぜ」が砲撃に専念している間に前後を挟み込む形で展開、それぞれ単縦陣となって側面を晒し、「ゆきかぜ」をレークス島とバラディの間の海域に封じ込めてしまった。
「帝国もやるな......」
圧倒的な実力差であってもレークス島を囮にして持ち前の戦力を最大限に発揮した敵の司令官に森村は賞賛の言葉を贈ってしまう。
これこそ70年近く訓練ばかりしてきた国と去年まで戦争をしていた国の差であろう。 艦隊は「ゆきかぜ」を追い詰めるかの如くジワジワと間隔を詰めていき、大砲の射程に捉えてしまう。
司令官の執念がようやく実り始めた瞬間であった。
「そうそう当たるものではない、落ち着け」
近距離から一斉に砲撃を受けたことにより艦橋内は騒然としてしまうも、森村は声を上げて落ち着かせる。 指揮官たるもの何が起こっても決して動揺を見せてはならない。 それ故に1等海佐になるよりも艦長を務める方が遥かに難しいと言われる所以だ。
CICでは綾里が一同を纏め上げ、冷静に敵艦隊の陣容を森村に報告する。
既に残りの敵艦の数は多くなく、ここを切り抜ければ海戦を制することが出来るはず。 それ故に乗員達の間ではまだ余裕を見せる者も多かったが、給弾室からの報告によって一気に青ざめることになる。
「給弾不能!!」
休まず撃ち続けた影響からか、砲弾を格納している弾庫から給弾室までの運搬を行う揚弾装置に不具合が発生してしまい、追加の砲弾が給弾できなくなったことが伝えられる。 高見沢の指示によって急遽ハッチを開け、遠回りであったが前部応急班の協力のもと人力で運搬を始めているものの間に合いそうにはない。
「装填急げ!!」
北川(補給長)や谷村(調理員長)までもが5インチ砲弾を担いで給弾室に運び込む作業に加わるも、砲塔内にいる加納の声も虚しく敵の砲弾は彼の目の前を通り過ぎていく。
対艦ミサイルで攻撃しようにも距離が近すぎて当たる見込みが薄い。 「ゆきかぜ」の命運は風前の灯であり、覚悟を決めた森村はある賭けに打って出ることにする。
「両舷前進一杯!!」
ガスタービンエンジンが大きな唸り音をあげ、現役護衛艦最速と言われる34ノットの速力が発揮されるとともに前方を塞ぐ艦隊に接近する。
急激に接近する「ゆきかぜ」の姿を前にして艦長達は砲撃を下令するも、砲手達は突然相手との距離が縮まってしまった手前、照準修正をやり直す必要に迫られた挙句、急いで発射したところで満足な修正をされていない砲弾は「ゆきかぜ」を捉えることができない。
「おもーかーじ、一杯」
最大速力で急速に舵を切るなど通常では有り得ない指示であったが、森村を信じた操舵員は迷うことなく答える。
「おもーかーじ、一杯!!」
「きゃあ!?」
「何だ!?」
突然急速に船体が傾き、北川と谷村はそれぞれ砲弾を抱えたまま倒れ込んでしまう。 CIC内では艦長の指示に乗員達がついていけずに、疑問の声が出てしまうも綾里の耳に森村からの指示が入る。
『22番砲、打ちい方始め!!』
森村の考えを即座に理解した彼女は艦橋左舷に装備されているCIWSの銃身を敵艦隊に向けさせる。
多くの護衛艦に装備されているMk.15と違い、「ゆきかぜ」に装備されているのは最新型であるブロック1Bであった。 これは従来の物と違い、レドーム左に光学センサーを追加装備しており、対空目標だけでなく水上目標にも攻撃可能という優れものであった。
なぜこのような物があるかというと練習艦から種別を変更される際、当時の護衛艦隊司令の要望もあってそれまで礼砲を設置していた場所に試験的運用も兼ねて装備させたのである。
船は速力が早いほど回頭は早い。 「ゆきかぜ」は前方を塞ぐ敵艦隊に向かって一気に船体側面を晒した瞬間、それらを薙払うがのごとくバララという音と共に無数の弾丸をお見舞いしていく。
「総員離艦」
喫水線下に無数の破口を開けられ、大量の浸水によって船が大きく傾いたことにより艦長達は砲撃を諦めて船を捨てることを決意する。
自分達はやれることを全てやった、もう十分だ。 人的な被害が少なかったこともあってか艦長から下っ端水兵に至るまで海に飛び込む兵士達の中には諦めの言葉とともに笑みをこぼす者もいた。
この背景には命懸けの作戦を実行する手前、司令官から各艦長に自身の判断で退艦することを認めていたことにある。
下っ端の水兵に至るまで命を大事にせよ。
司令官からの命令に従い、兵士達は階級に関わらずお互い協力し合いながら泳ぐなどしてレークス島へと向かう。 その島には帝国軍やその関係者しかいない手前、暴動の発生しているバラディに行くよりは断然マシだ。
「艦長、増援です!!」
一区切りついたところでCICにいる綾里から対空レーダーに映った味方の機影が報告される。
それこそ「いずも」から発艦したヘリの編隊の姿であり、それらは機体側面に装備させたヘルファイアを発射させ、「ゆきかぜ」の後方を囲む敵艦隊を一隻ずつ仕留めていく。
「給弾完了」
乗員達の地道な努力が実り、給弾室から喜ばしい報告が上がってきた。
「たたみかけろ!!」
『打ちい方始め!!』
艦隊にとどめを刺すかのごとく「ゆきかぜ」は残存している艦隊に砲身を向けさせる。
かつて帝国有数の精鋭艦隊として名を馳せたピラット艦隊の命運はここに尽きることになる。




