第27話 救援
「助けてくれ!!」
グリフォンから投下された火炎瓶によって、燃え盛る炎に包まれた兵士達は水を求めて走り回る。
「く、来るな!!」
指揮官の声も虚しく、炎に巻かれた熱さで我を忘れた一部の兵士が大砲のそばに積まれていた火薬の箱に突っ込んでしまう。
その瞬間、まばゆい光と共に大きな爆発音が響き渡り、それまで一同を狙っていた大砲群が吹き飛ばされてしまった。
「助かったのか?」
安藤の視線の先には突然の攻撃に恐れおののき逃げ惑う兵士達の姿があり、上空には追い討ちをかけるかの如く火炎瓶を投下するグリフォン隊の姿があった。 砲兵隊の壊滅と指揮官が戦死したことにより統率を失った兵士達は纏まった行動が取れず、次々と餌食になっていく。
そんな中、一頭のグリフォンが炎を避けるかの如く一同の前に着陸すると背中から見覚えのある二人の男女が降りてレジーナに駆け寄る。
「姫様、遅くなりまして申し訳ありません」
「フィリア!!」
「近衛隊の連中は俺達の味方だ、早く逃げるぞ」
しばらく姿を見せていなかったフィリアと広澤。 外交使節団が王宮に向かっていた間、二人はグリフフォンが行っていた引越し作業の荷物に紛れて上陸し、マルスをはじめとした近衛隊の隊員達にクーデターの話を持ちかけていたのだ。
当初はフィリアを前にしてマルスをはじめとした近衛隊員達は現国王であるジルベルトに対する不満を露わにするも、強大な帝国が相手では勝ち目のない戦いだと協力を渋っていた。
しかし、広澤がこっそり運ばせてきたガソリンタンクの存在によって一変する。
元々これはブラックアウト時に備えたガソリンポンプ用の燃料として「ゆきかぜ」艦尾に設置されていた代物であり、緊急時にはレバー操作で海中への投下が出来るようになっている。
彼はこの機能を利用してタンクを丸ごとグリフォンに運び込ませ、中に入っていたガソリンを利用して火炎瓶を作り、目の前で実証して見せたのである。
グリフォンはドラゴンと比べると航続距離が短く、炎を吹き出すことができない手前戦闘力は劣る。
それ故に戦闘時においては偵察や奇襲といった手段しか使えず、正面切った戦いに不向きな生き物だが、これを装備したことによって襲撃機のような役割を持つことに成功する。
「守を助けて!!」
守の体を胸に抱きかかえ、レジーナは涙ながらもフィリアに懇願する。
死を覚悟していた手前、謁見の際に彼女は配下であるジル達の同行を拒んでいた。 自分の我が儘の犠牲になるのは自分と計画に乗ってくれた守だけで十分だと考え、護衛として同行を強く望んでいたフィリアに対しては広澤との関係を考慮してジル達と共に引越し作業を手伝うよう伝えていた。
そうすれば交渉決裂で自分達が殺されようとも彼女達は最悪、日本かホンタン王国へ亡命できるというレジーナなりの配慮であったが、主の身を案じたフィリアは広澤を説得し、独断でレジーナ救援のために走り回ってくれたのである。
「海野の奴、馬鹿なことをしやがって」
「こちらに迎えのヘリも急行しているので広場まで誘導します」
全員を乗せられない都合もあり、広澤とフィリアはグリフォンの背中に守を乗せるとともに、一同を広場へと案内し始める。
既にグリフォン隊の援護もあってまとまった数の敵は一掃され、元々王宮に勤めている衛兵達は近衛隊の裏切りに物怖じして歯向かうことを止めてしまい、行く手を遮るのは満足な指揮系統を失った数人単位の兵士達であったが、それらはグリフォンの前足によって軽くあしらわれてしまう。
「リオン、守殿が背中にいるから無理するな」
「クルル」
「こいつ、俺に対しては反抗的なのにフィリアには素直だな」
リオンと呼ばれたこのグリフォン。 元々はフィリア専属として仕えていただけあって彼女の言葉には忠実に従う反面、恋人である広澤に対しては敵意を露わにしている。
フィリアと仲良く歩く広澤の体にわざとらしく体をぶつけてきたり、クチバシでつついたり後ろ足で蹴飛ばす。
極め付きは飛行中に彼を落下させようとするなど、その度にフィリアに怒られつつも素直に反省したような素振りを見せた後、彼女が見ていないとすぐに広澤への敵意を露わにするタチの悪さだ。
「クルルルル」
「うお!? おい、どさくさに紛れて俺を蹴り飛ばそうとしてないか?」
悪びれもなく後ろ足で広澤の体を蹴り飛ばそうとするも寸出で躱されてしまう。 リオンが隙あらば彼を始末しようとする背景には、幼い頃からフィリアの手によって育てられたことにより彼女のことを母のように慕っていたものの、突然現れて彼女とイチャつく彼を恋敵として見てしまったことにある。
ご主人様の傍に仕えるのは自分だけでいい。 お前はとっとと消えろ!!
リオンの脳裏には広澤を始末してフィリアを取り戻すということで一杯であり、なかなか上手くいかない悔しさを発散するかの如く帝国軍兵士の体を突き飛ばしていく。 温厚な性格であるはずのグリフォンがこのような凶暴性を見せることは非常に稀であり、兵士達は恐ろしい光景を作り出していくリオンに恐怖心を抱いてしまい、一目散に逃げ出してしまう。
「お、騎兵隊が来たな」
反抗的なグリフォンを尻目に、広澤が上空を指差すとグリフォンの誘導を受けるヘリの姿があった。
ドラゴンに追われたものの、それは「ゆきかぜ」の援護によってようやく振り払うことに成功し、反乱に加わったマルスの操るグリフォンの誘導を受け、目当ての場所でホバリングを始める。
「行くぞ!!」
機体の中から武装した4人の特別警備隊員達が次々と建物の屋根へと飛び降りる。
彼らは建物の勾配をうまく利用し、各々の判断で立ち位置を決めつつも持っていたM4A-1を片手に行く手を遮る帝国軍兵士達に向かって発砲する。
それには光点に目標を合わせるだけで素早く照準動作を行えるドットサイトが取り付けられており、彼らに狙われた兵士達は反撃する暇どころか何が起こったのか考えるまでもなく地面に倒れこむ。
凝り固まった64式や89式と違い、応用力豊富なこの武器は世界中の特殊部隊から高い評価を受けており、例にも漏れずあまり表沙汰になっていないが特警隊も愛用しており、数々の訓練や特殊任務において活躍している。
「ホテルワンの援護に行くぞ!!」
一通りの邪魔者を排除したあと、隊員達が屋根に設置したファストロープ機材を使って地上に降り立つ。 隊員の降下中、三上は彼らが攻撃されないように弾幕を展開し、全員が降り立ったのを見計らうと蒼井は機体を着陸のしやすい広場へと機首を向ける。
「あとはお客さん達に任せますか」
藤本がそう声をかけたのも束の間、機内に残っていたベアティは何を思ったのかクレイモアを片手に飛び降りてしまう。
「お義父さん!?」
突然の行為に三上は驚きのあまり声を上げてしまうも、彼は拳を握り締めて親指を立てる。
歴戦の戦士である手前、三上が奮戦しているのに自分が唯の見学者になることが我慢ならなかった彼はガラガラとその巨体で屋根を砕きながら降りていくとともに、5メートル以上もの高さから一気に地面の上へと飛び降りる。
ドシーンという着地音と舞い散る砂埃の中から現れた眼帯をつけた熊。 特警隊員達が唖然とする中で、彼は背中に背負っていたクレイモアに手をかける。 しかし、包み込んでいた布が解かれた瞬間、一同の目の前にクレイモアに抱きつく形で佇む白いローブを身にまとう少女の姿があった。
「何でついてきちゃったの!?」
上空で見ていた三上のツッコミも虚しくヘリは広場へと機首を向ける。
いつの間にか付いて来たセラピア。 10代中頃で小柄な身体であったものの、当代随一の治癒師としての能力ゆえに若くしてレジーナの専属となった過去があり、彼女が帝国に向かう際にも自身の意思で同行した忠臣である。
主の危機を聞きつけ、自分の力が必要になると感じた彼女はベアティに頼み込んでこっそり機内に侵入してたのである。
「ありがとうございます、ベアティ様」
「グルルルル」
「ええ、早く姫様のもとに行きましょう」
巨大な剣を持つ熊に対し、お茶目な動作で帽子を被りなおす神官服を着たエルフの少女。 某RPGでは間違いなく獣を使役する少女か、魔物に遭遇した神官をイメージするであろう。
クレイモアを手にするベアティが先頭を突っ切ってレジーナのもとへと向かい、その後ろをトコトコとセラピアがついて行く光景。 行く手を遮る兵士達は総じてベアティの手によって吹き飛ばされてしまい、倒れた兵士の身体の上をセラピアはぴょんと飛び上がって躱す。 そんな二人に対し、背後から銃口を向ける兵士もいたが、彼女は物怖じすることなく詠唱を呟くと同時に光弾を送り込む。
「うわ!?」
謎の攻撃を受け、兵士の持つマスケット銃から突然火花が飛び散って爆発してしまう。
この光弾、空気中の静電気を集めて相手に飛ばす代物であり、人を殺すほどの大きな威力はなかったが、銃の金属部から通電していき中に込められていた火薬に引火して爆発してしまったのである。
「ベアティ様、後ろは任せて下さいまし」
「グルルルル」
ベアティはそう答えつつも片手で帝国軍兵士を握りつぶす。
末期世界を描いた某アニメのような光景を前にしつつもセラピアは笑顔で光弾を投げ飛ばす。
あまりの光景を前にし、救出チームの主力であった特警隊員達は言葉を失ってしまう。
グリフォンが上空から爆撃し、魔法の飛び交うこんな奇天烈な戦闘光景など誰が想像できたであろうか。 今まで自分達が行ってきた訓練は何だったのだろうかと心を乱してしまうも、自分達の視線の先にレジーナ達の姿が目に入ったことにより、すぐに平静心を取り戻し二人のあとを追うかのごとく走り出すのであった。
「まさか近衛隊が裏切るとは......」
普段は会議場として使われるこの室内において次々と報告される事態にジルベルトは頭を抱えてしまう。 既に帝国軍将兵の手によって机の上にはバラディの街と周辺地域を模した模型が置かれており、アゲリアクリスタルによって各地に設置した見張り台からの情報をもとに展開している艦隊や部隊の配置が変更される。
「竜騎士隊の損害が6割を超えました」
「ゲオルグ沈没!!」
「ピラット艦隊損耗率5割を超えています」
次々と上がってくる損害を前にしてヴァリエは無言で考え込む。
敵艦はたった一隻であるものの、艦隊は再建不能なほどの壊滅的な損害を受けている。 街に展開していた兵士の少なさか災いしてか、生起したばかりの暴動は収まる気配を知らず拡大する一方であった。 駐留に当たり、ヴァリエはジルベルトに命じて弓や刀剣類といった武器を市民から取り上げるようにしたものの、暴徒の中には軍が使うような立派な武器を持っている者もいた。
これはビエント王国側の失策と言うよりも何者かによってあらかじめ用意されていたシナリオであったことが伺える。
「敵はたった一隻だ、我らと同じく火薬を使う砲弾ならいずれ弾が尽きるはず。 残りの艦隊にはレークス島に誘き出すよう伝えろ」
司令官は逼迫する状況の中でも次々と新たな指示を出していき、その都度伝令が信号灯に向かい命令内容を記した旗を掲げていく。
沖合に浮かぶ軍船の艦長達はその信号旗の指示を読み取り、残存艦隊を編成して島影へと集まっていく。
「このまま島の要塞砲と合わせて残りの砲弾を叩き込ませろ。 トラロック艦隊はまだ来ないのか?」
この国に展開しているもう一つの艦隊であるトラロック艦隊。 これまでの情報から、司令官は「ゆきかぜ」に対する包囲網の一環としてピラット艦隊を湾内にいる「ゆきかぜ」の監視役として残し、トラロック艦隊を沖合から離れた位置に展開させて挟み込む作戦を立てていた。
しかしながら、こちらから連絡を伝えたにもかかわらず、一向に姿を現さない。
「トラロック艦隊旗艦「ファリーリャ・ファンデ」より連絡、『ワレテキカンタイノコウゲキヲウケル、テキハキョウダイナリ』とのことです!!」
「何だと!?」
元々日本への進攻を考慮して用意した艦隊だけにその報告は耳を疑いたくなるものであった。
意味不明な文面が続くことから慌てて書いた文章を送ったのだろう。 悲痛な文が次々と読み上げられ、その度に周囲の空気は凍りついていく。
「続きます、『リュウキシタイハカイメツ、カンタイソンガイダイニツキエンゴニムカエズ......』駄目です、通信が途切れました」
「そんな馬鹿な......」
突然現れた謎の艦隊。 日本側から送り込まれたであろうそれはトラロック艦隊を攻撃し、壊滅させたに違いない。 「ゆきかぜ」単艦でピラット艦隊を翻弄してきた手前、新たに現れた艦隊も同等以上の実力を有しているに違いない。
どうして良いのか分からず、漠然とする司令部の面々。 しかし、そんな彼のもとに明暗を決定づける緊急事態が告げられることになる。
「国境警備隊から緊急連絡!! ホンタン王国との国境付近に騎馬隊が現れたとのことです!!」
「この期に及んでホンタン王国が宣戦布告だと!?」
出来すぎたタイミングを前にしてジルベルトは驚きのあまり声を荒げてしまう。
彼自身、ホンタン王国がレジーナに味方するなどただのハッタリだと思っていたのだが、伝令からの報告ではユルゲン率いる近衛騎士団が宣戦布告文書を国境警備隊に向かって読み上げていることが伝えられ、彼らはレジーナを女王とする亡命政府に肩入れする意思を見せているとのことだった。
「頃合いかのう......」
混乱する司令部を尻目に、ヴァリエは言葉を濁してしまう。
艦隊の壊滅に近衛隊の裏切りにホンタン王国からの宣戦布告。 予想外の事態が続き戦況は最早風前の灯となっている。
このままでは政権崩壊も時間の問題であろう。 駐留に当たり、自身の指示で精霊信仰の象徴であった寺院や建造物を焼き払ってきた手前、多くの国民から恨みを買っている自分がここで捕虜になることがあれば命の保証はない。
ここは戦闘が続いている間に本国に撤退するのが最良の選択であるに違いない。
「ヴァリエ様!?」
司令官がふと辺りを見渡すと、さっきまでジルベルトと一緒に立っていたヴァリエの姿がないことに気づく。
「捨て駒にされたのか......」
「司令、我々はどうしましょうか?」
駐留軍としてヴァリエの下で采配を振るってきた手前、司令官の心中には部下を見捨てる選択肢はない。 ここで自分が逃げ出せばより多くの犠牲が出ることは目に見えている。
「私は最後まで戦う、帝国軍人の生き様を見せつけてやろうではないか」
残り少ない戦力を前にして、彼は部下達と共に最後まで戦うことを決意する。




