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第1話 異世界の姫君

 この世界には大きく分けて人と呼ばれる種族と彼らから亜人と呼ばれて虐げられている種族の2種類が存在している。

 かつて一つの大陸で共存していた時期もあったが、後に大きく人口を増やした人によって亜人と呼ばれた人々は大陸の隅に追いやられた挙げ句に現在は海を隔てた小さな島に押し込まれている。

 その後、人の国同士の戦乱期を経て大陸は強力な宗教的結束力を持つ巨大な国家によって統一されることになり、モーヴェ教を国教とするサント・ウルチモ帝国が建国されることになる。 しかし、モーヴェ教には人を絶対権威とする教えがあり、皇帝でありながらも一教徒でもある時の皇帝はまだ人類の見果てぬ夢であった世界統一を掲げると共に亜人に対する討伐命令を発令する。

 島を埋め尽くすような圧倒的な船団で迫る帝国軍であったが、亜人と呼ばれる人々はお互いの特徴こそ違えど手を取り合い、連合王国軍として布陣した彼らは人より優れた身体能力と高い魔法能力を駆使して幾度となく帝国軍を撃退していく。

 島国で培われた彼らの強い結束力と強大な力に帝国は恐怖し、連合王国軍から何度も提案された和平案に耳を傾けず、ひたすらに持ち前の科学技術の向上に努めるようになる。

 そして、開花し始めた産業革命を経て帝国は新しい武器を手にして再び彼らに戦いを挑むことになる。



○連合王国軍司令部


「艦隊が全滅だと......」


 辛くも生き残った一隻の軍船がもたらした報告に司令部にいた面々は言葉を失ってしまう。


「アル・マジードやフリードマン、レナートの艦隊もか?」

「お三方の乗る船も果敢に戦いましたが敵の新型兵器を積んだ船によって沈められました......」


 どちらも武勇誉れ高い艦隊であり、幾度となく帝国艦隊を撃退してきた歴史がある。

 エルフ族を主体とするアル・マジード艦隊は風魔法を駆使した高い機動力を有しており、ドワーフ族を主体としたフリードマン艦隊はガレー船を使用した接近戦を得意としており、獣人族を主体とするレナート艦隊は小舟を中心とした奇襲戦略を主体としている。

 この3つの艦隊によって長年に渡って島の平和は守られており、人々から英雄として称えられていたものの、今回の海戦では為す術も無く帝国艦隊に撃破させられている。


「残った軍船はどれ位だ?」


 連合王国の王の一人であり、エルフ族特有の長い耳を持つ司令官の言葉に副官は苦々しくも受け取った報告書を読みあげる。


「ガレー船2、ケベック5、カッター9、ダウ16です」

「海戦前の一割しかおらんのか」 


 最早短期間では回復不能な痛手を負ったことを知らされ、司令官は頭を抱えてしまう。

 小型船であるダウなら幾らでも補充がきくものの、海戦の主体である大型ガレー船が二隻しか無いのが心惜しい。 しかも船だけならともかく、勇猛果敢な海の戦士達が大勢戦死したことはかなりの痛手であり、回復するには早くとも5年の歳月を必要とする試算まである始末だ。

 しかも近年この島には大きな問題を抱えてしまっている。


「今年の木材の伐採量では海戦前の艦隊を整備するのに10年もの月日を必要とします」


 近年、この島の船舶向け木材の伐採量は年を重ねるごとに減り続けており、今年の量は10年前の半分以下となっている。 理由としては度重なる海戦よる軍船の建造によって伐採量と回復量が見合わなくなっている他に原因不明の病で木々の成長が遅れているのも一因となっている。 


「打つ手なしか......」


 司令官はそう言い残すと部屋にいた人々を外に出し、背後にいた護衛の衛士と二人きりになる。 この衛士とは5年前に司令官に着任して以来のつきあいであり、女性であったが男に負けぬ剣の腕前で人一倍忠誠心に厚いことから最も信頼出来る部下であった。

 

「介錯を頼む」

「......分かりました」


 司令官は鎧を脱いで跪くと同時に腰から短刀を抜き出す。

 帝国とは休戦期間を含めて既に100年近く戦っており、連合王国軍の疲弊は既に限界にさしかかっている。 帝国内においても近年は和平案も持ち出されており、今回の勝利と司令官である自分の死をきっかけに連合王国軍と和平を結ぼうとする声も出てくる可能性もある。


「思い残すことはありますか?」


 今まで忠実に従ってくれた彼女の言葉に司令官は一言だけ口にする。


「娘を頼む」


 敗戦の責任を取った司令官の自決によって100年続いた戦争は帝国側の勝利として終結することになる。

 


一年後......


 帝国から持ち出された和平案によって一人の少女が10人ほどの侍従達と共に帝国の用意した船に乗せられることになる。

 帝国側は要求は意外にも単純明快であり、全国民のモーヴェ教への改宗とエルフ族の先代王の娘である彼女を皇帝の妾として差し出すことの二点だけであった。


「レジーナよ、儂らが不甲斐ないばかりですまない」


 現在の王であり、叔父でもある人物の言葉にレジーナと呼ばれた少女は黙って頷く。

 この世界において種族を問わず政略結婚のために娘を差し出す行為は王族であろうと珍しくは無く、彼女もまた幼い頃からの教育のたまものか人間の皇帝の元に嫁ぐことに迷いは無かった。 寧ろ自分一人の身で国民が救われるのなら本望であると感じているほどだ。


「姫様は私が必ずお守りします」


 傍らに立つダークエルフの女性の言葉にレジーナは何も応えようとはしない。

 父の自決によって今回の和平が実現したもののレジーナにとって自決を助けた彼女は父親の仇に等しい存在であり、護衛として自分と共に帝国までついて行くことを志願した際も一言も声をかけようとはしなかった。


「出発のご用意が出来ました」

「ありがとう、ジル」


 レジーナより小柄で緑色の使用人の服に白いエプロンを身につけたジルと呼ばれた少女は隣のダークエルフの女性に視線を移す。


「フィリアさんもご一緒でしたか」

「ああ、先代の陛下との約束だからな」

「あなたが一緒なら心強いですね」


 レジーナと違ってジルとフィリアは姉妹のように仲が良い。 本来ならばジルはこの旅に同行する予定では無かったが、同行予定のメイドが精神的ストレスで体調を崩してしまったために急遽交代することになったのである。

 仕えて5年近くになる古株であり、媚びへつらわない明るい性格であることからレジーナの信頼も厚く友人に近い関係であったことから彼女自身、今回の旅に同行できたことに嬉しさを感じている。


「今の皇帝はお優しい方だと聞いております。 姫様のことを決して悪く扱わないと思いますよ」

「そうね」 


 ジルがそう言って励まそうとしてくれることにレジーナは嬉しさを感じつつも、これから乗り込むことになる帝国の船に視線を移す。

 連合王国軍で使用されているガレー船と違い、オールが無く帝国の紋章である獅子の絵が描かれた大きな帆を持つその船の甲板には物珍しげにこちらを眺める船員達の姿があり、自分達の姿が好奇の対象にされていることが見受けられる。


「私はどんなことをされても良い、これで長き戦乱が収められるのなら本望よ」


 そう決意を口にするレジーナであったが、傍らにいるフィリアは複雑な心境を抱いてしまう。

 彼女の父親にあとを託されて以降、蔑まれながらも片時も離れること無く彼女を見守っていたのだがこの結末は正直言って認めたくない結果であった。

 娘を一人の女性として好きな人と結ばれて幸せな結婚生活を送ることを望んでいた先代王。 彼にもかつて愛する人がいたものの、家柄の都合で別れることになった過去を本人から聞かされたことがあるフィリアにとってレジーナが見知らぬ皇帝に嫁ぐことが幸せな結婚生活に繋がるとは思えない。

 しかし、男性との恋愛経験の無い彼女にとって幼いレジーナに恋愛のことを説く訳にはいかずにこうして婚姻の旅について行くしか方法が無かった。


「私が艦長のミダリヤ・シヴァンです。 皇帝陛下はあなた様の到着を心待ちにしておりますので道中は安心して旅をお楽しみください」


 近衛兵による儀仗を受けつつレジーナ達は船内へと案内される。

 途中で見かけた甲板上に所狭しと並べられた大砲。 近年帝国内において発明されたそれは連合王国軍の軍船を幾度となく撃破し、最強の誉れ高い3大艦隊を壊滅させた立役者である。

 近衛兵の持っていた銃に至っても、近接戦闘で帝国軍相手に無敵の強さを見せていたドワーフや獣人族が簡単に倒されてしまう一因となっている。

 これは身体能力と魔法能力で差のつけられた帝国が火薬を使用したそれらの武器を駆使することによって連合王国軍を破ることに成功し、勝利を掴んできたことを実感させられる光景であった。

 レジーナ達を乗せた船は港に集まった多くの人々から見送られつつ帝国へと出航していった。


「どうですか船旅は?」

「思ってたよりも快適です」


 レジーナを夕食に招き、テーブルの向かいに座る艦長の言葉に対しドレスを身につけた彼女はにこやかに答える。

 香辛料をふんだんに使った魚の燻製に、七面鳥の丸焼きから色とりどりに盛りつけられたフルーツ皿。 陸の上でしか味わえないような豪勢な料理が夕食として並べられており、心なしか後ろで控えるジルのお腹が音を立てている。


「ゴクリ......」

「静かにしなさい」


 涎を垂らそうとするジルを隣にいるフィリアが宥める。 整った形で透き通ったガラス製のグラスに正確な時を刻む時計、琥珀や水晶で飾られたランプに模様の入った銀食器......産業革命の恩恵で得た豪華な調度品で飾られた室内はレジーナ達に国力の差を見せつけており、食事のメニューも連合王国軍の船上食と比べ大きな差があった。


「冷たい飲み物が飲めるなんて驚きですね」

「ははは、この船は帝国の技術の粋を集めて造られておりましてね、喫水線下の区画には氷を敷き詰めた氷室がございましてこの飲み物はそこで冷やされたものですよ」

「こんなに食べられないので残りの物は侍従達にも食べさせて下さい」

「お優しい姫君ですね」


 食事を終え、艦長に軽く会釈するとレジーナは用意された部屋へと戻る。

 艦長は室内にいた侍従に片付けを指示すると自身は隣の艦長室に移動して食事で残ったワインをグラスに注ぐ。


「宜しいのですか艦長?」

「まだだ、もう少し遊ばせておけ」


 突然背後からかけられた言葉に艦長はワインを口に含みつつそう答える。


「皇帝の気まぐれにも困ったものだ、お飾りであるにもかかわらず亜人の女を嫁に迎え入れて友好関係を結ぼうとするとはな」

「だからこそ我ら影がいるのでしょう」

「今は待て、あまり先を急ぐと仕損じるぞ。 それにあの娘の後ろにいるダークエルフの女、こちらの考えに気づいてるかも知れんな」

「では彼奴から片付けましょう。 あの娘も毛嫌いしているようですしな」


 影はそう言い残すと室内から気配を消してしまう。

 帝国内には未だ亜人排除の考えを持つ者が多く、それ故に和平に反対する者も多い。 艦長をはじめとしたこの艦の乗員の全てが表立って顔に見せていないものの反対派で占められており、今回の航海中にレジーナ達に危害を加える腹づもりであった。


「港に着くまであと2日......どう料理してやるか」


 エルフ族特有の美しい外見を持つレジーナに艦長は邪な思いを描いていた。 



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