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第26話 守りたい理由

 今回の事態となったキッカケは遡ること二日前、ホンタン王国王妃であるクルスリーと緒方の会談が終わり、レジーナの招待を受ける形でクルスリー王妃が特別公室を訪ねに来たことに始まる。


「ジルベルト国王を退位させると言うのですか?」


 突然レジーナから知らされた言葉。 何の後ろ盾もなく、大した政治的実績もない彼女の口から出た突拍子もない言葉を受け、王妃は言葉を濁してしまう。

 安藤達によって張り巡らされていた盗聴器も雪風の手によって撤去されている手前、レジーナは物怖じすることなく言葉を続ける。 


「どの道このままでは祖国が滅ぶのは目に見えてます」

「あてはあるのですか? 我が国は先の敗戦の影響で軍は弱体化しており、とてもではありませんが帝国と同盟を結んだビエント王国と戦うことは出来ませんよ」

「貴国の軍のお力を借りるつもりはありません」


 ならばどうやって国王を退位させるというのか。 仮に合法的に退位させたとしても一夫一妻制を基本とするビエント王国の法の下では妾の子であるレジーナに王位継承権が回ってくることはない。

 他の王位継承権を持つ者は皆、ジルベルトの息がかかっている者ばかりであり、退位させたところで奴は新国王の後ろ盾として権力に居座ることが目に見えている。


「自分の軍を持たないあなたがどうするおつもりですか?」


 多くの諜報員を有し、国内外の情報を一手握る王妃にとってレジーナが何をしようとしているのか王妃には予想ができなかったが、次の瞬間レジーナの口から信じられない言葉が飛び出してしまう。 


「ビエント王国の歴史を終わらせ、私を初代女王とする新政府を立ち上げます」

「あ、あなたは何を言ってるのですか!? そんなことが出来るはずがないでしょう」


 冗談にしても程がある。 連合王国最古であり、500年近い年月を誇るビエント王国の歴史を終わらせるなど周辺国から国王を支える賢母と称される王妃であっても信じられない話であった。


「そんなこと出来るハズがありません。 血迷ったのですか?」

「私には秘策があります」


 レジーナはひと呼吸置いたあと、王妃の目をまっすぐ見開くとともに口を開く。


「この艦を帝国軍と戦わせます」


 

「早く扉を閉めろ!!」


 安藤の指示のもと、唯一の出入り口であった倉庫の扉が閉められ、中にあった樽や棚を集めてバリケードが築かれる。

 

「はあ、はあ、はあ......」


 逃げ回った影響で一同は息を切らせた後、床の上に座り込んでしまう。

 安藤達もまた銃撃を受けた際のダメージが残っており、制服の上着を脱ぐとともに防弾チョッキを地面に置く。

 この装備、米軍の特殊部隊が採用を目指している試作品であり、特殊な配合を施した高張力鋼や硬性金属を薄く張り合わせた装甲の上に、特殊なカーボン繊維とケプラー板を被せた代物で従来のものより高い強度を誇る。

 従来品よりも強度が高いものの、コストが異常に高いが故に特殊部隊への正式採用は見送られてしまったが、全体的に薄いため制服やスーツの下に着込めるという利点があった。 

 

「おじさん怪我をしてるの?」


 拉致被害者の一人である女の子から声をかけられ、安藤は彼女に視線を移すとともに口を開く。


「ちょっと無茶しちゃったのさ」

「助けに来てくれてありがとう」

「それが俺の仕事さ」


 女の子の言葉を受け、安藤は照れることなく答える。

 自身が救った命よりも多くの命をこの手で奪ってきた手前、彼の脳裏に感謝される筋合いはない。 事実、少女の目には何人もの兵士達を殺していった自分の姿も映っていたはずであり、遠からず何かしらの責め苦を受けることになるだろう。

 あの時、こちらに銃撃を加えてきた将兵達はかなりの手練であり、射撃に自信があったのか50メートルもの距離で撃ってきた。 幸いにも制服の下に着込んでいたこの防弾チョッキによって防ぐことができたが、これが従来通りの射程と思われる25メートルなら命の保証は無かったであろう。

 指揮官の少女は幼いながらも練度の高い兵士を率いることのできる良い素質を持っていた。

 彼女は前列の兵士の感覚を1メートルほど空け、その間に後列の兵士を配置して交互に弾幕を張れるようにしており、それは味方の犠牲を最小限に抑えられる良策であるに違いない。

 安藤という化物が相手でなければ返り討ちにあって全滅という結末を迎えることもなかったであろう。


「何でこれを取っちまったんだろうな」


 そう呟く安藤の手には指揮官の少女が握りしめていたペンダントがあった。

 帝国軍から追われる最中、彼は無意識にそれを奪い取ってしまい、何を思ったのか、おもむろに蓋を開けると二人の女性の肖像画が入っていた。


「姉妹なのか......」 


 肖像画の片方は持ち主である少女であることが伺え、傍らには彼女の手を握り締める亜麻色の髪を持つ少女の姿があった。 二人の顔を見比べてみて、安藤は二人が姉妹であることを実感してしまう。


「やるせねえな」


 良心を捨てたはずの安藤であったが、その肖像画を見た途端に言いようのない悔しさを思い浮かべてしまう。 彼自身、孤児出身で自衛隊以外に生きる道を見いだせなかった手前、幼いながらも軍に所属して前線に立つ少女が他人とは思えなくなってしまう。


「大丈夫かい?」

 

 逃げ回った影響からか隣に座り、息を切らすレジーナに守はそっと声をかける。

 倉庫の天窓からはこちらの行方を探す兵士達の怒号が聞こえてきており、その内容に聞き耳を立ててみるとジルベルトとヴァリエの命令によって自分達を生死を問わず抹殺することを目的にしていることが伺える。 壁にもたれつつも予想以上に多くの帝国軍兵士が王宮内に展開されていたことにレジーナは溜息をついてしまう。

  

「ここまで堕ちていたなんて...」


 帝国にベッタリと従う叔父の堕ちぶれようを嘆き、レジーナは言葉を漏らす。

 ビエント王国だけでなく、かつて地球上の植民地化された国々においては国王や貴族が欧米諸国に国民の命を差し出して甘い汁を吸うというパターンも存在しており、己の身の可愛さからかジルベルトの行為もまたこれと同じ有様であった。

 

「叔父さんとは仲が悪かったのかい?」

「もともと奴は商売の方が好きな男よ。 あいつの服装を見たでしょ? 金銀宝石を散りばめた王冠に不釣合な大きさの宝石。 全部帝国からのプレゼントよ」

「欲にまみれているね」

「他の貴族もそうよ、帝国は和平が成立した途端に従う者達には金銀財宝をばら蒔いて取り込んできた挙句、父の代から働く優秀な官僚や貴族を閑職に追いやってきたのよ」



 レジーナの父親である先代国王は贅沢を嫌い、戦時下の貧困で苦しむ国民のために王宮の経費を極限まで削減し、身分を問わず優秀な人材を官僚に取り立ててきた。

 しかしながら、ジルベルトが権力を握った途端に優秀な官僚達は家柄の都合によって隅に追いやられ、替りに表舞台に立ったのは能力ではなく、由緒正しいとされる家柄出身の貴族達であった。

 帝国との和平が成立したあと、帝国から友好の印として送られた金銀財宝や高価な調度品や嗜好品が彼らの立場を一変させることになる。

 嗜好品の中には日本では禁止されているアヘンやマリファナといった依存度の高い薬物まで含まれており、それは法整備の進んでいなかったビエント王国内で貴族を中心に広まっていき、中にはその依存度に目をつけたが故に国民向けのアヘン窟を経営する者まで出てきた。

 最早ビエント王国の国家としての屋台骨は腐り始めており、いつ崩れ落ちてもおかしくない現状であった。


 クルスリー王妃との話し合いのあと、レジーナから知らされた計画に守は反対していた。


「漁網と機雷で防御してるから大丈夫だよ」

「残念ながらエリアゼロの大きさは徐々に大きくなってるわ」


 守の言葉に対し、通信室で「やまゆき」発の電報を盗み見た雪風が口を開く。

 彼女の話だと不規則でありながらもエリアゼロの規模は拡大し続けており、遠からず漁網や機雷ではカバーしきれない大きさになることが予想されている。 

 

「守、私の計画に協力して。 あなたさえ黙っていればあとは私が話を進めるわ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ、そうなると最悪君は死ぬことになるかもしれないんだよ」

「祖国のためなら本望よ」


 レジーナの腹は決まっている。 たとえ自分が死ぬことになろうとも日本政府の攻撃によって帝国軍が大きなダメージを受ければジルベルトの権威は大きく失墜することになる。

 その瞬間、ホンタン王国の支援を受けた革命勢力によって政権の転覆、もしくは国家解体の末にホンタン王国の傘下に入るのも悪くはない。 ジルベルトをこのまま泳がすことさえしなければ彼女の目的は達成されるに違いない。

 しかしながら、守にとっては自衛官である手前、自身の意思で日本を戦争に導く行為などあってはならないことであった。


「これは日本にとっても重要なことよ!!」


 何度となくレジーナから説得を受けたものの、守はすぐに返事が出来なかった。

 しかし、彼がいくら拒んだところでレジーナの決意が変わる見込みがなく、このままでは黙って殺されることが目に見えている。 どうしようか悩み抜き、広澤に相談しようとした矢先に彼とフィリアがお互いのことを受け入れ合っていたことに気付き、レジーナに協力することを決意したのである。



「君が生きててくれてよかったよ」


 レジーナの頬に手をやり、優しく声をかける守であったが不意にレジーナの胸元へと倒れ込んでしまう。


「守!?」


 レジーナの手にはベッタリと血がついていた。

 あの時、彼は咄嗟の判断で銃撃からレジーナを守ったのだが、流れ弾が当たって怪我をしていた。

 しかしながら、レジーナを安全な場所へ逃がすために彼は意識を失いそうになりながらも無理やり動き回っていたのだが、最早体力は限界であった。


「なあ、俺の名前ってさ死んだ婆ちゃんが付けてくれたんだ。 ある日突然海岸から現れた婆ちゃんのことを村の人達は化物のような目で見てきたんだけど爺ちゃんだけが味方になってずっと守ってくれた。 婆ちゃんいつも口癖のように俺もそんな爺ちゃんのような立派な男になれって言ってくるんだよ」

「それ以上言わないで!!」


 己の考えに無関係な守を巻き込んでしまったことにレジーナはようやく後悔を抱き始める。 彼女にとって守は八つ当たりの対象にした挙句、便利なパシリとして使ってきた相手であり、恋愛対象として見れる相手ではなく良いように利用してきたつもりであった。

 しかし、いざ行動を起こした手前、自分の盾になって命を守ってくれた彼を前にすると胸が痛くなってしまう。


「日本を戦争に巻き込んでしまった罰かな......」

「そんなことない!! あんたは私の命令に従っただけよ」

「いや、俺は自分の意志で君に協力すると決めた。 今更後悔するつもりはないよ」

「え...」

「君の全てを受け入れることにしたんだよ......」


 守はそう言い残すとレジーナの胸元で意識を失ってしまう。

 彼の顔からみるみる生気が薄れていき、顔色が色あせていく光景を前にしてレジーナの瞳から大粒の涙がこぼれてしまう。  

 

「そんな、私のために......」


 辛うじて呼吸をしていることからまだ助かる見込みもあるだろう。

 しかし、ここには治癒魔法を扱える者はおらず、満足な治療設備もない。

 手立てがなく呆然とするレジーナであったが、突然響き渡る轟音と振動によって意識を奪われてしまう。


「気づかれたか!?」


 安藤が崩れ落ちた壁から外を覗き込むと、目の前に大砲を向ける帝国軍兵士の姿があった。

 

「撃て!!」


 その言葉と同時に再び砲撃音と共に砲弾が発射され、一同に襲いかかる。

 砲撃の中、安藤は部下と共に残りの銃弾をばら蒔いて砲撃を阻止しようとするも、鋼鉄製のシールドを持った兵士達によって阻まれる。

 

「威力が足りん!!」

「隊長、もう弾がありません」


 砲撃が止み、安藤達の反撃が無いことに気づいた兵士達は銃剣を片手に駆け寄り始める。

 安藤は残り少ない弾薬をばら撒き、弾が無くなれば奪い取った銃剣で兵士の体を突き刺す。


「後列、前へ!!」


 弾が尽き、体力も尽きた一同の姿を前にし、帝国側の指揮官はほくそ笑む。

 手ごわい相手であったものの大砲の次弾装填も終えた手前、この攻撃によって終わりを迎えることは目に見えている。 

 応援として呼んだヘリも間に合いそうもなく、命運が尽きたことを実感したレジーナは自分達に向かって駆け寄ってくる兵士達を前にして、死を覚悟するとともに守の方へと視線を移す。


「今まで助けてくれてありがとう」


 自分のせいで犠牲となった守の唇に彼女はそっと口づけを交わす。

 身分はどうであれ守は夫として精一杯自分に尽くしてくれた。 また生まれ変わることがあるのならまた彼と夫婦になるのも悪くないのかもしれない。

 迫り来る兵士達の声が聞こえる中、お互いの気持ちに触れることのできたレジーナは守の身体をそっと抱きよせて静かに目を閉じる。

 守と過ごす来世での想いを巡らせるレジーナ。

 しかし、運命の女神はまだ彼女の死を望んでいなかった。


「ギエエエエ!!」


 上空に響き渡るグリフォンの鳴き声。 甲高いその声を耳にして兵士達は一瞬足を止めてしまい、上空に視線を移してしまう。


「助けに来たぜ!!」


 広澤の声と共にグリフォンの体から複数の瓶が投下される光景。

 それは兵士達のいる地面に落ちるとともに炸裂し、辺り一面火の海に包まれてしまう。


「姫様、お迎えにあがりました」


 燃え盛る炎の中、広澤と共にグリフォンに跨るフィリアの声を合図に上空に無数のグリフォンが現れる。 それらの体には見慣れない瓶がくくりつけられており、それはレジーナ達を狙う帝国軍兵士に向かって次々と落としていき、あちこちで炎を噴出させていく。

 

 彼らの存在によって王宮での形勢は一気に逆転することになる。  

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