第25話 バラディ沖海戦
『出港準備』
突然「ゆきかぜ」に響く艦内マイク。
職業柄の性か乗員達はそのマイクを合図に一斉に持ち場へと走って行く。
監視に来ていた帝国軍兵士達は日本語が理解できないためにその意味が分からず、強ばった顔をする乗員たちを前にして訳が分からず呆然としてしまう。 何人かに声をかけようにも誰もが気迫をみなぎらせ、「邪魔をするな」と突き返された挙句「どけどけ」と荷物を運ぶ乗員達によって隅へと追いやられてしまう。
監視のために来ている手前、何もしないわけにはいかずアーロンの元へ行って指示を仰ごうと考えるも突然現れた乗員達によって遮られてしまう。
「チャージ!!」
日頃の訓練の賜物か、1分以内に展張された消火ホースから放出された海水が直撃し、兵士達は絶叫とともに海の上へと真っ逆さまに落とされてしまう。
「ドラゴンも追い出せ!!」
武田(機関長)の指示のもと、消火ノズルを持つ乗員は兵士達を追い出した勢いで飛行甲板で主のために大人しく待っていたドラゴンにも放水する。
「グギャアアアア!?」
10メートル以上の巨体であったが、もともと山間部の乾燥地帯に生息していた手前、ドラゴンは極度に濡れることを恐れる。 それが海水ならば鱗の間の皮膚に発疹を起こしてしまうため、海水ポンプによって汲み上げられた放水の苦しさに耐え切れなくなり、追われるかの如くそのまま飛び去ってしまう。
「錨を捨てろ!!」
前部側の作業指揮官である、望月(掌砲術士)の命令によって錨鎖が切り離され、勢いよく甲板上から滑り落ちる。 通常、錨を巻き上げるには最低でも30分近い時間を必要とするのだが、この方法ならば5分もかからない。 ご丁寧にも切り離された錨鎖の先には回収用のブイが付けられていたことから彼らが「捨錨」を準備していたことが伺える。
係留していた錨が無くなったことを艦橋で確認した森村は意を決して出港ラッパをかけさせる。
『出港用意!!』
錨の拘束が解かれ、機関の始動とともに唸りを上げる「ゆきかぜ」の船体。
両舷で監視をしていた戦列艦の艦長は突然の事態に驚き、すぐさま緊急事態を告げる鐘を鳴らして水兵達に砲撃準備を下令する。
『両舷後進一杯!!』
ガスタービン機関の唸り音と共に「ゆきかぜ」の船体は一気に後退してしまう。
その瞬間、両舷で監視していた戦列艦から豪音と共に艦首をかすめるかの如く複数の砲弾が飛び交い、「ゆきかぜ」という目標を失ったそれらは威力を失わないままそれぞれの船体に突き刺さる。
アメリカと日本以外の国々の軍艦は燃費の良いディーゼルエンジンを好む傾向があったが、それは起動に当たり必ず暖機を必要とするために出港には最低でも1時間を要する。 蒸気タービン艦に関してはパワーがあるものの、ボイラーの昇圧には時間がかかり出港までに2時間を要する。
大部分の護衛艦の主機関であるガスタービン機関は燃料を馬鹿食いするという欠点があるものの、起動にあたってはさほど時間を必要とせず、試運転を除けば停泊状態からわずか30分以内に出港可能であるのと回転数を一気に挙げられるために急加速に適しており、更にはプロペラの翼角が自在に変えられるために後進に当たってはタービンを逆転したりクラッチを切り替える必要もない。
「ゆきかぜ」の巨艦に似合わない常識外れした機動力を前にして付近にいる軍船の艦長達は何が起こったのか分からず、呆然としてしまう。
「すげえ......」
素早い後進動作によって間一髪で砲撃を逃れることのできた光景を前にして艦橋にいた乗員達は言葉を漏らしてしまう。
戦わずして2隻の戦列艦を仕留めたなど海戦史を紐解いてもありえない光景であったが、森村はそんな乗員達に喝を入れるかの如く声を上げる。
「主砲は水上目標を、CIWSと機銃は対空目標をねらえ!! ここには一般人の家屋もあるからシースパローの使用は禁ずる!!」
けたたましい警報音が響くとともに戦闘部署が発令され、艦内の空気は一気に緊張感に包まれてしまう。 綾里から「お願い」という形で伝えられた命令に従い、待機していた乗員達の手によって封印に使われていた鎖が一気に取り払われ、見張りウィングの両脇には機銃が設置される。
「艦長、早くCICへ!!」
「いや、俺はここで水上目標を指示する、副長はCICで対空目標の指示を行え!!」
綾里にそう指示を飛ばしたあと、森村はヘッドセットを被りCICにいる米沢(船務長)に指示を送る。
「航空機発艦後、本艦はこの海域にとどまり救出の支援に当たる」
「敵が多すぎます!!」
「問題ない、応援も来るはずだからな」
湾内を24ノットという高速で航行しつつ「ゆきかぜ」は自分達を狙う軍船に向かって主砲を発射していく。 自律機関が装備されていないピラット艦隊の船舶は出港作業に移行するまでもなく次々と砲弾が命中していき、ある船は喫水線下に命中して浸水過多で沈んでいき、またある船は舵をやられてしまい隣の船とぶつかり合ってしまう。
「撃て!!」
何隻かの船は反撃を試みようと砲撃を開始するも、あまりの動きの速さについて行けずに砲弾は「ゆきかぜ」艦尾の海面に水柱を作るだけであり、程なくして手痛いお返しを受けてしまう。
「総員退艦!!」
反撃で受けた砲弾によって船は傾き、艦長の言葉を受けて多くの水兵達が先を争うがごとく海へと飛び込む。
しかし、この時で一番の問題となるのは先に飛び込んだ水兵の頭上から新たに飛び込んだ水兵の体が激突することである。
「ぎゃあ!?」
総員離艦訓練を受けていない水兵達は己の身の可愛さから我先へと海へと飛び込み、先にいた仲間の水兵の体にぶつかり海中へと沈めてしまう。 更には泳げない者も多かったため、彼らは海面に浮かぶ仲間や浮遊物につかまろうと群がっていき、小さな木片を士官相手に奪い合う者の姿も出てしまう。
10隻程の軍船がやられたところで敵わぬと悟ったのか、動ける船は「ゆきかぜ」が砲弾の装填作業に追われて砲撃を中断した隙を見計らい、レークス島の島影へと逃げていく。
「ドラゴンが来ます!!」
砲撃が止んだのをチャンスと見たのか、上空から複数のドラゴンの姿が現れる。
アーロン不在でありながらも、元々奴は竜騎士隊の間でも隊長として信頼されておらず、部隊は副隊長の指示を受け、5騎ずつの編隊で「ゆきかぜ」の左右を挟む形で展開する。
「皇帝陛下に勝利の杯を捧げよ!!」
アーロンと違って豊富な実戦経験を有し、部下からも信頼されていた彼の言葉に答えるかの如く、竜騎士隊は詠唱を呟く。
その瞬間、まばゆい光とともに彼らの前方に衝撃緩和用のシールドが展開され、副隊長の突撃合図を受けて一斉に降下する。
数年前に編み出された急降下竜擊と称されるこの攻撃。 目標到達寸前に一斉に炎を吹きかけるこの攻撃を受けてまともに生き延びた船はおらず、1年前のレバント海戦において大きな戦果を上げることに成功した。
対艦戦闘における必中の策として認識されているこの戦法であったが、日本では既に時代遅れとなっていた。
「21、22番砲攻撃始め!!」
CIC内にいるレーダー員からの報告を受け、綾里は対空戦闘を下令する。
レーダーに探知された目標の位置に基づき、両舷のCIWSから発射された毎分4000発近い発射速度で放出されるタングステン製の20ミリ弾は近づくドラゴンを操縦者ごと粉砕してしまい、原型を失わせてしまう。 今まで大空の王者として君臨していた彼らにとってそれは地獄絵図であった。
中には辛うじて弾幕から逃れた者もいたが、程なくして見張りウィングに設置された12.7ミリ重機関銃の銃弾を受けてしまい、仲間のあとを追うことになる。
「馬鹿な!?」
あっという間に10騎ものドラゴンが落とされたその姿を前にして、副隊長は言葉を失ってしまう。 これは竜騎士隊始まって以来の異常事態であったが、驚いている間に主砲の砲身が自身に向けられていることに彼は気づいていない。
『打ちい方始め!!』
撤退を指示するまでもなく、装填の完了した主砲の第一撃によって副隊長の操るドラゴンの翼がもぎ取られ、そのままきりもみ状態になって海面へと叩きつけられてしまう。 生き残った竜騎士隊は自体が飲み込めぬまま、身の保身から一目散に撤退し始める。
「目標撤退」
「航空機発艦せよ!!」
CICにいる綾里からの報告を受け、森村はレジーナ達の救援のために航空機の発艦を指示する。
砲弾が飛び交う中で発艦準備を終えたヘリは飛行長の管制を受けつつも特別警備隊員達を乗せて大空へと羽ばたき始める。
「あのう、お義父さん、ついて来なくても良いんですが......」
「グルルルル」
「え? 俺の働き振りを見たいって?」
「三上、捕まってろと伝えろ!!」
特別警備隊員を押しのけて三上の隣に座るベアティ。 彼がいるにもかかわらず、蒼井はドラゴンからの攻撃を避けるため、半ば機体荷重を無視した形で海面上を舐めるかのように低空でヘリを飛ばす。 機体が大きく傾く中、巨体ゆえにシートベルトを着用できなかったベアティは両手を天井に当てて踏ん張る。
「機長、ドラゴンが!?」
「ゆきかぜ」には適わぬと悟ったのか生き残った2騎のドラゴンがヘリのあとを追っていき、炎を吹き出してしまう。
「舐めるなああ!!」
蒼井は間一髪で回避すると共に操縦桿を倒し、ドラゴンに機体の側面を晒す。
「三上、撃て!!」
「うおおおおお!!」
ドラゴンが視界に入ると同時に三上は銃弾を送り込む。 彼の狙いは正確そのもので放たれた7.62ミリ弾は綺麗に操縦者とドラゴンに命中し、海面に激突させる。
仲間の惨劇を前にしてもう一騎のドラゴンは攻撃を恐れ、高度を上げてヘリの真上を追い越してしまうも、蒼井はテールローターの回転数を上げ、ヘリをその場で急回頭させる。
横からの急激なGを受けつつも三上は引き金を離すことなく足を壁に当てて踏ん張り、ドラゴンが視界に入ると同時に発砲する。
無防備な背後から銃弾を受けてたことにより操縦者は海へと落下し、主を失ったドラゴンは恐れをなしてその場から逃げ去ってしまう。
「どんなもんだい!!」
「グルルルル」
ガッツポーズをして声を上げる三上。 プライベートでは変態ケモナーの彼であったが、機関銃の扱いに関しては右に出る者はいないと言えるほどの名手であり、彼の働き振りに満足したのかベアティは小さく声をうならせる。
実際のところ娘に手を出した手前、目の前に現れた敵を仕留められない軟弱な男ならこの手で海に落としてやろうと考えていたのだが、彼の勇姿を目にしたことによりそれは早急であったと悟ってしまう。
ドラゴン撃墜を前にして歓喜に沸く機内であったが、ヘリのレーダーからは新たな目標の接近を知らせるアラームが鳴り響く。
「まだいやがったのか!!」
蒼井の視線の先には王宮から飛び立ってきた複数のドラゴンの姿があり、ヴァリエの命を受けたそれらはレジーナ達を救出させまいとヘリの前に立ちはだかる。
彼は左に急旋回して三上に迎撃態勢を取らせるも、それらは射線から逃れるかの如くヘリの真後ろにピッタリと貼り付いてしまう。
「このままじゃ近づけん、「ゆきかぜ」に援護を要請しろ!!」
ヘリからの報告を受け、森村は主砲の砲身をドラゴンへと向けさせる。
『CIC指示の目標......打ちい方始め!!』
ヘリに近づくドラゴンに向かって放たれた砲弾。
それはドラゴンの操縦者による咄嗟の判断で回避されてしまうも、ドラゴンの体をすり抜けた瞬間に自爆してしまう。
この砲弾、第二次大戦で日本の航空機を苦しめてきたVT信管という物が内蔵されており、本体に内蔵されたセンサーが付近に目標を探知した瞬間、自爆して破片を撒き散らすという恐ろしい代物であり、ドラゴン程度の装甲と速力では回避がほぼ不可能であった。
ヘリの後ろを追っていた複数のドラゴンは総じてこの砲弾の餌食となってしまい、操縦者の亡骸と共に墜落してしまう。
「目標消失」
「本艦はこのまま外務省職員の撤退を援護する」
海面には複数のドラゴンの死骸が漂い、湾内で沈む帝国軍の軍船。 海面には助けを求める帝国軍将兵達の姿があり、彼らは砲弾が飛び交う中で命からがら何とか岸壁へとたどり着こうとしている。
突然の豪音と煙により、多くの国民がその光景を見ようと高台に集まっており、彼らの目には今まで自分達を苦しめてきた帝国軍が次々と打ちのめされ、逃げ惑う姿が映っていた。
「あの船はどこの国だ?」
「帝国の船を沈めてるぞ」
圧倒的な力の象徴として君臨してきた帝国軍の無残な姿を前にして人々の間である言葉が響く。
「帝国の支配は終わった」
「今こそ祖国を取り戻せ!!」
初めのうちはたった数人の若者から出た言葉。
彼らの目的は不明だが、帝国に対する不満を溜めていた人々にとってその言葉は自身の奥底に眠っていた闘争心を奮い立たせてしまう。
「やっちまえ!!」
「仲間の敵を打つぞ!!」
人々は家の中に隠し持っていた弓や剣といった武器を引っ張り出し、戦闘を放棄して逃げ惑う帝国軍兵士達を前にして口を開く。
「お返しだ!!」
「ゆきかぜ」の咆哮と機を同じくして街の至るところでは帝国軍将兵を追い立てる人々の姿が見え始め、程なくしてそれは大きな暴動へと発展することになる。




