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第23話 傀儡国家

 ビエント王国首都バラディ......入り組んだ湾の内縁部に存在し、地中海の街並みを思わせる白い壁や青い屋根を持つ民家が立ち並ぶ沿岸部の先には王宮と思われる大きな城の姿があった。

 アーロンの先導で「ゆきかぜ」は湾内の一角に停泊することが許され、現在は錨を下ろして待機状態となっている。


「次はこの荷物を運んでください」 


 飛行甲板ではジル達メイドチームがグリフォン隊の協力のもとで帰国の準備に追われる光景があり、入国審査に来たアーロンが連れてきた帝国軍将兵立会の下、日本政府から送られた贈答品を乗員達と共に運ぶ一方では主砲やCIWSの周囲で奇妙な作業を行っている乗員達の姿があった。


「何でこんなことするんですか?」

「いいから黙って縛れ、そうでもしないと入港を認めないんだからよ」

「何か降伏したみたいで惨めっすよ」

「余計なこと言うんじゃねえ!!」


 砲身に鎖をかけて縛り付ける中、部下からの疑問に対し加納はゲンコツで答える。

 敵を目の前にして主砲を発射できなかった上、一方的に武装を封印されることには加納自身、誰よりも憤りを感じていたのだが艦長からの命令であったためしぶしぶと受け入れている。

 入国前に帝国側審査官として乗り込んできたアーロンは目に付く武装に対し、手当たり次第の封印を指示しており、主砲を鎖でがんじがらめにしただけでなく航空機火災の消火用として設置されていたターレット(放水銃)にまで手を加えさせてきた。

 その上、封印作業だけでは不満があったのか、錨を下ろしている「ゆきかぜ」の周囲には2隻の戦列艦が左右に待機し、物々しい空気を醸し出している。


「不満がありますか?」

「副長!?」


 武装が封印されていくことに苛立ちを見せる加納の背後から綾里が声をかけてきた。


「艦長の指示とはいえ、気が進まないのは分かります。 しかし、緒方さんがそれを受け入れてしまった手前私達に拒絶することは出来ません」 

「ですが、このまま帝国軍の言いなりになるのは乗員達にとって気分の良いもんじゃありませんよ」

「今は待つのです。 台長は艦長のあだ名をご存知ではありませんか?」

「あだ名ですか?」

「海軍随一の反則王」

「反則王!?」


 森村と一年近く勤務してきた加納にとってその言葉は初耳であった。

 

「米海軍との合同演習の際、彼は事前に米軍側の作戦計画書を盗み見た挙句、その情報を元に仲間と一緒に空母を討ち取ってしまいました」

「そんなこと初耳ですが......」

「すぐさまインチキがバレて大事になったために隠蔽されたんです」


 防衛省は米海軍の怒りを恐れ、「今回の結果は無かったことにして下さい」と大臣自身が頼み込み、記録から抹消したという。 しかしながら、担当者全員の口を塞げていたわけではなく、今も一部の幹部自衛官や米海軍士官の間では伝説的なイカサマとして語り継がれていた。


「艦長に任せれば安心ということですか?」


 加納の言葉に対し、綾里は拳を握り締めると同時に口を開く。


「その逆です、何か騒動を起こすに決まっています」


 今までの一件にしても森村の行動には一貫性がなく、傍から見ると気まぐれに等しい。

 綾里の脳裏には現在、公室でアーロンの接待を行っている最中の森村がまたひと騒動引き起こすに違いないという確信があった。


「うちの連中にはいつでも戦闘態勢に移行できるように指示しておきます」

「頼りにしてますよ」


 ニッコリと綾里にお礼を言われ、加納は年甲斐もなく顔を赤くしてしまう。

 妻や子のいる大西と違い、独身一筋25年の彼にとって綾里の存在は上司である以上に若い頃に抱いた仄かな恋心を思い起こさせる。


「お前ら、副長の頼みだ、気合入れていくぞ!!」


 加納の部下達は急に張り切り始めた彼の行動に振り回されることになるが、実際のところ綾里のこの行動は加納個人に限ってのことではなく、多くの乗員達を対象としていたことに純真な想いを抱く彼は気づいていなかった。


「思ったよりも街が静まり返ってる......」


 港で用意された馬車に乗り、レジーナと守、緒方と立花は安藤率いる特警隊員達と共に王宮へと向かっていた。


「王妃の情報通り、帝国軍兵士の横暴に恐れをなしてか帝国商人の店しか営業してないわね」


 馬車の窓から見える二人の視線の先にはそれまで営業してたであろう商店が荒らされたまま放置される、又は帝国軍兵士達によって好き放題に使われている光景が広がっており、中には火災で焼け落ちたであろう店舗の姿もあった。

 クルスリー王妃の話だと港で働いていた多くの住民は商店や住処を引き払い、親族や友人を頼って内陸部へと疎開してしまい、代わりに帝国商人達が出店して軒を連ねるようになったという。 街に残っていたであろう道行くエルフの人々も年寄りや若い男の姿しかなく、女性や子供は兵士達の慰み者になることを恐れて建物の奥に閉じこもっていることが伺える。

 この無秩序な状態となった一因としては同盟締結の折、帝国側はビエント王国に対しさらなる要求を突きつけてきており、その中には司祭裁判権というものがあったことに起因する。

 要約するならビエント王国内で犯罪を犯した者は現地のモーヴェ教司祭の下でしか裁くことができないという代物であり、かつて日本の明治時代に多くの日本国民が不満を抱いていた不平等条約の一つであった領事裁判権と同一のものであると認識して良い。

 これによりビエント王国内でいくら罪を犯しても同じ帝国人である司祭が裁判官であるために大したお裁きを受けることがないという手前、兵士達は好き放題に過ごしているという悪循環が生起している。


「このままじゃいけない」

「ああ、俺も協力するよ」


 決意を胸に秘めたレジーナは唇を噛み締め、拳を強く握り締める。

 守はそんな彼女の拳を両手で包み込み、瞳を見つめると共に口を開く。 


「何があっても君を信じるよ」


 決意を新たにした二人を乗せた馬車は程なくして王宮へと到着する。

 緒方達を含め、馬車から降りた一同を入口で整列していた衛兵達が出迎え、レジーナを先頭に王宮内の広間へと通されることになる。


「よくぞ無事で戻ってきた。 帝国から船が行方不明になったと聞いた時は心配したぞ」


 大聖堂を思わせる高い天井を持つ巨大な空間の中央に敷かれた幅広の赤い絨毯。 左手側にはエルフ族の衛兵が並び、右手側には帝国軍の兵士が並んでいる奇妙な光景。 

 レジーナ達が視線を送る先にはビエント王国現国王であるジルベルト・ファン・ムーニスの姿があった。

 一年前、レバント海戦の敗戦によって前国王が自決した後に王位に即位し、帝国との和平交渉を取り仕切ったことから当初は「平和王」として多くの国民達から支持されたが、現状が帝国への隷属と知られた手前、今や多くの国民や周辺国から恨みを買っている。


「陛下のお気持ち、この身に染みます」

「我が尊敬する兄であり先代国王の娘であるお前は私にとって実の娘に等しいからな」

「実にお優しい陛下で」


 国王の隣に座り、煌びやかな金糸の縫い込まれた衣装を羽織る老人。

 この男こそレジーナ達が連合王国を発った一週間後に来たというモーヴェ教の高級司祭であり、この国では国王に匹敵する権力を持つヴァリエ・テネシネ3世であった。

 帝国との講和条件として全国民を対象にそれまで崇められてきた精霊信仰からモーヴェ教への改宗が進められることになり、同盟締結の発表と合わせて大艦隊と共にこの国にやってきたのである。


「予定の日付になっても王女の乗った船が現れないと連絡を受けまして皇帝陛下も心配しておられましたぞ」

「お前は両国の和平の架け橋となる存在だ。 折り合いを見て再び帝国に送り届けるよう手配しよう」

「その件ですが、日本政府から特使として派遣されてきた緒方殿のお話を聞いてからでもよろしいでしょうか?」


 その言葉を合図に緒方が前に出て口を開く。


「はじめまして陛下、私は日本政府内閣総理大臣の命を受けてこの世界に参りました外交使節団代表の緒方真一です。 元々我が国はそちらと異なる世界に存在しておりましたが、ある空間の存在によって一つに繋がってしまいました」


 守の通訳を介して緒方の言葉が伝えられた途端、ジルベルトとヴァリエは別段驚きの反応を見せることなく口を開く。


「ほほう、やはりそちらでも気づかれておったか?」

「ご存知だったのですね?」

「その件については私が説明しましょうぞ」


 ジルベルトに代わり、ヴァリエが口を開き始める。


「あの空間を見つけたのは王女が行方不明になって7日後のことじゃった。 捜索に出た竜騎士隊の一隊が不思議な霧を見つけてのう、恐る恐る潜ってみたら海図には記載されていない奇妙な島々が見つかった。 王女がこの霧に迷い込んでしまったと見た竜騎士隊は何頭ものドラゴンを飛び立たせて偵察をさせることにしたんじゃが、その過程で奴らはとんでもないことをしてくれたわい」

「そのとんでもないこととはまさか......」

「ああ、あろうことか現地の住民を拉致しおった。 これは帝国軍人として許されざる行為じゃったので早々と実行犯を捉えて首をはねておいたわ」

「拉致された方は今どこに?」

「ここに来ておる」


 ヴァリエの言葉を合図に広間の奥のカーテンが開かれ、綺麗に着飾られた5人の男女の姿が現れる。 拉致されたにもかかわらず、一同の顔は皆健康的であり拷問の類を受けた形跡もない。


「日本に帰れるんですね!!」

「妻に会える」

「お父さん元気かな~」 


 一同は日本語でそれぞれ喜びの言葉をあげ、緒方に歩み寄る。

 彼等は緒方や立花の質問に対し率直に答えており拉致された際は手荒な扱いを受けたものの、ヴァリエの元で保護されてからは何不自由のない生活を受けて特に不満はなかったという。


「不満があるのなら実行犯の首を見るかね」

「いえ、結構です」

「うむ、これでそちらの気が済めばいいのだがな」


 早々と目的が達成されたことにより、緒方の顔から安堵の表情が漏れる。 

 拉致被害者達は口々にヴァリエに対する感謝の言葉を述べており、自分達は一部の身勝手な兵士達に利用されただけであり、帝国の上層部には平和を愛する友好的な者が多いことを緒方に伝える。

 

「なぜそちらの世界と繋がってしまったのかは分からぬがどうじゃろう? これを機に日本政府と我が帝国、そして今や友邦であるビエント王国と国交を結ばぬかね」


 ヴァリエは好感の持てる優しい顔で話を続ける。 

 双方の間で行き違いはあったものの、ホンタン王国での一件についても一部の将兵が勝手に引き起こしたことであり全ての責任は帝国側にあることを認めた上で、二度とこのようなことがないようにするために司令官を更迭したことを伝える。

 その丁寧な口調から緒方は彼を無垢な人々を襲ったオディオと同じ帝国の人間とは思えなくなり、好感を抱き始める。

 だが、そのような安易な気持ちは外交上において決して抱いてはいけないものであった。


「そこまでにしていただけないかしら?」


 緒方の気持ちを全否定するかの如くレジーナが強引にヴァリエの前に歩み出る。

 彼女は守に軽くウィンクを送って合図を送るとともに口を開く。


「茶番はそこまでにしなさい、皇帝ではなく一司祭に過ぎないあなたが軍を動かすとは何事かしら?」

「レジーナ、何を言っておるんだ!!」


 突然のレジーナの発言に対し、ヴァリエではなくジルベルトが声を荒げてしまう。


「陛下、あなたは一国の王ではありませんか? なぜ帝国内において一介の司祭でしかないヴァリエ殿にお気を使うのですか?」

「帝国と我が国は共通の信仰を持つ同盟関係にあるのだぞ」

「あなたはその意味が分かっておいでですか? モーヴェ教の基本理念である「人間こそが神に選ばれた唯一絶対の存在」を忘れたとは言わせません」

「我らはモーヴェ教を信仰することによって人として扱ってもらえるのだ」

「ではモーヴェ教への改宗を拒む人々は死んでもいいと?」

「無礼者!!」


 ジルベルトは怒りをあらわにして立ち上がる。


「貴様はこの国を戦火に晒したいというのか!!」

「誇りを捨てて地を這って尻尾を振るような真似はしたくないと言ったまでです」

「皇帝陛下に嫁ぐしか使い道のない無力な小娘の分際で......」


 二人の怒号が飛び交う中、言葉の通じない緒方は守に話の内容を問いかけるも彼は「結婚したくない」だの「帝国に行きたくない」とチンプンカンプンな答えを返してきたため、傍にいた立花や安藤は不信感を抱いてしまう。

 

「この際はっきりと言わせてもらいます。 このまま帝国に追従するつもりならあなたの退位を要求します」

「この身の程知らずが!!」

「まあまあ、落ち着きなさい、王女の言うことにも裏があるかもしれんよ」


 ヴァリエはそう言いながら怒りに震えるジルベルトを制してレジーナの方へ視線を向ける。


「ここまで言うのならはっきり聞かせてもらおう。 貴殿にジルベルト殿に代わる程の政治力はあるのかね?」


 先程と違い、鋭くなった視線。 温和に見える外見であったが、曲がりなりにも幾多の政争を繰り広げた挙句に今の地位に上り詰めたこの男に下手な誤魔化しは通じない。

 背後にいる緒方が動揺を見せる中、レジーナは自身の中で立てた計画の一端を口にする。


「日本政府は私を女王とする亡命政府を正式なビエント王国と認め、同盟を結ぶことを承諾しました。 このことはホンタン王国も認めております」

「な......」


 それはハッタリにしては余りにも大それたことであり、首が飛ぶだけでは済まされない内容であった。 あまりの内容にジルベルトだけでなく、ヴァリエでさえ言葉を失って口を開けてしまう。


「我がビエント王国亡命政府は日本国の領土である「ゆきかぜ」に本拠地を置いており、ジルベルト・ファン・ムーニスを祖国を帝国に売った逆賊と認知し、祖国奪回のために行動を起こします」

「こやつらを拘束しろ!!」


 怒りのあまり我を忘れ、ジルベルトは兵士達に一同の拘束を命じてしまう。

 守以外、最初から話の内容がわからなかった緒方はジルベルトの豹変ぶりに訳が分からず唖然としてしまう。


「こ、これはどういうことですか!?」

「何かこのまま俺達を拘束して人質にするつもりみたいです」

「どこをどうやったらさっきの友好的な流れからここまで悪化するのか聞きたいよ!!」


 緒方の言葉に悪びれもなく答える守に対し、安藤は罵声を送るとともにアタッシュケースの中からあるものを取り出す。  


「目と耳を塞いで伏せろ!!」


 その言葉を合図に安藤は部下と共に複数の閃光手榴弾を放り投げる。


「「「ぎゃああああ!?」」」 


 激しい閃光と音響によって周囲の兵士達の視界と聴覚は奪われ、武器を落とし倒れ込んでしまう。

 

「逃げるぞ!!」


 安藤に案内されるがまま、一同は強引に広間から走り去る。

 視力が回復し、辺りを見回すとレジーナ達の姿がなかったことにジルベルトの怒りは最高潮に達してしまう。


「生死は問わん、逆賊を逃がすな!!」


 友好的に終わるはずの交渉はレジーナの手によって完全にぶち壊しとなってしまった。 

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